« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月

春の訪れ、庭の草花

3月28日〈土〉、今日はいつになく早い目覚めです。5時半に起きてコーヒーを入れ、新聞に目を通し外に出ました。狭い我が家の庭にもなにやら春の訪れ。

Dscn2144

野鳥が運んできた山桜が蕾をふくらませています。

Dscn2124

ふきのとうは摘まないでいたものが花を咲かせそうです。

Dscn2130

ユキヤナギの白い花は重たそう。

Dscn2132

花ニラのわずかに水色を指した白い花も咲き始めました。

Dscn2134

スイセンは鮮やかな黄色い花を咲かせています。

Dscn2135

Dscn2125

Dscn2157

スミレの花も微妙な色を競っています。

Dscn2139

ムスカリの紫の花です。

Dscn2137

モミジも新しい葉っぱを出しています。

2~3日、寒のぶり返しの日々ですが、春はすぐそこまで来ています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

増田昭一さんの次作「満州・麻刀石の戦い」〈仮題〉の挿絵

3月25日〈水〉午後、小田原の増田昭一さん宅へ伺いました。次作の挿絵を精力的に描いていただいているのですが、ようやく目処がたちました。その絵を見せていただきながら、今後のスケジュールを打ち合わせました。

Dscn2091

増田さんの夢工房からの本は、次作「満州・麻刀石の戦い」〈仮題〉で5冊目になります。ともに過ごした満州の難民収容所の孤児たちの生きて帰れなかった深い悲しみ、こころの叫びを、「伝えてよ!」という孤児たちの声なき声に後押しされながら、増田さんは書きつづけています。

最初の出版「満州の星くずと散った子供たちの遺書―新京敷島地区難民収容所の孤児たち」の発行は1998年8月ですから、もう11年前です。その後、2001年8月には「約束―満州の孤児たちの生命の輝き」を出し、それらを原作にした「ともちゃんのおへそ」「来なかったサンタクロース」の2冊の絵本を夢工房から出版しています。

現在、原稿を私が熟読、推敲中です。圧倒的な事実の前に、読み込みはなかなか進みません。でも、あと1月で読み終え、7月末には発行したいと思っています。

Dscn2093

挿絵の1枚です。昭和3年4月生まれの増田さんは、まもなく81歳になられます。「これが私の最後の本だ・・・」とぼそっと。持病を抱えながら、増田さんしか伝えられない満州の大地に凍え・眠る孤児たちの想いを言葉と絵に託しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

フォルクローレ・木下尊惇さんご夫妻が我が家に

3月22日〈日〉に、フォルクローレの木下尊惇さんご夫妻が我が家にやってきました。丹沢ドン会の会員でもある木下さん。我が家は秦野市東田原ですが、木下さんは西田原にお住まいです。ドン会理事長の工藤さんからお預かりしていた米の種籾を受け取りにこられました。

この日は、私は朝から「美しき比々多村の詩」の最終校正の真っ最中。ちょっと一息ついて仕事場に上がっていただきました。

Dscn2076

木下さんは、12歳のころにフォルクローレと出会い、独学で民族楽器を習得されました。高校卒業後、単身ボリビアに渡り、フォルクローレひとすじ。ボリビアの一流アーティストと共演、アルバムを多数発表しています。

日本に戻られてからは、ギターのソロアルバム「シロツメクサの指輪」「涙色の首飾り」「十二月の肖像」を99年、00年、05年に発表。02年には詩画集「天までとどけ」を出版。NHK BS-hi「美しき日本~百の風景」のテーマ音楽を作曲するなど、多彩な活動を展開中です。

木下さんご夫妻は、3年前に秦野に引っ越してこられ、縁あって丹沢ドン会の名古木のフィールドにお出でになりました。以来、泥んこになりながら、ドン会で米づくりに挑戦しています。

お二人の出会いや音楽、出版と、果てしなく話は広がり、木下さんご夫妻の暮らしぶりや生き方そのものに触れることができました。音楽が人生そのものという木下さんのこれからの音楽活動が楽しみです。

4月12日には、秦野市菩提のギャラリィー「楓」で、木下尊惇・菱本幸二 フォルクローレ・コンサート『ティオの住む山』が開かれます。私もぜひ聴きに出かけようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ローターアクトクラブの若者たち、「丹沢自然塾」入塾へ

3月21日〈土〉の夕方、秦野駅改札口で若者2人と丹沢ドン会理事長の工藤さん、私の4人で待ち合わせ、近くの喫茶店で話し合いをしました。仲間たちが、丹沢ドン会が開催する「丹沢自然塾」に入りたいというのです。

2人は、「相模原ローターアクトクラブ」地区代表の野村さんとメンバーで秦野市在住の相原さんです。

2月14日に寒川町で開催された「湘南地区県民討論交流集会」の今年のテーマは「環境  山から、川から、地域から」で、私の講演「丹沢の今と私たちの暮らし―循環する自然をむすぶ地域の担い手は?」を聞いた相原さんから連絡を受けて、お2人とは2月26日に私の自宅でお会いしています。この日は、それぞれの会を代表しての話し合いの場となりました。

「ローターアクトクラブ」と言っても私にはなじみがありませんでした。前回の顔合わせの際にいただいた資料には次のように書いてあります。

「ローターアクトクラブとは国際ロータリーが創立したもので、ロータリークラブにより提唱された18歳から30歳までの青年男女の集まりです。その目的は青年男女にロータリー精神を習得させロータリー活動をしてもらい、その修練を通じて将来の地域社会の指導者を育成しようとするものです」

「*ローターアクト=ロータリーとアクションを結合した造語で「行動するロータリー」と言う意味があります」

さて、それでは「ロータリー」とは何ぞや、と言うことになるのですが、それはちょっと横に置きます。

要は、頭でっかちになりがちなローターアクトの活動を少し変えたい。実際に丹沢山ろくで開催する「丹沢自然塾」の活動に参加し、自らの身体を動かしながら、自然環境や地域の暮らしの環境、さらには地球環境のさまざまな問題を考えるきっかけにしたい、というのです。

丹沢ドン会の活動の目的の一つは、私たちの世代から次の世代へ、伝統的な農村景観を伝え、引き継ぐことにあります。これまでの参加者は、シニア世代、壮年世代、子育て世代と幅はあったのですが、若者世代の参加は限られていました。

お互いの活動にとってプラスになる、ウイン・ウインの関係が成り立ちそうです。相模原ローターアクトクラブは、50名余りのメンバーに参加者を募り、「2009年 丹沢自然塾」に団体で参加することになりました。

「丹沢自然j塾」は4月11日〈土〉が開講。さっそく復元棚田の田んぼの畦塗りなどのカリキュラムが組まれています。若者のエネルギーで大地を耕し、忘れていた豊かな感性を取り戻し、次の世代につなげるバトンをしっかりと手にしてほしいと思います。

4月19日〈日〉に開催される相模原ローターアクトクラブの総会に出席することになりました。そこで、寒川町で使ったパワーポイントを短く再編集してレポートします。団塊世代のメッセージを伝える機会にしたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秦野市羽根の里山でクヌギ・コナラの植樹

3月21日〈土〉は、秦野市羽根の「里山ふれあいセンター」の近くの丹沢ドン会が管理委託を受けている里山で植樹が行われました。

この場所は、50年近くたったクヌギ・コナラなどの雑木林でした。この冬、秦野市の委託を受けた業者が、一区画の木をすべて伐採する作業をしています。空が広々と現われました。

Dscn0361

今回の植樹は、第4回秦野市里山まつり(はだの里山保全再生活動団体等連絡協議会:主催、秦野市:共催)に合わせて募集した「ミニ植樹祭&里山宿泊ツアー」に応募の親子25名(子ども15名)の参加者が行いました。

加えて、ドン会メンバー5名、秦野市森林組合から3名、秦野市から2名による下準備と当日のサポートがあり、途中、地権者の方も顔を出されました。

参加者は、まず、「里山ふれあいセンター」の会議室でツアーと植樹について説明を受けました。「子どものころから里山などの自然に親しみ、身の回りの環境のことを考えるきっかけにしましょう」と、森林組合の今井専務理事のお話がありました。

2010年には秦野市と南足柄市で第61回全国植樹祭が開催されます。そのアピールのイベントでもありました。

Dscn2046

この日、植樹した木は、クヌギ50本、コナラ50本の計100本です。

Dscn2059

Dscn2060

子どもたちは穴を掘り、苗木を入れ、土をかぶせて植樹しました。

Dscn2063

自分が植えた木のそばには、名前を書いた竹をさしました。

Dscn2066

最後に全員で記念撮影です。

Dscn2072

植えっぱなしではなく、数年に一度は自分が植えたクヌギ・コナラの生長を見にきてほしいものです。

この後、子どもたちは、3キロほど野の花や野鳥を観察しながら宿泊先の表丹沢野外センターに向かいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『北鎌倉の神々』増刷担当のモリモト印刷・加治さん夢工房へ

3月18日(水)は、大忙し。午前中は、『ガイドブックに載らない北鎌倉の神々』の増刷を引き受けていただいたモリモト印刷の営業ウーマン・加治さんが夢工房に来てくれました。秦野駅南口に愛車のプリウスでお迎えに行きました。

Dscn1870

モリモト印刷さんとは初めての仕事です。加治さんに簡易校正紙を持参いただきました。2か所の訂正の確認と、折り丁の通しを見ました。

営業マンは25人、そのうち女性は5人だそうです。加治さんは中堅として、いま油が乗っている時期なのでしょう、話しぶりも堂々としたもの。モリモト印刷の所在地は、かつて私が出版社勤めをしていたところのすぐ近くでした。思わず20年前のサラリーマン時代の風景がよみがえってきました。増刷は、3月末には納品の予定です。

その日の午後は、東海大学で第2回「丹沢湘南 観光交流フォーラム」が開かれました。「旧梅原家洋館再建の会」会長の紫藤邦子さんとご一緒しました。大根地区自治会長の原秀夫さんとも会場でお会いしました。

Dscn1888 

基調講演、小田原市、秦野市の景観まちづくりのレポートがありました。秦野市からは、都市づくり課の古屋課長が、市民と行政の協働による景観まちづくりの歩みと、これからの市民会議の果たすべき役割について話されました。

2010年4月に観光学部を開設するために、さまざまな準備をしている東海大学。今回のフォーラムの主催者である東海大学文学部アメリカ文明学科の松木亮三教授とも名刺交換し、改めてじっくりとお話させていただくことになりました。

市民、大学、行政が手を結び、ネットワークを広げ、協働することで、新しい地域創造の芽が生まれることを願っています。

この後、電車で小田原へ。「夜の会フォーラム」へ参加した、という大忙しの1日でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「夜の会フォーラム」で木谷正道さんのトークとギター弾き語りの夕べ

3月18日の夜、小田原駅前の市民学習センターで第90回「夜の会フォーラム」の例会が開かれました。この日は木谷正道さんの「住まいと心の耐震補強―生きていたくなるまちづくり―」と題して、トークとギターの弾き語りの集いになりました。

夜の会の例会は、2月に1回ですから、丸15年を経て、16年目に入ったことになります。記念すべき90回にふさわしい楽しい例会となりました。

Dscn1889

木谷さんは、小学校のときに決闘をやった相手から15年前に「木谷、地域のことをもっと考えないといけないよ」と言われたことが第1の転機となりました。その後、早稲田の商店街のまちづくりの中で、後に『五体不満足』を書いた乙武君と出会い、阪神淡路大震災を経て、平塚の宅老所「ひなたぼっこ」でギターの弾き語りのボランテアを始めました。戦後60年のときには、都庁職員として生きてきた「自分史」を書き出してみて、唖然としました。人間も、社会も悪くなる一方。私は何をしてきたのかと自問したといいます。

「本当にやりたいこと、やらなければならないこと」をやるために、都庁を定年1年前の2007年3月に退職。現在、NPO法人暮らしと耐震協議会理事長、NPO東京いのちのポータルサイト副理事長、まちの音楽家として、八面六臂の活動をしています。

この日の木谷さんの持ち時間1時間半。テーマに掲げた話以外にも、木谷道場における門下生と一緒に暮らした子ども時代や、木谷さんの母親の出身地・地獄谷温泉、現在、囲碁の普及にも力を注いでいる活動など、いつものトークとは少し違った話しぶりとなりました。

Dscn1904

ギターの弾き語りを2曲、最後に参加者全員で「故郷」を歌いました。

Dscn1912

トークの会の後は、小田原駅近くの「八起き」で交流会。

Dscn1914

荒川区民マラソンに参加し完走した木谷さんのアルコール抜きの50日のトレーニング、手づくり味噌や、こだわりの醤油談義に花が咲きました。

得体の知れない「夜の会フォーラム」に初参加の木谷さん、次回の例会にもギター片手に参加したいとメールをいただきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

伊勢治書店ブックフェアで出会った漫画家たち

3月14日〈土〉、15日〈日〉は、小田原の伊勢治書店において「本づくりのセミナー」と同時に漫画家たちによる「似顔絵コーナー」が開かれました。これは、「神奈川自費出版の会」のメンバーの蒼天社・野谷さんの日ごろのネットワークにより実現している催しです。

Dscn1768

14日は、泉ゆきおさん〈左手前〉と辻下浩二さん〈左奥〉のお二人です。

Dscn1774

この日の仕事を終えて、小田原駅近くの居酒屋で打ち上げです。マンガの画風そのままに、個性豊かなという言葉では表すことができない会話のやり取りとなりました。と言っても、よく聞けば、早いだけがとりえのおやじギャグ? の応酬でしたが。

この日、私はもう1か所、秦野駅で待ち合わせがあり、残念ながら途中で失礼しましたが、とめどもない与太話は、JR東海道線の列車内でもつづきましたとさ。

15日は、岡崎忠英さん〈右手奥〉と村岡ケンイチさん〈右手前〉のお二人です。

Dscn1853

岡崎さんとは昨年もご一緒して意気投合、似顔絵を描いていただきました。この日は村岡ケンイチさんにお願いしました。描いてもらいながら、ケンイチさんをパチリ。

Dscn1847

病院で似顔絵セラピーもやっているケンイチさん。コミュニケーションをとりながらこんなふうに描き上がりました!

Dscn1860

思わず笑ってしまうのは、セラピー効果絶大、と言うことでしょうか。

昨夜に引き続きこの日も小田原駅近くで打ち上げです。

似顔絵国際大会「NCNミニコンベンション in Tokyou」〈ベスト白黒部門〉で2007年と2009年の2回優勝しているケンイチさんの飄々とした話に相槌を打ちながら、おじさんたちは杯を重ねました。

1982年生まれの若き似顔絵セラピストの活躍に乞う、ご期待!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

秦野市本町地区の町並み見て歩き

3月14日〈土〉午前、秦野市本町地区の見て歩きを、本町公民館と「市民が創る秦野のまち」の共催で開催しました。テーマは「四ツ角周辺の蔵と古民家を訪ねて」。

あいにくの雨模様のため、当日用意した資料で、座学に切り替えるか迷いましたが、20人近い参加者は、せっかくの機会だから現場を歩きたいとの思いが強く、コースをショートカットして実施することになりました。

Dscn1674

まず、公民館の1室で館長、生涯学習課の担当者のあいさつがあり、この日の資料の説明は、「市民が創る秦野のまち」の小川さん、コースの説明は酒井さんが当たりました。

Dscn1683

資料の作成は、元原稿を小川さんが中心になって作成し、印刷・製本を公民館が分担しました。行政と市民グループの得意技を生かしながら、今回の見て歩きは企画・実施されました。

Scan10447

素敵な手作り資料が配られました。この「見て歩き」の趣旨を、主催者の本町公民館は、次のように表現しました。

「本町地区の町並みを見て歩き、先人たちが築き上げてきた秦野のまちに残る近代の建物を通じて、地域の歴史と産業の歩み、文化や時代の流れを聞き、知ることで秦野のまちを好きになり、知識を深めるために・・・」

一方、私たち「市民が創る秦野のまち」は、次のようなコメントを記しました。

「この会は、12年前に秦野の近代建物を探訪する会として発足しました。当時の旧梅原邸洋館の保存運動の反省から、私たちのまちに埋もれている近代の建物や文化遺産を掘り起こし、市民の皆さんと一緒に探訪する催しを続けています。今回、本町公民館と協働で 『本町地区の町並みを歩く』を企画しました」

さっそく雨の中を傘をさして街に繰り出しました。

Dscn1688

最初は宇山商事のガソリンスタンドの奥庭にある「十日市場」の市神の碑です。

昭和初期に建てられた2階建ての和風店舗の中に入らせていただきました。宇山さんご夫婦が建物の歴史や、特徴について説明していただきました。また、建て前の写真なども見せてもらいました。参加者は興味深々・・・。

Dscn1699

Dscn1704

建物は、ケヤキの太い梁や磨き漆喰の壁が印象的で、現在も店舗として大切に使いつづけている姿に愛情と心意気が感じられました。

Dscn1707

Dscn1711

次は、本町四ツ角近くの普川邸の洋館です。普川家は明治期以降、秦野銀行の頭取を務めるなど、金融や秦野物産などの商業を手がけました。

Dscn1723

この洋館は、大正末のモダニズム建築の特徴を表わしています。

Dscn1733

2階の和室で普川さんのお話をお聞きしました。「建物にかかる固定資産税はわずか。土地の部分が馬鹿にならない。年金でやり繰りしています」と、歴史的な建物の維持管理のご苦労を率直に話されました。

Dscn1737

これは、秦野物産のきざみタバコの商標です。どこかで見たことがあるような絵柄ですが、普川さんは「この意匠は、たばこ博物館を通じて、麒麟麦酒に譲渡されたと聞いています」と話されました。

この後も、もう1か所、聖ルカ教会の建物を見学しましたが、私は小田原に行く用があり、その前を通るだけで、見て歩きを途中で抜けてしまいました。この建物も大正末から昭和初期にかけの洋風建築です。

Dscn1747

地域を歩いてみると、さまざまな宝物が眠っているのに出会います。地域の宝物を再発見することも見て歩きの楽しみの一つです。そこにあるものを掘り起こして、まちづくりに活用する。「市民が創る秦野のまち」の活動目標の一つです。

今回が公民館との協働の第1回の見て歩き。新しい年度に入ったらシリーズ化したいとの公民館の意向もあり、私たちの会も協力します。次はどんなテーマが出てくるか、それを企画するのも楽しみです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小田原・伊勢治書店で「かながわ自費出版の会」ブックフェア開催中

3月11日から18日まで、小田原市の伊勢治書店本店でブックフェア「本づくりを楽しむ!」が開催中です。伊勢治書店が主催、「かながわ自費出版の会」の企画で、年1回の開催で、今回が第7回です。

Dscn1646

1階のブックフェアの会場です。ここでは本の販売をしています。

Dscn1647

3階の自費出版物の展示と本づくり相談の会場です。

「かながわ自費出版の会」の参加社は、神奈川新聞社出版部、湘南社、蒼天社、ホンゴー出版、武田出版、まつ出版、夢工房の7社です。各社で発行している本や、自費出版物を集め、フェアを開きながら、本づくりのセミナーと自費出版の相談会を合わせて開催しています。

Scan10446

さっそく神奈川新聞〈3月12日〉に催しの案内が掲載されました。ちょうどこの日は、午後3時から6時まで私が3階会場の当番です。受付で来場者の案内のかたわら、いま進行中のゲラを持ち込み校正作業に励みました。

来場者が切れたところに伊勢治書店の筒井社長が姿を見せました。「夢工房20年の集い」ではすっかりお世話になっています。これからの地域のありようや、小田原の文化の現状などについて、久しぶりにお話でき、共感するところが多々ありました。

14日、15日には本づくりセミナーがあります。小田原ライブラリーに「小田原地方の本土決戦」を書いていただいた香川芳文さんの講演は15日の午後です。私も参加します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鎌倉団塊プロジェクト「地域を語り、青春を歌う」に参加

3月7日午後、「地域を語り、青春を歌う」という「団塊世代の地域デビューへのお誘い 第12弾」の集いに参加しました。鎌倉団塊プロジェクト実行委員会主催のこのイベントは、鎌倉駅から徒歩5分ほどのコミュニティースペース「ジャックと豆の木」で開催されました。

「鎌倉団塊プロジェクト」は、鎌倉市と鎌倉市民が協働して、団塊世代をはじめとしたシニアの地域参加・地域デビューを実現するためのさまざまな試みをやってきました。ユニークなその取り組みは、全国に先駆けたものとして多数の視察を受けているといいます。

行政の担当者の頭の軟らかさ、鎌倉市民の企画力と熱意が、このプロジェクトを支えてきたのでしょう。

Dscn1525

一昨年、神奈川新聞のコラム「団塊探偵団」に10か月間、地域でユニークな活動を展開している団塊世代を紹介した3人の市民編集長・野口稔さん、木谷正道さん、片桐務が、第1部「団塊フロントランナーと地域」で顔を合わせました。

Dscn1536

野口さんは「地域、そしてふるさとへの想い」。

Dscn1539

木谷さんは「風になる」。

私は「地域を耕し、人と人を編む」と題して、それぞれが、いま地域で取り組んでいる市民活動を語りました。

第2部は「世代間交流コンサートと懇談」。菱田啓子〈ピアノ〉・菱田博俊〈クラリネット〉さんご夫妻によるコンサートです。

Dscn1550

会場のみなさんと一緒に青春時代の歌を合唱したり、お二人の軽妙なやり取りに会場は笑いに包まれました。

その後の懇談に供された食べ物は、前夜に実行委員会のメンバーが手作りしたものです。鎌倉男の料理教室講師の蓼沼誠一さんの指導で、モチモチ食感のギョウザ、コイワシのマリネ、サラダがテーブルをにぎわしました。

Dscn1560

Dscn1558

Dscn1559

この日の参加者は39名。3年間に12回開催されたイベントの中で最高の人数だったといいます。これまでの成果、反省を踏まえ、新年度からは新たな取り組みを企画したいとの参加者の想いが伝わってきました。

この日もさまざまな人とお会いしました。写真家の関戸勇さんは最近、岩波書店から「写真集 鎌倉の森 台峯」を出されたばかりです。

Dscn1569

盧佳世さんは2ndアルバム「海渡り」が間もなく発売です。

Dscn1562

北鎌倉湧水ネットワーク「北鎌倉おとな探偵団プロジェクト」の「ガイドブックに載らない北鎌倉の神々」は、増刷中です。

Dscn1566

「人との出会いが何よりの宝物」と実感した鎌倉の1日でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

名古木の棚田に東海大学付属本田幼稚園児が来ました

3月5日〈木〉午前中、隣りの伊勢原市にある東海大学付属本田幼稚園のエコクラブの子どもたち33人と先生、お母さん、園長さん、総勢40名が丹沢ドン会の名古木の棚田に来ました。

Dscn1407

Dscn1409

昨年秋、園児たちが大挙して来て、稲刈りの終わった田んぼに寝っころがり、大空を眺めてから4か月ぶりのことです。その後、園児たちは、暮れのクリスマス会のバザーなどで、一生懸命にお金をためてきました。

「地域の環境を守るために役立ててください!」

Dscn1419

園児たちは、自分たちが集めた貴重なお金を丹沢ドン会に寄付してくれました。今年で3年連続のことです。子どもたちから包みを受け取ったドン会の工藤誠幸理事長は、身をかがめて子どもたちにお話ししました。

「ありがとうございます。みなさんが集めてくれたお金は大切に使わせてもらいます。いま棚田には、蛙の卵や、オタマジャクシがたくさんいます。冬の間も田んぼに水を入れて、生き物たちが暮らしやすい場をつくっています。みんなで観察してください」

子どもたちはさっそく田んぼに向かいました。

Dscn1435

Dscn1440

こわごわと田んぼの中を覗き込んでいる子どもたち。中には畦を踏み外して泥んこになった男の子もいました。ヤマアカガエルのオタマジャクシに大興奮です。

Dscn1478

なにやら蛙を見つけたようです。

Dscn1480

アマガエルです。

Dscn1455

大人たちも童心に戻って夢中になって観察です。園長さんらしき人は、「昔は蛙の肉を焼いて食べました。秋にイナゴ取りに来たいな。佃煮にしよう・・・」などと、嘘かまことかわからない話をしています。

Dscn1484

その後、ドン会の女性陣が用意したお汁粉をみんなでいただきました。

Dscn1493

昨日までの冬空が嘘のようです。子どもたちを大歓迎するように、この日は晴れました。西の空にオオタカが舞い、棚田の上にはノスリが舞っていました。残念ながら、このカメラでは撮影できませんでしたが・・・。

Dscn1499

子どもたちへのお土産は、松ぼっくりなどの炭焼きとキンカンです。

Dscn1446

田んぼの水に太陽がぼーっと映っています。

Dscn1510

その上の土手で子どもたちは、「ありがとうございまーす」と大きな声で手を振ります。

「どういたしまして! またお出でー!」

のどかな名古木の棚田に一陣の風が吹き込み、ヒューッと去って行きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ふるさと長岡の実家で杉の木の伐採

3月2日~4日は、久しぶりにふるさと・長岡の実家に行ってきました。実家では、この秋に89歳になる母と、私と1歳違いの兄が暮らしています。

広くはない実家のまわりに、防風林を兼ねた杉の木を父の代に植えたものです。その杉の木の一部を切って兄は庭の活用を考えています。その伐採の手伝いに来ないかと電話が兄からありました。というのも口実で、ここのところ少し年を重ねた母に会いに来て欲しいというのが本心なのかもしれません。

ともあれ、里山管理でチェンソーの使い方は先刻承知。仕事をやり繰りして、ようやく2日半の時間を捻り出し、大宮から上越新幹線に乗り込みました。

トンネルを抜けると、車窓からは冬の山が見えてきました。久しぶりに雪国の風景に出会いました。

Dscn1197

2日の夕方、長岡駅に仕事帰りの兄が迎えに来てくれました。風呂を浴び、親子3人、水入らずの夕食をとり、その日は早々に湯たんぽの入った布団で寝入りました。

翌朝起きて庭に出ました。実家の周りにはほとんど雪は残っていません。冬囲いがそのままです。

Dscn1218

Dscn1220

朝食を済ませて、伐採予定の木に兄はお神酒を上げました。良くぞここまで成長してくれました。伐らせていただきます。

Dscn1232

Dscn1250

Dscn1321

丸1日、兄と二人がかりで4本の杉の木を伐採し、枝を払い、整理しました。

Dscn1320

払った枝はうずたかく積み上げました。

Dscn1254

杉の実は、幼いころには、杉鉄砲で遊んだものです。いまは、杉の花粉症で嫌われもの。私もマスクで防御しながら作業をしました。

この日の作業を終えて、一息つきました。庭の片隅には残った雪とふきのとう、水仙の芽が顔を出していました。

Dscn1261

夕方、母と二人で近くのお宮さんにお参りに行きました。

Dscn1275

こんなに小さいお宮の境内で、小学生のころは草野球をしていたのですね。米山さんの薬師如来にも足を延ばしました。ここからは、8月2日、3日に長岡の花火を遠く夜空に見ることができます。

Dscn1292

Dscn1296

越後平野の田んぼの向こうに雪山が横たわっています。

翌日、帰る日の午前中にも杉の木を1本切りました。倒す方向を考え、チェンソーの切り口を入れたつもりが、予想に反して90度反転し、隣りの家の庭に倒れてしまいました。

兄は、すぐさま謝りに行きました。

「よくあることで・・・、ケガをしないようにしてくんなせえ・・・」と、懐かしいふるさとの言葉に感じ入ったことでした。

杉の木の切り口を数えてみれば、50年近い年輪が・・・。親父が植え、次の代でその木を伐って活用する。息の長い自然の営みを感じた、もうすぐ春の帰省でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小田原「米橋」で小澤一嘉さんの『口腔癌ターミナルケアに関する研究』の打ち合わせ

2月28日〈土〉は、2度、小田原に出向きました。午後、車で2本のゲラ〈校正刷り〉を印刷会社に届けて秦野に戻り、取って返して今度は電車で小田原に。

そのとき、秦野駅のホームの待合室で電車を待っていて、マスクの男性に声をかけられました。夜の会の世話人でご一緒している詩人の加藤三朗さんです。月に1度の句会の帰りだそうで、隣りの渋沢駅までご一緒しました。「秦野の鹿鳴館再建の会」のリーフレットをこのときとばかりにお渡ししました。

小田原駅新幹線の改札口で小澤一嘉さんと待ち合わせです。小澤さんは、岐阜市で口腔外科学、歯科心身医学が専門の開業医です。2007年10月に夢工房から『歯科領域における保健・医療・福祉の全人的アプローチ』という研究書を発行しています。

Scan10191  

この日は東京で研究会に参加した帰りに、次の研究書『口腔癌〈頭頸部癌〉のターミナルケアに関する研究』の出版の打ち合わせのために、小田原で途中下車していただきました。

小澤さんは常に患者さんの立場に立ち、歯科領域に限定しないで全人的な医療を目指して現場の声や情報を発信しつづけています。医師や看護職・患者遺族などへのアンケート調査を踏まえた、口腔癌のターミナルケアについての研究の成果が楽しみです。

Dscn1123

じっくりと原稿を読み込み、ともに本づくりに取り組みたいと思います。

打ち合わせをしたのは、小田原駅近くの日本料理割烹「米橋」です。ご主人の米山昭さんとは20年来のお付き合いです。

Dscn1126

Dscn1121

Dscn1122

Dscn1124

Dscn1125

いずれも身体に優しいこだわりの料理がカウンターに並べられました。

ここは、さまざまな職業の人たちが集まり、交流するサロンでもあります。神奈川県宅地建物取引業協会の小田原支部・相談調停委員長の酒井利幸さんともこの日、知り合うことができました。月に1回、電話相談のボランティアをつづけている酒井さん。多いときには1日25件もの相談を受けることもあるといいます。

Dscn1128

こんなたまり場が駅近くにあるのは幸いです。「小田原にもこんないいところが・・・」、と小澤さんは新幹線の改札口に向かいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

春を告げる我が家の庭のフキノトウ

寒い冬空がつづいています。昨日は、小田原の印刷所へ「美しき比々多村の詩」と「ミキ」の校正刷りを届けに行きました。その帰り道、国道246の渋滞を避けるために秦野市萩が丘の抜け道を通りました。電線が手前ににかかっていますが、左の窪んでいるところが金冷やし、右に塔ケ岳・新大日・三ノ塔・二ノ塔まで丹沢表尾根の雪化粧です。

Dscn1120

そんな寒い冬の日ですが、我が家の庭にはフキノトウが顔を出しました。

Dscn1061

Dscn1050

今年は出ないのかと心配していた桜草も小さな芽を出し始めました。

Dscn1072

Dscn1065

ユキヤナギも緑の葉っぱが際立ってきました。

Dscn1063

我が家の庭の植物たちの春の装いは、少しずつ華やぎ始めています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »