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2009年5月

銀座で「笹川香織展」

5月30日〈土〉は、午後から東京です。笹川香織さんは、小田原の伊勢治書店でご縁のあった「似顔絵セラピー」のケンイチさんの奥さんです。個展の案内状が届いていました。ちょうど自費出版編集者フォーラムの集まりが15時からあり、その前にちょっと立ち寄ってみましょう。

小田急線、千代田線、銀座線と乗り継いで、新橋まで。博品館近くの「Live & Moris Gallery」で開催中の「笹川香織展」は、今日が最終日でした。

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会場はビルの地下2階。

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危うく通り過ぎようとしてしまいました。

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会場には先客がありました。作者と旧知の方のようで、しかも作品をお買い上げいただいたようです。

笹川香織さんは、1980年、東京生まれ、多摩美術大学を卒業のあと、東京藝術大学大学院日本画修士課程を2006年に修了されています。お連れ合いのケンイチさんとは、似顔絵世界大会で出会ったとか。

一回り作品を鑑賞させていただいたら、笹川さんから声がかかりました。

「ご案内を差し上げていますでしょうか・・・」

「ええ、ケンイチさんから頂きました」

小田原での出会いをお話しました。ケンイチさんは今日は福島に出かけているとのこと。

「緑と蒼の色使いが独特で、いいですね」と言いながら、モネの「睡蓮」のイメージと重ね合わせていました。

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若い日本画家のこれからの活躍が楽しみです。

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今にも雨が降り出しそうなどんよりとした銀座は、歩行者天国になっていました。有楽町駅の近くのジャンボ宝くじ売り場は長蛇の列です。

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でも、JR有楽町駅のガード下のこの売り場には誰もお客さんは並んでいません。

JRで御徒町駅まで行き、そこから湯島の「ふくろう亭」までぶらぶら歩きましたが、そのことは改めて書くことにします。

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紫藤邦子さんのイタリア暮らし

5月26日〈火〉夕方、秦野駅近くで「旧梅原家洋館再建の会」の打合せがありました。2日前に紫藤邦子会長がイタリアから1か月ぶりに帰国。長旅の疲れも見せずに、この日の事務局会議に出席されました。

4月下旬から1か月間、イタリアのとある街で暮らしながら美術学校に通い、フレスコ画を習った紫藤さんは、その日の出来事を毎日のようにノートに描きました。

再建の会の打ち合わせが始まるまで、イタリアでの暮らしぶりをお聞きしました。その街は、周囲を穏やかな山に囲まれ、街の中を川が流れ、私たちが暮らしていいる丹沢山ろくの秦野の街と似ているそうです。

石畳の道路、幾百年の風雪に耐えてきた街並み。人々はそれらを壊すことなく保存し、そこに暮らしています。迷路のような道路は、外敵から街を防衛するための工夫の一つです。

建物は古く、エレベーターがあるわけではありません。通りすがりの観光客であれば、この上なく不便で、非効率の街に見えるでしょう。

街は観光で成り立っているのです。観光客をもてなした後は、街の住民たちが生活を楽しんでいます。夜遅くまで明るく活気のある街。

そんな街に1か月暮らしてみると、その不便さを当たり前のように受け止め暮らしている街の人々の穏やかな時間の流れに気づきます。それに身をゆだねる心地よさに浸ったと言います。

ゴミや馬糞で汚れた街路を、朝4時ころからウオッシャーが走り回り、きれいにします。人々が起き始めるころには、キレイさっぱりになった街並みが朝日に輝いています。

そんな街の中を和服姿で歩き回り、美術学校に通いフレスコ画を習ったそうです。

井上ひさしさんの「ボローニャ紀行」という本があります(2008年3月、文芸春秋)。ミラノ空港に降り立った井上さんは、ふっと一息ついてタバコを吸っているとイタリア男に声をかけられたそうです。小型バスを雇っていてボローニャにこれから行こうとしているときのことで、てっきりその運転手と勘違い、やり取りに気をとられていました。

その男は突風のようにさっと向こうに行きました。「何だろう、いまの男は・・・」と思いながらふと手元を見ると鞄がありません。中には帰りの航空券、筋子のおにぎり2個、1万ドルと百万円の札束が2つ。ボローニャの古地図と書き溜めたノート。

紫藤さんもイタリアに着いたその日に同じような体験をしました。身体に付けていた10万円だけが残りました。でも、この10万円で1か月やり繰りしようと開き直りました。

お陰で(?)、街の中を歩き回り、安くて美味しい食材を買い求め、自炊生活を楽しみました。災い転じて福となす、柔らかな思考回路がイタリア暮らしを豊かなものにしたのでしょう。

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もうすぐアジサイの季節

バラの後に控えているのは、アジサイの花です。

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「墨田の花火」という名前のアジサイです。どこか線香花火の風情に似ています。

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アジサイは挿し木で増やすことができます。我が家の庭では、梅雨の季節にそなえて小さな蕾が色づき始めました。

梅雨時の雨は生き物たちや自然界にとって恵みの雨。色とりどりの傘や長靴を履いた子どもたちの姿がもうすぐ見られることでしょう。

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夜の会フォーラム「カツオを食し元気になる会」開催

5月24日〈日〉夕方、箱根町湯本正眼寺で開催された、第91回夜の回フォーラムの例会「カツオを食し元気になる会」に小雨の降る中、30名余りの会員が集まりました。

「夜の会」は、2月に1回、小田原と箱根で交互に例会を開きます。会員の仕事や研究、ときには、会員以外の講師を招いて500円の参加費で、缶ビール1本を傾けながらトークと質疑をおこないます。

年6回の開催ですから、もう15年以上「夜の会」の例会はつづいています。当初は会則も会費もない、「いい加減」な会でしたが、2年ほど前からは、年5000円の通信会費を集めて、会報「よる」を発行し、会員に届けています。

会場の正眼寺・起雲閣は、箱根湯本駅から徒歩約15分。この日は、箱根登山電車でご一緒した蛭田さんと雨の中を歩きました。蛭田さんは、いま若手落語家の中で注目されている「林家三三」さんの父親です。三三さんが駆け出しのころ、この正眼寺の本堂で落語会を開いたことがありました。

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この日は、恒例の「初ガツオ」を食べる会でした。会費2500円、「米の雫」を持ち寄り、会の世話人の一人である「阿部シェフ」が、いつものように腕を振るってくれました。

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この日用意した料理の数々を阿部さんが説明してくれました。

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カツオ、煮物の料理は、いつも阿部さんと奥さんの手によります。その他の食材も地元で美味しいと評判のえりすぐりのものを仕入れてきました。

この日は、少し華やかな雰囲気が会場に漂いました。

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箱根細工の名人・二宮義之さんが、4人の修行中のからくり職人を連れて参加しました。デザイン、漆、和装などを学んだ畑違いの女性が、箱根のからくり細工に取り組んでいます。「箱根細工の後継者として期待しています」と二宮さんは参加者に紹介しました。

初参加の人もあり、この日は全員自己紹介を行いました。

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元病院長、元県職員、現役の公務員、元教師、作家、詩人、町会議員、箱根細工の職人、元鉄道マン、ヘッドハンター、商売人、元市議会議員、税理士、元書店主、僧侶、編集者などなど、実に多彩な地域の方々が会員になっています。

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この4人の方々は、県立小田原高校の同級生です。

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会場を提供していただいている正眼寺ご住職の小野宗幸さんは、阪神淡路の震災のときにボランティア活動に参加した経験をお持ちです。「放光山」という正眼寺の寺報を発行したり、ともに学び合う寺子屋「放光塾」を開いたり、若い住職はさまざまな新しい取り組みを始めています。

「夜の会フォーラム」のこれからの活動は、若い世代の参加が鍵を握っています。若者よきたれ!

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「せんたく」北川正恭さんの「国と地方の創りなおし」を聞く

5月22日(金)午後、平塚法人会第40回総会で、地方分権や「マニュフェスト」の提言でおなじみの北川正恭さんの記念講演「国と地方の創りなおし」があり、参加しました。

まず秦野駅から中井町を通り、JR二宮駅までのんびりしたバスの小旅行です。面白いバス停の名前を書き出してみましょう。

猪分、原、井ノ口、北窪、梅ノ木、一色、下谷、岩崎、中里、中島、堂面・・・。かつての風景や暮らしぶりを感じさせる地名が今も残っているようでした。

二宮駅から大磯駅までJRに乗り、大磯駅から会場の大磯プリンスホテルまでは無料バスが手配されていました。

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西湘バイパスを通り、平塚・鎌倉方面に行くときは海岸線からこの建物は何回も見ていますが、大磯プリンスホテルにくるのはこれが2回目です。この日は少々汗ばむくらいの夏を思わせる気候でした。

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北川さんは、1944年生まれ、三重県議会議員、衆議院議員、三重県知事を経て、いま早稲田大学大学院教授。来る衆院議員選挙を日本のこれからを洗濯(選択)する大事な選挙と位置づけ、「地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合」を立ち上げその代表に就任している方です。

1時間半ほどの講演では、明治維新以降の日本の近代化のあゆみを概観しながら、世界規模の政治・経済の激動の中で、これから日本の進む道をいまこそ問い直す必要性を話されました。

三重県知事時代の経験を踏まえ、これまでの「事実前提」の経営から、「価値前提」の経営へ転換する必要が、日本の経済、政治などすべての分野で求められ、それなくして「国と地方の創りなおし」は不可能であると話されました。

夢工房から2008年2月に発行した『かながわの自由民権探索』(正・続 大畑哲著)を取り上げていただいた「東京新聞」(2008年3月3日)の記事では、北川さんが進める「せんたく」について、「なるか平成の民権運動」として、その先進的な取り組みを紹介してありました。

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地方分権、マニュフェスト、情報公開、生活者視点、行財政改革などのテーマに見られるように、日本が大きく変わろうとしているいま、その転換を進める原動力は、一人ひとりの「人が変わる」ことだと言う北川さんのメッセージを強く感じました。

これまで行われてきたことに軸足を置く「事実前提」から、将来の夢やあるべき理想をかかげる「価値前提」に立ち位置を変えることで、これからの日本の「国や地方を創りなおそう」という壮大な政治・文化運動なのだと合点がいきました。

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☆くんとバラと初めてのお風呂

☆くんと連れ立って鎌倉に出かけました。行き先は神奈川県立フラワーセンター。

バラ好きの連れ合いは前々から行ってみたいと、新聞やインターネットで大船フラワーセンターの情報を集めていました。天気もよし、バラの花も見ごろということで、☆くんを誘って出かけることにしました。

「早起きは三文の得」の言葉どおり、9時に秦野を車で出発すると、海岸線の国道は渋滞もなく、駐車場もまだ余裕がありました。

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入口には、「65歳以上、高校生以下、・・・は入場無料」とありましたが、場内に入ると平日だけに、年配の人たち、幼稚園児や小学生で一杯でした。

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近くの小学校2年の子どもたちはバラの花の絵を描きにやってきていました。

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抜けるような青空をバックにバラの花が輝いています。

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これでもかというほどのボリュームの360種類、1200株のバラが真夏のような園内で来場者の目を和ませています。

鎌倉にきたついでです、鎌倉文学館にも立ち寄ることにしました。規模は小さいながらも、ここには181種類215株のバラが植えられています。

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鎌倉のやまふところに抱かれるように建つ文学館、バラの花と常設展示も見逃せません。

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文学館のパンフレットには、1点1点のバラの種類も書かれていました。

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鎌倉は、いま修学旅行や一般の観光客の人たちで一杯です。早めの帰り道、国道134号線もスムーズに流れていました。

2か所のバラ園とは比べようもありませんが、我が家の庭のバラも、日々潤いを与えてくれています。

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この後、☆くんと初めてお風呂に入りました。30年も前に我が子2人を育てていたとき以来のことです。せっけんで身体を洗い、シャンプーハットをつけて髪を洗いました。湯船につかりながら、私が両方の手の間から「噴水」をすると、☆くんは真似をするようにお湯すくう仕草をします。

子育ても めぐりめぐりて 湯船かな

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㈱アルファさんとのお付き合い20年

5月19日〈火〉朝、小田原の印刷会社の㈱アルファの露木常務と大島営業部長が夢工房にお出でになりました。恒例の年に1度2人そろっての夢工房訪問です。伊勢原・茶加藤の新茶をお持ちになりました。

1時間半ほど、出版・印刷業界のことや世の中のさまざまな出来事をお話しする中で、お互いの年齢のことが話題に上りました。

露木さんは50歳になったばかり、大島さんは一見のイメージより相当若い56歳でした。還暦を迎える私とは年齢そのものは結構離れていましたが、この経済不況の中を何とか生き延びて行こうとする想いは共通していました。

もっとも、アルファさんは従業員60人規模の会社、夢工房はといえば私と連れ合いの2人の超零細の出版社ですから、どだい比べようはありませんが・・・。

アルファさんとは、地域出版・夢工房を始めて間もないころからのお付き合いです。昨年夏に開催した「夢工房20年の集い」には、露木さんにお出でいただいています。

本の制作をお願いしている夢工房と、それを受けて印刷・製本の実際を担当してもらっているアルファさん。結局のところは、「いい本をお客さんにお届けする」という考えで繋がっているのです。

「本は一人歩きをして夢工房の営業マンになり、次のお客さんを連れてきてくれます。もちろん経済が成り立たなければ継続はないのですから、そのセメギ合いの中で、さまざまな工夫を凝らします。最終的にお客さんの満足につながる本づくりに努めています」

お2人は、私の話にうなづいてくれました。

これからも、編集者・発行者としての夢工房と、印刷・製本のハードを担当していただいているアルファさんのお互いの切磋琢磨で、みなさんの多種多様な本づくりの要望に応えて行きたいと話し合いました。

インターネットやパソコンなどが普及し、将来はペーパーレスの社会になると十年も前から言われています。「されど本は死なず」です。これからも、紙を媒体とした「本の有効性」はなくならないと思います。その可能性に賭けたいものです。

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第16回「透谷祭」を小田原・高長寺で開催

5月16日〈土〉は、明治の小田原が生んだ、近代日本の詩人・思想家である北村透谷の命日です。

明治元年(1868年)12月29日、小田原町旧唐人町(現浜町)で生まれた北村透谷(本名、門太郎)は、明治27年5月16日、満25歳のときに東京芝公園地の旧住居の庭で自死しました。

北村透谷の思想と文学、人物を探り顕彰し、まちづくりに生かそうと、「透谷没後百年祭」を高長寺で開催したのは、平成6年(1994年)5月15日のことです。

「没後百年祭」で中央大学の金原左門教授は、この文化運動を「一過性のものにしない」と明言しました。果たして「透谷祭」は、回を重ねること16回。ここまでつづいたエネルギーは、文学・文化・小田原を愛するゆるやかな市民のネットワークならではのことです。

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透谷祭の会場は、小田原駅新幹線口より徒歩5分の高長寺です。

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高長寺境内にそびえる白モクレンは、小田原市天然記念物の指定を受けています。

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北村透谷の墓前で読経する高長寺・小川住職。

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透谷の墓は、もともと東京芝白銀台の瑞聖寺にありました。透谷夫妻の墓地が区画整理のために移転することになり、長女の堀越英子さんが、北村家先祖の墓所のある高長寺を訪れて改葬の相談をされ、昭和29年(1954年)5月28日に透谷夫妻の遺骨を埋葬、供養法会を営みました。

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「透谷祭」会場の高長寺庫裏には、透谷の写真が掲げられました。

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この日の司会は、小田原市栢山の詩人・竹井邦夫さんです。

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乾杯は、南足柄市の民話研究家・湯山厚さん。

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透谷の遺族の堀越嘩子さんは毎年、鎌倉からお出でになります。

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八王子からは、透谷と深い交わりがあった秋山国三郎の遺族・秋山国子さん他8名の方が参加しました。

この日はまず、3人の話題提供者によるトークががありました。

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透谷の特集を「民衆」誌に編集した福田正夫の娘・福田美鈴さんは、父・正夫がなぜ透谷に関心を寄せていたのかを語りました。

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透谷の「三日幻境」の作品の舞台である八王子市上川口村のいまと、透谷と秋山国三郎の交友を語ってくれた石橋亨さん。

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小田原在住の作家・小田淳さんは、小田原城址公園にある「北村透谷記念碑」が、いままた移転の危機にある現実に触れ、小田原の文化的状況の変化をうながすためには何が必要なのか問いかけました。

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3人のトークの後は、参加者からの質疑が多数寄せられました。秦野市在住の詩人・加藤三朗さんは、「透谷は、西欧のものをそのまま日本に輸入すると言う意味でのインテリゲンチャーではなかった。日本独自のものにするために苦悩した」というユニークな視点で話しました。

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金原左門・中央大学名誉教授は、「透谷没後115年と意味、透谷がなぜ自死したのかということを改めて問い直そう」と来年の透谷祭へ向けた課題を参加者に投げかけました。

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小田原市久野の東泉院の岸住職の閉会のことばを最後に第16回透谷祭は終わりました。

10名ほどの有志は、小田原駅近くの「美加」のカウンターに場所を移してさらに透谷を語り合いました。

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丹沢自然塾「田植えの準備」に汗を流す

5月16日〈土〉は、2009年丹沢自然塾の第2回が開催されました。6月6日の田植えの前にやらなければいけない作業がたくさんあります。この日は、田んぼの草取りと、畦塗り作業です。

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この日の名古木の棚田です。里地・里山の緑はすっかり濃くなりました。

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水苗代の回りは、動物よけのネットで囲んでいます。

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塾生たちの受付です。お互いに声をかけやすくするために1年間使える名札を付けることになりました。

田んぼ担当の金田さんが苗の生育状況を確認しました。「今のところ丈夫でいい苗が育っています」とお墨付き。

同じく田んぼ担当の田部井さんには、田んぼの中の草取りと畦塗りのやり方を実地に見本を示してもらいました。その後、この日集まった40人ほどのメンバーがいっせいに田んぼに入り、作業にかかりました。

私は、1時間半ほど畦塗りの下地作りの作業をやって、残念ながらこの日は早退です。

午後は、小田原駅近くの高長寺で開催された透谷祭に出席しました。

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我が庭のバラの花

うっそうと樹木が生い茂っている我が家の庭の緑の中で、さまざまなバラの花が咲き始めました。

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このほかにも数種類これから蕾をふくらませるバラがあります。朝起きると窓を開けて庭の花を眺める楽しみは当分続きそうです。

番外ですが、石楠花のふくよかな花びらです。

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レヴィン7回忌、盧佳世セカンドアルバム発売記念コンサート

5月10日〈日〉、千葉県東庄町の鯉屋旅館で「盧佳世 夢を語る~セカンドアルバム発売記念会~」が開かれ、私も参加しました。

この会は、レヴィンこと高木昌宣(まさよし)さんが、2003年5月2日に無謀運転の32トンの大型トレーラーの横転事故に巻き込まれ、26歳の若さでこの世を去って6年、7回忌に合わせて開催されました。

レヴィンが残した詩やエッセイは、『レヴィンの系譜・1 僕は君の月に・・・』、『レヴィンの系譜・2 僕がたしかにそこに在たこと』として2冊の本にまとめられ、2005年5月2日に夢工房から発行されました。

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盧佳世さんは、レヴィンの詩を作曲し、これまでに「かたち」「悲しみの雨の中で」「蒼い空」「時がたてば」などを、横浜・鎌倉・大分・東京などのコンサートで歌いつづけています。盧さんのセカンドアルバム「海渡り」には、その中から「時がたてば」「蒼い空」の2曲が収められています。盧さんは先日、NHKラジオに生出演し、トークと歌で全国デビューしています。

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会場の鯉屋旅館です。

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旅館の横を流れる川は、利根川に注いでいます。

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東庄町の岩田利雄町長の祝辞で記念会は始まりました。

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レヴィン文化財プロジェクトの仕掛け人・野口稔さんの乾杯のあいさつです。

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この日の参加者は90名余り。大分でフォーク村十三夜の代表をしている森進一郎さんのメッセージが披露されました。昨年のレヴィンのコンサートで、盧佳世さんと共演していただいた森さんは、初代「かぐや姫」のメンバーで、現在も音楽活動をつづけています。

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しばし歓談の後にコンサートが始まりました。

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レヴィンの詩の中から「かたち」を歌ってくれました。この詩の中の言葉を本のタイトルにしました。

「かたち」

あなたが悲しむのなら 僕は雨になろう あなたの涙を隠す 優しいヴェールになろう

あなたが迷うのなら 僕は月になろう 闇を歩くあなたの足元を そっと照らしてやろう

あなたの傍らで・・ あなたを守ろう・・

あなたが心を閉ざすなら 僕はオルゴールになろう 透き通る音色に変えて 僕は愛を奏でよう

かたちのない愛というなら かたちに変えて

あなたに届けよう

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盧さんはのびやかに歌ってくれました。レヴィンの飾らない言葉と優しいこころのメッセージが伝わってきます。

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レヴィンのお母さんと、この日の司会を務めたレヴィンの従兄弟さん。

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真ん中がレヴィンの妹さんです。

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ギターの矢野敏広さん。

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ベースの芹澤薫樹さん。

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盧佳世さんのセカンドアルバム「海渡り」は、東庄町教育委員長に手渡され、町内の小中学校に寄付されました。子どもたちにも是非聞いてほしいものです。

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東庄町町長、地元の入正醤油の社長、野口さんです。

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会の最後にレヴィンの父・高木利昌さんからお礼のことばがありました。レヴィンは数々の言葉とメッセージを私たちに残してくれました。言葉が音楽として奏でられ、歌われることで、レヴィンの想いがさらに身近に感じられます。

レヴィンの言葉はみんなの琴線を震わし、生きつづけています。

 

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ふるさと長岡の田んぼの風景

長岡高校の同級会に参加した際、長岡駅近くのビジネスホテルに1泊し、翌朝早く実家に立ち寄りました。

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道すがら、すでに田植えの終わった田んぼに雲の間からうっすらと射す朝陽が映っています。

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実家の前の田んぼは、これから田植えです。

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前回帰省したときに隣りの家の庭に倒れた杉の木は、重機を使って実家の庭に移してありました。乾燥させ、製材する予定です。

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少し早いのですが、母の日のプレゼントにバラの花を届けました。上の娘夫婦からは母が大好きなお菓子を預かりました。

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兄は醤油おこわを作ってくれました。

朝食の後は、母の運動を兼ねいつもの墓参りとお宮参りです。

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お宮の大木の緑が鮮やかです。

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米山さんから西山を望みました。あんなに遠くの山まで母は、若かりしとき柴を集めに通ったと言います。農家に嫁いだ苦労は、生半可なものではなかったのでしょう。

今回はその日の午後に、玄米1袋と地酒を1本もらって後ろ髪ひかれる思いでふるさとを後にしました。

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長岡高校の同級会に参加

ゴールデン・ウイークの後半の5月5日、ふるさと長岡で開催された長岡高校の同級会に参加しました。昭和43年3月に卒業した同級生は、今年で還暦を迎えます。「一めぐりして子どもに還る、ということから還暦の同級会はこどもの日にしました」と案内状にありました。

当日は、3年の担任の小林英世先生と17名の同級生が参加しました。私は、余裕を持って車で出かけたつもりでしたが、途中、信越道の渋滞に遭い、30分遅れて会場の割烹・魚藤に着きました。

すでに参加者一人ひとりの近況報告と、これからの人生〈?〉について話が始まっていました。幹事の声掛けで一人ひとりの話を中断し、全員揃ったところで、再度の乾杯をやってから、トークのつづきです。

教育者、企業人、職人、会社経営、税理士、司法書士、すでにリタイアした人、仕事をしながら大学院で改めて研究活動を始めた人、ソシアルダンスに取り組んでいる人、中国からの留学生のホームステイを受け入れている人、青春時代の夢であったギターに本格的に取り組み演奏活動をしている人、ベトナムの日本語教師、僧侶などなど、実に多彩なメンバーが集まりました。

身につまされたのは、先年、長い闘病生活もむなしくに奥さんを亡くした同級生がいたことです。「でも、落胆ばかりもしていられません。精一杯やったのだから、妻の分もこれから生きたい」という一言に救われました。

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担任の小林先生は、かつてと変わらないようすで、「片桐、ちょっと来い」と手招きされました。先生は、奥様との「二人展」を今年開催するために、精力的に絵筆を振るっておられます。ますますのご健勝を祈りました。私は、昨年開いた「夢工房20周年」の資料を先生にお渡ししました。

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小林先生と、この日、紅1点の石井さん。

宴会場のあちらこちらに2人、3~4人のグループができ、それがフォークダンスのようにぐるぐる回りながら話の輪が回転しています。

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最後に全員の記念写真を撮りました。

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同級会は、幹事の提案で毎年開催することになりました。毎回参加はなかなか難しいですが、「出れるときに参加しましょう」といいう、ゆるやかな同級会となりそうです。

1次会でお帰りの小林先生をお見送りして、2次会は、カウンターバーに繰り出しました。聞けば、同級生の一人がママさんと地元の中学で同級でした。

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還暦は一つの節目、それぞれの更なる年輪を重ねて行きたいと思ったことでした。それにしても、40数年を経た高校時代の面影はそのまま。何も変わっていないことの不思議に思わず苦笑いしてしまいました。

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我が家の庭の花たち色鮮やか

しばらくブログを休んでいるうちに、我が家の庭の花たちが鮮やかな色を放っています。

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テッセンです。

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シランです。

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カラーの白い花。

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キンギョソウです。

庭の木々の新緑は濃くなり、雨にぬれて鮮やかさを増します。

たいした手入れをするわけでもないのに大地のエネルギーを受けて花を付け、私たち家族の目を楽しませてくれる花たちに「ありがとう!」。

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