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2010年6月

軽井沢レイクガーデンでバラの貴公子・大野耕生さんに会う

今年もまたバラを見に軽井沢レイクガーデンに行きました。梅雨の真っ最中にもかかわらず、時折、青空が広がりました。

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訪れた日に運よく軽井沢レイクガーデンのバラ園を演出している大野耕生さんに出会いました。

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レイクガーデンの中の島にあるサンクンガーデンで開催された大野耕生さんのバラのトークショーには、100名近い人たちが集まりました。芝生に腰を下ろす参加者は圧倒的にご婦人の姿が多く、この日のためにバスのツアーも組まれたようです。

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バラ界の貴公子ともいわれる大野さんは、岐阜が本拠地。ご自身もバラの栽培を手がけておられます。土を知り、バラの生態を熟知している実践者の話に参加者は聞き耳を立てました。

「軽井沢は冬の寒さがバラの花にとって最高の適地。寒暖の差が花びらを大きくさせます。

バラ栽培の楽しみだけではもったいない。それぞれの五感を使ったバラの楽しみ方があります。目で花を愛で、耳で花びらの落ちる音を聞き、花の香りを楽しみ、茨のトゲや葉っぱに触れ、花びらのジャムや紅茶を味わう。いっとき立ち止まって周囲を見渡す心のゆとりが大切です」

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トークショーの後、参加者は次々と大野さんとの記念撮影に駆け寄ります。

一息ついたところで大野さんとの2ショットにおさまった連れ合いは、日ごろ疑問に思っているバラ栽培のノウハウを聞いていました。

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太陽の光が根元の部分に当たることがいかに大切か、大野さんのアドバイスは具体的で説得力に富んでいました。

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バラの花の魅力を再確認させてくれた軽井沢レイクガーデンのバラ園でした。

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緑の丹沢・中津川渓谷

宮ケ瀬湖の帰り、中津川沿いにヤビツ峠を経て秦野に帰りました。

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緑の屏風に挟まれた中津川の流れ。

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清冽な流れは宮ケ瀬湖に向かっています。湖は丹沢の無数の沢の水を集め、貯え、神奈川県民の命の水となります。湖底には、かつての山村の人びとの暮らしが静かに眠っています。

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川は一方で生き物たちの棲みかでもあります。

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塩水橋の近くの急流。

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みずみずしい清楚な花に出会いました。

札掛の丹沢ホームに寄りたいところでしたが、このあと秦野駅で待ち合わせ。後ろ髪を引かれる思いで札掛橋を通過。

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菜の花台近くから秦野盆地を望みました。渋沢丘陵を経て中井町・二宮町・平塚市の向こうには相模湾が広がります。丹沢・秦野盆地・相模湾のつながり、すこやかな循環を願って盆地の街に帰りました。

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白寿の山本良治さんの「宮ケ瀬よもやま話」

6月19日(土)午前、宮ケ瀬やまなみセンターでふるさと宮ケ瀬を語り継ぐ会が主催した講演会に参加しました。講師は、この4月で白寿を迎えられた「ふるさと宮ケ瀬を語り継ぐ会」会長の山本良治さん。

語り継ぐ会とのお付き合いは、『ふるさと宮ケ瀬―渓谷の村から―』(夢工房が1997年11月発行)以来のことです。事務局の長縄今日子さんは、横浜の神奈川県公園協会の勤務を経て、4月から秦野ビジターセンターに戻られました。丹沢の野生生物の調査や、山村の暮らしを記録にとどめようと丹念な調査を続けていられます。

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この日の宮ケ瀬湖。

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今日のテーマは「山の村の道の変遷」。昭和初期まで架けられていた土橋の構造や、大水のたびに年に5~6回も村民の相互扶助で復旧工事を行った当時の暮らしを振り返りました。

良治さんは少し耳が不自由ですが、ご自分で見聞きした丹沢の山村のかつての暮らしを生き生きと語られました。まだまだ語り足りないようすの良治さん。次の機会が楽しみです。

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この日の参加者の中には、旧知の人がちらほら。山の写真家の鈴木澄雄さん、丹沢ブナ党の梶谷敏夫さん、丹沢資料保存会の会長とメンバーの1人。思いがけないところでの邂逅に、この日の企画を立てていただいた長縄さんに感謝です。

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梶谷泉さん「影絵夢幻語り」を雨岳文庫で上演

6月13日(日)午後、伊勢原・雨岳文庫母屋の古民家で、丹沢のブナ婆の語りと丹沢史交流会があり、参加しました。

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丹沢史お話「江戸時代の丹沢と山守村~幕府御林政策の展開とのかかわりで~」と題した講演は、秦野市寺山の武真幸さん。武家に伝わる豊富な古文書を読み解き、幕府の時どきの政策に翻弄される丹沢の山守りとしての寺山の人びとの暮らしを克明にたどりました。

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1時間ほどの丹沢史の講演と質疑の後は、梶谷泉さんの「影絵夢幻語り~お江戸が丹沢の森を喰らう~」でした。この催しは5月10日の「東京新聞」特報部のページで紹介されていて、丹沢ドン会の大木さんから新聞のコピーを送っていただいていました。

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大木さんは、SLの撮影に全国各地や中国にも出かける行動派です。大木さん撮影の写真を封筒に刷り込んだもの。

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丹沢の自然をこよなく愛し、平和やいのちに寄り添う暮らしを模索しつづけている梶谷さんは、2008年から「影絵夢幻語り」と題してブナ爺の語りで丹沢の歴史を語り継いできました。今回は、ブナ婆に化身しての上演。

江戸の人口増加に伴う燃料確保のために江戸幕府は、東丹沢の広葉樹を大量に伐採、炭を焼き江戸に運びました。西丹沢を管轄する小田原藩がブナの木に手をつけなかったのとは対照的な政策でした。

そのようすを「百鬼夜行」という影絵に表わし、薩摩琵琶奏者の仁恵依舟さんの調べにのせた50分ほどの上演。丹沢の上空を照らす三日月が怪しく光りました。

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講演と夢幻語りの後には「丹沢史交流会」が開かれ、参加者との質疑応答がありました。質問に答える中で武さんは、地域の人びとが村の暮らしを守るために時の幕府の政策に抗い、さまざまな工夫や訴訟を行ってきたことを資料をもとに話されました。

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司会者からマイクを回された私は夢工房の仕事のことに触れながら武さんに「越訴」について質問しました。

「蓑毛自治会連合会会長の猪股さんから先ほどお聞きしましたが、武真幸さんは源実朝の御首を鶴岡八幡宮の大銀杏の元から秦野にもたらし、手厚く葬った武常晴の直系の御子孫だそうです。今日はじめてお会いしましたが、夢工房から発行している『実朝と波多野』『波多野氏と波多野庄』にも武常晴の活躍は書かれており、中世の歴史が蘇えるようです」

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武さんは、村中で一致団結して事に当たるある意味で民主的なその当時の山守の村の暮らしをお話いただきました。ご自身の先祖のことには触れられませんでしたが、葉室麟作『実朝の首』(角川文庫)にも武常晴の時代と足跡が生き生きと再現されています。

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丹沢ブナ党の初期のころに大倉の丹沢ベースでお会いして以来20年近いお付き合いの梶谷さんにもお尋ねしました。

「かつて丹沢の自然保護運動のジャンヌ・ダルクとも言われていた梶谷さんが、ご自分のメッセージをこのような『影絵夢幻語り』という手法で始められたきっかけは何でしょうか。自己表現、想いを伝える手段は多様です。私は大いに期待しているんすが・・・」

梶谷さんは「丹沢の自然に癒され、丹沢の自然の大切さを訴えてきた運動の延長線上に今の自己表現活動があります。平和やいのちの問題と丹沢の自然が繋がっていることをいろんな表現で大勢の人に伝えていきたい」と話されました。

会場いっぱいの参加者も古民家の異空間で催されたお話と語りに熱心に耳を傾けていました。

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相鉄線で岡進さんとばったり!

すぐ近くに住んでいる人に、秦野以外のところでばったり出会いました。

小田急線の海老名駅で相鉄線に乗り換え、座席で雑誌を読んでいると出発間際に声がかかりました。

「片桐さん」

「おおっ、どうも、ご無沙汰・・・」

隣に座り込んできた人を見れば、岡進さんでした。

岡さんは、NPO法人自然塾丹沢ドン会の元理事長、丹沢ドン会の発足時のメンバーです。長らく引き止められていた仕事もようやく離れ、現在は、長野県伊那市と秦野の2地域居住を実践、「限界集落」での地域の元気づくりに取り組んでいます。

この前お会いしたのは、ドン会の公開学習会「相模湾、里地・里山と丹沢をむすぶ」で、岡さんに「里地・里山のしくみと暮らし」を話してもらった4月29日以来のことです。

2か月半のご無沙汰は簡単に越えて共通の友人や新聞記者の近況、ドン会の活動などに話は及び、30分少しで横浜に到着。

「それじゃ、また」

「どうも・・・」

岡さんは横浜国大で開催されるシンポジウムに向かい、私は県立歴史博物館で開催のNPO法人神奈川県自然保護協会の総会に参加しました。

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総会では、横浜国立大学の鈴木邦雄学長の記念講演「生物多様性が支える社会―生き物に学ぶー」を聞いたのも不思議でした。

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梅雨入り間近? 我が家の庭

天候不順で、「いつもの年より2週間ほど季節のめぐりが遅い」とは、連れ合いの嘆きです。ようやく我が家の庭の花たちも色づきました。

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アジサイの花も雨にぬれています。

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イチョウの葉っぱの上を転がる一瞬の宝石。

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バラの蕾と鮮やかなピンクの花びら。

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ヒメヒオウギがひっそりと。

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ナンテンの蕾もふくらみました。

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ドクダミの白い花がまぶしい。

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サンショウの実。

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ビワの実も黄色く色づき、そろそろ小鳥が啄みそう。

もうすぐ梅雨入り? の気配の我が家の庭です。

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☆くんとタンポポ綿毛

久しぶりに☆くんが我が家にやってきました。この日は、母親が東京にお出かけ。連れ合いと私の2人で1日☆くんと遊びます。

☆くんの日々の成長は目覚しく、少し会っていないとその変化に驚かされます。日々子どもと接している母親の大変さは想像に難くありませんが、それも、一番身近な人から子どもは言葉を獲得し、その意味を体得していくという喜びに勝るものはありません。

日ごろの子育ての忙しさにちょっと一息、英気を養って改めて子育ての楽しさを母親に実感してもらいましょう。30年以上前の私たちの子育てを思い出しながら、☆くんと過ごしました。

我が家にやってくると、お決まりの☆くんの遊びがあります。ピアノ、夢工房の事務所の本の出し入れ、車の広告の「これ、な~に?」、部屋をぐるぐる回る追いかけっこなどなど、際限もなく、次から次へと一緒に遊びまわります。階段の上り下りもうまくなりました。大人の言うことを理解し、自分の意思を言葉にします。

昼ご飯も自分でスプーンを使ってパクパク食べます。食事の後は歯磨きを上手にやります。

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昼寝もしないで遊びまわる☆くんと散歩に行きました。

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近くの公園に行きました。階段も平気。

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つり橋を渡り、秦野市立くずはの家へ。公園の通路に設置されている御影石の椅子に触って「あつい!」と言います。

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小さな花を見つけて「こんにちは!」。遠くへ遠くへ行こうとします。道草を食うのが大好き。

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天気の良い昼下がり、ピンクに染まった☆くんのホッペをふくらまし、タンポポ綿毛にふーっと息を吹きかけます。

家々の駐車場の縁石を一つ一つ渡り我が家に帰りついたのは45分後のこと。疲れを知らない☆くんの散歩で、久しぶりに町内の庭先のバラの花を見ることができました。

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水に流せない(?)エコな話

6月3日の午後、名古木の棚田へ1人の営業マンを案内しました。10日ほど前に電話があり、この日、秦野市役所の駐車場で待ち合わせて現地に向かいました。㈱リンフォースの取締役営業部長の小山孝雄さんです。創業者会長の中台光雄さんもご一緒の予定でしたが、体調不良でお出でになりませんでした。

㈱リンフォースは、1994年簡易水洗便器や土壌処理装置、業務用濾過機の製造に長い歴史を持つリンフォース工業㈱の販売部門としてスタート。山岳トイレや里山トイレの普及に努めている会社です。

2003年に「神奈川地域社会事業賞」を受賞したNPO法人自然塾丹沢ドン会では、いただいた貴重な賞金を元手に名古木の棚田の広場にバイオトイレを設置しました。里地のドン会の農作業にトイレは不可欠で、わずかな雨水で機能する簡易水洗のバイオトイレを探していました。この時お世話になったのがリンフォースです。

設置から7年、先月、秦野市にお願いしてバキュームカーで便槽を汲み取ってもらい快適に使うための保守管理を行いました。その際にリンフォースと連絡を取ったところ、1度現場を見たいという話になりました。

農地トイレ「アグリレット」のリーフレットには次のように記されています。

「アグリレットは、農地に置いて、土中に簡単な配管をするだけで、汲取りは(数年から十数年)必要ありません。トイレ使用後、1回当たりコップ1杯分の水で洗浄する、清潔な簡易水洗の、水洗便器方式です。・・・その上、汚水中の栄養価が還元され、農地をより豊かにします」

小山さんは早速トイレの周囲を回り、ドアをお開けて内部を観察し始めました。これまでトイレの写真をしかじかと撮ったことはありませんでしたが、私もこの際というわけです。

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ドン会の活動は半日、1日に及ぶこともあります。名古木の棚田のトイレはなくてはならない基本的な施設です。

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棚田の原のテーブルでしばらくお話ししました。

「きれいに使っていただいています。水を流す足踏みポンプも問題ありません」

トイレの専門家の話は、水に流すことができません。農地用トイレは、廃棄物処理法第17条、施行規則第13条による液肥の供給システムで、設置は農地に限られます。表丹沢・鍋割山荘に設置されている山岳トイレ「サンレット」も実はこちらの製品でした。

小山さんはこの4月に鎌倉にあるリンフォースに来られました。それまでは大阪の関連会社勤め。阪神淡路大震災に遭遇しました。

「車が使えないので、バイクで会社に行き、出社していない社員の家を回って安否の確認をしました。神戸在住の社員の所へも行きましたが、悲惨でした。避難所の仮設トイレもつぶさに見ましたが、とても残念な状態でした。トイレに目覚めました」

電気・ガス・水道が何不自由なく使える都市の暮らし。いったん事が起きれば機能しなくなるシステムばかりです。わずかな水で機能するこの簡易水洗トイレは、これからの時代の要請でもあるのでしょう。

ちなみにリンフォース工業㈱は、「平成21年度ビジネス可能性認定企業」として認定されています。財神奈川産業振興センター発行の『かながわオンリー・ワン企業 ガイドブック2010』には「便器を洗う洗浄水を循環使用する超節水水洗便器を展開する事業」として紹介されています。

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この日の名古木の上空にはノスリが舞っていました。カエルの声が響き、田植えの終わった田んぼの水面を涼やかな風が伝っていました。

水に流せない(?)エコな話でした。

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第61回全国植樹祭に参加

5月23日(日)は、朝からあいにくの雨。第61回全国植樹祭が秦野市大倉の県立戸川公園の周辺と、南足柄市で開催されました。「森が育むあなたの心 森を育むあなたの手」がテーマで、私も植樹に参加しました。

市内各所でバスに乗車、植樹会場である大倉の植林地へ向かいました。

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会場ではボランティアのスタッフが苗木や移植ゴテなどの準備をしています。ビニールカッパのご夫婦、家族連れなどが植樹。私も苗木を2本を植えました。

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植樹を終えた参加者は、植樹会場の中の道を通って式典会場である県立戸川公園に。

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会場に設置された大画面からは、南足柄会場のようすも映し出されました。

50年後に開封されるタイムカプセルへ俳優の苅谷俊介さんがメッセージを投函し、シンガーソングライターの白井貴子さんは、作詞・作曲のテーマソングを歌いました。子どもたちのダンス、秦野観光和太鼓の演奏が雨の会場に響きました。

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両陛下は、秦野の式典会場でブナやカエデなどの種を「御手播き」されました。

一部プログラムの変更はありましたが、来年開催される和歌山県へ松沢神奈川県知事からメッセージが託されました。

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この日の植樹祭の参加者は、5,000人+スタッフ3,500人と聞きました。神奈川の食材にこだわったお昼の弁当は、自宅に帰っていただきました。

神奈川県は森づくり50年構想、秦野市は100年の森づくりを掲げています。一過性の行事ではなく、今回の植樹祭を契機に命の水を育む森づくりをどのように、誰が担い手となって進めていくのかを考える1日でした。

この日の雨が恵みの雨となり、苗木がしっかりと根づくことを願いました。

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