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自分史づくり、著者と編集者の共働作業はじまる

「自分史」を創りたいというご婦人が夢工房を来訪されました。

ご婦人は、娘さんに伴われてお出でになりました。夢工房の事務所は、外階段を登った2階にあります。

「リハビリになるから上ってみるよ!?」

退院間もないご婦人。気丈にも、娘さんに支えられて、手すりにつかまりながら2階の事務所まで階段を上がっていただきました。

昭和3年、山口県生まれのご婦人は、昭和19年に女学校を卒業後、大陸への派遣軍総司令部主計課軍属として勤務されました。復員後、広島高等師範学校に入学・卒業、下関市内の中学校に奉職されたのです。

その後、縁あって神奈川県に移住、小田原・湯河原の中学校で精魂込めて子どもたちと関わる教師を勤めましたが、病を得て、定年1年前の昭和59年に退職。その後も幾たびか病気に見舞われましたが、臨死体験の後に奇跡的に命をつながれました。

いま自らの一生を1冊の本にして記録に残し、子や孫たちに伝えたいというのです。

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数年前からご婦人は、カセットテープに自分の体験や想いを録音してこられました。そのテープ10本をお持ちになりました。録音を反訳し、リライトし、編集し、1年かけて1冊の本に仕上げる、著者と編集者の共働作業を始めることになりました。

1冊の本を創りあげる生みの苦しみと創造の喜び、楽しみ、編集の醍醐味を著者と共に存分に味わいたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

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