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ふるさと長岡の実家で杉の木の伐採

3月2日~4日は、久しぶりにふるさと・長岡の実家に行ってきました。実家では、この秋に89歳になる母と、私と1歳違いの兄が暮らしています。

広くはない実家のまわりに、防風林を兼ねた杉の木を父の代に植えたものです。その杉の木の一部を切って兄は庭の活用を考えています。その伐採の手伝いに来ないかと電話が兄からありました。というのも口実で、ここのところ少し年を重ねた母に会いに来て欲しいというのが本心なのかもしれません。

ともあれ、里山管理でチェンソーの使い方は先刻承知。仕事をやり繰りして、ようやく2日半の時間を捻り出し、大宮から上越新幹線に乗り込みました。

トンネルを抜けると、車窓からは冬の山が見えてきました。久しぶりに雪国の風景に出会いました。

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2日の夕方、長岡駅に仕事帰りの兄が迎えに来てくれました。風呂を浴び、親子3人、水入らずの夕食をとり、その日は早々に湯たんぽの入った布団で寝入りました。

翌朝起きて庭に出ました。実家の周りにはほとんど雪は残っていません。冬囲いがそのままです。

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朝食を済ませて、伐採予定の木に兄はお神酒を上げました。良くぞここまで成長してくれました。伐らせていただきます。

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丸1日、兄と二人がかりで4本の杉の木を伐採し、枝を払い、整理しました。

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払った枝はうずたかく積み上げました。

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杉の実は、幼いころには、杉鉄砲で遊んだものです。いまは、杉の花粉症で嫌われもの。私もマスクで防御しながら作業をしました。

この日の作業を終えて、一息つきました。庭の片隅には残った雪とふきのとう、水仙の芽が顔を出していました。

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夕方、母と二人で近くのお宮さんにお参りに行きました。

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こんなに小さいお宮の境内で、小学生のころは草野球をしていたのですね。米山さんの薬師如来にも足を延ばしました。ここからは、8月2日、3日に長岡の花火を遠く夜空に見ることができます。

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越後平野の田んぼの向こうに雪山が横たわっています。

翌日、帰る日の午前中にも杉の木を1本切りました。倒す方向を考え、チェンソーの切り口を入れたつもりが、予想に反して90度反転し、隣りの家の庭に倒れてしまいました。

兄は、すぐさま謝りに行きました。

「よくあることで・・・、ケガをしないようにしてくんなせえ・・・」と、懐かしいふるさとの言葉に感じ入ったことでした。

杉の木の切り口を数えてみれば、50年近い年輪が・・・。親父が植え、次の代でその木を伐って活用する。息の長い自然の営みを感じた、もうすぐ春の帰省でした。

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