« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

2008年10月

14年目の東田原ふれあい農園、大地の恵み

源実朝御首塚の近くにある農事組合の「東田原ふれあい農園」がスタートしたのは1994年4月のことです。当時、農家の担い手不足による荒廃農地が全国的に拡大の一途をたどって社会問題になっていました。問題解決の一つの手法として有料の貸し農園があちこちで取り組まれ始めていました。

連れ合いと私は、野菜作りをやりたいと思っていましたので、たまたまその前から知り合いであった高橋組合長さんにお願いして1区画借りることにしました。何年かして隣りの区画が空いたので併せてお借りし、今日に至るまで、72㎡〈21.8坪〉の畑で野菜作りを楽しんでいます。

私は肉体労働である土を耕すときに駆り出されます。種蒔き、草取り、土寄せ、虫取りなどのこまごまとした農作業はもっぱら連れ合いの分担です。

1日しっかり畑で働くと約2kgほど体重が減ります。メタボ対策としてはなかなか有効かと思いますが、夕方、家に帰って風呂上がりのビールを飲めば元の木阿弥。ただ、身体の循環は確かに良くはなりますが・・・。

14年間、落ち葉を入れたり、堆肥や油粕、鶏糞などで土づくりをし、ようやく土地が少し肥えてきました。しかし、仕事が重なり、2人とも畑に足を運ぶことができない時期が続くと、たちまち草が生えて茫茫になります。隣近所に草の種が飛び迷惑この上ないわけです。そんな時、高橋さんはさりげなく道際の草を刈っていてくれることもありました。

初めての孫が昨年の暮れに生まれ、夏野菜の時期に畑に行くことがなかなか出来ませんでした。ようやく9月の上旬になり、気を入れて畑通いです。

Dscn7559

手前から、カブ、コマツナ、水菜、その向こうが大根の畝です。

Dscn7564

時期を違えて種を蒔き、収穫時を調節します。

Dscn7582

ニンジンとダイコンの疎抜きです。

Dscn7589

ダイコン、ネギ、水菜、春菊、コマツナ、カブです。食べきれない野菜たちは、同じ市内に住んでいる長女の家まで、いそいそと連れ合いが産地直送です。連日同じ野菜ですが、調理法、味付けを変え、目先を変えて連れ合いは食卓に出してくれます。ありがとう!

安全で安心、美味しい野菜づくりが広がれば、日本の食糧問題も解決する・・・訳はないのですが、これからも大地に遊ばせてもらおうと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「協働」という言葉を最初に使った秦野市

10月29日(水)は、午前中に伊勢原の小林さんに『美しい比々多村の詩』のカバー用の絵を持ってきていただきました。お茶を飲みながら小林さんの話をお聞きしました。

「美術大学進学希望の高校生たちと一緒に定年退職後にデッサン教室に通った後、20年余りも油絵を描きつづけています。デッサン教室では、高校生たちとは別枠で裸婦のデッサンもやりました。今はもっぱら風景を描いています」

1週間かけて出来上がった持参の絵は、ふるさとの母校・比々多国民学校の桜の大木と校舎を描いたもの。記憶をたどり描きあげた桜の花びらが今にも風にそよぐようです。仕事を離れた小林さんが絵を描くという自己表現の場を得たことは幸せですね。

午後からは「秦野市総合計画推進会議」に出席。推進会議は、2007年2月に秦野市長に答申した「秦野市総合計画次期基本計画案について」の中に「計画の進行管理や評価について、第三者機関がチェックできる体制を構築されたい」という文言が入ったことを受けたもの。総合計画を単に作成するだけでは絵に描いた餅、計画の進捗状況や達成度を客観的に把握し、計画の着実な推進を図る必要があるからです。

Scan10330 

推進会議の会長は、tvk(神奈川テレビ)の会長である牧内良平さん。秦野市総合計画審議会の会長を務め、計画案の作成にリーダーシップを発揮された方です。私も審議会委員に引き続きこの推進会議の委員になっています。

事務方の説明を受けて、本日出席の15名の委員からは、さまざまな質疑が重ねられました。進捗状況や評価の仕方、評価そのものについての質疑や、市政全般にわたる質疑や提案が行われました。

私は、事前に「本町地区乱立マンションの入居率」「ふるさと納税制度」「市民トラスト」「協働」「新建築基準法の基準を満たさない民間住宅」について質問を寄せていました。一部の質疑はできませんでしたが、「協働のまちづくり」について以下のような提案をしました。

「神奈川大学経済学部教授の松岡紀雄さんとは、「神奈川県パートナーシップ条例(仮称)」検討部会でご一緒させていただいています。松岡先生が「協働」の源流を調査された際に、この言葉を全国に先駆けて1986年の「総合計画」に使ったのが秦野市であることをお聞きしました。このことをご存知ですか?」と投げかけました。

残念ながら秦野市の場合、その後の「協働」の実績が伴いませんでした。せっかくの全国初の「協働」を実態あるものとして秦野の「協働のまちづくり」に生かし、全国に発信してほしい。

これに対し、「秦野市でも庁内に「協働」についての検討部会を設け議論を始めました。早い段階で市民にも参加してもらい議論を深め、「協働のための指針」を作成したい」との答えがありました。今後の行政の具体的な対応に注目したいものです。

21世紀ののまちづくりは協働なくしては成り立ちません。地域に住む市民・NPO・企業・行政がそれぞれの得意技を発揮し、協働作品である住み良い、暮らしやすい、安心・安全なふるさと秦野を創り上げることが大切だと痛感します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秦野盆地から朝陽と夕日に出会う

10月29日(水)、定点観測のようになりましたが、今朝も朝陽に出会いました。

Dscn7519

1分後には光が私のところまで届きました。

Dscn7533

東の上空の雲です。

Dscn7535

西の空にも雲が。

Dscn7540

昼前にはふるさとから玄米と白米が届きました。玄米は私の実家から、白米は連れ合いの実家からです。ふるさとのみなさんに感謝です。

Dscn7543

梱包は縄で結んでありました。この縄は何かに使えそうということで、とりあえずプレハブ倉庫に入れておきましょう。

Dscn7542

出先の仕事が少し早めに終わりました。連れ合いが畑で農作業をやっています。ちょっと顔を出そうと車を回しました。遠くの山が大山です。

Dscn7562

タイミングよく茜色の富士山が目の前に。

Dscn7567_2

家に帰る途中、住宅街からの富士に出会いました。

Dscn7580

丹沢のふもと、秦野盆地で出会う日々の風景に感動します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『慶応戊辰小田原戦役の真相』発刊

10月28日夕方、『慶応戊辰小田原戦役の真相』と題した本が出来上がりました。さっそく著者の石井啓文さんに届けました。

Scan10331

石井さんは、小田原市在住の郷土史研究者として「小田原郷土史再発見のシリーズ」を出し続け、今回が4冊目になります。これまでに夢工房でお手伝いさせていただいた本づくりは、『小田原郷土史再発見』『日本最古の水道「小田原早川上水」を考える』『小田原の梅』の3冊。今回が『慶応戊辰小田原戦役の真相―小田原藩と薩邸浪士隊および遊撃隊―』(定価1260円、A5判230ページ、2008年11月1日、夢工房発行)です。

石井さんは、これまでに刊行された歴史書を渉猟しながらも、それを鵜呑みにしないで新たな視点から歴史の疑問を解き明かそうと試みています。今回の本も、歴史の専門家では見落としそうな分野に分け入って小田原の戊辰戦役の「?」に迫りました。

小田原「きらめき☆市民教授」でもある石井さんは、生涯学習センター講座などの講師を務めています。11月1日に行われる第55回小田原市民文化祭のふるさと歴史講座では「小田原戊辰戦役の真相」と題して、今回発行の本のテーマで話されます。11月4日には「小田原早川上水―日本最古の水道―」、11日には「小田原早川上水を歩こう」の講師を務めます。

旧国鉄を退職後に始められた郷土史探索。地に足の着いた研究は、更なる広がりを見せています。石井さんの「日本最古の水道」の本は研究者の目にとまり、地球温暖化をテーマにした研究チームのメンバーとして参加することになりました。この研究はトヨタ財団の助成により2年間続けられます。

ふるさとをテーマにした地域史研究は、これからのシニア世代の生甲斐づくりの一つの見本となりそうです。ますますの活躍を!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

見て歩きと尾尻の洋館再建呼びかけ人の会速報

10月25日(土)はハードな1日でした。6キロほどの本と資料をリュックに入れて見て歩きです。「市民が創る秦野のまち」と秦野市都市づくり課の共催による「秦野近代たてもの見て歩き」。今日のエリアは、秦野駅の南側「尾尻・寿池水源と西大竹・吾妻街道をゆく」です。

12時30分、秦野駅南口に集合。今日の参加者は40名余り。

Dscn7201

主催者から、本日のコースガイド。

Dscn7205

秦野市との共催事業は今回が初めて。担当者のあいさつです。

Dscn7211

小田急線の線路沿いにいざ、出発。

Dscn7219

臼井戸の水源で喉を潤します。名水百選の秦野盆地湧水群。かつて地下水の汚染で飲めなかった水が、その後の懸命な浄化作業により改善されました。命の水の復活です。

Dscn7230

農家の小屋です。柱には火事の焦げ跡が残っています。

Dscn7256

小屋の中にはさまざまな農具が。

Dscn7257

別の農家の倉を見学。

Dscn7261

寿徳寺の寿池水源です。こんこんと水が湧き出ています。

Dscn7277

寿徳寺の山門から浅間山・権現山が望めます。尾尻の洋館の創建者・梅原家の墓所もこの寿徳寺にあります。

Dscn7285

山門の前には見ざる、言わざる、聞かざるの「三猿」が。

Dscn7290

民家の石積みが見事です。

Dscn7304

見て歩きの道中にはこのような住宅開発が行われているところもありました。

Dscn7309

小田急線の下を抜けるトンネルです。

Dscn7313

路傍にたたずむ夜泣き地蔵も地域の人々の信仰を受け大切に守られています。

Dscn7324

農家の庭に咲くサルビアの花。

Dscn7338

別の農家の庭先には特産の落花生が天日干し。

Dscn7354

吾妻街道沿いにある農家住宅。西大竹最後の名主。秦野葉煙草栽培や養蚕をやっていました。吾妻街道は、二宮町吾妻山とこの地を結ぶ道です。地域の人の聞き取りからこの街道の存在を知ることができました。

Dscn7367_2

主屋の中は黒光りする柱と真っ白な障子が印象的です。

Dscn7371

ここでひと休みさせていただきながら、参加者全員に一言メッセージをもらいました。「田舎の家に帰ったよう。心が休まります。何気なく見ていた街の中にたくさんの宝物が。秦野のよさを再発見しました。この次の見て歩きも是非参加したい」。

口々に今日の「見て歩き」の感想を話してくれました。中学2年の男子は総合学習の一環で参加しました。最長老の男性は、夢工房から『秦野盆地の蛙』という本を自費出版した方でした。思いもかけない1年ぶりの再会でした。

Dscn7384

12時30分からスタートしたこの日の見て歩きは16時ちょうどに終了しました。「またの再会を」と三々五々秦野駅に向かいました。

この後、17時30分からは、秦野駅前のなでしこ会館で「尾尻の洋館再建呼びかけ人の会」を開きました。20人近く集まった呼びかけ人の中から、会長、副会長を選出。市民トラストの運動をどのように進めるか議論を重ねました。

「秦野市民トラスト・尾尻の洋館再建の会」については改めてレポートしましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

市民トラスト・尾尻の洋館再建呼びかけ人の会

今日、10月25日(土)17時30分から市民トラスト・尾尻の洋館再建呼びかけ人の会を開きます。会場は小田急線秦野駅前「なでしこ会館」4Fです。

タイミングよく今日の「神奈川新聞」に「明治期建築 再建へ」「秦野・最古の尾尻の洋館」と大きき記事が掲載されました。

Scan10325

10月21日の朝日新聞に続き神奈川新聞にこのように掲載され、市民トラスト運動をこれから始める私たちに大きな励みになります。

記事を読んだ読者の方から、お手紙をいただきました。「ご無沙汰をしています。朝日新聞で再建のニュースを読みました。何かお手伝いすることはありませんか? 資金集めとか、協力できることがあれば応援します」

11年前に夢中になって尾尻の洋館保存運動を一緒にやった女性からです。一人ひとりの市民の思いと力を結んで市民トラスト運動を進めたいものです。

今日はその前に12時30分秦野駅南口スタートで、秦野市と市民が創る秦野のまちの共催の「近代たてもの見て歩き」があります。これまで14~5回開催した見て歩きではまだ通らなかった「尾尻・寿池水源と西大竹・吾妻街道をゆく」です。

市民・NPOが得意な分野と行政の信用力を合わせるとプラスアルファの力を発揮することがあります。これからのまちづくりが楽しみですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神保町ブックフェスティバルとジュンク堂トークセッション

10月22日は、会議のはしごです。10時過ぎに小田急線伊勢原駅で下車、徒歩15分ほどの公民館のコミュニティースペースで「菜の花と鈴川を愛する遊子会」が編集する『美しき比々多村の詩』の打ち合わせ。その後、伊勢原駅の反対側に出て徒歩5分、マンションの1室で『元気に百歳』出版チームの編集会議に参加しました。

3時過ぎには小田急線に再び乗車して新宿まで、さらに埼京線・京浜東北線を乗り継いで浦和まで足をのばしました。5時から「首都圏出版人懇談会」の打ち合わせが「さきたま出版会」でありました。

「首都懇」は、1990年12月に誕生しました。地域に根ざした独自の出版活動を展開している首都圏の17社が加盟しています。共同目録の発行、書店でのブックフェア、編集・印刷や著作権、電子ブックなど出版をめぐるさまざまな研修会を開催してきました。首都懇の事務局を現在、夢工房が担当しています。

この日の参加者は、さきたま出版会H社長、随想舎Uさん、若手のHさん(さきたま出版会)、Sさん(幹書房)、私(夢工房)の5人でした。「第18回神保町ブックフェスティバル」「ジュンク堂新宿店・首都懇トークセッション」「共同目録の発行」など間近に迫ったテーマについて打ち合わせをしました。

11月1~3日に開催される「神保町ブックフェスティバル」の中で、「ちょっと汚れておりますが 本の得々市」と銘打ったワゴンセールに首都懇は1日、2日限定で、すずらん通りに出店します。常連さんが毎年掘り出し物の本の買い出しにやってきます。

11月15日(土)は、新宿三越アルコット8F「ジュンク堂書店 喫茶コーナー」で18時30分から首都懇出版人懇談会トークセッション「元気いっぱい地方出版の底力―著者・企画担当者が語る存在意義と可能性―」を開催します。

これはジュンク堂で開催中のブックフェア「ワガシャノリキサク」の協賛企画です。地方・小出版流通センターのお声がかりで実現しました。参加費1000円(1ドリンク付き)です。このトークセッションにあわせて「首都懇 共同目録」を発行します。

トークセッションには3人のゲストをお呼びします。著者である野口稔さん(夢工房)、森 詠さん(随想舎)、企画担当者である松本賢治さん(さきたま出版会)に「地域出版のいまとこれから」を存分に語っていただきます。

打ち合わせの後は、おでんやさんで一献傾けました。駅へ向かう道すがらには浦和レッズ応援の赤いウエーブと歓声が湧き上がっていました。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

食べきれない秋野菜!

我が家で借りている東田原・源実朝御首塚の近くの畑からは富士山と大山が一望できます。

081019

これはふれあい農園から見た富士山です。

081019_3

白い雲を帽子にしているのは雨降り山の異名を持つ大山です。

081019_2

畑ではいまダイコン、カリフラワー、キャベツ、ニンジン、ハクサイが日の光を浴びて育っています。

081019_4

無農薬の野菜には虫がつきます。取り除くのが大切な作業になります。

Dscn7181

水菜、小松菜、ダイコンの疎抜き、食べ切れないほどの秋の野菜たちです。 自然の恵みと、連れ合いの野菜作りに感謝です。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

丹沢・菩提の秋を歩く

10月18日(土)は、表丹沢野外センターで開催されたシンポジウムに参加しました。自宅から10分ほど歩いてとあるバス停まで、バスに10分ほど乗って菩提原バス停に。そこからこの日は徒歩で会場まで歩くことにしました。

絶好のハイキング日和。葛葉川の上流の風景をカメラに収めました。

081018

桜の葉っぱは赤く色づき始め、青空には雲が流れています。

081018_2

稲刈りの終わった田んぼでは、脱穀した後の籾殻焼きが行われていました。

081018_3

葛葉川をそれて少し上り坂になります。土手の上にはユリの花が咲き終え、種の殻を膨らませていました。

081018_4

お茶畑が広がり霜除け用の送風ファンが直立しています。

081018_5

お茶畑の向こうにはススキが金色になびいています。

081018_6

くず葉学園の「豆腐工房」の豆腐は深い味わいがあります。

081018_7

写真を取りながら25分、歩くことで体感できる丹沢山ろくの秋を満喫しました。

表丹沢野外センターに到着です。会場ではすでに基調講演が始まっていました。席に着くと汗が吹き出しました。シンポジウムの内容はまたの機会に紹介しましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「尾尻の洋館生き返れ」朝日新聞記事に

2008年10月21日、朝日新聞朝刊に「明治の洋館生き返れ」「秦野 市民ら再建費募集」と題した記事が掲載されました。

Scan10324

明治25年に梅原修平によって秦野市尾尻に創建された洋館は、民間企業から郵政省などへの売却問題が起こり、保存運動を進めた市民の手によって調査・解体されました。市民グループ(秦野市尾尻の洋館を保存する会)から秦野市へ寄付された洋館の部材は以来、小学校の空き教室で静かに再建のときを待っていました。

保存運動でさまざまなことを学んだ私たちは、その後「市民が創る秦野のまち」という市民グループを新たに立ち上げました。近代の建物や街並み、市内にねむる自然・歴史・生活文化など「市民の宝物再発見」の見て歩きを年1~2回開催しました。多いときには80名もの参加者を得て、市民と行政の協働のまちづくりのための市民意識の啓発に努めてきました。

この間に、地域社会や自治体のありようも大きく変化し、市民と行政の協働なくしてはまちづくりは考えられなくなりました。私たちは市民トラストによる洋館の再建運動を始めることにしました。

朝日新聞の記事は、市民トラスト運動の意義を「協働のまちづくりの実践の場」として評価し、これからの運動に大きなエネルギーと励ましを与えてくれました。

10月25日には、「見て歩き」と「秦野市民トラスト 尾尻の洋館再建 呼びかけ人の会」を開催します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「新聞社・地元タウン誌」めぐり

地域出版の仕事や市民・NPO活動などの情報提供のために、新聞社の支局や丹沢山ろくの地元タウン誌の事務所に、ことある毎に出向きます。

先日も全国紙、地元神奈川県の新聞社、地元タウン誌の3か所をめぐり、10月25日(土)に行われる「見て歩き」「市民トラスト」の告知と当日の取材をお願いしました。

Scan10329

1か所目:お目当てのS記者は入れ違いに丹沢山ろくに取材に出ていて不在でしたが、事務担当の旧知の女性職員と支局長が対応してくれました。女性職員は「ニッポン人脈記」の記事を読んでいて、初めてお目にかかった支局長に取り次いでいただきました。

持参した資料を手渡し説明します。やり取りの中で、記者の興味・関心の濃淡がなんとなく分かるのですが、支局長さんはこれまでの取材活動で知りえた事例を示して、トラスト運動の難しさや、地域の文化運動としての意味を話してくれました。

Scan10327

2か所目:不在でした。資料を郵便受けに入れ、お願いのメモを添えました。後日改めて連絡の予定です。

3か所目:地元タウン誌は、お目当てのT記者は不在でしたが、Y記者がていねいに対応してくれました。告知記事をさっそくお書きいただいたようで、後刻、確認のための電話が入りました。

より多くの人たちに何かを伝え、行動するきっかけを提供するための情報発信。インターネット社会におけるさまざまな媒体を使った情報発信はもちろん効果的ですが、活字媒体であるマスコミやミニコミが果たしてくれる役割は今も変わりなく大切だと実感しています。

いずれの場合も、それぞれの受信者の心に響く「何か」を届けることが必要です。両者の特性を生かした活用、お付き合いが大切なのでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

朝日新聞「ニッポン人脈記」記事が文庫本に

先日、朝日新聞出版から1冊の文庫本が送付されてきました。『千年の源氏物語』(朝日新聞ニッポン人脈記班編)は、腰帯に「「源氏物語千年紀」記念 表題作ほか、朝日新聞好評連載から文化にまつわる6編を収録」とあります。

Photo

「ニッポン人脈記」のシリーズは、これまで13冊が文庫本化されています。今回のものが4冊目です。内容構成は次の通りです。

1章 千年の源氏物語  

2章 風薫る飛鳥  

3章 笑う角には福でっせ

4章 ピアノが見た夢  

5章 わが町で本を出す  

6章 絵本 きらめく 

私が取り上げられたのは、「ニッポン人脈記 わが町で本を出す⑪」で「人と人を編む、丹沢の棚田」(200828日、朝日新聞夕刊)と、この文庫本の第5章に収録されています。

このような形で本になるとは思ってもいませんでしたので、少しばかりの感慨もあります。20年間、営々と地域出版を続けてきて良かったと率直に思います。編集委員の篠崎記者が丹沢の棚田に取材に来られたのは昨年1017日でしたから、ちょうど1年前の今日のことです。

全国の書店で発売中です。手に取ってみてください。

ちなみに20081030日発行、定価:本体740円+税です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「環境」集会の講師を引き受けました!

10月15日午後、2人の訪問者がありました。「県民討論交流集会」の基調講演と会場討論のコーディネーターを依頼されました。テーマは「環境」で、「山から 川から 地域から」というサブテーマに示されたとおり、一人ひとりが身近な地域でできることを始めようというこのです。

「なぜ私に?」というのが率直な気持ちでした。その疑問に対しては、「これまでは学者の方々の話を聞く機会が多かったが、この集会の運営実行委員会のメンバーから、地域で市民活動を実践している人の生の話を聞きたい」という意見が出たのだそうです。

NPO法人自然塾丹沢ドン会は2001年に県の認証を受けました。前身の丹沢ドン会の活動は1992年から始めています。長ければいいというものでもありませんが、何を課題にこれまで活動してきたのか、そのノウハウや社会的な意味を大勢の方に知ってもらうために、これまでも情報発信に努めてきました。

ドン会の実践活動をお話しすることで、「これなら自分でもできる」と一人でも多くの人が、身近なところでそれぞれの一歩を踏み出す小さなきっかけになれば無駄ではない。余り大上段に構えないでお引き受けすることにしました。

とは言っても、人前で話すことを何回重ねても慣れるということはありません。後になるとああすればよかったと後悔の念が湧いてくるのが常です。分かりやすく、楽しく、聞いてよかったと思われるために、話の組み立てやエピソードを考えなければなりません。

これって、これまでのドン会の活動の実践や社会的な意味、運営のノウハウを改めて見つめ直すことだと気づきました。余り格好をつけずに、いいことも悪いことも、つまり成功事例ばかりではなく、かえって失敗から学んできた多くの実践があることに気づかされます。

行政と県民からなるこの討論交流集会の運営委員会の意図もそこにあるのではないかと思います。来年2月に開催される「県民討論交流集会」に向けて少しずつ準備を始めよう。

ドンの「DON」は、なにしろ「Do for Nsture」なのですから、私自身がまず一歩を!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かつての同僚と新橋で飲み会

10月14日は、東京の出版社時代の仲間の1人が大阪から仕事で上京したのを機会に声をかけあい、それぞれが仕事を終えた夕方7時にJR新橋駅のSL広場で待ち合わせです。

私は小田原での仕事を終えて、小田急線・地下鉄を乗り継ぎ、5分ほど遅れて到着。すでに今日のメンバー、かつての同僚7人は待っていました。中には20年ぶりに会う人もいて、顔と名前が一致するのに少し時間がかかりました。

Nさんが行きつけの小料理屋にその場で電話をかけ行き先が決まるという、行き当たりばったりは相変わらずのいい加減さです。小雨の降る中を3分ほど歩いて繰り出しました。

8人のうち2人は現在もそのまま出版社勤めで、それなりの会社のポジションに付いていました。2人は別の出版関係の会社で、1人はフリーのライターに、残りの3人は起業して細々と会社経営です。私もこの3人の内の1人と言うわけです。

かつて同じ釜の飯を食った仲間同士は、あっという間に時間を越えます。いま何をしているのか、家族のこと、元同僚の仲間たちの消息などなど、ビール、日本酒を飲みながらあっという間に3時間は過ぎました。

夫婦で切り盛りしている小料理屋の酒のつまみも上手い。すすめ上手なママさんの1升ビンがあちらこちらの杯に注がれました。隣の席の女性にパチリと撮ってもらったのがこの写真です。

Photo

黒髪ふさふさの人、少し後退している人、胡麻塩の人と、それぞれの重ねた年齢が刻まれていますが、どういう訳か、苦労が余り顔に出ないメンバーがそろいました。この中でタバコを吸うのは3人、3年前に禁煙したのが1人。喫煙派は隅っこでプカプカやっていましたが、いまのご時勢、肩身が狭いようです。

50歳前後の仲間たちの中で私だけが50代後半。若い仲間たちとの懇談でもう少し本を出し続けようというエネルギーをもらった夜でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『元気に百歳』第9号出版記念会

10月10日は『元気に百歳』第9号の出版記念会に出席しました。会場の九段会館へはここ4年間、毎年足を運んでいます。なぜ、出版記念の例会が10月10日なのか、不思議に思われる方もいらっしゃるでしょう。答えは「10×10=100歳」です。10月10日は「元気に百歳」人生を目指すこのクラブの象徴的な記念日なのです。

Scan10321

東京オリンピックの開会式が開催されたこの日は、体育の日でもあったように降雨確率の極端に低い日。この日もすがすがしい秋日和でした。

記念講演は、順天堂大学大学院医学研究科加齢制御医学講座の白澤卓二教授。年間170余りの講演やテレビ出演をこなす、アンチエイジングの専門家です。

パワーポイントを使い、「足腰の運動が身体的自立の要です。色の濃い野菜や果物などのジュースを長年週3回以上飲み続ける人は50歳以上の人は誰でも潜在的に進行している認知症の発症を抑制することが実証されました。もちろん、5年単位でそれぞれの目標を立て挑戦する生きがいを持つことがアンチエイジングの大きな要素です」と話されました。

Dscn6845_2

講演のあとは、交流懇談会に参加しました。たまたま隣りに居合わせた能作靖雄さんは、富山市からお見えになられた、この本の寄稿者です。ビールを酌み交わしながらお話させていただきましたが、そのチャレンジとユーモアの精神に圧倒されました。

古稀を迎えられた能作さんは、「スリム・キレイ・ゲンキになるお手伝をいします」という新会社を立ち上げられたばかり。また、「人生はやり直すことはできないが、立て直すことは可能です」「辛いこともちょっとしたことで(横棒を1本加えることで)幸せになります」と、笑顔で話されました。

この日の最高齢者である船越卓さんは、「3つの<わ>が大切です。1つは笑うこと、2つは忘れること、3つはわがままに暮らすこと」と話されました。

最後は、60名余りの参加者全員が輪になり「故郷」を合唱し、来年の再会を約しました。

Dscn6851_2

『元気に百歳』誌の編集長である熊谷眞さんをはじめとした出版チームのみなさんの心遣いには感激します。今回もまた日野原重明さんや、ゆたかはじめさんなどの方々からも原稿が寄せられました。人生の大先輩からのメッセージは、心に染み、新しいシニア世代への標となることでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秋の味覚いろいろ

NPO法人自然塾丹沢ドン会の名古木の棚田の稲刈り、天日乾燥、脱穀はすでに終わりました。約3.5反の広さですが、収穫量は例年より少し多く、500kg近くありました。

土地をお貸しいただいている農家のみなさんにまず最初にお礼に伺うが恒例です。この日、棚田の米担当の金田さんと一緒に4軒の農家を訪れました。みなさん大感激。放置して草茫茫の藪だらけの田んぼがきれいになっているだけでも満足。その上お米まで、と異口同音でした。

11月30日には名古木の棚田の広場でドン会の収穫祭を開きます。ぜひお出かけくださいとお礼の米を手渡しました。

Dscn6835

名古木の棚田では赤トンボが舞い、ススキが風に揺れていました。

Dscn6805

先日、東庄町で開催された『無名人の伝言』の出版記念会の帰りには、美味しいサツマイモとうなぎの蒲焼をお土産にいただき、今日また、レヴィンのお母さんからは、芳醇な手づくり醤油「澪つくし」をお送りいただきました。

Dscn6833

Dscn6831

米づくりに参加している丹沢ドン会の会員、自然塾の塾生に今年は3kgの白米を配る予定です。

Dscn6829

我が家の今日の昼食は、新米ご飯に秋刀魚の塩焼き、畑で取れたニラ玉、具沢山の味噌汁でした。

Dscn6827

秋の味覚に感謝、感謝の一日でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

我が家の庭の秋模様

丹沢山ろくの盆地のへりに位置する我が家は、標高150メートルのところにあります。丹沢からの風の通り道になっているようで、これまで2回台風で屋根瓦を飛ばされたことがあります。

その庭にもこのところ秋の風情が・・・。

Dscn6745

2日ほど前から金木犀の香りが漂い始めました。23年前に引っ越してきた当時に植えた木ですが、ここ数年少し弱ってきて、花の色が薄くなっています。

梅雨時の花ですが、季節はずれのあじさいも風情があります。

Dscn6755

南天は小鳥が種を運んでくれました。

Dscn6760

我が家の庭には食べ物もあります。ミカンは秦野が栽培の北限だと言われていましたが、地球温暖化の影響でしょうか、最近はもっと北の地域でも栽培されているようです。

Dscn6746

山桜の木の下にはミョウガの実が顔を出しています。食べ過ぎると「馬鹿になる」と言われています。ご注意を! 手前にはセミの抜け殻も・・・。

Dscn6759

この時期一番輝いている我が家の庭の花です。ホトトギスの可憐さと赤いミズヒキです。

Dscn6764

今朝は6時少し前に起き出しました。2階のベランダからの朝陽です。

Dscn6797

今日も一日いい天気。忙しくなりそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

野口稔さん、ふるさと東庄町で出版記念会

10月5日は、朝7時30分に自宅を車で出ました。東名・首都高・湾岸線を経て東関東道で佐原・香取で高速を下り、千葉県東庄町に着いたのは10時少し前でした。愛車のプリウスは170キロを1リッター当たりの燃費24.5キロまで伸ばしてくれました。加えて休日の高速料金のETC利用の割引もあり、ちょっと得した気分です。

『無名人からの伝言―大利根用水に賭けた野口初太郎不屈の人生』出版記念会の準備は、マイクテストや生け花の飾り付けを残すのみでほぼ終わっていました。今日の主役の野口稔さん、司会進行役の宮崎さんと挨拶を済ませるともう何もやることがありません。野口さんからは、今日の写真撮影を頼まれました。預かったカメラを手に会場を回り、カメラ位置の確認をしました。

12時から始まった出版記念会には、130名余りもの参加者がありました。会場を埋め尽くしたのは、東庄町の町長をはじめとした行政や農業関係者など地域のみなさん、野口さんの友人・知人・ご家族や郷土史研究のみなさん、『レヴィンの系譜』出版の関係者など、故郷における野口さんの人脈の広さを感じさせました。

会場の鯉屋旅館は、これまで何回も来ています。2006年5月20日の『レヴィンの系譜』(高木昌宣著・夢工房)出版記念会もこの会場でした。その時にお会いした、「澪つくし」でおなじみの「入正醤油」のご当主多田庄兵衛さんの顔も見えました。

多田さんと言えば、2年前の出版記念会の翌日、醤油倉を見学させていただいた時の印象を「丹沢山麓交遊録」に書かせていただきました(夢工房のホームページ http://www.yumekoubou-t.com をご覧下さい)。今回も一言メッセージの中で、日本の食の安全や食糧自給率に触れて、「穀物の自給率こそ大切です」と独自の視点でこの『無名人からの伝言』を評価されました。

また、旭市にある「旭愛農生産組合」の大松秀雄組合長は「大利根用水の最大の受益者は私たち農業者です」と話され、『無名人からの伝言』を100冊ご注文いただきました。

来賓の挨拶、一言メッセージは20数名に及び、それぞれのお話は地域を愛する想いにあふれ、地域を支え、形づくってきたのは、野口初太郎をはじめとする無名人であることに改めて気づかされました。

私は「野口初太郎さんは、命の水である大利根用水を干潟八万石に引き込み、地下水脈をつくりました。初太郎さんのDNAを確実に受け継いでいる野口稔さんは、さまざまな人脈をネットワークしてこの大地で地域創造の力を発揮してくれると信じています」とエールを送りました。

野口さんは「大松組合長から示唆された利根川の水をきれいにするための山・里・海のネットワークづくりを使命として力を注ぎます。みなさんもお力添えを。ありがとうございました」と御礼の挨拶をされました。

祝う会の後には盧佳世さんのコンサート「レヴィンからの伝言」があり、『レヴィンの系譜』の詩の中から盧さんが作曲した「かたち」など数曲でレヴィンの想いを伝え、この日の主役の野口さんを「誉めて誉めて誉めまくる」歌で楽しませてくれました。

雨女の盧さんの威力は夜になって発揮され、命の水が夜の闇を潤しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

横浜で本の企画会議をやりました

10月3日の午後、横浜駅近くの県民活動サポートセンターへ行きました。NPO法人のプロジェクトチームによる新しい本の企画会議です。2週間前にメンバーの顔合わせがあり、若干の検討を行ったのですが、不十分なため、新たに具体的な目次案を作成して第2回の会議となりました。参加者は私を含め6名、いずれもNPO法人の理事長、副理事長、理事の面々です。

最初に提案者であるNPO法人の事務局長から今回の本の企画の趣旨や目次案の説明がありました。それを受けてさまざまな角度から質疑・検討を加えました。議論はときに白熱し、2時間にも及びました。

今回の企画に相当する類書はあるのか、出版の目的は何か、NPO法人で出すことの課題と問題は、読者対象は、資料の状況と所在確認、専門家の協力・執筆体制をどのように作るか、本の大きさやボリューム、制作部数、制作費用、制作費用の調達方法、販売する場合の定価はどの程度か、発刊までのスケジュール、制作の際の具体的なPC活用の方法、さらに内容を更新するための方法、インターネットを使った情報発信などなど。

1冊の本を創り出すときにクリアーしなければならないさまざまなハードルがあります。今回の本の企画は、神奈川県における官民のさまざまな自然保護の取り組みに益するものだとの合意は得られましたが、この日の検討事項を踏まえて、さらに具体的な企画案を作成し、提案することになりました。

本づくりは、さまざまな産みの苦しみを伴いますが、その編集作業の過程は、まさに「ものづくり」という創造の醍醐味であり、喜びです。

「本づくりのABC」として夢工房のホームページ(http://www/yumekoubou-t.com)に本づくりの基本が書いてあります。ご覧になってください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

初孫の初めてのことばは何時

私にとって初孫の成長は最近の楽しみの一つです。昨年の暮れに生まれた男の子です。

同じ市内に住んでいる長女の子供です。我が連れ合いと長女は毎日のようにメールのやり取りや電話で情報交換しています。時には送られてきた写メールでその日の孫の表情を見ることもありますが、大抵は週に1度平日に、母子で我が家に遊びに来たときの孫の成長・変化にはびっくりします。

間もなく10か月になります。身体の成長や手足の動きは目覚しく、何でも口に入れて、まずは感触を確かめています。それとともに、最近はとみに声を発することが多くなりました。大人顔負けのしっかりとしたドスの聞いた声を出したり、大人の話に答えるような、ことばにはならない声を出したり。

新生児から乳児になり、さらに幼児へと成長する過程は、驚きの連続です。一番身近にいる母・父や家族がどれだけ子供に愛情を注ぎ、深く抱きしめ、ことばを掛けるかということが、子供のその後の成長に大きく影響すると言われています。

ことばを獲得し、そのことばを使って考え、意思を伝えるという人間特有の能力の基礎を今この子は獲得している只中にあるというわけです。

自分の子供のときにはどのように接していたのか30年近くも前のことで定かではないのですが、初孫を抱き、間近に顔を見ながら色んなことば掛けをしています。孫はアーとかウーとか、ことばにならない声を発します。

子供なりに大人のことばの意味を感じ取っているようにも思われます。初孫の最初のことばは、果たして何時のことになるのか。「ハハ」が先か「パパ」が先かと気をもむのは親ばかりで、私としては少し客観的に眺めることができそうです。

それにしても、ことばの本来の力が脆弱になっている現代社会。ことばは時代とともに変化するものではありますが、そのことばを使い、本づくりを通して人と社会と関わり続けたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »