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2010年1月

「面白い話をありがとう!」

相鉄線の二俣川駅改札口を出てすぐの喫茶店で、この日初めてお会いした宗像盛久さんと本づくりの相談をしました。店内は大盛況で、店の中央部にある楕円形のテーブル席の一角がわずかに空いていました。席と席の間はかなりゆったりとしています。

2人は楕円形の頂点の部分に椅子を寄せて座りました。テーブルには1杯250円のコーヒー。長引く出版不況、加えて現下の経済状況の中で1冊の本を世に送り出すことのさまざまな困難が目の前にあります。

その上で、これから企画する本が果たして世に問う価値があるかどうか、読者対象をどこに置くのか、読者に本を届ける流通の方法、さらにどのように活用してもらうのか、かかる費用など、日ごろ考えている本づくりのあれこれについて大いに語り合いました。

加えて電子書籍の時代とも言われているいま、電子書籍には不可能な紙媒体ならではのメッセージを「本」に込めるためには何が必要かなど、徐々に話は熱をおびてきました。

私たちが席についてほどなく、70歳前後と思われる男性が一人、宗像さんの隣りの席について雑誌を広げました。私たち2人は隣り同士の席ですから、普通の声で十分に会話が成り立っていました。

壁際・窓際の四角いテーブル席には2人連れ、3人連れの人たちもいましたが、仕事の合間や学校帰りにちょっと一息、1人でコーヒーを、というお客さんもまた多いようです。楕円形のテーブル席も、入れ替わり立ち代りのお客さんでほぼ満席状態。

ところが、くだんの男性は、雑誌のページをめくって読書にいそしむでもなく、宗像さんの隣りの席を暖めたままぼんやりの風情です。

1時間半近く話し合いました。さらに企画を練り直し、一部サンプル原稿を起こして、改めてお会いすることに。席を立ち、カウンターにコーヒーカップを持って歩き始めると、先ほどの男性からボソッと声をかけられました。

「面白い話をありがとう!」

突然の声かけに、何と対応したものか。「どうも・・・」と頭を下げるのが精一杯。言葉とは裏腹にひょっとして迷惑だったのかもしれません。

「お騒がせしました」と心の中でつぶやきながら店を出たことでした。

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ドン会・名古木の畑で麦踏み

名古木の復元棚田の丹沢ドン会のフィールドでは、真綿を散らしたような雲が空一面に東へ流れていました。先週の土曜日の朝です。

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いつもの広場に集合したドン会メンバーは、この日の活動内容を確認してから、徒歩組と車組に分かれて近くの畑に移動しました。

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大山を望むこの場所は、東海大学人間環境学科自然環境課程の室田研究室の実習地の棚田があります。2000年から始まった名古木の米づくり、初期のころはドン会メンバーも一緒に参加していたところです。いまは、ひとり立ちして研究室の学生と地元の農家で有機・無農薬の米づくりを行っています。

その一段上の畑に「南の光」という小麦を昨年暮れに蒔いていました。青々と芽を出した小麦は、霜柱によって根っこが浮き上がります。麦踏みはその根をしっかり土に定着させます。小麦の葉っぱは、麦踏みによる負荷を押し返すように丈夫に育ちます。

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陽はまだ東の空に低く、私の影が麦畑に映っています。

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高圧送電線の向こうに白い富士山が見えます。西に富士山、北に大山を望める絶景ポイントです。一斉に1人2列ずつの麦踏みを始めました。

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プロのトランペット奏者の渡辺さんご夫妻も名古木にすっかりはまっています。

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寒い冬を乗り越えた小麦は、春の日を浴びてすくすくと成長し、麦秋を迎え、6月の田植えのころに収穫できます。天日で乾燥し、脱粒して製粉、パンやクッキーなどの、安全で美味しい食品に加工します。

それを「名古木ブランド」にしたいと、ドン会メンバーは夢を語り合っています。

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麦踏みを終えたメンバーの輝く笑顔です。

この後、昨年1月に亡くなられたドン会のお師匠さんであった関野丑松さんのお墓に線香を上げに玉伝寺に立ち寄りました。

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名古木の棚田に戻ったメンバーは、竹林の整理、炭焼き、棚田の畦の補修作業とつづきましたが、午後から仕事が入っていた私は、お先においとましました。

その帰りにちょっと立ち寄った「東田原ふれあい農園」からは、大きな富士山と大山が見えました。

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田原ふるさと公園の駐車場には「はとバス」が多勢の観光客を乗せてやってきました。そば処「東雲」で手打ちそば教室でもあるのでしょうか。地元の農家が運営する農産物販売所には産地直売の新鮮野菜が所狭しと並んでいます。

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地域にある資源を活用して「持続する経済」を創り出す地域の試みは徐々に実をむすびつつあります。

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相模湾一望、「丹沢自然塾」里山管理教室開催

1月16日(土)、2009年「丹沢自然塾」の第10回講座を開催しました。この日のメニューは里山管理。自然塾生にとっては初めての場所ということで、小田急線秦野駅に8時30分集合、バスで羽根に向かいました。

「秦野市里山ふれあいセンター」の駐車場で現地集合の人たちと合流。さっそく丹沢ドン会の管理地へ。

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昨年3月と11月にクヌギ・コナラの苗木を植樹しました。この日の作業は、苗木の周囲約1メートルの坪刈りです。木を傷つけないように注意しながら草を刈り、土を寄せて苗木を安定させます。

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途中で一休み。ミカンの差し入れがあり、喉を潤しました。

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切り株の年輪を数えると48。ここまで大きくなると萌芽は出ても更新できません。

かつて葉たばこ栽培が盛んであったころは、15~20年周期でクヌギ・コナラを順繰りに伐採して薪炭として利用し、落ち葉を掻いて葉たばこの苗床にしていました。

戦後の燃料革命と後継者不足から里山に人が入らなくなり、手を入れることがなくなった里山は荒廃の一途をたどりました。その結果、人を寄せ付けないほどの笹藪になったのです。

丹沢ドン会が名古木の里山の管理を始めたのは2002年、羽根の里山の5~6メートルにも伸びたメダケを伐採し始めたのは5年前からです。丹沢ドン会は秦野市の「里山ふれあいの森づくり事業」の助成を受けながら管理作業をつづけています。

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杉林を挟んだ西にもドン会の管理地があります。そこでは、ドン会の元理事長の岡進さんが大鎌でササを刈っていました。

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ドン会の管理している里山からは秦野盆地が望めます。

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視線を上に向けると太陽の光がまぶしいほどに降り注いでいます。

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相模湾が輝いています。

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もうひと踏ん張り作業をつづけて昼前には終了。晴れ晴れとした冬の日の青空の下、最後に集合写真となりました。

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丹沢ドン会・石川敏雄さん逝く

石川敏雄さんがお亡くなりになりました。享年61歳。丹沢ドン会の元祖肉体派でした。ほんとうに残念です。無念です。

NPO法人自然塾丹沢ドン会が毎年開催している「丹沢自然塾」のある年の開塾オリエンテーションで、「私は肉体派ですから、いつも好きなときに棚田へきて農作業をしています、みなさんもご一緒にどうぞ!」と自己紹介されました。

言葉のとおり石川さんは、復元した棚田の土手や畦の草払いや田起こし、里山の雑木林の下草刈りなど、いつも率先して黙々と作業服を真っ黒にしながら汗をかいていました。

石川さんとの出会いは、表丹沢・鍋割山荘でした。

1992年11月に丹沢ドン会は第1回「丹沢シンポジウム」を秦野駅前のなでしこ会館で開催しました。シンポジストの一人、鍋割山荘の草野延孝さんの呼びかけで、翌93年4月に登山道の補修・雑草の種蒔きボランティアにドン会のメンバーは鍋割山荘に1泊で出かけました。

以降、毎年4月と7月の年2回、丹沢ドン会のメンバーは、ときに10数人で、ときに数人の少数精鋭で鍋割山荘に1泊する登山道の補修ボランティアを今日までつづけてきました。

何回目かの鍋割山荘泊で、草野さんの手づくりの夕食の席に隣り合わせたのが石川さんでした。その後、ドン会の登山道補修ボランティアの中心的な役割を石川さん他のメンバーが担ってきました。

1月7日のお通夜は、秦野市水無川に架かる富士見橋近くの「湘和会堂」で営まれました。鍋割山荘の草野さんご夫妻や、親交の深い40人近いドン会のメンバー、㈱富士フイルムの関係者や山登りの仲間たちが参列し、ご冥福を祈りました。

山登りと写真撮影が大好きだった石川さん。ドン会メンバーの同じ趣味をお持ちのお一人と結婚して幸せを掴んだばかりでした。

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翌日の告別式、石川さんの棺には山の写真とたくさんの花びらが添えられました。愛用の登山シャツを身にまとった石川敏雄さんの口元は心なしか開いているように思えました。まだまだやり残したことがあったのでは・・・。ほんとうに無念だったのは石川さんご本人だったのでしょう。

限りある命を懸命に生き抜いた石川さん。ドン会での活動と仲間たちが、石川さんの人生にとってささやかな彩りになっていたことを信じます。名古木の棚田における満面のあの笑顔が、それを物語っているように思います。

石川敏雄さん、ほんとうにありがとうございました。お疲れ様でした。安らかにお眠りください。そして天上から、これからのドン会の行方を見守っていてください。

合掌。

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弘法山の朝陽と丹沢山塊の雪景色

1月13日(水)朝、目覚めて2階の窓を開けると一筋の光が我が家まで届きました。

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弘法山の南に太陽が顔を出したばかりです。

階下に降りてしばらくすると、窓の外にちらほらと雪が舞ってきました。

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カメラではそのようすは写すことができませんでしたが、標高150メートルあまりの我が家に丹沢おろしが雪を運んでくるくらいですから、丹沢はもしかしてと思いながらコーヒーとトーストの朝食をとりました。

この日は二宮町に出かける用があり、9時半過ぎに車で家を出ました。途中で西の空を見ると案の定、山は雪模様です。

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急遽、弘法山への山道を登りました。表丹沢は雪景色です。

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雪の大山がひときわ優雅に横たわっています。お昼過ぎに秦野へ帰ってきたときには太陽に照らされてようすが変わっていました。朝の寒さと太陽のエネルギーを実感しました。

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森林づくりフォーラム(2月13日・かながわトラストみどり財団)のパネリストに

かながわトラストみどり財団から昨年11月に最初の連絡がありました。

2010年2月13日(土)に横浜で開催される「森林づくりフォーラム~みんなの参加でかながわの森林を育もう~」に、NPO法人自然塾丹沢ドン会の活動発表を行い、併せてパネルディスカッションのパネリストになって欲しいとのご依頼でした。

年があけて、財団のみどり森林課長の高橋さんが正式依頼と、フォーラムの内容を説明にわざわざ丹沢山ろくまでお出でになりました。お持ちいただいたフォーラムの参加者募集のリーフレットには以下のような開催趣旨が記されています。

「森林には地球温暖化防止、水源かん養、生物多様性の保全など、実にさまざまな働きがありますが、かながわの森林に目を向けたとき、手入れ不足などにより本来の働きを十分に発揮していくことが危ぶまれる状態のものが多く見られます。

今こそみんなが力を合わせて、かながわの森林を育んでいこうではありませんか。そんな願いを込めて、森林づくりフォーラムを開催します」

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日時:2010年2月13日(土)13時30分~ (参加無料)

会場:はまぎんホール「ヴィアマーレ」(JR桜木町駅下車、徒歩5分)

当日は、東京農業大学教授の宮林茂幸さんが基調講演を行い、4人の活動発表と、同じメンバーによるパネルディスカッションが宮林さんのコーディネートで行われます。

私以外の活動発表・パネリストは、三井物産㈱CSR推進部社有林・環境基金室長の赤間哲さん、キリンビール㈱CSR推進部品質環境室長の平野俊典さん、NPO法人緑のダム北相模理事の石村黄仁さんの3人です。

宮林さんの講演は昨年、東京でお聞きする機会がありました。石村さんとは、4~5年前に平塚の木谷正道さんのところでお会いして以来、会報をお送りいただき、活動内容はよく存じ上げています。

お2人の企業のCSR推進部の方々は初めてですが、企業も社会的市民であるということから、どのような仕組みで社会貢献をおやりになっているのか興味深々です。

主催者のかながわトラストみどり財団の新堀理事長とは、神奈川県自然保護協会でご一緒させていただいています。また、財団のリーフレットの表紙のページには、秦野市の葛葉峡谷の航空写真が掲載されています。、ここは、神奈川のナショナルトラストの緑地保存契約第1号緑地でもあり、私が住んでいる住宅地のすぐ近くです。こんなご縁がつづいています。

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当日、私はパワーポイントを使いながら、里地里山の伝統的農村景観の復元保全活動、とりわけ棚田の復元・米づくりと、丹沢自然塾の開催による都市住民と農村の交流の意味をお話したいと思っています。

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元日の『朝日新聞』の「新大きな物語・農」と『神奈川新聞』の『約束』上演の記事

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

元旦の朝は、ドサリと新聞が届けられます。

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全ページ読み切るのは至難の業です。拾い読みしていると、『朝日新聞』の文化欄の「新大きな物語」連載記事が目にとました。リード文からの引用です。

「大きなスケールの思想や世界観が影響力を失ったといわれて久しい。身の回りの出来事に関心が集まる中で、分散化し、専門化した知を再び集め、新たに見取り図を作ろう、地球規模で考えようという機運も生まれつつある。そんな新しい「大きな物語」の芽を、五つのキーワードをもとにめぐってみる」

第1回の今日のキーワードは「農」。

本文の記事で浜田奈美記者は、「農村解体や自給率低下が問題とされていた日本の農業に、新しい物語の兆しといえる現象が生まれつつある」として、都市に立つ市、農業特集を組んでいる『ブルータス』『週刊ダイヤモンド』『アエラ臨時増刊・得する農業』や、実践者・識者・研究者などの「農」をめぐるものの見方・思想を紹介しています。

「人々が『農』に向かう背景にエコブームや自然志向があることは確かだろう。だがそれ以上に、人類と『農』との長くて深い関係性が、息を吹き返したようにも思われる。

・・・「農」をめぐり、新たに紡がれ始めた物語。都会のライフスタイルを変えるのみならず現在の社会システム自体を根本から変え得る、豊かな可能性を持っている」

と記者は第1回の記事の文末に、日本の農業が、これからの日本社会の目指すべき方向性と人々の暮らし方・生き方に大きな影響を及ぼすであろうことを書いています。

地域でNPO活動をつづけながら「農的な暮らし」を追い求めているものの一人として、私はこの記事に改めて触発されました。

一方、『神奈川新聞』の「ぬくもり」欄には、「旧満州の難民孤児描く 元教師の手記 舞台に」と題した鎌田良一記者の記事が掲載されました。

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夢工房発行の『約束』(増田昭一著)に描かれた、旧満州の難民孤児たちの真実の叫びと想いを伝える「歌と朗読」は、本年4月に海老名市文化会館音楽ホールで、5月には横浜みなとみらい小ホールで上演されます。

『満州の星くずと散った子供たちの遺書』(夢工房刊、増田昭一著)の上演に引きつづいて、市民グループ「海老名芸術プロジェクト」が公演します。

脚本・作曲・構成はプロジェクトメンバーの甘利真美さん。その中の「僕が生まれかわったら」は、女性三部合唱に編曲され、歌われます。

著者の増田昭一さんは「子どもたちは、戦争は僕たちだけでたくさんだ、と平和を望んでいました。生きて帰ることのできなかった孤児たちの想いを語り継がなければ、私は死んでも死に切れない。『約束』を書くことで孤児たちとの約束をようやく果たすことができました」と語っています。

活字の力、言葉の力、音楽の力で、戦争の悲惨と孤児たちの命の輝きを、おおぜいのみなさんに伝えることができるよう、これからも編集者の一人として尽くしたいと思います。

1年の始まり、身の引き締まる想いでスタートです。

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