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2009年4月

中井町・五所宮八幡神社の祭りに遭遇

4月28日〈火〉は、午後から市内の郵便局、銀行と小田原の印刷所へ出かけました。小田原からの帰り道、国道1号線から中井町に向かう道を進みました。

いつもは渋滞知らずの県道なのですが、この日はどういう訳か車がつながっています。とろとろと進むのに業を煮やした何台かの車が、ユーターンして行きました。

そのうち遠くからお囃子の音と、勇ましい掛け声が聞こえてきました。しばらくすると黒山の人だかりと山車が見えてきました。平日の夕方、中井町のお祭りでした。

山車は1台だけでしたが、大きく立派なものでした。地域のみんなが誇りにしている様子が手にとるようにその掛け声に現われています。祭りの山車の巡行のための片側交互通行で渋滞していたのですが、にぎやかな祭りの様子は残念ながら写真に撮ることができませんでした。

きっと中井町の五所宮八幡神社の祭りだろうと、行列を通り過ごしてから神社に向かう道を進みました。

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案の定、祭りの幟がはためき、氏子の人たちが集まっていました。神社のまん前には、夢工房から「米屋の米寿―従軍・店の再興・社会奉仕の半生記」という本をお出しになった重田治平さんのお店があります。

最近の祭りは、土曜・日曜に日をずらして開催されることが多い中で、中井町の五所宮八幡神社の祭りが平日に行われていることに驚くと同時に喝采をしました。この神社は保元2年〈1157〉に比叡山の僧義円によって創建されたと言います。

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普段通らない道を進むと、こんな祭りの飾りにも出会いました。ちょっと得をしたような遠回りです。

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赤坂陽光ホテルで長岡高校同期会

4月25日〈土〉夕方から、東京赤坂の陽光ホテルで長岡高校の同期会が開かれました。この日昼過ぎからは、別のホテルで長岡高校東京同窓会が開催されていましたが、私は陽光ホテルのみ出席です。

長岡高校東京同窓会は、50歳になった学年が企画・運営をする慣わしです。私たちの学年は、ちょうど10年前に幹事をやり、高校以来の旧交を温めました。

その後は、、東京同窓会の日に併せて同期会を開催してきました。今年は、還暦の年ということで、例年より多くの同期のメンバーが集まり、中には高校以来初めてお会いするという人もいました。

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この日参加の女性陣です。

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一人ひとり、高校時代の思い出や、いまの様子を話しました。奥さんに先立たれた人、第2の職場についている人、病気から癒えた人などなど、それぞれ60の年輪を重ねていました。

赤い皮のベストは、還暦記念につくったものです。同期のメンバーの目黒さんはファッション関係の仕事をしています。材料、縫製にこだわり、いいものを安く提供してくれました。

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3年のとき同じクラスのメンバーがこの日、私を含め6名集まりました。5月5日には、ふるさと長岡の割烹「魚藤」で今度は同級会が開かれます。担任の先生にも久しぶりでお会いすることができそうです。

同じテーブルで話をした白井〈旧姓栃倉〉さんは、会津若松市で不動産鑑定士をしています。首都圏出版人懇談会のメンバーの「歴史春秋社」のことをよく知っていました。名刺を交換した白井さんは、夢工房の住所を見て驚きました。

妹さんの家族とご両親は、いま秦野に住んでいると言うのです。不思議なご縁に今度は私が驚きました。

たいていの参加者が2次会〈3次会?〉へ流れました。

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それぞれの第2の人生はもう始まっているのでしょう。

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札掛・森の家で「丹沢自然保護協会」総会

ここのところ総会ラッシュです。4月26日〈日〉午後は、NPO法人丹沢自然保護協会の総会が丹沢札掛の森の家で開催されました。当初、協会が手配した秦野駅発のバスで会場まで行く予定にしていましたが、野暮用が重なってやむなく自家用車で出かけました。

前日の嵐が嘘のようにからりと晴れ渡り、新緑の丹沢の緑がまぶしい。

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途中、菜の花台の駐車場から下界を眺めました。秦野盆地の向こうに相模湾が見えます。

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視線を右に振ると真鶴半島から箱根連山が横たわっています。

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秦野盆地の中心街です。17万市民の暮らしは、丹沢の緑の水に浮かぶ小島のようです。

札掛・森の家には、15時少し前に到着。玄関先では、中村道也理事長と大沢副理事長が立ち話をしていました。ハイブリット車「プリウス」から降りた私に、中村さんが話しかけました。

「片桐さん、いつからプリウス?」

「もう7年。リースですよ」

「いま買い時だね。ハイブリット車の優遇で40万円補助が出るんだって・・・」 

久しぶりの丹沢、中村さんとお会いするのも半年ぶり。あいさつ抜きで話ができるのも中村さんのお人柄です。

定刻に始まった総会は、青砥副理事長が議長をつとめ、事務局の山形さんが事業報告・決算報告、新年度の事業計画案、予算案を説明。役員改選は一人、自己都合で理事を辞退された方がありましたが、その他は理事全員留任となり、現体制で次の2年間、協会を運営することになりました。

「丹沢の自然保護策について、行政の方針が決まる前に協会は政策提言を行い、具体的施策に反映させたい」山形理事が提案したNPO法人丹沢自然保護協会の基本的な活動方針です。そのためには、さまざまなノウハウの蓄積と人的ネットワークが大切になります。

帰りのバスに乗り遅れたご婦人を一人、私の車に乗せて出発。先行したバスにヤビツ峠で追いつき、無事に乗り換えることが・・・、というハプニングはありましたが、総会は滞りなく終了しました。

帰り道、菜の花台の手前で今度は雪煙を上げる富士山が目の前に現われました。

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太陽はまだまだ天上にありました。

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雨岳文庫を活用する会総会

4月25日〈土〉午後、伊勢原市上粕屋の山口家で、NPO法人になって3回目の「雨岳文庫を活用する会」総会が開かれました。この日は生憎の雨模様でしたが、正会員57名のうち、40名近い会員が出席しました。

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この1年間に、雨岳文庫を活用する会の活動は多方面に広がりました。農業関係の資料調査には、県立公文書館の館員や、一橋大学、東京農業大学の関係者が当たりました。

文化庁の登録指定を受けている建物の調査には、東海大学建築学科が学生のフィールドワークを兼ねて取り組んでいます。雨岳文庫資料館〈大畑哲館長〉では自由民権関係の資料が常設展示されています。

丹沢ドン会が関わる、そば・お茶作りや竹の子掘りなどの体験学習のほかにも、活用する会独自のさまざまな農業体験学習が実施されました。

また、文化庁の「文化財建造物活用モデル事業」の受託事業では、土壁づくり、紙漉き、昔ながらの大掃除や、子どものための民家探検など、ユニークなプログラムが実施されました。山口家を舞台に実施された事業の1年間の参加延べ人数は1200名を越えました。

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山口家のご当主であり、NPO法人雨岳文庫を活用する会理事長である山口匡一さんは、まちづくりの一つの核である雨岳文庫を地域に定着させるために飄々として活動をつづけています。

事業報告・会計報告の後、監事である私は監査報告を行いました。総会の後に開かれる1級建築士の中山章さんの講演「最後の名主代官屋敷:山口家住宅の建物について」は残念ながら聞くことができませんでした。

総会を途中で抜け出した私は、東京・赤坂で開かれている長岡高校の同期会に向かいました。

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自費出版編集者フォーラム総会で鈴木政子さんの講演

4月18日〈土〉は、大忙しの1日でした。午前中の会合を終え、午後から秦野市立末広小学校で開催される「旧梅原家洋館の部材見学会・ワークショップ」の準備中の現場に出向きました。再建の会のメンバーと近くの蕎麦屋で昼食をとりながら打合せをし、後は任せて東京に向かいました。

東京駅八重洲口から徒歩3分の「八重洲ダイビル」で開催の自費出版編集者フォーラムの総会に遅れて駆けつけました。鈴木政子さんの講演「自分史という自己表現を応援する」という講演が始まっていました。

旧満州から命からがら引き揚げてきた鈴木さんは、その途中で病気の弟に「あんたなんか死んでしまえばいい!」と言った言葉を引きずって戦後、生きてきたといいます。「自分の体験を書くことなしには生きていけない」と、『あの日夕焼け―母さんの太平洋戦争』『満州そして私の無言の旅』を書きづづったそうです。

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いま鈴木さんは、自らの自分史づくりの体験を踏まえて、多数の自分史教室の講師をつとめ、自分史を書くことの意味を伝えています。

講演の際には、これまで鈴木さんが関わったさまざまな文集を回覧していただきました。その中に「茅ヶ崎ふだん記」グループの作品がありました。そこに見覚えのある名前がありました。20年近く前に小田原市中央公民館の講座でお会いした上條磨美さんです。

公演の後に鈴木さんに質問しました。「上條さんは、一緒に「茅ヶ崎ふだん記」グループを立ち上げたお仲間で、いまも活躍されています」という不思議なご縁がありました。

講演の後、打ち上げ会場に向かう道すがら、鈴木さんと少し話すことができました。

「増田昭一さんの『満州の星くずと散った子供たちの遺書』を夢工房から出版しています」と話すと、鈴木さんは横浜・みなとみらい小ホールであった朗読と音楽でつづる舞台「満州の星くずと散った子供たち」を「私も見に行きました」と話されました。

自分史・満州・茅ヶ崎・小田原・横浜・東京と、不思議なご縁でつながった夜でした。

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ジャスコ秦野店周年祭で旧梅原家洋館再建コンサートを!

4月18日〈土〉は、イエローレシートキャンペーンの贈呈式の後、ジャスコ秦野店の林副店長、専門店会の川口会長と私の3人で話し合いの場を持たせていただきました。

テーマは、秦野店の1階「センターコートで旧梅原家洋館の再建のチャリチィーコンサートを開きたい」という再建の会の企画を、川口会長より事前にジャスコさんに伝えておいていただいたのですが、この日、直接、担当の林さんにお願いすることができました。

川口さんの事前の根回しが良かったのでしょう、これまでの再建の会の活動を説明し、12年前の洋館保存運動の記録をまとめた「秦野の鹿鳴館―旧梅原家洋館保存運動 全記録」(夢工房刊、1999年7月)を開きながら、洋館保存のためのチャリチィーコンサートをジャスコで開催した当時のようすをお話しました。

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林さんからは、11月中旬に例年開催している「ジャスコ秦野店の周年記念祭に併せて開催したらどうか」という嬉しい提案がありました。周年記念祭はさまざまなイベントが組まれ、お客さんも多数来場する最高の機会です。

また、林さんからは、連休中の5月2日~6日に開催される「市内の市民活動PRコーナーに再建の会のパネルを展示したらどうか」、「イオン環境財団が毎年募集している環境・まちづくりの助成金に応募したらどうか」、「緑の羽根の募金のように、再建募金の箱を設置することも検討しましょう」という思いがけない提案もいただきました。

一も二もなく、旧梅原家洋館再建の会として連休にはポスターを展示し、助成金の募集の要項を調べることにしました。

チャリティーコンサートには、「小澤コールの会」のメンバーがすでにやる気満々で、何を歌おうかと選曲をしています。市内のいろいろな団体に声をかけ、子どもたちも多数出演できるように企画を立てたいとワクワクしてきました。

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ローターアクトで丹沢ドン会の出前授業

4月19日〈日〉午後、横浜線の相模原駅から徒歩10分の相模原市産業会館で国際ロータリー第2780地区ローターアクトの総会が開催されました。記念プログラムの特別授業の講師を務めました。

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ローターアクトの地区環境委員会が示した記念プログラムのねらいは「①具体的な環境活動の内容の発表とPR、②参加者にワクワクどきどきしながら見て、考えてほしい、③身近に環境の危機が迫っているいま、我々に何ができるのか、④関東エリアのアクターに環境活動普及の火を放ちたい」というアクティブなものでした。

第1部「はじまりは、”はじめの1歩”」というタイトルで、パワーポイントとムービーメーカーを使って「ことの始まり」、大山登山から、環境団体の調査にいたる「葛藤」、悩みながらのシンポジウムへの参加した「迷走」、片桐との出会いの「引き寄せ」や、丹沢ドン会とのコンタクト、自然塾への参加などの「出会い」を映像表現。

丹沢の自然に関する4つのクイズも出題され、珍回答に会場は和やかな雰囲気に。

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地区代表の野村和正さんは、もともと私と同業の編集者。台本作りや映像・ビデオ制作を本業としてやっている方です。「なるほど」という楽しく肩の力を抜く演出でした。

第2部「世界一受けたい丹沢の授業」というタイトルで私の授業が始まりました。タイトルの表現に少し抵抗〈?〉はありましたが、丹沢の自然の危機的状況、山頂から山ろく、都市の暮らし、川、海へ至る自然の循環、自然塾丹沢ドン会の目指すところと活動の具体的内容をパワーポイントでお見せしました。

壇上には4人の生徒が机を並べています。質疑を含め40分余りの環境特別授業となりました。

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「身近な地域の環境と関わりながら、地球環境問題に想像力を働かすこともできます。自らの身体を動かし、いい汗をかき、次の世代へ「伝統的農村景観」や自然環境を伝えるためにローターアクトの世代が果たす役割はたくさんあります。一緒に汗をかきましょう!」と団塊世代のメッセージを発信しました。

お誘いのあった総会後の懇親会には、参加できませんでした。

町田駅で「玉川碑関係史料及び論考集」の最終ゲラを建築史家の稲葉和也さんから受け取る約束がありました。連休前に納品することになっている大急ぎの本です。稲葉さんについては改めてご紹介したいと思います。

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壇上で代表の野村さんからいただいた花束は、自宅の玄関に飾りました。

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ジャスコ秦野店「幸せのイエローレシートキャンペーン」贈呈式

4月18日〈土〉午前、秦野市立本町公民館の会議室でジャスコ秦野店の「幸せのイエローレシートキャンペーン」還元の贈呈式が行われました。NPO法人自然塾丹沢ドン会の他、30近いボランティアグループが参加しました。

「イエローレシート」と言っても何のことか、お分かりにならないと思います。

毎月11日に、イオングループのショッピングセンターで買い物をすると、黄色いレシートが発行されます。そのレシートを自分が応援したい活動をしているグループのボックスに投函します。年2回、その集計がなされ、投函したレシートの買い物金額の総計の1パーセントに相当する金額が、それぞれのグループに還元・贈呈されるのです。その金券でジャスコ店で必要な商品を買うことができます。

ちなみに2008年10月~2009年3月のジャスコ秦野店の投函されたイエローレシートの総合計は4800万円余り、各グループに授与された合計金額は48万円余りでした。7万ほどのところもありましたが、ドン会への贈呈金額は1万4000円ほどでした。

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ジャスコ専門店会の川口会長からドン会の大森さんへ贈呈されました。

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イオングル-プは、100年に一度の経済不況で今期は赤字経営だと言われていますが、地域におけるボランティア活動の支援はいままでどおりだそうです。社員のみなさんは、「イオン行動規範宣言」なるものを毎朝唱和し、仕事に励んでいるといいます。植林や地域の環境整備など、これまでも地域貢献活動を息長く行ってきた企業ならではです。

地域あっての商売です。その基本を忘れない企業姿勢は、当たり前とは言いながら、これからの社会貢献の一つの模範であるかもしれません。丹沢ドン会は、かつて「イオン環境財団」から活動助成金をいただいたこともあります。

年2回の「イエローレシート」の還元は、ドン会の場合、文具などの購入に当てています。わずかな金額であっても、私たちのボランティア活動の貴重な財源です。大切に使わせていただきます。ありがとうございます。

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木下尊惇さん、フォルクローレ・コンサート「ティオの住む山」

4月18日〈日〉午後、秦野市菩提のギャラリー「楓」で、フォルクローレ・コンサートがあり、出かけました。演奏は、前日、丹沢自然塾の開講でもお会いした木下尊惇さんと、この日初めてお会いする菱本幸二さんのお二人。

木下さんが、ギター・チャランゴ・歌を、菱本さんがケーナ・シークを担当しました。おなじみの「コンドルは飛んでゆく」のほかに、ボリビアに伝わる伝承曲、木下さんの作詞・作曲の「小さな花束」「スマック・オルコ~美しい山」など全13曲。

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途中、コーヒータイムをはさんで、約2時間のゆるやかな時間を過ごすことができました。この日は、丹沢ドン会のメンバーも私を含め5人、演奏を聴きに来ていました。

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ベランダでコーヒーを飲みながらさわやかな風に吹かれる大森さんご夫妻です。木下さんご夫妻がドン会にお出でになったのも、フォルクローレを愛好し、演奏するする「ホンチョス」のメンバーである大森さんの紹介によります。

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周辺には農村風景が広がります。

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曲の間に、木下さんは、10年間過ごしたボリビアの人々の生活や労働者の苦しみ、悲しみを静かに話してくれました。

思索する音楽家ともいえる、木下さんの風貌と穏やかなトークに、会場いっぱいの参加者は「ティオの住む山」の別世界に引き込まれました。

演奏会場の壁面には、ティオの山や坑道をイメージして描いた絵が飾られていました。

アンコール曲の最後に木下さん作詞の「虹のたもとへ」を参加者全員で合唱し、興奮冷めやらぬ状態で会場を後にしました。

帰り際に握手をした木下さんの手の柔らかさが印象的でした。この指が創造力に満ちたプロの演奏を生み出しているのですね。

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春真っ盛り、我が家の庭の花々

我が家の庭には、いまさまざまな花が咲いています。

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サクラソウが満開です。

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フリージアの黄色い花。

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タンポポも咲いています。

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スノードロップの白い花。「春待花」といわれているのに、いま咲いているのはなぜ?

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テッセンも蕾を持ちました。

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木の花たちも色鮮やか。ハナスオウです。

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サツキの花です。

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ドウダンツツジの白い花。

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サンショウの木の黄色い花が控えめに。

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一方で、山桜はすっかり緑の葉を生い茂らせました。

季節の変化は早く、体とこころがについて行けるのか心配になるほどです。季節の変わり目、気をつけたいものです。

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「首都懇」総会に向け、さきたま出版会で打ち合わせ

4月8日〈水〉夕方、さいたま市浦和のさきたま出版会で、首都圏出版人懇談会の役員会がありました。6月の総会に向けた打ち合せです。

この日の参加社・メンバーは、さきたま出版会・星野さん、歴史春秋社・阿部さん、地方・小出版流通センター・川上さん、崙書房・小林さん、随想舎・卯木さん、夢工房・片桐の6名です。事業委員長の幹書房の関さんは、急に入った仕事で欠席でした。

この日の議題は、①総会開催日程・行き先、②前年度の事業報告・決算、③新年度の事業計画などでした。本年度の総会の幹事社は、栃木県の随想舎。6月12日〈金〉~13日〈土〉の日程で企画を立てることになりました。

首都圏出版人懇談会の参加出版社は17社。共同でブックフェアを開催したり、ホームページや共同目録の発行で読者に情報発信を行っています。今年は、神奈川県藤沢市にオープンした「ジュンク堂藤沢店」でブックフェアを開催できるか検討することになりました。

また、地方・小出版流通センターの川上さんからは、「Google ブック検索をめぐって 権利者はどう判断し、対応するのか」という情報誌「アクセス」5月号〈2009年5月1日発行〉のゲラ刷りが配布されました。

フリーライターの胡正則さんが、標記のテーマで、そもそもの問題点を明らかにしています。

「とくに出版社の間では、一民間企業であるGoogleが、断わりもなく勝手にデーターベースを構築し、かつそれをネット上に公開し、自社ビジネスに利用するなどは言語道断とする声が多く、さらに和解を一方的に押し付けられてきたことへの疑念や不満の声も上がっている」

もとはと言えば、「米作家組合と主要出版社が、ネット検索最大手のGoogleが許諾なしに書籍等のスキャニングを行ないデータベースを構築したことなどに対し、権利侵害だと訴訟を起こしていた件について、昨年2008年10月に和解が成立」したことによる日本の出版界へのまざまな影響にどう対応するか、ということのようです。

Googleマップなどは、多くの人々に日常的に利用されています。最近では、全国いたるところの道路沿いの風景などが映像化され、さまざまな問題がマスコミでも提起されています。

著作権や出版権など、正当な権利が擁護された上で、さまざまな情報が手軽に活用されるということについては納得できるのですが、ネット検索最大手のGoogleの世界戦略には首をかしげる出版社が多いことも事実のようです。

打ち合わせの後には、さきたま出版会の春田さんも加わって割烹「千代田」で懇親会となりました。

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地域にこだわりながらつづけてきた夢工房の出版活動は21年。インターネット社会になってからは、有無を言わさず世界ともつながっていることを実感させられます。

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名古木の棚田で2009年「丹沢自然塾』開講・苗代づくり

4月11日〈土〉は、2009年「丹沢自然塾」の開講・苗代づくりが行われました。水苗代で苗づくりをしているのがドン会流の米づくりです。

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2009年の「丹沢自然塾」の塾生たちが秦野駅からバスに乗り、名古木の棚田にやってきました。第1陣です。

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棚田は菜の花と里山の芽吹きでほのぼのとした風景です。

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自然塾生の第2陣がやってきました。

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まず受付です。

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ドン会の活動を紹介したパネルに見入る参加者。

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履き替えた長靴には、工夫が凝らされています。

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2009年丹沢自然塾の開講です。工藤理事長の挨拶。

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私が「自然塾」の全体ガイダンスを行い、各担当者がドン会の活動のアピールをしました。

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作業に入る前に、記念写真です。

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田んぼ担当の金田さんの指導で、苗代づくりです。準備しておいた苗代の床に種を蒔く筋を定規で引きます。

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6センチ幅の筋に中に、1センチ間隔で2粒の種を蒔きます。中腰でやる気の遠くなるような作業は多勢でやるからできるのです。

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その上に籾の燻炭を撒きます。

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さらに寒冷紗で覆って今日の作業は終了しました。

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2時間余りかかって、ようやく完成です。

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ドン会の女性メンバーがトン汁を用意してくれました。

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釜で炊いたご飯は、もちろんこの名古木の棚田で取れた米です。オコゲが美味しい。

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家族連れの参加が多いのがドン会の特徴です。

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ローターアクトクラブの若者たちも汗を流しました。4月19日〈日〉には、相模原市で開催されるローターアクトクラブの総会でドン会の活動を私が紹介することになっています。

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埼玉、東京、県内各所、秦野市内から多勢の参加者がありました。お互いの個性を尊重し合いながら、汗を流し、丹沢の自然との付き合い方を身体で感じてほしい。参加者の一人ひとりにマイクを向けて一言ずつメッセージをいただきました。

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ウグイスが鳴き、ノスリが舞い、菜の花がほのかな香りを漂わせていました。

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旧梅原家洋館の部材見学会を4月18日に開催します

市民トラスト・旧梅原家洋館再建の会では、4月18日〈土〉に、12年前に調査・解体をした洋館の部材の見学会を下記のとおり開催します。

見学会に先立って、部材の保管状態を確認するために、4月8日朝、再建の会の紫藤会長他6名と、秦野市生涯学習課の担当職員の井上さんが、秦野市立末広小学校に集まりました。

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校庭の桜は満開です。

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近くの幼稚園児たちの散歩です。

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末広小学校の空き教室に保管中の洋館の部材です。

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洋館の屋根に付けられていた飾りです。

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部材の保管状態は良好でした。秦野市教育委員会生涯学習課

が、定期的に風を入れてくれていました。

開催要項を掲げます。お出かけください。

秦野の鹿鳴館-旧梅原家洋館

保管部材の見学会と再建・利活用を語る集い

桜舞う季節となりました。「人やモノ」との新たな出会いの感動を持ちつづけたいものです。

さて、秦野の鹿鳴館・旧梅原家洋館の再建を目指して、221日に「再建の会」設立総会を開催いたしました。その際に保管中の洋館の部材はいまどうなっているのかという声を多数お寄せいただきました。そこで、部材の見学会と、再建・利活用について、みなさんと一緒にワイワイガヤガヤ「ああしたい、こうしたい」という夢を大いに語り合おうと、第1回の集いを下記のとおり開催します。友人、知人、子どもたちを誘い、ふるって参加くださいますよう、ご案内いたします。

  200949日  秦野の鹿鳴館・旧梅原家洋館再建の会会長 紫藤邦子

日時 2009418

〈土〉 13時~16時〈13時、現地集合〉

会場 ①見学会   

秦野市

立末広小学校・体育館前 〈1315分~1415分〉

   ②語る集い 末広ふれあいセンター     〈1420分~16時〉

交通 秦野駅より神奈中バス蓑毛行き6分、「末広小学校前」下車、徒歩3

①保管部材の見学会 

 市民の手により解体され、末広小学校の空教室に保管されて12年の部材。この度、再建を目指し、貴重な部材が市民に公開されます。関東大震災の火災の爪痕を残す洋小屋キングポストとそれを支える柱、土台。7種類の硬木を細工した寄木床、建築年代を示す刻印が残るレンガ、分銅の付いた本格的な上げ下げ窓など、明治25(1892)年、建築当時の様々な部位、部材を見ることができます。この機会にかけがえのない「秦野の鹿鳴館」に触れ、再建への感動を共有したいと思います。

②再建・利活用を語る集い 

 再建の会では、持続性のある利活用と運営に配慮したいくつかの再建プログラムを検討しています。この機会に多くの市民のみなさんに参加していただき、秦野にふさわしい施設として再建するための構想「こんなアイディア、こんな場所に!」を語り合い、その夢を実現したいものです。

参加ご希望の方は、事務局までご連絡ください。

秦野の鹿鳴館・旧梅原家洋館再建の会事務局 257-0002 

秦野市鶴巻南51315

(久保寺敏郎)TEL046377-2745 FAX046379-0131

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土筆、蓬、タンポポ、山笑う

4月2日〈木〉は、春めいた陽気に誘われて、小田原・箱根への仕事を兼ねて連れ合いと一緒に車で出かけることにしました。

行く途中にある秦野市立渋沢中学校近くのそばの店「くりはら」で腹ごしらえです。このそば店は、首都圏出版人懇談会のメンバーでもある埼玉の幹書房発行「神奈川のうまい蕎麦64選」にも紹介されていますが、まだ一度も行ったことがありませんでした。

戦後間もなく建てられた古民家を改築した店で、むき出しの梁が落ち着いた雰囲気を醸し出しています。

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私たちが頼んだのは、春の山菜天ぷらざるそば。

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手臼挽き、十割そばは、こしもあって美味しい。天ぷらはタラノ芽、土筆、フキ、タマネギなど9種類、からっとした揚げたてもよし。

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客足の絶えない昼時、私たちが食事を終えて店を出るときには、ご主人はそばを打ち始めました。こだわりのお店は千客万来、また行きたいお店の一つです。

小田原へは、知る人ぞ知る峠地区のトンネルを通る抜け道を行きました。途中、畑の土手で何やら草摘み? をしている女性たちが。

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声をかけると蓬摘みでした。

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土筆が顔を出しています。

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タンポポも黄色い花びらを開いてぽかぽか陽気。

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オオイヌノフグリも小さな花を咲かせています。

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遠く表丹沢の峰々に朝方の白い雪が残っていました。

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でも、里山の雑木林は新芽がほのかに出始めています。「春は里からやってくる」と言いますが、山が笑い始めています。

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菜の花の向こうにはコブシの白い花がわずかに見えます。秦野市から大井町に到るこの地域には昔からの里山の風情が色濃く残っています。

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途中の山道からは富士山が見えました。

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小田原で仕事を終え、真鶴まで足を延ばしました。里山から相模湾に至り、最後は箱根まで。半日コースの春探しでした。

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里山で摘んだ土筆と蓬は食卓に上り、春を味わわせていただきました。ごちそうさまでした!

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☆くん、待て、まてー!

3月28日〈土〉は、秦野の桜まつりの初日でした。数日来の寒さで、桜の花びらは遠慮がちでしたが、2人の娘とその夫君、☆くん、わが連れ合いの総勢7名で水無川沿いの桜並木へ繰り出しました。

会場へはゆっくりと歩いて40分ほど、道沿いの花を見ながら行きました。

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花ニラが陽を浴びて輝いています。

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芝桜もいまが盛り。

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水無川の桜並木です。アジサイの葉っぱが出始めました。対岸の堤には芝桜が今年植えられました。

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「第1村民発見!」と、河川敷にビニールを広げて座り込んでいるグループをよく見たら、先に到着していた我が娘たちでした。桜まつりと言ってもこの寒さでは、お昼近くなっても人影は数えるほど。みんな忙しい身、この日しか休みが合わないから、決行です。

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娘の連れ合いが、きれいに咲いている桜の木の下を場所取りしていました。

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我が連れ合いが手づくりした桜漬け入りの赤飯とおにぎり。娘たちが買出ししてきた惣菜を並べて「かんぱーい!」。☆くんも、一緒に「かんぱーい!」です。

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ひとしきり食べたり、飲んだりした後は、河川敷の芝生を散歩です。2週間ほど前から、しっかりと歩き始めた☆くん、靴下のままで気持よさそう。

自分の足で歩くことに目覚めた☆君。自分の行きたいところに勝手に向かいます。「三時のおやつは文明堂・・・」のコマーシャルのキャラクターそっくりの姿で歩く☆くんのうしろを連れ合いが必死について行きます。

「待て、まてー!」

子どもの成長は、すさまじいスピードです。すべてのことが☆くんにとっては初めてのできごと。元気に育ってほしいものです。

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ラジオ・文化放送「のんちゃんの靴下」放送

3月31日夜、ラジオの「文化放送」で1時間の番組が放映されました。「のんちゃんの靴下―誰の記憶にも残れなかった子供たち」という報道スペシャル番組です。増田昭一さんの絵本「来なかったサンタクロース」〈夢工房、2006年12月24日発行〉を元に、語りと音楽、取材で構成されていました。

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この絵本の原作は、同じく増田昭一さんの文と絵による「約束―満州の孤児たちの生命の輝き」〈夢工房、2001年8月25日発行〉です。

担当したのは、文化放送報道部記者の石森則和さんです。何回か原作使用の許可や、放送日について連絡がありました。石森さんは昭和41年、静岡県浜名郡可美町の生まれ。ブログ「文化放送報道部日記」に次のように石森さんは書き込みました。

「途切れさせてはいけない記憶があります。/最近、「戦争」という言葉が僕が子供のころよりも軽々しく使われているような気がします。/戦争の語り部が少なくなった現代、この機会に、是非、お聞きください。」

普段はあまりラジオを聴くことはないのですが、この日は放送時間の前から文化放送にチューニングしました。ところが、電波の状態が悪いのか、ラジオそのものが不具合なのか分かりませんが、すっきりと音が出てきません。海の向こうからの放送と思われる音が混線しています。

増田さん、厚生労働省の担当者、研究者への取材を通じて、旧満州〈現中国東北地区〉の難民収容所での実態を知る手立てはほとんどないことが分かります。

そのような状況の中で増田さんが、生きて帰ることができなかった孤児たちの無念と生命の輝きを、子どもたちの目線で伝えてくれているのです。

中国残留孤児の人たちは、たびたびマスコミにも取り上げられ、その存在は広く知られています。しかし、残留孤児にもなれず、難民収容所で死んでいったおびただしい数の子供たちは、どのような想いで死に臨み、生命の輝きを放ったのでしょうか。

「2度と戦争はやってはいけない!」

増田昭一さんのメッセージです。

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ウグイスの鳴き声で目覚め

ウグイスの初鳴きを聞いたのは2週間ほど前の朝。練習中の鳴き声は、どことなく心もとなく、か細い「ホーホ、ホ、ホ、ホ、ケキョ」でした。その2~3日あと、練習の成果が少し出てきた鳴き声を遠くかすかに聞きました。

ところが今朝は、ほんとうに近くから聞こえてくる正調の「ホーホケキョ」の鳴き声で目が覚めました。カメラに収めようと事務所まで行き、取って返して、そーっと障子とガラス戸をあけました。雨上がりの庭を2階から目を凝らして眺めましたが、ウグイスは人の気配を察したのでしょう、遠くに行ったようです。

ウグイスのことばかりでは、他の野鳥たちの立場がないですね。スズメ、シジュウカラ、ハトの鳴き声が、雨上がりのしっとりとした大気を震わせています。

「チュン、チュン、ツッピン、ツッピン、デデッポー・・・」

野鳥たちの競演です。写真には撮れませんでしたが、ここちよい今朝の目覚めでした。

階下に降りてコーヒーを飲みながら朝日新聞を読み進めていくと、「ラジオアングル」というコラムにライターの山家誠一さんが、NHK・FMのミニ番組「音の風景」を取り上げていました。

番組では、伊万里焼の「貫乳」の音、鉄道の継ぎ目の音、京都・琴引浜の鳴き砂に混じる女性の笑い声などを紹介したようです。放送後には視聴者の反響がメールであったと言います。

「私たちは普段あまり音を意識していない。いつも目的に向かって歩いているからだ。立ち止まり、1分間目をつぶるだけでいい。世界に満ちている音が聞こえてくるはずだ」と山家さんは書いています。

目に見えるものも大切ですが、耳から入るさまざまな音の世界にも時には身をゆだねてみようと思った朝でした。

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