« 弘法山の朝陽と丹沢山塊の雪景色 | トップページ | 相模湾一望、「丹沢自然塾」里山管理教室開催 »

丹沢ドン会・石川敏雄さん逝く

石川敏雄さんがお亡くなりになりました。享年61歳。丹沢ドン会の元祖肉体派でした。ほんとうに残念です。無念です。

NPO法人自然塾丹沢ドン会が毎年開催している「丹沢自然塾」のある年の開塾オリエンテーションで、「私は肉体派ですから、いつも好きなときに棚田へきて農作業をしています、みなさんもご一緒にどうぞ!」と自己紹介されました。

言葉のとおり石川さんは、復元した棚田の土手や畦の草払いや田起こし、里山の雑木林の下草刈りなど、いつも率先して黙々と作業服を真っ黒にしながら汗をかいていました。

石川さんとの出会いは、表丹沢・鍋割山荘でした。

1992年11月に丹沢ドン会は第1回「丹沢シンポジウム」を秦野駅前のなでしこ会館で開催しました。シンポジストの一人、鍋割山荘の草野延孝さんの呼びかけで、翌93年4月に登山道の補修・雑草の種蒔きボランティアにドン会のメンバーは鍋割山荘に1泊で出かけました。

以降、毎年4月と7月の年2回、丹沢ドン会のメンバーは、ときに10数人で、ときに数人の少数精鋭で鍋割山荘に1泊する登山道の補修ボランティアを今日までつづけてきました。

何回目かの鍋割山荘泊で、草野さんの手づくりの夕食の席に隣り合わせたのが石川さんでした。その後、ドン会の登山道補修ボランティアの中心的な役割を石川さん他のメンバーが担ってきました。

1月7日のお通夜は、秦野市水無川に架かる富士見橋近くの「湘和会堂」で営まれました。鍋割山荘の草野さんご夫妻や、親交の深い40人近いドン会のメンバー、㈱富士フイルムの関係者や山登りの仲間たちが参列し、ご冥福を祈りました。

山登りと写真撮影が大好きだった石川さん。ドン会メンバーの同じ趣味をお持ちのお一人と結婚して幸せを掴んだばかりでした。

Dscn2580

翌日の告別式、石川さんの棺には山の写真とたくさんの花びらが添えられました。愛用の登山シャツを身にまとった石川敏雄さんの口元は心なしか開いているように思えました。まだまだやり残したことがあったのでは・・・。ほんとうに無念だったのは石川さんご本人だったのでしょう。

限りある命を懸命に生き抜いた石川さん。ドン会での活動と仲間たちが、石川さんの人生にとってささやかな彩りになっていたことを信じます。名古木の棚田における満面のあの笑顔が、それを物語っているように思います。

石川敏雄さん、ほんとうにありがとうございました。お疲れ様でした。安らかにお眠りください。そして天上から、これからのドン会の行方を見守っていてください。

合掌。

|

« 弘法山の朝陽と丹沢山塊の雪景色 | トップページ | 相模湾一望、「丹沢自然塾」里山管理教室開催 »

里山・棚田・食べ物づくり」カテゴリの記事

夢日記・コラム」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 丹沢ドン会・石川敏雄さん逝く:

« 弘法山の朝陽と丹沢山塊の雪景色 | トップページ | 相模湾一望、「丹沢自然塾」里山管理教室開催 »