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大木敏嗣さん、SLの撮影に中国へ

NPO法人自然塾丹沢ドン会のメンバーの一人に、さいたま市在住の大木敏嗣さんがいます。ドン会に入って3年ほどです。例年通り、私のところに年末の挨拶状が届きました。

大木さんは還暦を迎えましたが、いまの職場の定年が65歳で、しばらくはサラリーマン生活をつづけるといいます。年賀状でなくて年末の挨拶状も少し変わっていますが、年末年始の過ごし方もこの人ならでは・・・。SLの撮影に中国に行くというのです。

大木さんの中国のSL撮影ツアーの話を聞く機会がありました。

1月17日〈土〉の秦野市羽根の里山の管理作業は現地集合。秦野駅からバスで羽根行き、終点・羽根から徒歩7分ほどのところなのですが、この場所が初めての自然塾生のために私が現地に案内をすることになりました。8時30分過ぎに羽根のロータリーで待っているとバスから大木さんが1人で降りてきました。

この日の朝は外気温2度。雪国育ちとはいえ、寒さがこたえます。私の車の中で後続のバスで来る塾生たちを待つことにしました。

「寒いといっても中国の寒さはこんなものではなかったですよ」。大木さんのSL撮影ツアーのさむーいお話です。

中国へのSL撮影ツアーは今回で13回目。旅行企画会社の募集に応じて参加するのですが、10数人の参加者の8割程度は、例年、顔馴染みの常連さん。そのメンバーで月例会を持っているほどのSL撮影の趣味の仲間たちです。

日本からの添乗員はつきませんが、現地のガイドさんとも旧知の仲で、参加者の食べ物の好き嫌いなども心得ていて、9日間のツアー中、いろいろな配慮をしてくれたそうです。

零下30数度の極寒の中国での写真撮影。大木さんの服装は重ね着6枚、防寒用の靴をはきます。主役のカメラは、アナログの旧来型を駆使するのは大木さんだけで、その他のツアー参加者はデジタル・カメラだそうです。

この寒さの中でカメラは正常に動いたのでしょうか、素朴な疑問を大木さんに向けました。やはり、まともにカメラが作動したのは大木さんのカメラだけで、充電式のデジタルカメラはいろいろと不都合が生じたそうです。

「やっぱり、いざという時に機能するのはアナログだ」と、大木さんは他の参加者に羨まれたとそうです。アナログ恐るべし! でも、ツアー13回目ともなると参加者も心得たもの。暖めたり、叩いたり〈?〉してカメラのシャッターを押すことはできたようです。

ツアーから帰ってからも楽しみがあります。例会ではお互いの作品を鑑賞しあうそうです。同じ被写体にもかかわらず、アングルやシャッターチャンスによって、さまざまな作品に仕上がります。「こういう撮り方もあるか・・・」と互いに切磋琢磨するそうです。

ソビエト国境に近い中国の辺境では、今でも石炭を野天掘りしているそうです。掘り出した石炭を運び出すのに力を発揮するのがSLです。今回の撮影場所は3か所。でも、中国は広く、行きたいところは果てしないといいます。大木さんのSL撮影ツアーはまだまだつづくのでしょう。

大木さんの活動は、日本や中国でのSLの撮影の他に、NPO法人自然塾丹沢ドン会の里地・里山の保全活動や、「ハイラル平和の森」ボランティア活動もあり、時間のやりくりが大変そうです。仕事と趣味、ボランティア活動を自然体で実践している大木さんの姿には、大いに勇気づけられます。

「そのうち写真展をやりませんか?」という私の誘い水に、大木さんは、はにかみながら言いました。

「いや、まだまだこれからですから・・・」

朝5時半過ぎにさいたま市の自宅を出たという大木さん。週末やアフター5をどのように過ごすかという新しいシニア世代の生き方の一つを飄々と体現しているようでした。

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