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増田昭一「戦争孤児の物語」原画展、終了しました!

8月1日〈土〉~3日〈月〉の3日間開催した、増田昭一さんの「戦争孤児の物語」原画展を無事終えることができました。81歳の増田さん、ほんとうにお疲れさまでした。

地域の文化発信の基地として、会場を快く提供いただいた小田原・伊勢治書店の筒井社長、ギャラリー「新九郎」の企画・運営担当部長の木下さん、実行委員会のメンバーである、おだわら城北九条の会のメンバー、戦時下の小田原地方を記録する会代表の飯田さん、ありがとうございました。

そして何よりも、会場に足を運んでいただいた多勢のみなさんのお陰で、原画展は成立しました。「戦争や平和」について少し立ち止まって考える場と時間を持つことができたように思います。ありがとうございました!

3日間会場に詰めました。受付担当の女性陣に甘えて、私は喫茶コーナーで持ち込んだゲラの校正をしたり、転送された電話が携帯に入ったり、こちらから連絡したりで、まるで夢工房の動く社長室(?)ができたみたいでした。

8月1日は、増田昭一さんが語る「戦争孤児の物語」を開きました。

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私は司会を担当しました。北鎌倉湧水ネットワークの野口稔さんが記録写真のお手伝いをしてくれました。

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増田さんの口からは、満州から生きて日本に帰ることのできなかった孤児たちの慟哭と深い悲しみが語られました。

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海老名芸術プロジェクトの甘利真美さんは「満州の孤児の想い」を歌ってくれました。増田昭一さんの本『満州の星くずと散った子どもたちの遺書』〈夢工房〉の中から村山豊くんの遺書をもとに甘利さんが作詩・作曲しました。

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「僕が生まれかわったら

僕が生まれかわったら 空を飛ぶ大きな鳥になりたい 鳥の中でも白鳥になりたい 家族そろって海を越えて 日本に帰りたい・・・」

豊くんの遺書です。

「島根のおばあちゃん、母ちゃんと妹のあやちゃんと生まれたばかりの赤ちゃんは、僕の足手まといにならないようにと自殺しました。僕は新京敷島地区難民収容所で死にます。

死ぬのは恐くありません。でも残念です。おばあちゃんは僕の分まで長生きしてください。父ちゃんが帰ってきたら、泣かないように言ってあげてください。 豊」

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語りと歌の後には、同じ会場でテーブルを並べて、1人1000円会費のささやかな「増田昭一さんを囲んで・・・」の集いです。参加者全員にマイクを向けると、あふれる想いに、なかなかマイクを離さない人が続出しました。

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予定時間を30分ほどオーバーして閉会しました。「伝える」ことの大切さを実感しました。一人ひとりができることが何かありそうです。原画展の開催がそのささやかなきっかけになってくれればと願いました。

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