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秦野市「堀の郷」見て歩きの下見で地域再発見

7月4日〈土〉、「市民が創る秦野のまち」のメンバーで、「秦野の近代たてもの見て歩き」の調査・下見に出かけました。参加者は、会代表の福田省三さん、事務局の久保寺敏郎さん、3年ほど前から参加の小川龍之輔さんと私の4人です。

イオングループのショッピングセンター「ジャスコ秦野店」に集合、30分ほど打合せをしてから久保寺さんの車で現地に移動しました。後は歩いて地域を回り、現地の人から聞き取り調査です。小川さんが用意した地図などの準備が大いに役立ちました。

今回の下見は、表丹沢の登山口でもある大倉周辺の「堀山下」地域の一部です。10月中旬に計画する「見て歩き」の見どころは、地名の元にもなった「堀と水」「農家住宅」と堀之郷正八幡宮と蔵林寺です。

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堀之郷正八幡宮です。

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村上忠明宮司さんにお話を聞きました。平安時代のはじめ天安2年に九州豊前の国宇佐八幡宮が勧請されてこの地に鎮座されたと言いますから、1150年も前のことです。小田原北条氏、徳川家康、米倉丹後守など、武家の信仰を受け、地域の総鎮守として守られてきました。

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この地域にはまだ多数のタバコの乾燥小屋が残っています。中には、ブルーベリーの生産直売所として活用されているところも。試食させていただいたブルーベリーは、農家の自信作で、甘く冷たくて美味でした。

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壁がはがれ中が見える小屋もあります。竹を渡し、藁を混ぜた土で塗り固めた構造が見えます。

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蔵のまわりには、防火用の木が植えられています。伏せ木と言います。

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農家の人にもお話を聞きました。タバコ栽培は、秦野葉から米葉に切りかえ、乾燥小屋が建てられました。この農家は、昭和59年まで葉タバコ栽培を続け、秦野のタバコ栽培の最後の農家の一つとなりました。

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用水路を流れる水の量は豊かです。

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川崎の民家園に移築された「北村家住宅」の農家も探し当てました。

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民家園で作製した模型も見せていただきました。横浜国大の調査が入り、民家園に移築されなければ、この建物も消えていたかも知れません。

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路傍にはさまざまな道祖神が。頭の上に牛が乗っかっています。

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奥にあるのは双体道祖神です。

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米倉一族の墓所です。

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蔵林寺の本堂です。曹洞宗の大育山蔵林寺は、享徳のころ〈1452~55年〉に四十八瀬川上流に開創したものが文明年間〈1469~87年〉に現在地に移りました。

甲斐の国米倉郷を本拠とした米倉一族は、武田氏が滅ぶと徳川家康に仕え、天正18年〈1590年〉以降、寺山村、東田原村、堀山下村を領するようになり、元禄3年〈1690年〉、米倉昌尹は、丹後の守に任じられ、将軍綱吉の信任を受け、国中の犬の取締を命じられたと言います(『秦野 ふれあいの道がいど 西地区編〉1989年、夢工房刊〉。

蔵林寺の境内には、樹齢数百年とも見える槙の木がありました。1本に見える木の後ろに、老樹を支えるようにもう1本の槙の木が寄り添っています。

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ご住職のお話を聞いた後、本堂に上がらせていただきました。

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大きく立派な本堂でした。

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かつての茅葺の本堂の写真がありました。

昼食は県立戸川公園の近くの「手打ちそば さか間」で取りました。

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午後も下見は続き、1日仕事になりました。地域を歩くと色んなものが視界に入ります。地域の人との語らいの中から人びとの生活や文化がほの見えてきます。これだから見て歩きは楽しいのですね。

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