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2009年7月

NHK「ふるさとラジオ」柿沼アナ「ボランティアで棚田復元」に生出演

7月27日〈月〉、午後1時18分過ぎに、私の声をラジオで聞いた人はほとんどいないでしょうが、実は私、NHK「ふるさとラジオ」の電話インタビューに生出演しました。

この日のタイトルは「ボランティアで棚田復元」。キャスターは柿沼郭アナウンサーです。柿沼アナと言えば、NHKテレビの「ひるどき日本列島」で以前、全国各地を飛び回っている姿を何回か見たことがあります。ところ変わって現在はNHKラジオのキャスターです。

NHKのホームページのアナウンスルームの柿沼さんの紹介欄「私の仕事”喜怒哀楽”」には次のような記事があります。

「生放送の番組で映画字幕翻訳者の戸田奈津子さんにインタビュー。本番が終了したその時、戸田さんが『本番は何分にスタンバイしたらいいの?』。なんとリハーサルと勘違い。リラックスしたお話が聞けました」

そもそもは、1か月ほど前にNHKラジオセンターの波多野さんから私宛に電話がありました。NPO法人自然塾丹沢ドン会のホームページをご覧になったのでしょう。ドン会の棚田の復元活動をラジオで紹介したい、とのお話でした。

その電話で、「少しお時間、よろしいですか?」ということで、そのまま事前取材、下調べに突入し、30分ほど質問に答えました。先ほどの戸田さんの話ではありませんが、リラックスして日ごろの取り組みや思いを話すことができました。

後日、波多野さんから放送日が7月27日に決まったこと、当日の質問内容・台本ともいえるものがメールで送られてきました。わずか8分ほどのコーナーですが、生放送の事前準備はこうして行われるのだと感心しました。

1か月ほどの間、気にはなっていましたが、何の準備もしないでいました。本番は明日という夜に、布団に入ってから私はあれやこれや思いをめぐらし、メモを取りました。翌朝、少し早めに起床。パソコンに向かってキーをたたきました。

11時過ぎには柿沼アナウンサーから電話が入りました。聞き覚えのある、かろやかな声です。この日の流れを確認しながら、リハーサルの質問に私が答えると、「・・・わっかりました」。「それでは後ほど、よろしくお願いします」「こちらこそ、よろしくお願いします」。

そして迎えた生放送、戸田奈津子さんのようにうまく行く訳がありませんが、とりあえずほっと一息!

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名古木の棚田で田の草取り、あぜの草刈り

7月25日〈土〉、私は2週間ぶりの名古木の丹沢ドン会の作業です。この日集まったメンバーは15~6人。毎週土曜日には、自主的に誰かが来て作業をしています。

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稲は丈夫に育っています。

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田んぼに入り草を取る人、草払い機を手に、棚田の原や土手、あぜの草を刈り払う人、畑で野菜作りに汗を流す人、誰の指示があるわけでもなく、参加者それぞれが作業を始めます。

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途中一度、休憩を挟みましたが、この日の作業は3時間ほど。こんなにきれいになりました。精も根も尽きるとは、このこと。汗びっしょりです。

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池の回りでは、子どもたちがトンボを追いかけています。

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午後2時半からは、場所を「末広ふれあいセンター」に移して、打ち合わせ会。その後、秦野駅近くの居酒屋で暑気払いとなりました。

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久しぶりの農作業で、体重はいっとき2キロ以上減りましたが、食べて飲んで、元の木阿弥。また農作業で減量しなくては・・・。

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『元気に百歳』10周年記念号、原稿受領に参宮橋駅へ

7月24日〈金〉の昼時、小田急線参宮橋駅で「元気に百歳」クラブの藤田賢吾編集長と待ち合わせました。小田急線はよく使いますが、各駅停車の駅「参宮橋」に降りるのは初めてのことです。

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なかなか風情のある駅で、建物の屋根は、木を生かしながら葺いてあります。

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あいにくの雨模様。上を見上げれば、木は元気に枝を広げ緑のしずくを滴らせていました。

間もなく藤田さんはお出でになり、駅から徒歩5分ほどの打ち合わせ会場・新日鉄研修センターへ向かいました。研修センターのロビーには、女性編集委員のお二人がお待ちになっていました。昼食をとりながら打ち合せです。

「10周年記念」に原稿をお寄せいただいた方は77名。巻頭言の日野原重明さんは、ここのところ毎号寄稿していただいています。特別寄稿者には歌手のペギー葉山さんの名前も。

原稿を読み、内容をチェックするという編集作業は編集委員の3人が担当されました。お互いに読み合ったものをEメールでやり取りし、完成版をCDに入れてお持ちいただいたわけです。

文字データ、写真データ、装丁関係のデータをこの日は受け取りました。若干不足の原稿は、後ほどEメールで送付していただくことになりました。A5判、340ページほどのボリュームになりそうです。

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この後、さらに私のほうで編集作業をすすめ、第1回の校正刷りはは8月初めの予定です。発行日は例年通り10月10日、今年も九段会館で出版記念会が開催されるはずです。忙しい本づくりのスタートです。

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くず葉台夏まつり「くず葉台音頭」夏本番

7月26日は朝からうだるような暑さです。家中の窓を開け放ち、風が通ります。太鼓の音やお神輿ワッショイの掛け声、「くず葉台音頭」が聞こえてきました。「くず葉台夏まつり」です。

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急いで外に出てみると、太鼓の山車や神輿が町内を回り始めたところです。小さな自治会ですが、ここには地域の人が作詞・作曲した「くず葉台音頭」があります。これ少し自慢です。

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所々で休憩を取りながら2時間以上もかけて360世帯のくず葉台住宅地を巡行します。遠く近く太鼓の音が風に乗って聞こえてきます。

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太鼓が帰ってきました。

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子ども神輿もお疲れさん。

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昨年新たに作り直した神輿を、中学生や大人が担ぎました。

ミーミーゼミの声が太鼓の音にとって代わりました。子どもたちの長い夏休みが始まります。

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我が家の庭の緑のカーテン・ゴーヤは、たった一つの実を食べないでいると、2日前に少し黄色くなりました。そして昨日、ぱっくり口を開けて赤い種を2粒地面に落としました。

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紫陽花の花も侘・さびの世界に入りました。

からりと晴れ上がった夏空には奇妙な形の雲が浮かんでいます。

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夏本番です。

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「街の本屋さん」健在!島森書店・大船店の田中茂店長に会う

平日の昼時、大船駅を降りてすぐのところにある島森書店・大船店に立ち寄りました。知る人ぞ知る書店なのでしょうが、すぐには見つからず、道行く人に聞きました。「島森書店の場所をご存知ですか?」

「島森書店かどうかは分からないけど、本屋ならすぐそこの交番の隣にありますよ・・・」

眼を凝らすと、かすかに「書店」の文字が見えました。

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間口6間ほど、奥行きはその倍くらい、1階に一般書籍、2階は学参関係の本が所狭しと棚に詰められていました。

1階の奥で棚に本を挿している白髪の男性がいました。この人が店長さんに違いないと声をお掛けしました。街の本屋さんがドンドンなくなり、プロの書店員さんが少なくなったと嘆かれるこの世界にあって、本棚づくりの名人がいました。

3~4月のフェアは「昭和の本」、5~6月は「本を、つくる人、売る人、買う人」、そして7~8月は「文庫本」のフェアを開催中です。

「来年の2月まで予定が埋まっています」

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島森書店・大船店では昨年、『ガイドブックに載らない 北鎌倉の神々』(夢工房刊)を大々的に販売していただきました。田中茂店長さんは飄々と話されます。

「次から次へと各版元さんから、この本を売ってほしいというセールスがあって、困るぐらいなんです」

大船駅を降りてすぐの立地とはいえ、最近の大型書店とは比べものにならない狭さ。建物も古く中に入らないと書店とは分からない(失礼)くらいです。現に、大船駅ビルには、別の書店が入っています。

決してよい環境とは思われない条件の中でも、「版元さんから頼りにされ、本を売るプロの書店員さんがいる」と頼もしくなりました。

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夢工房でもうすぐ発刊の『戦場のサブちゃんとゴン』のリーフレットをお渡ししました。田中店長さんは、このお店の顧客をしっかりと分析して、「何が売れるか、何を売ろうか」と常に考えているようです。

「ここのお店のお客さんは7割以上が男性で、しかも年配者が圧倒的です。戦争物を売るにしても、ジャンルが限られてきます」

とあくまで冷静です。しっかりと地域の読者を掴み、「街の本屋さん」を成り立たせている田中店長さん。帰り際に名刺をくださいとお願いしました。そのお返事も田中さん流で、この人ならではと・・・。

「名刺は、しばらくつくっていないんですよ・・・」

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朝日新聞7月22日夕刊に内山節さんの寄稿「農業・農山村ブームの再来」

㋆22日〈水〉、朝日新聞の夕刊に内山節さんの「農業・農山村ブームの再来 近代へのニヒリズム」が掲載されました。

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つい先日、「棚田学会」で内山節さんのナマの話をお聞きしました。そのときの「私たちはどこへ行こうとしているのか?」という問いかけと符合する内容でした。

「根底に流れているのは、持続性を感じられなくなった社会、信頼できなくなった近代のシステムに対する一種のニヒリズムである。もっとも・・・1970年代には「脱サラ」という言葉がブームになっているし、その頃から職人的な仕事や農業を志す人たちもでてきている。現代への虚無的な感情が、新しい動きを誘発していた。

・・・

非正規雇用の人たち・・・この労働には、生活費をえるという以上の意義や価値がみいだせないのである。それは労働自体への虚無感を深め、この社会や経済、人間の存在をなぜ持続させなければいけないのかという思いを生みだす。そしてここに今日の危機の根本があるからこそ、自分の生をデザインしていく生き方に、多くの人たちが共感しはじめているのである」

思考停止・機能不全に陥っている現代社会をどう変えていくのか、衆議院の解散という絶妙な場面にいま私たちは立ち会っています。一人ひとりに「自分の生をデザインする」という共感が広がり、向かうべき道筋が見えてくることを願いたいものです。

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『戦時下の小田原地方を記録する会30年の歩み』に寄稿

「戦時下の小田原地方を記録する会」は、1979年の発足以来、地域で戦争体験の聞き取りを行い、その証言を会誌『戦争と民衆』に掲載・発行してきました。30年の歩みの中で、150人近い方々の戦争体験を掘り起こしてきたと言います。

「記録する会」の現在の会長は飯田耀子さん、事務局は井上弘さん、会員は矢野慎一さん、黒川澄子さん、香川芳文さんの合計5名の少数精鋭です。その息の長い地道な活動に拍手を送りたいと思います。

昨日、その記録する会から『30年の歩み』をお送りいただきました。私も依頼を受けて寄稿しています。

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「戦時下の小田原地方を記録する会」と私の出会いは1991年のことです。記録する会編集・夢工房発行の『焦げたはし箱』が最初の仕事でした。箱根芦之湯温泉・松坂屋本店の松坂進さん、元ドイツ軍兵士・フィリッツ・マンスフェルトさんの取材に、記録する会のメンバーと同行したのがそもそものはじまりです。

以来、足かけ19年のお付き合いです。掲載された写真を見るとみんな若く、あっという間に歳月がたちました。松坂進さんはすでに旅立たれています。

「記録する会」は、長年の地域における活動が認められ、第20回神奈川地域社会事業賞(神奈川新聞者・同厚生文化事業団主催)を受賞しています。賞金30万円を活用し、この『30年の歩み』を発行しました。

寄稿の中で私は次のような文章を認めました。

「小田原地方の庶民の戦争体験を掘り起こし、記録し、未来へ伝える30年に及ぶ「記録する会」の営々とした歩みには驚きと尊敬の念を禁じえません。その志の高さ、その継続するエネルギーの源は何かと考えさせられます。

地域出版としての夢工房が担ってきた仕事もまさに、そこに通底していいるのではないかと感じています」

ますますのご活躍を!

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東田原ふれあい農園にチョウが舞う

秦野市東田原ふれあい農園では、いま夏野菜の真っ盛り。キュウリ、ナス、ピーマンやネギなど取れたて野菜が我が家の食卓を彩ってくれています。

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畑のへりに繁茂している季節はずれのソバの花やペパーミントの花には、色んなチョウが蜜を吸いに来ます。

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間近で見ると、自然が創り出す微妙な形や色の鮮やかさに驚かされます。

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棚田学会で内山節さんの講演を聞く

7月18日〈土〉午後、日本橋・三越劇場で「棚田学会」10周年記念大会シンポジウム「里山と棚田を守る―歴史・論理・実践―」が開催されました。

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「棚田学会」は以前から気になっていました。今回の案内をいただき、シンポジウムの報告者の中に内山節さんの名前を見つけて、気持ちが動きました。前日に事務局に連絡して参加することにしました。

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内山さんは「柵田という風土について」と題して40分ほど話されました。そして、いま気になることとして「風土論」を・・・。

戦前期には二つの風土論があり、その一つは、大正デモクラシーの時代への反動として和辻哲郎に代表される日本人のアイディンティティーのつかみ直しに結びついた。それに対峙するものとして、知る人ぞ知る、三澤勝衛の「風土論」を紹介されました。

三澤勝衛は、旧制諏訪中学校の地理学の教師をつとめた人で、近年、農山漁村文化協会から『風土の発見と創造』と題した全集が編まれています。

三澤は、「風土とは、大気と大地がぶつかった所」と独特の表現をしながら、「ミクロの風土の奥深さが、世界を見る基礎を教える。それぞれの地域の風土こそが、かけがえのない自然と人間の営みであり、調和的、持続的な世界をかたちづくる」と、内山さんは紹介し、風土論の新たな方向性を示されました。

内山さんは群馬県上野村と東京に暮らしながら独自な哲学を深めておられる方です。現在も薪で風呂を沸かし、江戸期の農機具で農作業を行っているそうです。上野村でのご自身の暮らしの営みを通して、最近の「棚田が日本の原風景」だとするブームに異を唱えられました。

「それぞれの地域には、『蓄積された歴史』があり、自然・文化・人間・神も仏も一体となった生命的な世界の中に、里山的空間、農業的空間がある。それこそが日本の原風景ではないか。

自然も変わり、人間の営みもまた変わる。すべてのものを保全することはできない。しかし、何かを考えようとしたときに、それがあることによって考える素材を提供してくれるのが風景であり、里山も棚田もそうした意味を持っている」と言うのです。

「私たちはどこに行こうとしているのか?」という内山さんの最初の問いかけが、深く私の中に沈潜して行きました。

シンポジウムは、内山節さんの他に滋賀県立大学教授の水野章二さんの「里山・棚田の歴史と利用」、ホールアース自然学校代表の広瀬敏通さんの「自然学校によって里山・棚田を守る」があり、シンポジウムのサブタイトル「歴史・論理・実践」の内容を深めてくれました。

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水野章二さんです。

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広瀬敏道さんです。

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3人の報告の後は早稲田大学文学部学術院教授・海老沢衷さんのコディネートでパネルディスカッションがありました。さらに交流会では、さまざまな人と出会いました。

2009年の「棚田サミット」が10月16日、17日に新潟県十日町市で開催されます。棚田学会新潟県支部の中村由信さん、県立新潟南高校教諭・新潟大学で地域文化の講師をつとめる竹田和夫さんは、同じ新潟出身ということで親近感が湧きました。

NHK文化センター(前橋教室)支社長の高山承之さんは、NPO法人自然塾丹沢ドン会の棚田復元の取り組みがNHKテレビで放映されたことをご存知でした。大山千枚田の棚田オーナーである萩野宏樹さんは、丹沢ブナ党会員で何回かお会いしていました。

棚田学会会長の中島峰広さん、同副会長の海老沢衷さん、同副会長・ふるさときゃらばんの石塚克彦さん、同事務局の高橋久代さん、東京大学の山岡和純さんなど、初対面ながら「棚田」をめぐって楽しく交流させていただきました。

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『棚田学会10周年記念誌』には100名もの寄稿が寄せられられました。

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島森書店・大船店の「ブックガイド」に『昭和の子どもの風景』が掲載

横浜在住の上野明子さんからお便りをいただきました。上野さんは、2006年12月に夢工房から『絵日記 昭和の子どもの風景』を自費出版していただいた方です。

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それ以後、折に触れ、お便りをいただいていますが、今回は、島森書店・大船店発行の「ブックガイド」を同封していただきました。

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上野さんからのお便りです。

「じめじめした日が続きますが、お元気にご活躍のこととお察し申し上げます。

私は今、夏野菜の収穫の時期で、次から次へと新鮮なうちに早く配らなければならないし、下手な料理を工夫しなければと大忙しです。

たまたま、大船駅前の島森書店に立ち寄りましたら、店長さんが熱心なことにテーマを決めて本を調べ、紹介するコーナーを設けているのです。3月~4月は「昭和」がテーマでした。せんえつながら勇気を出して私の『昭和の子どもの風景』も見てくださいと差し上げました。

すると、5月~6月の『ブックガイド」の最終ページに、この本を取り上げてくださり、身に余る感想をいただきました」

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この「ブックガイド」の編集子は、次のようにお書きになっています。

「もう1冊、私の手もとに『絵日記 昭和の子どもの風景』という本があります。大変、堅固な立派なつくりの本でありますが、値段が書かれていません。自費出版なのです。・・・

この本は、著者が小学1年の6歳・昭和21年から書き始め、高校3年の昭和32年まで書き続けた絵日記です。まさに敗戦の翌年からそろそろ高度成長が始まろうかというころまでの、日本がもっともつらかった歳月の歩みが、ひとりの少女の生活日記というナマのかたちで、何の加工も解釈も加えられずに記録されています。

ひたむきに生きてきた一少女の、ひいては日本国民みんなの歴史がここにあります。・・・

われをかえりみればわかることですが、このようにことばのみならず絵も一緒に描き続けるのは容易なことではないのです」

この「ブックガイド」のタイトルは「本を、つくる人 売る人 買う人 書く人・読む人は除きます」です。A4判、本文40ページ+追加4ページ、総タイトル156冊の本が、書名、著者名、発行元、定価、そして簡単な紹介文を添えて編集されています。なにより、全文手書きであることが印象的です。

冊子は、①「本を、つくる人 本の歴史・本とは・出版社・編集者・装丁家」、②「本を、売る人 書店・古書店・仕事事情」、③「本を、買う人 収集家・愛書家、蔵書票、図書館」の3部構成になっています。さらに、「追加」の4ページが挟み込まれています。 

まるでかつてのガリ版刷りを思わせるような、ていねいな筆耕です。編集子の想いが伝わります。

「本を売る人」のこのような取り組みに、「本をつくる人」である編集者の一人として大いに刺激を受けています。ぜひとも一度この編集子にお会いしたいものです。

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山本良治さんが語る宮ケ瀬の自然と暮らし「子供たちの遊び」を聞く

7月12日〈日〉午前、宮ケ瀬やまなみセンターで、ふるさと宮ケ瀬を語り継ぐ会会長の山本良治さんの話を聞きました。長縄今日子さんらを中心に企画・運営する、宮ケ瀬よもやま話「宮ケ瀬の自然と暮らし」、今回は「子供たちの遊び」でした。

宮ケ瀬湖畔には、ネムの木の花が咲いていました。水が少ないのでしょう、水位が下がり土が出ていました。

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宮ケ瀬やまなみセンターの建物です。

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山本良治さんは御年98歳4か月。腹の底から出る声は、マイクなしで部屋に響き渡ります。

「かつて子どもたちは、地域の子どもとしてみんなで育てました。今はその絆が断たれています。雨降りのときは、子どもたちの遊びのために、自宅の座敷を貸し、土間を開放しました。おやつの時間になれば子どもたちに平等におにぎりを与えていました」

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明治44年生まれの山本さん。大正期の四季折々の子どもの遊びを身振り手振りでお話になられました。鳥の捕獲用の「ベロリ」は当時の道具を再現して実演しました。

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参加者の一人は、自分の子ども時代のソリ遊びのソリを絵に描いてくれました。この日の「子供の遊び」の内容は、『ふるさと宮ケ瀬 渓谷の村から』〈夢工房刊、定価1000円〉に一部掲載されています。

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耳の少し遠い山本さんに、長縄さんは参加者の質問の内容を伝えます。二人のやり取りは、まるでおじいちゃんとお孫さんのようです。

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山本良治さんは、こうも言われました。

「古い話の中には、暮らしや生きることに役立つ新しいヒントがあるのです」

それを見つけるのは、私たちの世代の役割かもしれません。

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秦野市名古木の復元棚田で東海大学北野忠准教授の生き物観察会

7月11日〈土〉、秦野市名古木のNPO法人自然塾丹沢ドン会の復元棚田で、田んぼの生き物観察会を開きました。ドン会主催の「2009年 丹沢自然塾」の第4回です。

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この日の棚田。田んぼの稲はすくすくと育っています。

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朝からうす曇の観察会日和。総勢60名近い参加となりました。

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この日の講師は、東海大学人間環境学科自然環境課程の北野忠准教授です。北野ゼミの学生たちも参加しました。

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採取網の準備も万全。

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思い思いの場所で1時間ほど生き物の観察。

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大人も童心に帰って子どもと一緒に田んぼの中を覗き込んでいます。

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ぼんやりと雲の間から太陽が顔を出して田んぼの水を温めます。

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色んな生き物たちをゲットして広場に集合します。

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北野先生の前にこの日の成果を集めます。

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タイコウチ、オニヤンマ、ホトケドジョウ、アカハライモリ、ツチガエル、アマガエル、ミズアブの幼虫、カワニナ、ハイイロゲンゴロウ、ヘビトンボ、サワガニ、オオシオカラトンボの抜け殻、マツノムシ、ノコギリクワガタ、ヤマカガシもいました。

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大人も子どもも、北野先生の説明に興味深々。

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北野先生は、この日の観察会をまとめて次のように話されました。

「今日、観察できた生き物たちは、かつてどこにでも普通にいました。しかし、里地・里山が大きく変化し、他の地域ではほとんど見ることができない生き物もあります。名古木のこの棚田では、昔ながらの環境が、人間が手を入れ棚田で米づくりをすることで保たれています。

人間がつくっている環境と生き物たちが共存しているのです。つまり、里山の自然が機能しています。このような場所が、身近にあるということは大切で、これを保って行きたいものです。学生を連れて、これからも調査・観察に来たいと思います」

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北野先生への質問の後、せっかくの機会です、一言メッセージをお願いしました。ゼミの学生たち、ロータアクトクラブの若者たち、親子連れの家族、最後にドン会のメンバーにも、自然への思いと、この日の感想をお聞きしました。

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フォルクローレ・ギターリストの木下尊惇さんは、この日、お連れ合いさんや友人、ギター教室の生徒さんを連れてこられました。いま木下さんは、棚田の米づくりにはまっています。7月15日には、新宿初台の「近江楽堂」で、ソロ・コンサート「谿声山色」があります。

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北野先生のそばには、最後まで子どもたちがついて回りました。子どもも大人も、この名古木の棚田に来るとゆったり、安心できるのでしょうか。

自然や生き物たちとの付き合い方が、このようにして伝わって行って欲しいとを願った観察会でした。

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服藤早苗さんの講演「平安時代の女性たち」を8月8日に伊勢治書店で

8月8日〈土〉午後2時から4時まで、小田原伊勢治書店「ギャラリー新九郎」で第1回 西さがみ女性史講座「前近代」を開催します。講師は服藤早苗さん。タイトルは「平安時代の女性たち―貴族・庶民の女性の生活―」です。

服藤早苗さんは、現在、埼玉学園大学教授。宇佐美ミサ子さんと共著で、『西さがみ女性の歴史―原始古代から現代へ―』を本年5月に夢工房から発行しました〈定価1890円〉。

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今回の「第1回 西さがみ女性史講座」は、「前近代」です。結婚・出産・子育て・労働・相続・介護・病・嫁と姑など、女性が抱えるさまざまな問題は、今も昔も変わりません。平安時代を通して女と男の生き方を考えます。

第2回は、宇佐美ミサ子さんによる「近現代の西さがみの女性たち」を本年10月に予定しています。どうぞお出かけください。

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箱根細工の名人・二宮義之さんの傘寿を祝う会

7月5日〈日〉、「夜の会」のメンバーでもある二宮義之さんの傘寿を祝う会に参加しました。会場は、箱根登山鉄道・風祭駅の改札口からすぐの「鈴廣本店」鈴の音ホールです。

二宮義之さんは、1929年箱根湯本生まれ、戦時中は平塚の軍需工場で旋盤工として働き、戦後16歳のときに木工を始められました。以来ひたすら木と向き合いつづけて60余年。箱根寄木細工の第一人者として現在も活躍中です。

パズル作家として世界で活躍している「からくり安兵衛」こと亀井明夫さんの軽妙な二宮さんの紹介から会は始まりました。

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亀井さんは、二宮さんとの出会いは、今は亡き箱根正眼寺住職の岩崎宗純さんの紹介であったと話されました。箱根細工の歴史や作品について、岩崎宗純さんは深い愛情と理解で地場産業としての箱根細工の普及・啓発に貢献されました。この日の壇上には岩崎さんの写真が飾られています。

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二宮さんを支えてきたご家族も参加されました。

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中央大学名誉教授の金原左門さんが乾杯の音頭を取りました。

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この日の参加者は、二宮さんの交友の広さを物語ります。二宮さんが会長の「からくり創作研究会」、東京で二宮さんの作品の普及・販売活動を行っている「木楽の会」、箱根細工の講師を務める国立箱根病院に付設の「リハビリ学院」、小田原・箱根の異業種交流、梁山泊である「夜の会」、さらに、二宮さんの友人など70名近い人たちが集まりました。

二宮さんは、かつて「夜の会」の会報『よる』に、箱根細工と秘密箱をめぐる交友について書いています。さまざまな人たちが、二宮さんの作品と人柄にほれて交友を深めています。

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この日のお土産は、二宮さん制作の「箱根細工 栞」です。

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二宮義之さん、ますますのご活躍を!

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秦野市「堀の郷」見て歩きの下見で地域再発見

7月4日〈土〉、「市民が創る秦野のまち」のメンバーで、「秦野の近代たてもの見て歩き」の調査・下見に出かけました。参加者は、会代表の福田省三さん、事務局の久保寺敏郎さん、3年ほど前から参加の小川龍之輔さんと私の4人です。

イオングループのショッピングセンター「ジャスコ秦野店」に集合、30分ほど打合せをしてから久保寺さんの車で現地に移動しました。後は歩いて地域を回り、現地の人から聞き取り調査です。小川さんが用意した地図などの準備が大いに役立ちました。

今回の下見は、表丹沢の登山口でもある大倉周辺の「堀山下」地域の一部です。10月中旬に計画する「見て歩き」の見どころは、地名の元にもなった「堀と水」「農家住宅」と堀之郷正八幡宮と蔵林寺です。

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堀之郷正八幡宮です。

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村上忠明宮司さんにお話を聞きました。平安時代のはじめ天安2年に九州豊前の国宇佐八幡宮が勧請されてこの地に鎮座されたと言いますから、1150年も前のことです。小田原北条氏、徳川家康、米倉丹後守など、武家の信仰を受け、地域の総鎮守として守られてきました。

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この地域にはまだ多数のタバコの乾燥小屋が残っています。中には、ブルーベリーの生産直売所として活用されているところも。試食させていただいたブルーベリーは、農家の自信作で、甘く冷たくて美味でした。

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壁がはがれ中が見える小屋もあります。竹を渡し、藁を混ぜた土で塗り固めた構造が見えます。

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蔵のまわりには、防火用の木が植えられています。伏せ木と言います。

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農家の人にもお話を聞きました。タバコ栽培は、秦野葉から米葉に切りかえ、乾燥小屋が建てられました。この農家は、昭和59年まで葉タバコ栽培を続け、秦野のタバコ栽培の最後の農家の一つとなりました。

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用水路を流れる水の量は豊かです。

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川崎の民家園に移築された「北村家住宅」の農家も探し当てました。

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民家園で作製した模型も見せていただきました。横浜国大の調査が入り、民家園に移築されなければ、この建物も消えていたかも知れません。

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路傍にはさまざまな道祖神が。頭の上に牛が乗っかっています。

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奥にあるのは双体道祖神です。

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米倉一族の墓所です。

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蔵林寺の本堂です。曹洞宗の大育山蔵林寺は、享徳のころ〈1452~55年〉に四十八瀬川上流に開創したものが文明年間〈1469~87年〉に現在地に移りました。

甲斐の国米倉郷を本拠とした米倉一族は、武田氏が滅ぶと徳川家康に仕え、天正18年〈1590年〉以降、寺山村、東田原村、堀山下村を領するようになり、元禄3年〈1690年〉、米倉昌尹は、丹後の守に任じられ、将軍綱吉の信任を受け、国中の犬の取締を命じられたと言います(『秦野 ふれあいの道がいど 西地区編〉1989年、夢工房刊〉。

蔵林寺の境内には、樹齢数百年とも見える槙の木がありました。1本に見える木の後ろに、老樹を支えるようにもう1本の槙の木が寄り添っています。

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ご住職のお話を聞いた後、本堂に上がらせていただきました。

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大きく立派な本堂でした。

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かつての茅葺の本堂の写真がありました。

昼食は県立戸川公園の近くの「手打ちそば さか間」で取りました。

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午後も下見は続き、1日仕事になりました。地域を歩くと色んなものが視界に入ります。地域の人との語らいの中から人びとの生活や文化がほの見えてきます。これだから見て歩きは楽しいのですね。

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長岡高校同窓会報「和同人の今」欄に寄稿

新潟県立長岡高校「同窓会報」の編集委員の一人・亀山康江さんから原稿依頼を受けたのは2009年3月のこと。その亀山さんとは、昨年12月19日に開かれた「スローライフのひと 筑紫哲也を継ぐ会」でお会いしたのがご縁です。

同窓生として、母校にいかほどのの貢献もしていない身としては、何をどのように書けばいいのか戸惑いました。しかし、高校を卒業して早40年余り、ふるさとを離れた一人の同窓の仕事と暮らしの一端を、「ままよ」と書き送りました。

昨日送付されてきた「長岡高校同窓会 会報」第52号の表紙は、本年5月に長岡グランドホテルで開催の同窓会総会の写真と、新潟県立歴史博物館長である中島太郎さん〈長岡高校昭和40年卒〉の巻頭原稿「NHK大河ドラマ特別展 天地人―直江兼続とその時代―」と題した企画展の開催を伝えるものでした。

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中島さんは文中で、つぎのように書いています。

「兼続は、智勇兼備の名将と謂われ、その時代の全国の武将と交わりながら、戦国時代末期から江戸時代初期にかけての歴史を実質上動かしていきます」

加えて「越後の賑わいが今後とも末永く続きますように。義と愛、とりわけ『慈愛』を大切にと、心から願うものでございます」と同窓生へのメッセージを記しました。

「和同人の今」の欄に私の原稿が掲載されました。

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ご笑覧ください。

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「もう一つの日光」見て歩き

6月12日開催の首都圏出版人懇談会の総会の翌日、宇都宮市・随想舎の卯木さんの段取りで「もう一つの日光」の見て歩きを行いました。

日光に行ったら、東照宮と中禅寺湖・華厳の滝は定番です。しかし日光には案外知られていないもう一つの顔があります。東武日光駅から歩いて15分ほど、「神橋」のたもとで、この日のガイドさんと待ち合わせです。

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案内をしていただくのは、日光市文化財保護審議委員長で、日光山興雲律院の住職でもある中川さん〈右から2人目、帽子を手に〉です。その他にお2人のボランティアガイドさんにお出でいただきました。栃木の随想舎の卯木さん〈左端〉とは、昵懇のようすが話の端々から感じ取れました。

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まず訪れたのが「日光二荒山神橋」で、これは世界文化遺産に登録されています。

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橋の下にはきれいな水が激しく流れています。この「神橋」にはつぎのような伝説があります。「日光二荒山神社のリーフレット」から抄録します。

「奈良時代の末、男体山〈二荒山〉の登頂を試みる勝道上人とその一行は大谷川の激流に行く手を阻まれ、なす術がありませんでした。上人が手を合わせ一心に祈ると川の北岸に一人の夜叉のような神人が現れました。神人は右手に2匹の蛇をまき上人に向かって「我は深沙大王である。汝を彼の岸に渡すべし」と言いながら赤と青2匹の蛇を放つと、たちまち川の対岸を結ぶ虹のような橋ができ、上人一行は無事に渡ることができました。ふり返ると神人も橋も消えていました」

1200年余の歴史の彼方、日光を開山したのがこの勝道上人です。

神橋の左手前の坂を登ると「日光金谷ホテル」があります。現存する日本最古のホテルの開業は、1873年です。国の登録有形文化財の指定を受けています。

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こちらは、皇室の方々の宿泊に使われる建物。

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本館正面で記念写真です。

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ホテルの近くの小高いところには、修験者が護摩をたいた場所もあります。

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日光さん輪王寺のいわれをじっくりお聞きしました。

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一風かわった日光にしかない燈籠もありました。

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時代を感じさせる石組みです。

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昼食は「湯葉定食」です。湯葉、天ぷら、そばに、なんとご飯がついています。

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食事の後は、勝道上人の像の前を通り、東武日光駅に向かいました。途中、地元・随想舎・卯木さんお勧めの「水羊羹」をお土産に買いました。これがなかなかの絶品でした。

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商店街は人影まばらです。

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店先にはニッコウキスゲが咲いています。

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東武日光駅前で解散。家路を急ぎました。

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増田昭一「戦争孤児の物語」原画展を開催します

6月26日午後、小田原駅近くの喫茶店「パエリア」で、増田昭一「戦争孤児の物語」原画展の打合せを行いました。この日集まったのは、著者の増田昭一さん、伊勢治書店の木下泰徳さん、「おだわら城北九条の会」の阿部武さんと小林恵二さん、それに私の5名です。

原画展は、8月1日〈土〉~3日〈月〉の3日間、小田原駅から徒歩7分の伊勢治書店本店3階ギャラリー「新九郎」で開催します。増田さんは、これまで4冊の本・絵本を夢工房から発行しています。現在、5冊目の『戦場のサブちゃんとゴン―満州・磨刀石の戦いを生きた二つの命』を7月末に刊行予定で編集作業中です。

これまでに増田昭一さんが描いた挿絵は110点以上あります。「5冊目の本の刊行を記念して原画展を開きましょう」と提案しました。

『戦場のサブちゃんとゴン―満州・磨刀石の戦いを生きた二つの命』から何点か原画展に先立ってお見せしましょう。

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最初、増田さんはあまり乗り気ではありませんでした。でも、5冊目の編集作業が徐々に進み、本の姿が少し見え始めると、ようやくその気になっていただきました。増田さん、81歳にして初めての出版記念の集いです。

実行委員会方式でやろうということになり、先ほどの方々に声を掛けました。この日は欠席でしたが、「戦時下の小田原地方を記録する会」の飯田耀子さんもメンバーになっていただきました。

初日の8月1日は、①「原画展」の他に、②「増田昭一さんが語る『戦争孤児の物語』」として、自身の満州での体験、難民収容所でともに過ごした孤児たちの命の叫び、戦争の悲惨さを語ってもらい、③「増田さんを囲んで・・・」の集いを開きます。

①②は、入場・参加無料、③は、「増田さんを囲み、軽食で交流・懇談をしながら『戦争や平和』について自由に語り合いましょう。若者、お子さま連れの参加も歓迎」ということで、参加費は1人1000円〈高校生以下は無料〉としました。

③では、海老名芸術プロジェクトの甘利真美さんが参加していただき、「満州の星くずと散った子供たち」の歌を10分ほど歌っていただく予定です。

『戦場のサブちゃんとゴン』の校正はもう1回。カバーのデザインもできました。当日と、事前の準備は、実行委員会のメンバーがそれぞれ役割分担して行います。準備はこれからが本番。でも当日が楽しみです。

ところで、岩波ホールでは今、「嗚呼、満蒙開拓団」という映画が上映されています。230名収容の会場が連日満員だそうです。7月31日の楽日までには、ぜひ見に行きたいと思っていますが、もうすでに鑑賞された方もいられることでしょう。

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