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2010年3月

「今どきの若者は・・・」ではない、増田昭一「戦争孤児の物語」原画展(笛吹市)終了

3月21日(日)から山梨県笛吹市石和図書館で開催していた増田昭一さんの「戦争孤児の物語 原画展」が、8日間の会期を終えて3月28日終了しました。私は撤収作業のため、28日の午後4時に石和図書館を再訪しました。

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少し時間が合ったので、その前にワイナリーとそば屋に立ち寄りました。車を運転する私はワインの試飲はできませんでしたが、美味しい手打ちそばをいただきました。

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桃の花は蕾をふくらませていましたが、観光パンフレットの写真にあるような、盆地全体がピンク色に染まる花の時期はもう少し先のようです。一方、信玄餅で有名な「桔梗屋」さんの工場内の桜は満開でした。

終了時刻の午後5時まで、石和図書館司書の雨宮真由美さんとしばし懇談しました。雨宮さんは、市内の小・中学校や高校で開催される読み聞かせの会やブックトークの会にしばしば登場している方です。

「お声がかかればいつでも、どこでも」と、雨宮さん。

増田昭一さんの本を題材にしたブックトークの会の話を印象深くお聞きしました。最初のうちは身をそらして、雨宮さんのトークを聞いているのかいないか分からなかった高校生たちが、満州の孤児たちの悲惨な戦争体験、孤児同士の友情や思いやりの話が進むに連れて身を乗り出してきたといいます。

「今どきの若者は・・・」と嘆く前に、色々な場面で子どもたちにメッセージを送り伝えることが大切で、しかも子どもたちは、その感性と受信能力をしっかりと持っているのだと感じました。

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雨宮さんは、これからも機会を作って増田さんを笛吹市にお呼びしたいと話されました。こちらこそ、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

ほんとうにありがとうございました。

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秦野市里地里山保全再生事業推進会議に参加

3月24日午後、秦野市役所講堂において2009年度秦野市里地里山保全再生事業推進会議が開催され、参加しました。

推進会議のメンバーは地下水やヤマビルの研究者、地域におけるNPOなどの保全再生活動団体、各地のまちづくり委員会、農林業関係者、環境省、林野庁、神奈川県環境農政部、秦野市の担当各課のメンバーなど40名近い集まりとなりました。

会議では、里地里山の保全再生に関わる2009年度の秦野市の取り組みや市民の活動、環境省のCOP10に向けた生物多様性や里山イニシアティブ、林野庁の施策、神奈川県の水源環境保全・再生施策や里地里山保全条例の内容などについて報告がありました。

また、本年5月に開催される第61回全国植樹祭に向けた秦野市の取り組みや市民一斉植樹会、地場産木材の活用事例など、今後の課題やテーマについても質疑が交わされました。

さらに、昨年11月21日、22日に秦野市文化会館と表丹沢野外活動センターで開催された「里地里山保全再生全国フォーラム in はだの」の内容をまとめた『里地里山がむすぶ緑と水と私たちの暮らし 記録集』が出来上がり(「はだの里山保全再生活動団体等連絡協議会」編集・発行、夢工房・制作)、参加者に配布されました。

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フォーラムにおける、NHKの国井雅比古アナウンサーの基調講演は、「魂が追いつくのを待つ時代」における里地里山の持つ意味と、その保全再生に果たす市民の役割について示唆に富むお話を聞くことができました。

また、里地ネットワーク事務局長の竹田純一さんのコーディネートで進められたパネルディスカッションには、国井さん、秦野市在住で俳優の苅谷俊介さん、環境省大臣官房審議官の渡辺綱男さん、秦野市副市長の高橋生志雄さんが参加。

ここでは、里地里山保全再生における「秦野方式」を全国に向けて発信することが確認され、「秦野里地里山宣言」がフォーラム参加者一同により採択されました。

フォーラムの第2部「事例報告・交流会」の司会を担当した私は、この「記録集」づくりにも関わらせていただきました。改めて里地里山が内包する現代的な意味に気づかされ、これからの私自身の取り組みにエネルギーをいただきました。

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我が家の庭の山桜の蕾ほころぶ

日に日に春めいてきました。春の陽を浴びて、我が家の庭のヤマザクラの蕾がほころび始めました。

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写真を撮っていると1羽のメジロが私の視界に入りました。一瞬の後、人の気配を感じたのでしょう、飛び立ってしまいましたが、1枚だけシャッターを押すことができました。口ばしに挟んでいるのは巣作り用の材料でしょうか。

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サンショウやバラのやわらかな新芽が吹いています。

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ユキヤナギは一足お先に満開。

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スミレの可憐な花びらに朝露が残り、朝陽を浴びて透明感を増しています。大地と水と陽の光は、生きとし生けるもの成長の要であることを実感します。

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笛吹市石和図書館で絵本作家・増田昭一さんの原画展&講演会

3月21日(日)は、笛吹市石和図書館で増田昭一さんの「満州の孤児の物語」の原画展&講演会が開催されます。朝5時に目覚まし時計で起き、6時過ぎに家を出て小田原の増田昭一さん宅へ向かいました。

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途中、西湘バイパスを通ると、昨夜の暴風雨による土砂の流入で相模湾の海水は土色に濁っていました。7時過ぎに増田さん宅へ。箱根・仙石原経由、山中湖・富士吉田・御坂峠を通って笛吹市石和図書館に到着したのは9時半を回っていました。

石和図書館のスタッフにより会場づくりはほぼ完成。私は午前中に原画の展示を終えようと早速作業にかかりました。館長、スタッフのみなさんも、なれた手つきで作業を手伝ってくれます。

今回持ち込んだのは、夢工房発行の増田昭一さんの『戦場のサブちゃんとゴン―満州・磨刀石の戦いを生きた二つの命』と、絵本『来なかったサンタクロース』の原画51点。その他に増田さんの紹介記事などのパネル4点。みなさんのご協力でお昼近くには何とか会場設営を終えることができました。

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早速、来場者が作品に見入っていました。

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熱い想いと実行力で今回の企画を立てていただいた石和図書館の主幹・ブックアドバイザーの雨宮真由美さんです。雨宮さんは、全国紙に掲載された増田さんの記事に触れ、作品を読んで感動し、増田さんと連絡をお取りになりました。増田さんの講演会を過去2回開き、笛吹市での増田さんの登場は3回目です。

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2時から増田昭一さんの講演会が始まりました。館長の雨宮國仁さんのごあいさつです。

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増田昭一さんは今年82歳。自らの満州における体験や、孤児たちの想いを語り伝えることが、難民収容所でともに過ごし、生きて帰れなかった子供たちとの約束です。

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約1時間、満州・磨刀石の戦いで兵隊さんたちがどのようにして自らの死を覚悟し、死んで行ったかを話しました。兵隊さんの最後の晩餐の演芸会でサブちゃんが演奏した「ふるさと」の場面では、自らハーモニカの演奏を。会場には目頭を押さえる姿もありました。

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この後、甲府連隊がレイテ島で全滅した映像が流され、身近な地域の兵隊たちがどのように南方で戦い、死んでいったのか、戦争の悲惨さを目の当たりにしました。

講演会の後は、著者のサイン会を開催。

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小学生の女の子が、増田さんの本を読んで感想文を書いたことなども聞かされました。増田さんのメッセージが、次の世代の子どもさんに伝わっていることに編集者としての喜びを感じました。

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この日持ち込んだ増田さんの著書です。原画展は、24日の休館日を挟んで3月28日(日)まで(午前10時~午後5時)開催されています。山梨方面にお出での方は是非お立ち寄りください。

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この日お骨折りいただいたスタッフのみなさんと著者の増田さんの記念撮影。

あわただしい1日のスケジュールを終え、雨宮真由美さんの案内で「ホテル石庭」に増田さんと2人で投宿。部屋で夕食をとっていると、お客さんがお見えになりました。小田原の小学校で増田さんが担任したクラスの一人でした。

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増田さんの原画展&講演会の開催を知って、花を会場にお届けいただいた方です。笛吹市で花屋さん「Hananoki」をお連れ合いと営んでいる河埜さんのお話を聞けば、小田原の実家は「花のコウノ」。お店の前を私は何十回となく通り、忙しく作業をしているスタッフの姿を見ていました。

メッセージカードには次のような言葉が記されていました。

「わたしたちは花を通じて よろこび・感動・潤い を提供したいと思っています」

不思議なご縁に感動しながら、美味しい夕食と楽しい懇談はしばらく続きましたが、「これから家で夕食を作らなくては・・・」と、名残惜しそうに河埜さんはお帰りになられました。

翌朝、早い朝食をとって、小田原に向かいました。途中の河口湖で出会った富士山がこれです。

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昨日の黄砂による春霞のようなもやはすっかり払われ、雲ひとつない朝です。

28日の夕方には原画の撤収に笛吹市を再訪します。会期中、おおぜいの市民のみなさんが原画展の会場にお出でいただき、増田さんや孤児たちの想いが一人でも多くの方々に伝わるよう、願わずにはいられませんでした。

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相模湾の漁師・西山敏夫さん、この春で引退

3月16日付「神奈川新聞」に、相模湾の漁師・西山敏夫さんの記事が大きく掲載されました。

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西山さんは、15歳のときに漁師になり、60年余り相模湾の自然とともに暮らしを営んできました。これまで支えてくれた方々に万分の一でも恩返しがしたいと、1995年から海の教室を開いています。西山さんの母親が育った秦野市寺山の市立東幼稚園に声をかけて、秋にワカメの苗を植え込み、春に大きく成長したワカメの刈り取りの体験教室を開いたのが始まり。

いまでは、横浜市や秦野市、地元二宮町の幼稚園と保育園5園、小学校1校の子どもたち約400名が体験教室に参加しています。ワカメの成長に目を見張る子どもたち。海が山や川や人間が住んでいる場所とつながっていること、身近な自然や地球環境は、自分たちで守らなければならないことを、西山さんは子どもたちに伝えようとこの海の教室を続けてきました。

御年76歳のいま、西山さんは「でかい波にも立ち向かってきたが、寄る年波には勝てない」と、引退を決意されました。先日お会いしたときに引退の話はお聞きはしていましたが、どこか信じることができませんでした。

でも、「子どもたちと遊ばせてもらっている」という西山さんの決意は固く、この春で子どもたちとの交流も終わります。せめて、相模湾の漁師としての体験を話してもらおうと、西山さんにお願いしました。

4月29日午後2時から秦野駅前なでしこ会館4階で開催する、NPO法人自然塾丹沢ドン会の丹沢自然塾の公開「学習会」で西山さんの体験を聞く会を企画しています。

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横浜バラクライングリッシュガーデン、グランドオープン!

3月19日(金)、「横浜バラクライングリッシュガーデン」がグランドオープンしました。相鉄線平沼橋駅から徒歩5分、横浜の一等地に首都圏で初めての本格的なイングリッシュガーデンだといいます。

tvk住宅展示場に隣接する約2万坪の敷地全体を「tvk ecom park」と称して「環境に優しい癒しと安らぎの空間」としてテレビ神奈川がつくりました。英国庭園は永い年月をかけて創り上げていくもの、この日はそのスタートの日でした。

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オープンを告げるアドバルーンも青空にゆれています。

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クロッカスやスイセンが色鮮やか。

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名前の分からない花も植栽されています。

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会場のオープンガーデンには弦楽四重奏の調べが。この日の司会を務めるtvkの中村アナウンサー。

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テレビ神奈川代表取締役会長の牧内良平さんのあいさつの後には、神奈川県知事、横浜市長、元駐英公使などの来賓あいさつがありました。

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芝生の会場は1000人を優に越える招待客で埋まりました。経済界、園芸愛好家、さまざまな関係者の「横浜バラクラ」に寄せる期待感が会場に溢れていました。

オープニング式典の後には、記念植樹、コンサート、太鼓演奏がありました。参加者は、思い思いにガーデンを散策・談笑し、この癒しの空間を満喫しています。

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横浜バラクラの総合プロデューサー・ケイ山田さんのあいさつもありました。

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この日の主役、牧内良平会長の笑顔も晴れ晴れ。

会場では、チーズ、カレー・ナン、シュウマイ、ゴマ・きな粉餅が振舞われ、ワイン、ジュース、ビールなどの飲み物が供されました。

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季節ともなれば、このアーチはバラの花で埋め尽くされます。

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それぞれのテーマガーデンは色鮮やかな花々が咲き乱れています。

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お馴染みのtvkのアナウンサーが本番に備えて現場で下見をしていました。

ここは、ガーデンウエディングの会場としても予定されているそうで、結婚式、住宅展示場、庭造り教室と、まさにハッピーな暮らしと潤いを提案する空間を目指そうとしています。

バラの季節には改めて訪れてみたいものです。

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春近し、ふるさと長岡の「お戒檀」

ふるさとの母に会いに長岡に行ってきました。実家の兄が姉弟に声をかけ、「お戒檀」の行事に合わせての帰省です。

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田んぼの雪は融け、間もなく春田の作業が始まります。

実家は、脇野町の浄土真宗・浄福寺の檀家です。実家のある町内は世帯数約50戸のうち半数近くが同じ檀家。「お戒檀」とは、町内の中の同じ檀家の家々を年に1度、浄福寺のご住職がお経を上げて回り、最後にその年の当番の家に檀家中が集まり、ご住職の法話を聞き、その後に飲食をするというものです。

長らく続いていた本来の「お戒檀」のやり方も、社会の動きに合わせるように簡略化され、現在では、檀家の家々をご住職がお経をあげて回るというのはそのままですが、法話と寄り集まっての飲食はなくなり、最後に当番の家で、ご住職をもてなすということになっています。

この日は、母、姉兄弟とその連れ合い、姉の孫、親戚1人が集まり、「お戒檀」となりました。お経の後にささやかな宴を張りました。

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名物「のっぺ汁」です。新潟の酒「良寛」で喉を潤しました。

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1泊して翌朝は雨。家の周りを歩きました。冬囲いはまだそのまま。

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フキノトウも顔を出し、ふるさとの春ももうすぐです。

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東田原ふれあい農園でジャガイモの植え付け

我が家から歩いて15分ほどの「東田原ふれあい農園」では、150区画もの市民農園の参加者が、思い思いに野菜作りをやっています。開設以来20年、我が家もこの農園の2区画を借りて無農薬、有機栽培の野菜作りをやっています。

久しぶりに借りている畑を耕しに行きました。スコップで土を掘り起こし、下の土を空気にさらします。寒ざらしには遅すぎますが。

この日は連れ合いがジャガイモの種芋を植え付けました。6月には美味しいジャガイモが鈴なりに!

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畑のへりには可憐なスミレの花が咲いています。

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春はもうすぐそこに。

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春めく名古木の棚田へライターの北井弘さん

先週、突然1本の電話がありました。奈良県に住んでいる北井弘さんからです。

「ご無沙汰しています。明日、隣りの伊勢原市に取材に行きます。夕方あいていませんか?」

「ええっ、ちょっと待って・・・いいよ、夕方なら大丈夫」

ということで、取材が終わったら改めて連絡をくれることになりました。

翌日3時過ぎに私の携帯に連絡が入り、秦野駅南口のロータリーで待ち合わせ。私の車でNPO法人自然塾丹沢ドン会のフィールドである名古木の棚田に案内しました。

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冬季湛水中の棚田の水面に山の端が映っています。

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北井さんは私の若い友人のフリーライター。若いといっても9つ違いの50代。この日は全国的に見てもユニークな伊勢原市の子育て支援策について、自治体職員向け雑誌の取材です。

北井さんは、仕事の他にもゴミ問題・リサイクル関連のNPO活動に取り組んでいます。年度末までには委託事業の報告書を仕上げなければならず、「本当はこんなふうにのんびりしているいる場合ではないんですが・・・」と笑っています。

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梅の花びらの向こうの木々の枝も赤みを帯びて、心なしか笑っているよう。「山笑う」というのはこのことですね。春は里から山にのぼるといいます。

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田んぼでは、いま孵ったばかりのオタマジャクシが泳ぎ始めています。

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小川の土手にはフキの花が。

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前日の雨でかさが増した流れの水も春めいてきました。

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オオイヌノフグリやタンポポの花が春の陽を浴びて眩しそうです。

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暖かな陽射しについついのんびりムード。

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1時間ほどで棚田を後にして、弘法山から秦野盆地を眺めました。

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富士山は雲に隠れ、秦野盆地は西の陽を浴びています。

車を自宅に置き、タクシーを呼んで秦野駅まで。居酒屋で久しぶりのお手合わせ。取材で全国各地をまわっている後輩の話は、一陣の春の旋風のように、ここちよい酔いを運んでくれました。

朋あり 遠方より来る また楽しからずや!

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鎌倉円覚寺で交通事故撲滅コンサート

3月7日午後、北鎌倉駅すぐの円覚寺で、北鎌倉湧水ネットワーク主催のコンサートが開かれました。タイトルは「クール百音&寺沢希美チャリティーンサート」で、地域活性化と交通事故撲滅の願いを込めて、北鎌倉湧水ネットワーク設立10周年記念の特別企画です。

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あいにくの雨で、寒の戻りの寒さです。

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でも、雨に濡れた梅の花びらは風情がありました。

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椿の花の色も緑に映えています。

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代表の元共同通信記者でジャーナリストの野口稔さんが開会のあいさつ。

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最初に寺沢希美さんのヴァイオリンの演奏です。のびやかで透明感のただよう音色に会場の円覚寺の方丈は静まり返りました。

休憩を挟んで、野口さんのふるさと千葉県東庄町の夭折の無名の詩人・高木昌宣さんが残した『レヴィンの系譜』(夢工房刊)の中の5編の詩を小田博之さんが女声合唱組曲「レヴィンの系譜」として作曲、児島百代さん指揮の指揮の「クール百音」が合唱します。

特別出演の朝比奈恵温師は、「般若心経・考 Ⅰ・Ⅱ」を朗々と朗読されました。

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合唱組曲「まだ見ぬ季節」は、高木さんの飾らぬ言葉と淡い恋心がさりげなく表現された詩。26歳の若さで交通事故に巻き込まれ世を去った若者の想いが、会場いっぱいの300人もの参加者に伝わりました。

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コンサートの後には、高木昌宣さんのご両親がテレビ朝日の取材を受けていました。

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交通事故撲滅のメッセージを胸に小雨の残る夕暮を横須賀線の踏切を渡り、打ち上げ会場の「侘助」に移動しました。

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ぶらりタイムスリップ神楽坂界隈

昨夜遅く編集作業を終えた急ぎの仕事のデータを、東京・飯田橋の近くの印刷会社に届けました。住所を確認すると、40年も前に一とき住んだことのある地名です。担当者との打合せを終えて、周辺を歩いてみました。

「確かこの辺りだったはず・・・」と入った小路がここです。

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東京のど真ん中にも風情のある小路が残っていました。「こんなに狭かったかなあ・・・」と奥に進むとありました、当時のまんまの建物が。

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私はこの2階の4畳半を借りて住んでいました。今は代替わりして、商売をやっているようですが、下宿屋風の建物は当時のまま。玄関の戸がアルミサッシに変わっているだけです。

周辺には今も大小さまざまな印刷・製本関係の会社が軒を連ねています。長かったような、短かったような40数年が一瞬、目の前をよぎりました。しっかりと年月だけは重ねてしまいました。

少し足をのばして神楽坂方面へ。出版社時代に仲間たちと立ち寄ったお店が今もありました。

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神楽坂の通りに出ると人通りも少し増えます。

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昼飯を食べに通ったトンカツ屋さん。

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神楽坂の毘沙門天さんも当時のまま。

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伊勢藤さんも。

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五十鈴も健在です。神楽坂の表通りのお店の出入り、変化は激しいのですが、まだまだ頑張っている老舗があります。地域に根ざした商売の秘訣はなんでしょうか。

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五十番の店先はご覧のとおりの人だかり。名物の肉まんを買って、1人だけのぶらりタイムスリップでした。

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