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2011年3月

東京新聞に「丹沢自然塾」塾生募集の記事掲載

3月27日(日)の東京新聞「暮らし」欄にNPO法人自然塾丹沢ドン会が主催する「2011年 丹沢自然塾」の塾生募集の記事が掲載されました。

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3月11日に発生した東日本大地震・大津波、それにより引き起こされた福島第1原子力発電所の深刻な事故・トラブルの影響が日本社会の閉塞感を強めています。

自然災害に加えて、人災とも言える原子力事故。

そんな中、それだからこそ、2011年の丹沢自然塾を予定通り開催します。

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長岡市高齢者センター「みやうち」で被災者受け入れ

久しぶりにふるさと長岡へ母の顔を見に行ってきました。少し熱が出て体調が思わしくない、と兄から電話が入っていました。

顔をのぞきこむと母はニッコリしました。翌朝、デイサービスに車椅子で出かけるときに、母の口ぐせ「すっとこどっこい!」が思わず出ました。少し元気を取り戻したようで一安心。

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庭先にはフキノトウが顔を出し、赤い椿が咲き、雪がほんの少し残っていました。

2泊して長岡から神奈川へ帰る日、兄がセンター長をやっている長岡市高齢者センター「みやうち」に立ち寄りました。通常の高齢者向けの業務を中止して、いち早く、東日本大震災・福島第1原子力発電所の事故による避難者の受け入れを始めていました。

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高齢者センターは、原発周辺の避難地域・南相馬市から来た110人ほどのファミリーたちの仮住まいでした。布団をたたみ、部屋の掃除をみなさんがやっています。きれいに片付けられた部屋のあちらこちらで、家族たちが寄り添って輪をつくっています。

廊下で静かに遊んでいる子どもたちの姿が、印象深く感じられました。

高齢者センターの隣の長岡市の体育館では、300人あまりの避難者が生活していました。支援の物資は、ここでは十分に行き渡っているようです。長岡市の職員やボランティアの人たちが、忙しく働いていました。

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日常ではない集団生活のなかで、他の人への「優しさ、思いやり、譲り合い」が、行われているようで、ぎすぎすした雰囲気は感じられませんでした。しかし、避難所生活が長くなると新たな課題が生まれてくるのかもしれません。

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高齢者センターのカウンターには新聞各社が無料の新聞を被災者に提供していました。

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近くの温泉へ行く無料のバスも用意され、その受付窓口もあります。

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無料の電話も設置されていました。

新潟県では、県内各地で9000人近い被災者の受け入れをしており、さらにその取り組みは広がりを見せています。中越地震の際に全国から寄せられた支援への恩返しを、との思いでしょう。

テレビ、新聞などが伝える東日本の被災地周辺の避難所のようすとは違った現実です。被災の現地にいる人たち、ふるさとを遠くはなれて避難生活を送る人たち、さまざまな人間模様が想像されます。

三陸沿岸の自治体は、地震・津波などの自然災害の発生を前提として、その被害を最小限に抑えるためスーパー防潮堤など、さまざまな「減災」のため施策を講じてきたといいます。今回の巨大地震・大津波は、その前提を大きく上回る自然エネルギーでした。

一方、東京電力福島第1原子力発電所のトラブルは、いかに巨大地震・大津波が原因となって引き起こされたとしても、原子力の危険性と安全性に対する人間の驕りがもたらしたもの。まさに人災と言えます。

原子力発電が日本の電力の3割を占めている現状のなか、福島でつくられた電力が首都・東京で消費され、便利さと効率のよさを追い求める私たちの暮らしを支えてきました。その実態があらわになりました。

福島第1原子力発電所の止まるところを知らないトラブルは、どこまで進むのかと、恐ろしさが先に立ちます。最悪な事態を回避するために、いまも関係者が命がけで取り組んでいます。1日でも早くその成果が挙がることを願っています。

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関越道のパーキングで。越後の山々の冬が開けるのはもう少し先のようです。

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秦野市環境基本計画改訂検討委員会(第7回)開催

3月15日に予定されていた秦野市環境基本計画改訂検討委員会(第7回)が、11日に発生した東日本大震災の影響で延期され、本日午後、「くずはの家」で開催されました。あらかじめ送付されていた「秦野市環境基本計画(第2次)(案)」を検討する最後の委員会です。

検討委員会委員長の藤田成吉さんは、東海大学人間環境学科の教授。冒頭のあいさつで、11日は大学の会議があり、電車が不通になって帰宅難民。大学の研究室に泊まり込まれたといいます。

この日は、検討委員会のメンバー15名のうち13名が出席し、「案」についての最終意見をわずかな時間でしたが述べました。

「丹沢のふもと秦野盆地は、「命の水」を貯えており、これがすべての暮らしの基本をなしている。これが秦野の最大の宝物です」

「これまで議論してきた環境基本計画の内容は、ひとたび今回のような大災害に遭遇したらほとんど意味をなさない。震災を前提にした計画の見直しを早急に検討して欲しい」

などなど、一から積み上げてきた秦野の環境基本計画に対する、それぞれのメンバーの思いが語られました。

私は、「今回の大震災でも見て取れるように、地域のボランチィア活動、NPOなどの活動は、平時でも、震災時でも大きな役割を担います。市民、企業、行政の協働・連携というときに、NPOを市民の中に閉じ込めるのではなく、市民・NPOとして位置づけることで、NPOの社会的な意味や役割を啓発する必要があります」と話しました。

環境基本計画は、委員長、副委員長から古谷義幸秦野市長に答申され、平成23年度から10年間の計画として位置づけられます。中間年度には社会的・自然的状況の変化に対応するために見直しを行うことになっています。

基本計画が、「絵に描いたモチ」で終わらないためには、それこそ市民・NPO、企業、行政の協働・連携が不可欠です。私たち市民・NPOが果たすべき役割も大きいと自覚します。

最後に、高橋環境産業部長は、2年間の検討委員会の審議にお礼を述べられ、「計画が実効性を発揮するために行政が果たす役割を再認識するとともに、これからもみなさんのご支援、ご指導をお願いいたします」とあいさつされました。

連日報道される、東日本大震災の被災地の現状、福島第1原子力発電所の爆発と危機管理の不全、周辺への不安拡大のただ中にあっては、正確な情報が何よりも必要で不可欠です。「秦野市環境基本計画」が市民のみなさんへのメッセージになることを願っています。

今回の「環境基本計画」の検討委員会の議論を通じて、「安全で安心な地域の環境」の基本は何かと、改めて考えさせられた2年間でした。

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丹沢ドン会では大震災の災害見舞金の募金活動を始めます

今回の東日本大震災の被災地から遠く隔たっている私たちに、今できることは限られています。

食糧やガソリンなど、不要不急なものを買いに走らず、今こそ買え控えをする。計画停電に協力する。これらのことは、被災地の人びとへの想像力を働かせれば何でもないことでしょう。

NPO法人自然塾丹沢ドン会では、会のホームページを通じて「東日本大震災」の災害見舞金の募金活動を始めました。

ドン会のホームページに掲げられたメッセージです。

「いま、被災地のみなさんは、自然の猛威と、科学技術の粋を集めた果ての原発事故の前で不安を抱えています。そこで、「もう少しがんばって!」という想いを込めて、被災地のみなさんへ、限られたドン会の資金の中から10万円の義援金を届けたいと思います。

それに加えて、ドン会会員、丹沢自然塾の塾生のみなさん、ドン会のホームページをご覧いただいているみなさんに、あたたかい「東日本大震災」の災害見舞金の拠出をお願いいたします。あくまで、それぞれの想いを込めてご判断いただくことです。どうぞよろしくお願いいたします」http://www.donkai.com/

一人ひとりが今の暮らしの中でできることに取り組みたいと思います。被災地のみなさんに私たちの想いを伝え、困難な避難所の暮らしを乗り切っていただきたいと思います。

「もう少しがんばって!」

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日本人の真価が問われている大震災

3月16日の朝日新聞・朝刊に「オピニオン 3・11」という1ページの記事が掲載されました。そのリード文です。

「2011年3月11日。巨大地震と大津波が襲ったこの日を境に、私たちはいやおうなしに、これまでとは違う日本に生きなければならなくなった。何が壊れて、何をしていかなくてはならないのか。『3・11』を考えてゆく」

「すべてが後手後手に回る」という見出しで大阪大学名誉教授の住田健二さんは「今回は、東京電力と保安院がすべてを抱え込んで・・・原子力安全委員会などの協力を得て対処すべきだったのに、自分たちだけでやろうとした。そのやり方が適切だったのか。東電の危機管理体制の弱体振りと同時に、日本の原子力行政の制度的欠陥という、一番心配していたことが露呈してしまった」と、設置者の危機管理能力の欠如を指摘しました。

「不眠不休の現場を支えよ」という見出しで作家・元核融合研究者の高嶋哲夫さんは「現場では不眠不休で努力しているはずです。・・・人為ミスは絶対に避けなければいけない。十分なサポート体制を整えて欲しいです。・・・電力会社も政府もすべての生データをリアルタイムで公表し、諸外国を含め専門家の意見を広く求め・・・決定は当事者がやればいい」と、危機的状況にどう冷静に対処したらよいかを示しています。

「首都圏から避難、必要ない」という見出しで東京大学名誉教授の前川和彦さんは「現時点では、多数の住民の健康被害につながるような状況ではないと考えます。・・・国や自治体の指示通り、不用意な外出は避けてください」と避難民の冷静な対応を訴え、「首都圏から離れる人が出始めているそうですが、・・・避難の必要はまったくありません。・・・冷静に、出来る限りふだんと同じ生活を送るのが最善だ」と首都圏住民の災害時の心構えを示しました。

「ネット使って支援策募れ」という見出しで東京女子大学教授の広瀬弘忠さんは、これから「適切な精神的なケアと生活環境の整備もまた、従来とは異なる規模で必要になる。ボランティアの支援を制限している現状も早めに見直したほうがよい。被災地の人々を励ます、あるいは生活の援助をするメニューの考案は・・・インターネットなどを通じて積極的にアイディアを募るべきだ」とし、その前提としての正確な情報が重要だと指摘しました。また、「日本はそれだけ十分に成熟した共同体であるはずだ」と人々への信頼を語っています。

4人の識者のほかに、「ザ・コラム」のコーナーでは朝日新聞の山中季広ニューヨーク支局長が「逆境のジャパン 立ち向かう姿に賛嘆のまなざし」と題して、今回の大震災についての外国メディアの反応を伝えています。インド、中国の具体的な報道内容や、アメリカのニューヨーク・タイムズ紙のニコラス・クリストフ元東京支局長の「日本人の忍耐力と回復力は尊い」という記事を紹介しています。

「海外の人々は、日本人被災者たちの沈着で節度ある態度に賛辞を惜しまない。苦境にあっても天を恨まず、運命に耐え、助け合う。日本の市民社会に対する世界の信頼は少しも揺らいではいない」と山中記者は、コラムを結びました。

「震災は天罰だ」などという、どこかの首長の空虚さが際立ちます。

一人ひとりの被災者は、大きな悲しみを秘めながら、それぞれの場で誇り高く命を燃やしつづけているのです。これが日本の市民社会の真価でなくてなんでしょうか。

日本人として誇りに思わずにはいられません。

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季節はめぐり、春は来る!

秦野の計画停電は、昨日は実施されませんでした。計画停電といっても、電力の供給と需要のバランスで、予定通り実施されないこともあるということなのでしょう。それにしても東京電力の情報発信の稚拙さが気になります。

毎日の暮らしぶりを考えています。余計な部屋の電気はつけない。暖房器具はほんとうに寒いときだけ。早寝早起き、明るくなったら起き、夜更かしをしない。何だか仙人のような?生活になりそうですが・・・。

今朝起きて、秦野市の防災放送を聞くために窓を開けました。庭を眺めていると、フキノトウが目に入りました。ここ何日かの騒動で心ここにあらず、今日はじめて気づきました。

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庭に回ると、ほかにも春を告げる芽吹きがありました。

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アジサイ、ツツジ、バラの新芽です。

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庭にある遅咲きのピンク色の梅の花も満開です。ユキヤナギの白い花も咲き始めました。

東日本を襲った巨大地震、大津波、自然の猛威、自然の厳しさに翻弄される中でも、季節はめぐり、春はもうすぐ。

いっとき、自然の優しさや恵みに心を開かれ、エネルギーをいただきましょう。

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秦野の計画停電、さまざまな影響

ウグイスの鳴き声で目覚めました。その後は、キジバトやスズメの鳴き声が窓越しに聞こえてきました。一瞬、穏やかな朝と勘違いしてしまいそうです。

東日本巨大地震の発生から4日目、朝早く、2人の娘たちからそれぞれ電話が入りました。横浜の娘はいつもより2時間も早く家を出て会社に向かいました。夫君は会社から連絡が入り自宅待機です。上の娘の夫君は、会社が入っているビルが休業となり、これまた自宅待機。

電力逼迫の影響はさまざまなところに出ています。小田急線は経堂以西は運転休止。今日から東京電力の計画停電が始まります。

印刷・製本をお願いしている小田原の㈱アルファの大島部長さんから連絡が入りました。東電の計画停電により、進行中の仕事に影響が出る恐れがあります。ご容赦ください、とのことでした。やむを得ないことです。

秦野市では、8時半ころに市役所の屋外放送が流れました。いつもは、行方不明者の捜索の協力要請などに使われている緊急放送ですが、音が割れてよく聞き取りにくい。要は、秦野市のホームページを見て、それぞれの地域の停電の時間を確認して対応してくださいとのこと。

何とも不親切。インターネットの環境がない人はどうするの? と思っていると、時間をおかず自治会の広報車が、この地区の停電の時間帯をスピーカーから流していました。

15時20分から19時の間の3時間がこの地区の本日の停電時間。限られた時間に集中的に仕事に向かわなくてはなりません。電気が通じていない時は、日頃、ほうりっぱなしの仕事の片付け、整理など、やることはたくさんあります。危機をチャンスに変える良い機会と考えましょう。

そして、日頃の仕事や生活、生き方や暮らし方を改めて考える時間にしたいものです。何気ない日常のあれこれが、ほんとうに大切だということを心に刻みたいものです。

昨日は、プレハブの傾いだ本棚の整理を半日かけて行いました。地震後と、整理した後のようすです。

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設置した本棚の向きが、傾ぐかどうかの別れ道でした。南北方向のものが傾ぎ、東西方向のものが健在でした。

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とりあえずの復旧後の状態です。

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要所要所に、有り合わせの材料で補強を行いました。

計画停電もいざ実施してみるとさまざまなトラブルが発生しているようです。未曽有の事態に社会全体で対応するのですから、それもまたやむを得ません。

一人ひとりが寛容の心を抱きつつ、これまでの暮らしのスピードをスローにする契機にしたいものです。

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今できることは?

東日本の巨大地震と津波により引き起こされた福島第1原子力発電所の第1号機の爆発は、今のところ最悪の事態には至っていません。

しかし、今日また、第3号機に同様の危険が迫っているとの情報がもたらされました。

現在、東京電力や原子力安全・保安院などの政府機関が最悪の事態を避けるために懸命な対策をとっているのだと思います。

菅総理と枝野官房長官は、連日、記者会見と国民へのメッセージを発信しています。日本の科学技術の最先端の知見を総動員し、でき得る限りの対策を講じながら、情報を包み隠さず公開することが、いま何よりも大切なことです。

そのことで国民の政府への信頼はかろうじてつながり、最悪の事態を想定した避難勧告もスムーズに実施できるのだと思います。

それにしても、チェリノブイリ原発、スリーマイル原発の、かつての原発事故を他山の石として、その教訓は日本の原子力行政にどれほど活かされてきたのでしょうか。100パーセントの安全を確保するために、二重三重のセフティーネットが張り巡らされているとは、到底思えないような事態の推移です。

原子力発電の安全神話、原子力発電の立地による地元経済の振興、原子力発電に関わる地域の人たちの労働の場など、さまざまな要因はあるにしても、一たび原発事故が起きれば、その破滅的な影響は周辺の地域に計り知れない命を危険にさらすマイナスを及ぼします。

日本各地にある原子力発電所の周辺の人たちは、今回の事故をわが身に照らして戦慄されたのではないでしょうか。

一企業たる東京電力や東北電力など電力会社に責任をかぶせるだけでは、解決にはならないと思えてなりません。

東日本の巨大地震が発生して3日目、つぎつぎに明らかになる被災の状況は目をおおいたくなるものばかりです。東北地方の沖合い、500キロ×200キロのエリアで起きた巨大地震は、本日、マグニチュード9.0と気象庁から改めて発表されました。

それにしても、いまだに安否の確認ができていない人たちが多数おられます。1万7千の人口の南三陸町で1万人もの人たちの安否が依然として不明です。

自衛隊は10万人規模の災害支援の派遣を決めました。一刻も早く、国、自治体の総力を挙げて被災地に入り、一人ひとりの命を救うことだと思います。

今できることは、「それまで頑張って・・・」と祈ることだけです。

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観測史上最大の巨大地震発生!

11日午後、2階の事務所で『お米と私』の編集済みデータをCDに流し込んでいました。その直後、大きな横揺れに見舞われました。揺れは1分ほどつづきました。

事務所にいた連れ合いと一緒に1階へ。まずは玄関のドアを開けて出口を確保。家は揺れ、駐車場の車はクッションの上で跳ねるよう。道路には誰も出ていません。近所のみなさんは家の中なのか、留守なのか。

揺れが収まり、ひとまず家の中に。テレビのスイッチを入れましたが、つきません。車のラジオで地震速報を聴きました。2時46分、日本の観測史上最大の巨大地震の発生を報じています。

マグニチュードは当初8.3、菅首相の国民に向けたメッセージでは8.4、さらにその後、8.8と訂正されました。

2人の子どもたち、ふるさとの実家などに連絡を取ろうとしますが、電話はつながりません。

余震はつづきますが、1時間ほどたって、秦野市内に住んでいる娘のところに急遽、2人で車で出かけました。R246の信号は消えていてます。白バイのおまわりさんが交通誘導。街なかには、おおぜいの市民が心配そうに路上で語り合っている姿や、交差点での車の渋滞がありました。渋滞の手前で脇道に抜けました。

娘は☆君と一緒に元気でした。一安心。

同じ秦野市内でも、ここは電気が通じています。テレビが東日本の巨大地震を報じていました。大津波が家々を飲み込み、すべてを押し流し、陸地深くものすごいスピードで進んでいました。リアルタイムのヘリコプターの映像が信じられません。

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家に戻ってプレハブの倉庫と事務所を確認すると、本棚が傾ぎ、事務所の書棚のファイルが雪崩を打っていました。

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東京に通勤している下の娘や実家とは連絡が取れません。夕方、ようやく娘から、会社のビルの11階で、とにかく大丈夫だとのメール。が、その後も携帯は「込み合っています・・・」。

ロウソクを灯してラジオを聴きました。家の中を動くときには、登山用のヘッドランプが役に立ちました。

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夜になって、会社にいる娘の所に夫君が到着し、合流できたとのメール。ふるさとの双方の実家ともようやく電話が通じ、みんな元気とのこと。こちらも一安心。

11時過ぎ、電気が回復しました。さっそくテレビのスイッチ。惨憺たる津波の現場。映像が映し出したのは、石油コンビナートの炎上、津波が引いた後の市街地の火災。そして、原子力発電所のトラブル。恐れていたことが、想定外の巨大地震であらわになってきました。

会社に留まっていた娘夫婦が、動き出した地下鉄・電車を乗り継ぎ、横浜に帰ったのは夜中の2時半でした。帰宅難民にならずにすみました。

まんじりともしないうちに外が明るくなりました。

6時半過ぎに携帯電話で起こされました。この日午後に予定されていた「北村透谷碑移転除幕式」の延期の連絡。

パソコンのEメールには、「本町地区見て歩き」の延期の連絡が入っていました。

もう一つ、13日(日)に東海大学で予定されていたコカコーラ教育・環境財団寄付講座の「公開講座」が、基調講演を行うC.W.ニコルさんが来ることができず、延期に。小田原のアルファさんで校正をしていた時に東海大学の室田教授から電話が事務所に入りました。

ニコルさんの基調講演のテーマは「多様性は可能性=森のサステナビリティー」。

この公開講座で私は、第2部のパネルトーク「持続可能な社会づくりに向けて私たちにできること」で東海大学の小澤紀美子教授・コーディネーターの下で、アドバイザーの役をおおせつかっていました。

小田原からの帰り、車のラジオでは震災の連絡メッセージが流されていました。

家に戻ってテレビをつけました。各局は震災報道一色。一夜明けて徐々に明らかになった被害の大きさに呆然としました。

自然の猛威の前に、掛け替えのない命を亡くされたおおぜいのみなさまのご冥福をお祈りいたします。

さらに原子力発電所の爆発。チェリノブイリ原発の再来という最悪の事態は何としても避けたい。これ以上の被害が広がらないように国・自治体などの総力を挙げて、被災されているみなさんの救援に取り組んで欲しいとせつに願います。

「明日はわが身に」であることを肝に銘じたいものです。

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「永井等展」間もなく開催

3月31日から町立湯河原美術館で開催される「永井等展」に、私の事務所に掲げてある永井等さんの絵2点も出品することになっています。その準備のために永井さんがお連れ合いと一緒に事務所に取りに見えました。

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会期は4月26日まで。

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板壁にしっくりおさまっていて、当たり前のように存在感がありましたが、外してみると、うっすらと額の部分の色が白い。事務所を増築して間もなくのころに掲げて以来の空白です。

なんだか少し壁面の間が抜けています。しかし、大勢の人びとに見ていただく機会ですから、これもよしと、1か月半ほどのお別れを甘受しましょう。

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青空に紅白の梅の花びらと蕾

今朝の室温は5度。家々の屋根には白く霜が降りていました。

久しぶりに丹沢山ろくに青空が広がり、我が家の庭の梅の花が太陽の光に輝きました。白梅はほぼ満開。

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紅梅はまだ蕾ですが、この暖かな陽射しでもうすぐ咲きそうです。

春の息吹があちらこちらに見え隠れする季節、外に出かけるときはマスクが欠かせません。花粉情報が気になる季節でもあります。

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伊勢治書店で「本づくりを楽しむ」BFと講演会開催

小田原の伊勢治書店本店で2月23日から開催中の「本づくりを楽しむ!」第9回神奈川の自費出版フェアも3月2日まで。2月26日には、本づくりセミナーが開かれました。

午後2時からのセミナーは「文化通信」編集長の星野渉さんの「電子書籍と紙の本・読書のこれから」。

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「電子書籍元年」といわれた昨年のブームの表層と実態をデータで示されました。グーテンベルグ以来の活版印刷が500年の時を経て一般化したと同様に、電子書籍の拡大・普及には、想像以上の時間が必要。

また、「出版者」「編集者」「書店」の果たすべき新たな役割・存在意義が見直されなければならない、と指摘されました。1時間の講演はあっという間に。質疑応答にもていねいに答えていただき、紙の本や、読書のこれからについて示唆に富む話を聞くことができました。

休憩の後、児童文学作家の増田昭一さんの講演です。

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『満州の星くずと散った子供たちの遺書』、『約束』、『戦場のサブちゃんとゴン』、絵本『ともちゃんのおへそ』、絵本『来なかったサンタクロース』を夢工房から出版している増田さん。満州(現中国東北地区)における自らの戦争・難民収容所での体験と、生きて日本に帰ることのできなかった子どもたちの想いを語りました。

伊勢治書店の筒井社長・石川・杉山店長も熱心に講演をお聞きになっていました。地域における文化の情報発信基地としての書店の役割や、電子書籍への対応について、伊勢治書店のこれからの取り組みが期待されます。

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ブックフェアの会場で同時開催中の「1コマ漫画展覧会」に作品を出されている東京工芸大学の教授でもあり漫画家の畑中純さんご夫妻も会場にお見えでした。

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また、似顔絵コーナーでは漫画家の岡崎忠英さんと和田圭以さんが絵筆を振るっていただきました。

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夜の帳が下りて、伊勢治書店の近くの居酒屋「飛騨」のカウンターには漫画家2名と編集者4名の姿が現れ、談論風発。小田原の夜に小さな経済の灯が点りました。

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