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2009年1月

伊勢治書店で第7回神奈川自費出版フェアの打ち合わせ

1月28日夕刻、小田原の伊勢治書店本店で「本づくりを楽しむ 神奈川自費出版フェア」の最終打合せを行いました。「継続は力なり」、フェアは今回で7回目となりました。

この日の打ち合わせは1週間前に開く予定でしたが、「神奈川自費出版の会」事務局の「まつ出版」の松下さんの母堂が直前にお亡くなりになり、延期しました。横浜戸塚区で行われたお通夜には、私のほかにも自費出版の会や自費出版編集者フォーラムのメンバー8名が参列し、ご冥福をお祈りしました。

大変な時期にもかかわらず、松下さんは例年通りの下準備を進めてくれました。伊勢治書店本店の1Fと3Fで、3月11日から18日まで開催されるブックフェアにあわせて、14日〈土〉、15日〈日〉には、講演会と自費出版セミナーも開きます。これから自分の本を創りたいという方には参考になりそうです。

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この日の参加社は、神奈川新聞出版局、まつ出版、武田出版、蒼天社、伊勢治書店、湘南社と夢工房の7社でした。フェア開催までの準備と役割分担、フェア会場の当番の割り振りなどを話し合いました。例年どおり私は、講演・セミナーのレジュメができた段階で小田原記者クラブへ出向き、新聞各社へ情報提供することになりました。

セミナーでは、自費出版の会のメンバー2人が、日ごろ取り組んでいる本づくりのノウハウや自費出版の際に気をつけたいABCを話します。また、書き手の2人にも実際に体験した本づくりの喜びと苦労、なぜ本にまとめようと思ったのか、などを講演してもらいます。

昨年の自費出版セミナーでは、「戦時下の小田原地方を記録する会」代表の飯田耀子さんに登場してもらいました。今年も、同会会員の香川芳文さんに講演をお願いしました。昨年7月に発行した夢工房のシリーズ「小田原ライブラリー」⑲『小田原地方の本土決戦』の著者が香川さんです。香川さんの演題は「地域の歴史を掘りおこし、つなげる」です。

地域の戦争遺跡・体験を掘りおこし、次の世代に伝える活動をつづけている「戦時下の小田原地方を記録する会」は、今年、発会30年を迎えます。地域における地道な活動に対して、1昨年には神奈川新聞社から同会に「神奈川地域社会事業賞」が贈られました。ますますのご活躍を!

その後、小田原駅近くの居酒屋に場所を移して延長戦です。本づくりの話から始まりはしたものの、いつしかアメリカの新大統領・オバマさんの就任演説、ひるがえって日本の政治の体たらくや暮らしへと、矛先はあちらこちらへと迷走ぎみ。ここでも「定額給付金」の評判は最悪でした。

横浜まで帰る人もいます。重い腰を上げて、JR小田原駅の改札口前で解散しました。小田急線の電車に乗るのは私だけです。

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JRのホームも小田急のホームも閑散としていました。夜が深々と静まりました。

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丹沢山ろく、春の装い

久しぶりに弘法山から昇る朝陽をベランダから眺めました。

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1階の雨戸を開けると、庭先の雨どいからの水を受ける器に氷が張っていました。室内の気温は5度です。

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寒い日がつづき、何年か前に私が愛用していた厚手のセーターを出して着ています。例年より丹沢山ろくが特別寒くなったわけでもありません。かえって、温暖化は進んでいるのですから、私に原因があるのでしょうか。

私たち夫婦は60歳目前となり、健康のために毎日の食事は、連れ合いが家庭菜園で作る野菜や、動物性たんぱく質は魚が中心で、肉類はできるだけ減らしています。「それも影響しているのかな・・・」と連れ合いは話します。そんなに肉類を食べたいとも思いませんが・・・。

雲ひとつない青空、朝食を終えて「ちょっと富士山を撮ってくる」と家を出ました。

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いつもの住宅街のグリーンベルトからの富士山です。電線が画面の手前に入り、せっかくの富士の姿が可哀想です。少し住宅街の周辺を歩いて撮影のポイントを探してみました。

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手前に冬枯れの枝が入りますが、ここもなかなかよいポイントです。さらに少し坂を上って歩きました。

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左手に高圧送電線がかかります。

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そこを過ぎるとこのポイントです。手前の緑、秦野盆地の市街地をはさんで丹沢の山並みと霊峰富士です。

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日当たりのよいそのポイントの近くには、梅の花が咲いていました。

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我が家の庭の梅も蕾を膨らませています。

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ユキヤナギもそろそろ春の準備を始めそうです。

「冬来たりなば、春遠からじ」「「明けない夜はない」と言います。閉塞感ただよう現在の日本の社会、ほんとうの春が早く来てほしいものです。

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丹沢ドン会の農業の師匠・関野丑松さん逝く

1月22日午前、彫刻家の西巻一彦さんから電話が入りました。西巻さんが住んでいる秦野市名古木の同じ町内会の関野丑松さんがお亡くなりになったというのです。

関野さんは、丹沢ドン会が秦野市名古木の棚田の復元活動を始めるきっかけや、その後の農作業のいろはを指導していただいた、言わばドン会のお師匠さんでした。私たちは、尊敬と親しみを込めて、「丑松さん」と呼んでいました。

丑松さんとドン会を引き合わせてくれたのが、東海大学の芸術学部を出て全国の彫刻展で多数の賞に輝いている西巻さんでした。出会いは1999年、名古木の丑松さんの畑で、そばや小麦の栽培をやらせていただき、次には、丑松さんのミカン山において1本3000円でミカンの木の剪定作業と収穫がつづきました。

翌年には、名古木の玉伝寺をはさんだ東側の沢筋の大木仙造さんの棚田で、丑松さんを中心に地元の農家の方の指導を仰いで、東海大学の自然環境学科・宝田教室の学生とドン会による合同の米づくりが始まりました。東海大学の収穫祭にご一緒したり、丑松さんの庭でドン会の収穫祭を開かせていただいたこともありました。

東海大の学生たちや、ドン会メンバー相手に手取り足取りの丑松さんの指導は、米づくりの厳しさと楽しさを体全体で教えてくれるものでした。何年たってもなかなか独り立ちできないドン会のメンバーには、「いつまでも、おれに頼ってばかりでは駄目だ。早く自立しろ!」と叱咤激励してくれました。

その後、ドン会メンバーの中からは、千葉県の佐原にある不耕起栽培の農業塾に通うものも現われ、米づくりの理論と技術の取得と、その実践に力を発揮するようになりました。これまでの伝統的農法を忠実に伝えようとする丑松さんと、週末野良人であるドン会の、できるだけ手をかけない自然農法の米づくりの間には多少の違いがあります。その溝を埋めるための話し合いを重ねたこともありました。

その間、名古木の共有林組合の丑松さん他の管理地の下草刈りやクヌギ・コナラなどの雑木林の手入れ・管理作業をやるなど、現在、NPO法人自然塾丹沢ドン会が実践している里地・里山の保全・再生活動のベースの部分を丑松さんから教わりました。

23日夕刻のお通夜には、東海大学関係者、ドン会メンバーなど多数が参列しました。お通夜の後、前理事長の岡進さんと地元の酒処「むらた」で丑松さんを偲んで一献傾けました。

享年77歳、関野丑松さんのご冥福をお祈りいたします。

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2校終了、山田吉郎著『丹沢の文学往還記』

1月19日〈月〉朝、山田吉郎さんから電話が入りました。1週間前に山田さんの自宅のお届けしていた『丹沢の文学往還記』の2校ゲラ。「校正が終わったのでお届けしたい」の声をお聞きしてから30分もたたないうちに夢工房にお見えになりました。

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山田吉郎さんは、現在、鶴見大学短期大学部の教授です。昭和29年、秦野生まれの秦野育ち。歩いて10分ほどの秦野市東田原にお住まいです。

夢工房での初めての本づくりが、1992年発行の『前田夕暮れの文学』でしたから、お付き合いは17年に及びます。その後、小説集『実朝塚のほとりで』、丹沢山麓童話集『とどろく谷の怪獣』の3冊を夢工房から発行しています。

今回の本を山田さんが構想されたのは、ご自身が20代のころだといいますから、研究を重ね、折々に雑誌などに発表し、じっくりと内容を熟成してこられました。これまでに類書がない、丹沢の文学の風土と歴史、秀歌の鑑賞をまとめた1冊です。

口絵とカバーの写真は、本の内容に合わせて私が撮影しました。丹沢の山並みの遠景、実朝の首塚、弘法山に昇る朝陽、震生湖の紅葉の4枚の写真を口絵に入れ、カバーは弘法山からの丹沢と霊峰富士・秦野市街を収めたものを使いました。本文は次の3章構成です。

第1章:歴史幻想の中の丹沢

第2章:丹沢の文学探訪

第3章:丹沢秀歌抄

この後、3校、念校を行い、印刷・製本となります。B6判約300ページ、定価:本体1800円+税=1890円。3月1日が発行日です。

お楽しみに!

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大木敏嗣さん、SLの撮影に中国へ

NPO法人自然塾丹沢ドン会のメンバーの一人に、さいたま市在住の大木敏嗣さんがいます。ドン会に入って3年ほどです。例年通り、私のところに年末の挨拶状が届きました。

大木さんは還暦を迎えましたが、いまの職場の定年が65歳で、しばらくはサラリーマン生活をつづけるといいます。年賀状でなくて年末の挨拶状も少し変わっていますが、年末年始の過ごし方もこの人ならでは・・・。SLの撮影に中国に行くというのです。

大木さんの中国のSL撮影ツアーの話を聞く機会がありました。

1月17日〈土〉の秦野市羽根の里山の管理作業は現地集合。秦野駅からバスで羽根行き、終点・羽根から徒歩7分ほどのところなのですが、この場所が初めての自然塾生のために私が現地に案内をすることになりました。8時30分過ぎに羽根のロータリーで待っているとバスから大木さんが1人で降りてきました。

この日の朝は外気温2度。雪国育ちとはいえ、寒さがこたえます。私の車の中で後続のバスで来る塾生たちを待つことにしました。

「寒いといっても中国の寒さはこんなものではなかったですよ」。大木さんのSL撮影ツアーのさむーいお話です。

中国へのSL撮影ツアーは今回で13回目。旅行企画会社の募集に応じて参加するのですが、10数人の参加者の8割程度は、例年、顔馴染みの常連さん。そのメンバーで月例会を持っているほどのSL撮影の趣味の仲間たちです。

日本からの添乗員はつきませんが、現地のガイドさんとも旧知の仲で、参加者の食べ物の好き嫌いなども心得ていて、9日間のツアー中、いろいろな配慮をしてくれたそうです。

零下30数度の極寒の中国での写真撮影。大木さんの服装は重ね着6枚、防寒用の靴をはきます。主役のカメラは、アナログの旧来型を駆使するのは大木さんだけで、その他のツアー参加者はデジタル・カメラだそうです。

この寒さの中でカメラは正常に動いたのでしょうか、素朴な疑問を大木さんに向けました。やはり、まともにカメラが作動したのは大木さんのカメラだけで、充電式のデジタルカメラはいろいろと不都合が生じたそうです。

「やっぱり、いざという時に機能するのはアナログだ」と、大木さんは他の参加者に羨まれたとそうです。アナログ恐るべし! でも、ツアー13回目ともなると参加者も心得たもの。暖めたり、叩いたり〈?〉してカメラのシャッターを押すことはできたようです。

ツアーから帰ってからも楽しみがあります。例会ではお互いの作品を鑑賞しあうそうです。同じ被写体にもかかわらず、アングルやシャッターチャンスによって、さまざまな作品に仕上がります。「こういう撮り方もあるか・・・」と互いに切磋琢磨するそうです。

ソビエト国境に近い中国の辺境では、今でも石炭を野天掘りしているそうです。掘り出した石炭を運び出すのに力を発揮するのがSLです。今回の撮影場所は3か所。でも、中国は広く、行きたいところは果てしないといいます。大木さんのSL撮影ツアーはまだまだつづくのでしょう。

大木さんの活動は、日本や中国でのSLの撮影の他に、NPO法人自然塾丹沢ドン会の里地・里山の保全活動や、「ハイラル平和の森」ボランティア活動もあり、時間のやりくりが大変そうです。仕事と趣味、ボランティア活動を自然体で実践している大木さんの姿には、大いに勇気づけられます。

「そのうち写真展をやりませんか?」という私の誘い水に、大木さんは、はにかみながら言いました。

「いや、まだまだこれからですから・・・」

朝5時半過ぎにさいたま市の自宅を出たという大木さん。週末やアフター5をどのように過ごすかという新しいシニア世代の生き方の一つを飄々と体現しているようでした。

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秦野の鹿鳴館・旧梅原家洋館の再建に向けて市民トラスト始動!

1月8日〈木〉夕方、「秦野の鹿鳴館・旧梅原家洋館再建の会」の2009年最初の集まりがありました。秦野市役所市民自治振興課の課長他3名と意見交換会です。洋館再建の寄付金の扱い、市民と行政の協働の意味、神奈川県のパートナーシップ条例の検討状況について、情報・意見交換を行いました。

その後、「秦野の鹿鳴館・旧梅原家洋館再建の会」会長を快諾していただいた紫藤邦子さん宅のアトリエに場所を移し、再建の会の事務局メンバー8名で意見交換会を開きました。

昨年は、事務局担当の「市民が創る秦野のまち」のメンバーが、再建の会の下準備をすすめ、呼びかけ人の会を3回開催してきました。

会長に鶴巻温泉の旅館「陣屋」の元女将で秦野市観光協会理事の紫藤邦子さん、副会長に秦野市農業協同組合長の松下雅雄さん、秦野商工会議所会頭の岸司朗さん、秦野市観光協会長の山室幸三さんの3名の方の就任を快諾いただきました。

昨年暮れには、紫藤邦子さんと一緒に私は、地元のタウン誌「タウンニュース社」の曽我支社長に洋館再建運動への協力を要請しました。11年前の洋館保存運動の際にも健筆を振るっていただいた曽我さんは、「やりましょう」と一言。2009年1月から月2回、1年間、「タウンニュース」秦野版に紙面を割いていただくことになりました。

明治期の秦野の地域経済と梅原家のかかわり、貴族院議員となった梅原修平の政治活動や接待用に建てられた洋館の建築・文化財としての意味、たばこ産業や自由民権運動などと梅原家のかかわり、梅原家の洋館と市民とのさまざまなエピソードなどを、素人記者が何人かで手分けをして原稿を書き、紹介する予定です。

市民トラストによって洋館の再建を目指すための心強い「情報発信」の媒体の一つを得ることができました。連載は間もなくスタートします。

新しい年を迎え、いよいよ市民トラストによる洋館再建運動を本格的に展開することになります。そのための意見交換会を紫藤さん宅で開きました。

紫藤さんは、若くして先立たれたお連れ合いの後を引継ぎ、「陣屋」を老舗旅館としてと不動のものにされ、先年、旅館経営を次の代にバトンタッチされました。

紫藤さんは、アニメ映画「トトロの森」やNHK紅白歌合戦にも登場した「崖の上のポニョ」で著名な映画監督・宮崎駿さんといとこ同士の方です。自身も絵を描き、木の彫刻をやり、陶芸を趣味にする多芸の人です。また、3人のお子さんを育て上げられた肝っ玉母さんでもあります。ご自身が彫られた母子像は、まるで観音様のようにも見えます。

その日は、紫藤さん手づくりの料理がテーブルに所狭しと用意されていました。1人千円の会費と飲み物を持ち込みました。薪ストーブが燃える柔らかな暖かいアトリエで、洋館再建に向けた活動や、さまざまな思い、文化・芸術・まちづくりなど、この日の話題は参加者の個性に溢れ、まさに梁山泊と化しました。

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設立総会は2月21日午後に、小田急線秦野駅前「なでしこ会館」4Fで開催します。

閉塞感に満ち満ちたいま、「秦野の鹿鳴館の再建」により、近代における秦野の歩みを再発見して、市民の誇りとしたいものです。未来の子どもたちに、ふるさと秦野の歴史資産と元気の源を伝えるための大切な年になりそうです。

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自然塾丹沢ドン会2009年の活動開始(棚田の畦補修・里山管理・竹炭焼き・沢庵漬け)

1月10日〈土〉、朝から自然塾丹沢ドン会の復元棚田にドン会メンバーが集まりました。この日がドン会の実質的な活動始めです。新年早々、それぞれのメンバーは時間を割いて、棚田の崩落した畦の補修作業や竹炭焼きに名古木の棚田に来ています。

NPO法人自然塾丹沢ドン会に参加する人たちの約束があります。

人間の都合だけでなく、自然の役割や意味を考え、自然とのいい関係をつくることが基本です。言い出しっぺえが率先してやる、自分の都合のよいときに参加する、お互いの個性を尊重し、尊敬し合う仲間づくりを。自主・自立・自律の、いい〈良い〉加減を大切に!

今年も、名古木の伝統的な農村景観を次の世代の子どもたちに引き継ぐために今できることを果たして行きたいものです。

名古木の桃源郷・棚田の入口からは大山の雪化粧が見えました。

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名古木の棚田は、今年も冬季湛水を行っています。秦野市水道局の看板が棚田の土手に立てられました。

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棚田の水が青い空を映します。

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田んぼに水を張ることで、草の繁茂を抑え、水生生物の住みかとし、さらに水源涵養を行います。秦野市水道局からは、ほんの少しですが補助金が出ています。

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ヤマアカ蛙の卵を理事長の工藤さんが見つけました。

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棚田の広場には、ミミズを食べるためにイノシシが土を掘り起こした痕が残っています。

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田んぼの水と太陽の光のコラボレーションです。

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秦野市森林組合から提供していただいた間伐材で土留めを行いました。

一息ついてから、羽根の里山に下草刈りに出かけました。その途中、イオングループのショッピングセンター「ジャスコ」秦野店の屋上から丹沢の雪化粧を写真に撮りました。

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富士山は恥ずかしそうに雲に隠れています。

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秦野市羽根のドン会の里山管理地です。ここは、4年前には身の丈4~5メートルもの笹に覆われていました。3年かけてようやくこの状態にすることができました。

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午前中の作業の成果です。

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作業道の下にはまだ手付かずのところがあります。

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この日、私が草払い機で悪戦苦闘したところです。

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手前の部分がこの日の作業の成果です。残りは、改めて時間を見てやることにしました。

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カラスウリのオレンジ色の実を収穫しました。中身は鳥たちが食べて空っぽです。

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羽根の下草刈りの作業を終えて名古木の棚田に戻ると、女性陣が用意してくれた寄せ鍋ができていました。

名古木の棚田の横のドン会の畑で取れた野菜〈白菜、ネギなど〉、豆腐、鯛のあら、鶏肉のつくね、豚肉、餅などが、胃袋を満たしてくれました。この日の費用は、1人100円です。

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各自持参の漬物やおにぎり、赤飯の差し入れもありました。

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午後からは、ドラム缶の伏せ焼きによる竹炭の窯出しです。ドン会が竹林管理の作業をして切り出した竹を炭にしています。この日出来上がった炭は、1月17日の自然塾の「里山管理作業」に参加した丹沢自然塾の塾生にお土産として配る予定です。

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炭は、乾燥剤にしたり、観賞用にもできます。

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天日で干したダイコンを漬けます。

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この日、漬けたのは25キロの容器3個分です。ドン会のさまざまなイベントの際にお昼のテーブルをにぎわします。無農薬、太陽の恵みたっぷりのお新香になるはずです。

カラスウリの実は家に持ち帰り、玄関に飾りました。

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2009年のNPO法人自然塾ドン会の活動始め。今年はどんな出会いと感動があるのか、楽しみです。

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☆くんと初めての散歩

1月11日〈日〉、からりと晴れ渡った冬の陽だまりに誘われて、我が家にお泊り保育の☆くんと初めての散歩に出かけました。住宅地のグリーンベルトを歩いていると東の空に飛行船が見えてきました。

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真っ青な空にふわりと浮かんで、西へ向かっています。

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飛行船はあっという間に西の空へ消えました。左手で☆くんを抱っこし、右手でカメラのシャッターを切ります。住宅地の中をぐるりと歩くとさまざまな風景に出会います。

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バス停に向かう坂道からは大山が一望です。

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その道沿いの敷地では、昨日、地鎮祭が行われていました。我が家の近くでは昨日、上棟の鎚音が響いていましたが、1日でもうこんなに進んでいます。

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道沿いの小さな植え込みには水仙が咲いています。

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昨日、丹沢の奥山の峰々に降った雪はまだ融けず、うっすらと朝日に輝いています。

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私たちがいま住んでいる住宅地は、かつて畑でした。住宅地のはずれに当時のお宮さんがひっそりとたたずんでいます。

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住宅地の一角の空き地に咲くロウバイです。

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グリーンベルトの山茶花の植え込みの向こうには富士山がでんと腰を据えています。

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隣家の庭先にはキンカンの実が鈴なりです。

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近くの公園の山茶花の花です。

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隣家の玄関先に咲くエリカの花です。

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ぐるりと一回りして我が家に帰りました。道路から見えるところに鳥が運んでくれたマンリョウの赤い実が。

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☆くんは出窓に立って外を見るのが大好きです。窓枠につかまりガラスをトントンと叩きながら「タガタガタガ・・・」と私が口ずさむ歌を真似して声を出します。果たして何の歌でしょうか? 

この後、朝早かった☆くんは、ぐっすりとお昼寝です。どんな夢を見ているのでしょうか。

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朝日新聞「にほんの里100選」発表

1月6日〈火〉の「朝日新聞」朝刊に「にほんの里100選」が紹介されました。これは、朝日新聞創刊130周年記念事業の一環で、森林文化協会創立30周年の記念事業も兼ねています。

全国からの自薦他薦の応募総数は4000以上、重複を省くと2000か所以上にもなったといいます。選定委員長の山田洋次映画監督は、「この100選以外にもこの国にはまだまだ素敵な里が沢山あるのだ、ということを読者の皆さんに是非お伝えしたい」と書いています。

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あえて「にほんの里」と銘打った意味を「選考方法」の部分で次のように記しています。

「対象とした里は、集落とその周辺の田畑や草地、海辺や水辺、里山などの自然からなる地域。広さにかかわらず、人の営みがつくった景観が一まとまりになった地域を一つの里ととらえた」つまり、野や山里、海里の自然が、人びととのさまざまな関わりの中で一まとまりの景観をなしているということが条件のようです。

「100の里」は、わずか数軒の集落から、7000軒の集落まで、その規模の大小にかかわらず選定されたといいます。そこには、さまざまな困難を乗り越えるエネルギーと人びとの笑顔が溢れていることでしょう。

神奈川県からも、山間地に茶畑と土蔵のたたずむ藤野町佐野川と、葉山牛の牧舎で作る堆肥や炭など循環の輪が残る棚田の米づくりの葉山町上山口の2か所が選ばれました。

NPO法人自然塾丹沢ドン会にも「にほんの里100選」の応募用紙が送られてきました。立候補するかどうか、理事長の工藤さんとも相談しましたが、結局、見送りました。応募総数4000あまりの他にも独自の里づくりに取り組んでいる地域・グループは多数あることでしょう。

それにしても、食糧自給率がわずか40パーセントにも満たない日本において、生産の場であり、安らぎの場である伝統的景観を現代に伝えている「にほんの里」が、全国にあまた点在していることの意味は大きく、スローフードで日本の食文化を支え、スローライフの社会をつくり上げる基盤になる可能性を秘めています。

私たちが秦野市名古木で復元した棚田で昨年、水生生物と稲作の調査・研究を実施した東京農業大学の中村好男教授から連絡が新年早々に入りました。

学生たちが研究発表用に作成した棚田のジオラマ2点を秦野市に寄付することは昨年暮れに決まりましたが、その贈呈式を2月18日に行うことになりました。展示・活用される秦野市立東小学校の子どもたちにもきっと喜んでもらえると思います。

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ジオラマで里地・里山の仕組みと機能を学び、実際に棚田に足を運び、米づくりや生き物たちの観察を体験する。子どもたちは、丹沢山ろくの里地・里山の伝統的景観をきっと次の世代に引き継いでくれることでしょう。

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メジロはミカンが大好き

我が家の庭の1本のミカンの木からは、この冬230個あまりのミカンが採れました。落ち葉を木の周りに敷き詰めるだけの肥料なのですが、ここ2~3年、味の濃い甘いミカンになりました。柑橘類があまり得意ではない私もついつい食べてしまうほどです。

このミカンを食べに野鳥が飛んできます。すでに啄まれたミカンをいくつか梅の木の枝に刺してお裾分けです。さっそくメジロがやってきました。

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たいていつがいでやってくるメジロは、仲がいいのか、ヒヨドリやシジュウカラなど他の野鳥への警戒のためなのか、チュルチュルチュルとせわしなく鳴きながらミカンを啄んでいます。

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我が家の庭にはキジバトもやってきます。こちらは人が近づいても悠然として地面にいる虫たちを食べています。

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冬場の食べ物の少ない季節に我が家の庭に飛来する野鳥たち。時間に任せて観察していると自然がつくり出した鮮やかな色彩や動きに驚嘆してしまいます。

我が家の庭には野鳥が運んでくれた種から芽吹いたさまざまな木が生長しています。人と自然が共存できるスローな暮らしを大切にしたいものです。

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地方・小出版流通センター『アクセス』に「元気いっぱい地方出版の底力」の記事掲載

地方・小出版流通センターの情報誌『アクセス』第384号(2009年1月1日発行)が夢工房宛に年末に20部送られてきました。

昨年11月15日、新宿三越アルコット8階、ジュンク堂書店新宿店で行われた首都圏出版人懇談会トークセッション「元気いっぱい地方出版の底力」について私がレポートした原稿が巻頭に掲載されています。

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今回のトークセッションの意味と地方出版のこれからについて次のように書きました。

「地域にこそ、人びとの生活文化があり、本の題材が潜み、書き手が住み、売り手がいて読者がいます。編集者はそれらを編みこむという、当たり前の地方出版の基本を再確認できたトークセッション。

本づくりの後の、書店だけに頼らない、インターネットの活用や本の内容に合わせた独自の販売方法など、越えなければならないハードルは高いのですが、「どっこい! 地方出版の底力の見せどころ」と、新たな意欲が湧いてきました」

首都圏出版人懇談会に参加している17社の共同目録『首都圏の本』VOL.6もトークセッションに合わせて発行しました。

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地域と、そこに暮らす人びとの心を深く耕す「本づくり」を牛の歩みで続けたいと思います。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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箱根駅伝で始まった2009年

2009年の元旦は、朝起きると新聞はもちろん、年賀状がすでに配達されていました。ざっと目を通してから、連れ合いが暮れに手づくりしたお節と雑煮・お汁粉で新年の朝食です。

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昨年は、長女と生まれたばかりの☆くんがわが家にいました。今年は赤ちゃんの泣き声もない、2人きりの少し手持ち無沙汰な、のんびりとした正月となりました。ごそっと配達された新聞2紙をじっくりと読みました。連れ合いは、新聞に折り込まれた広告のチラシにもしっかりと目を通していました。

この日は、郵便局に追加の年賀状を出しに行く以外は家に籠もりきりです。田舎にいたころから元旦は何もしないで家にいることが実家の慣わしでした。元旦から買い物をすると、1年中、財布の紐がゆるくなるという、倹約、節約が美徳とされた時代の名残りでしょうか。

2日は、朝から箱根駅伝のテレビ観戦です。ときどきパラグライダーで撮影した日本列島各地の四季・自然のNHKの番組にチャンネルを変えながら・・・。

めまぐるしく入れ替わる順位。たすきを繋ぐために力の限り走る選手たち。走り終えて、深々と頭を下げる選手もいます。東京・大手町から箱根・芦ノ湖までの選手たちの激闘と沿道の応援。この日は大ブレーキの選手がいなくて、ほっと胸をなでおろしている連れ合い。作り事ではないドラマが高視聴率の所以でしょうか。

ときどき庭先に野鳥が飛んできます。シジュウカラやヒヨドリです。

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夕方、足りなくなった年賀状を買いにコンビにまで行きました。夕日が西に傾き茜色が広がります。

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富士の夕景です。

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大山も赤く染まっています。

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我が家の近くから見える富士は目の錯覚でしょうか、大きく感じます。

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東の雲が夕日に染まって茜色に輝いていました。

この寒空の下、人びとの命と暮らしに関わる福祉・医療・教育や、若者たちが生き生きと働くことのできる環境づくりにこそ手厚い施策を・・・と願わずにはいられません。どこか他人事のような政治や経済の世界を変えるためにも、それぞれの地域で何かを始めたいものです。

CHANGE の年になるよう!

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