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2011年5月

カエルの歌声響かせ名古木の棚田で丹沢ドン会の田植え

5月28日(土)は、予報どおりの雨。田んぼに入ればどうせ濡れる身、丹沢ドン会の自然塾「田植え教室」は予定通り行われました。

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棚田は水を貯え、準備万端。

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8時半過ぎから続々と塾生たちがやってきました。

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田んぼ担当の金田さんが、この日の活動スケジュールを説明。

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同じく田んぼ担当の木下さんが、作業内容を話しました。

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この日は終日雨の予報。風邪をひかせていいけないという親心からでしょうか、この日は子どもたちの姿が見えないのが残念。作業に入る前に集合写真です。

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最初の作業は苗とり。2日前にドン会のメンバー10人ほどで苗とり作業を6時間やりました。この日は残り半分。

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木下さんと田部井さんが現場で苗とりの手ほどき。いよいよ苗とり作業です。

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スジ蒔きとバラ蒔きの2つの方法でモミを蒔きましたが、結果は、バラ蒔きに軍配。丈夫でりっぱな苗が育ちました。

棚田の原では、ドン会の女性陣が昼食の準備。煙が立ち始めました。

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苗とり作業を終えた田んぼは、耕運機を入れて平らにならします。その間に小休止をとって水分を補給。いよいよ田植えです。

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午前中の作業はここまで。

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雨よけのテントの中には、ドン会の畑で取れた野菜のサラダ、棚田米のおにぎり、豚汁、シソジュース、ハーブティーなどの飲み物が用意されていました。

各自が持ち寄った手づくりの惣菜が各テーブルを回ります。塩を付けただけのおにぎりが美味しい!

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昼食休みもそこそこに、午後の田植えの開始です。

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横一線に並んで後ろに下がりながら植えます。

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雨脚が強まり、田の水面を打ちます。

余勢をかって、小川の向こうの棚田に向かいました。

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小川の向こうの棚田の田植えを終えて、「バンザーイ!」

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最後に残った小さな棚田に苗を植えるときには、大森さんの掛け声で「カエルの歌」の大合唱となりました。

みんなヘトヘトと。でも、雨に濡れた笑顔は、達成感でいっぱい。

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木下尊惇さんは一足先に足を洗い、丹沢・札掛の丹沢ホームへ向かいました。昨年に続くフォルクローレのコンサートです。

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「中村道也さんによろしく!」

「片桐さんの分も楽しんできます」

私も夕方から開かれる「蓑毛地区活性化対策委員会」の総会に出かけるために最後までは残れず、「サナブリ」はお預けでした。

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首都圏出版人懇談会20周年記念フォーラムのポスターできました

首都圏出版人懇談会20周年記念フォーラムのポスターができました。「首都懇」広報委員会の栃木県宇都宮市の随想舎・卯木さんのところでデータを作成していただきました。

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フォーラムは、6月25(土)日14時~16時30分、明治大学・紫紺館の3階会議室で開催します。入場無料。

記念講演は、ノンフィクション作家の佐野眞一さんの「震災・地域―出版のいまと未来」。

シンポジウム「地方出版に未来はあるか?」のコーディネーターは、地方・小出版流通センターの川上賢一さん。パネリストは、講演の講師をつとめていただく佐野眞一さん、首都懇の会長・さきたま出版会の星野和央さん、会津・歴史春秋社の阿部隆一さんの3人です。

震災以降の人びとの暮らし方や生き方、地域の生活文化に深く関わる生業としての出版をあらためて考える契機にしたいと思っています。お出かけください。

記念フォーラムの後には、17時から会場を紫紺館4階に移して記念レセプションを開催します。

ソプラノ歌手の浅香薫子さんのオープニングコンサート。出版・書店・印刷・図書館人の交流と情報交換の場にしたいと思います。参加費は1人1万円。事前申し込みが必要です。こちらにも参加ください。

フォーラムに先立ち、6月4日(土)から、明治大学図書館ギャラリーで第40回明治大学中央図書館企画展示「関東の地方出版・全仕事~地域文化を耕す20年の歩みとこれから~を開催します。

6月11日(土)から、三省堂書店神保町本店4階・人文コーナー特設会場で、ブックフェア「関東の地方出版・全仕事~首都圏出版人懇談会17社・1000点+(プラス)」を開催します。

いずれも最終日は7月10日(日)で、約1か月間の開催です。神田神保町界隈にお出かけの際はぜひお立ち寄りください。

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木下尊惇さんの歌声に合わせて、こうき君の初めての田植え

5月21日(土)午前、久しぶりの名古木の棚田です。28日に行われるNPO法人自然塾丹沢ドン会の2011年第4回「丹沢自然塾」田植え教室の準備のために、この日も20名あまりのメンバーが活動しました。

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苗は青々と丈夫に育っています。

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水をはった棚田には、タイコウチやサワガニなどさまざまな水生生物がいます。サワガニは時々悪さをします。畦に開けられた穴からは水が漏れます。水の管理が大切な棚田の穴をふさぐ作業にみんなでとりかかりました。

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小学5年生のこうき君も地下タビをはいて田んぼに入りをクワを振るいます。

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棚田の周囲の草払い作業(上:小金井さん、下:丹藤さん)。

来週の田植え教室に参加できないこうき君に田植えを体験してもらうことにしました。

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最初に苗とり。

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草をとり、田んぼに水を引き平らにならします。

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縄を横にはり、赤い印のついたところに苗を植えます。丈夫に育った苗、この日は1本植えです。

田植えのコツが分かったころ、土手の上に腰を下ろしてみんなを激励していた大森さんが「ふるさと」を歌い始め、みんなも勝手知ったる曲と、声を出しました。

1曲終わると、木下尊惇さんが「スペインの歌だったら歌えます」と歌い始めました。

スペイン語は分からないので、「ラララララ・・・」と、みんなで木下さんのメロディーにあわせました。即席の田植え歌が棚田に響き渡り、みんなの手元がリズミカルに動きました。

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空にはノスリが舞っています。

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初めてのこうき君の田植えは、無事に終わりました。

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北村透谷碑移転除幕式を小田原文学館で開催

初夏を思わせるさわやかな青空が広がった5月15日(日)の午後、小田原文学館で北村透谷碑移転除幕式が開かれました。

小田原が生んだ近代日本の思想家で文学者であった北村透谷は、明治27年5月16日、25歳の若さでこの世を去りました。透谷の思想や作品などの足跡を後世に伝える契機とするために小田原小峰(大久保神社)に「透谷碑」が尾崎亮司、西村隆一の発起で建てられたのは昭和4年7月のことです。

その後、透谷碑は小田原城址公園(馬屋曲輪)に昭和29年5月に移転し、今回、小田原城址公園の再整備に伴い、小田原文学館の敷地内に移転することになり、昨年12月に移転工事が完了しました。

「北村透谷碑移転除幕式」は、当初、3月12日(土)に開催の予定でしたが、11日に起きた東日本巨大地震の影響で延期となり、2か月後のこの日ようやく開催されました。私はこの日の移転除幕式の記録写真を担当しました。

JR小田原駅から小田原城址公園を通って会場の小田原文学館に向かいました。

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透谷碑は、この写真の奥に昭和29年から昨年までありました。

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整備された小田原城です。

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西海子通りのたたずまい。小田原文学館はこの左手にあります。

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小田原市の職員や、実行委員会の方々が会場を整えてくれていました。定刻の1時間前から参加者の受付はにぎわい始めました。

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記念講演を行う金原左門さんも到着。こゆるぎ座代表の関口秀夫さん、元小田原図書館長の佐宗欣二さん、作家の小田淳さんなど実行委員会のメンバーです。

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来賓の北村透谷のご遺族である堀越曄子さんもお見えになりました。

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小田原市観光協会長で鈴廣の鈴木智惠子さんもお見えになり、実行委員会事務局の小泉政治さんと打ち合わせ。

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用意された椅子では足りないほどの参加者です。

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実行委員会を代表して倉持弥平さんが主催者の挨拶。

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小田原市長の加藤憲一さん、堀越曄子さん、透谷碑のデザインをした牧雅雄のご遺族の牧久子さん、倉持弥平さんの4名で除幕。

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小泉政治さんが透谷碑の建立と移転の経過を報告しました。

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小田原市長・加藤憲一さんの祝辞。

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法政大学名誉教授の小澤勝美さんの祝辞。

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小田原商店街連合会会長の尾崎紀昭さんの祝辞。尾崎さんは、透谷碑建立発起人の尾崎亮司さんのご遺族で、創業400年有余・料理茶屋小伊勢屋の十八代です。

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移転除幕式の進行は、新任の小田原市文化財課長の加藤裕文さんでした。

閉式の後に来賓、実行委員会のメンバーで記念撮影。

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「透谷碑」が3度目の場所を得て、安住の地となることを願わずにはいられませんでした。

移転除幕式の後の記念講演は、敷地内にある「白秋童謡館」で行われました。

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岸達志老師が講師の紹介。

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中央大学名誉教授の金原左門さんのこの日のテーマは、「小田原に愛着をもった北村透谷―透谷と諭吉・尊徳・正兄と― 」。

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主会場に納まりきれない参加者は、2階に設置されたテレビを通して講演を聞きました。

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碑の表面の「北村透谷に献ず」は、島崎藤村の筆によります。

北村透谷の思想と平和への想いを現代に甦らせる契機とするためには、文学のまちづくりを進める小田原市はもちろん、多様な市民との協働の取り組みが何よりも必要であることを実感した1日でした。

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10数年ぶりの藤の花に「ありがとう!」

命燃える季節、何日ぶりかに庭に出てみると、いままで見なかったいくつかの花が緑のなかに存在感を示しています。

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ヒマワリのような形のこの黄色い花は、シュンギクです。

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薄紫のクレマチスの花。

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赤紫色のシラン。

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アガパンサスの濃い紫。

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バラの蕾に赤い色が差し始めました。

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アジサイ、墨田の花火も、そろそろ梅雨の季節に備えて準備中。

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サンショウも実をつけました。

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ユキヤナギの花のあとです。

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梅の木も実をつけました。

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四半世紀前に横浜から秦野に越した時に、庭に藤の木を植えました。

一時、小田原の城址公園の堀の近くにある「御感の藤」と房の長さを勝手に競争したほど勢いのあった藤の花は、その後、素人が場所をかえて移植したのが悪かったのでしょう、枯らしてしまいました。

しかし、一部残っていた根からツルは延び、毎年若葉の頃には緑の葉っぱをつけました。その勢いに励まされてアーチ状にツルを誘導したりしていました。

でも、何年たっても花は咲きません。口には出さないものの、ついつい「切ってしまおうか・・・」と思ったこともたびたび。

そんな家人の気持ちが藤に伝わったのでしょうか、危機感を抱いた(?)藤が、10数年ぶりに見事な花を咲かせてくれました。

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艶やかな紫と白の花びらに一声かけました。

「よくがんばったね。ありがとう!」

雌伏10数年の自然の生命力に学びました。

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『アクセス』に首都懇20周年記念フォーラム・佐野眞一さんの講演を企画

夢工房も参加している首都圏出版人懇談会は、1992年12月に発足しました。昨年来、20周年記念事業に何をやるか検討してきましたが、その概要が決まりました。

2011年5月1日発行の『アクセス』第412号(地方・小出版流通センター)に企画の概要を紹介する記事を書かせていただきました。

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6月初旬から約1か月間、開催する20周年記念事業の柱は三つ。

一つは、明治大学図書館ギャラリーで大学図書館と共催する企画展「関東の地方出版・全仕事~地域文化を耕す20年の歩みとこれから~」(6月4日~7月10日開催)。

二つは、神田・三省堂本店で開催するブックフェア「関東の地方出版全仕事~首都圏出版人懇談会17社・1000点+(プラス)~」(6月11日~7月10日開催)。

三つ目が、6月25日(土)午後2時から7時に、神田・明治大学紫紺館で開催する記念フォーラム&レセプションです。

フォーラムは、記念講演とシンポジウムで構成します。

ノンフィクション作家の佐野眞一さんの記念講演「震災・地域―出版のいまと未来」(2時~3時)。

それを受けて、地方・小出版流通センターの川上賢一さんがコーディネーターのシンポジウム「地方出版に未来はあるか?」(3時15分~4時30分)を開催します。

パネリストに、佐野眞一さん、首都懇会長で、さきたま出版会の星野和央さん、会津・歴史春秋社の阿部隆一さんの3人。

記念フォーラムとシンポジウムは参加自由、無料です。

講演とシンポジウムで、熱く出版のいまと未来を語り合った後には、記念レセプションがあります。こちらの参加費は1人1万円。希望者は首都懇事務局(夢工房・片桐)まで事前の申し込みが必要です。

レセプションのオープニングは、ソプラノ歌手の浅香薫子さんのコンサート。出版人の交流と情報交換の場にしたいと思います。料理は紫紺館椿山荘のレストランによります。こちらもお楽しみ。

案内文に次のように記しました。

「・・・3月11日に起きた東日本巨大地震、大津波、福島第一原子力発電所の事故による広域で深刻な影響は、一人ひとりの命の重みと、地域における暮らし方、生き方を鋭く問うています。地域と人々の暮らしが問い直されている現状は、私たち出版人に課せられた「地域深耕」の大きなテーマとも重なります」

フォーラム&レセプションで、言葉や活字・出版の力について大いに語り合いたいものです。

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アルファの露木さん、新茶のご挨拶

夢工房の出版活動を20年以上、支えつづけていただいている小田原の㈱アルファ専務の露木さんが、営業部長の大島さんとご一緒に夢工房においでになりました。恒例の新茶持参のご挨拶です。

ところが、福島第一原発事故の影響による放射性セシウムが足柄茶の茶葉から検出されたという神奈川県の発表が前日にあり、県内の足柄茶の回収作業がすでに始まっていましたから、その翌日の来訪予定ということで、少し要らぬ心配をしていました。

露木さんは、開口一番、「今年は福岡の八女茶をご賞味いただければと思いまして・・・」。

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どちらともなく、東日本の巨大地震、大津波、原発事故のことから話が始まりました。

全村計画退避の指示が出ている飯舘村への応援を、「地元のお酒を買うことでやっている・・・」という話をすると、露木さんと大島さんは、異口同音に「先ほども飯舘村の話がでました」と顔を見合わされました。

夢工房にお出でになる前に、湯河原在住の俳人・黛執さんの所へ行かれたそうで、その娘さんの俳人・黛まどかさんも飯舘村との関わりがあり、支援の活動をされているというのです。

黛まどかさんと言えば、1994年に「B面の夏」50句で第40回角川俳句賞奨励賞を受賞、同年、女性だけの俳句結社「東京ヘップバーン」を立ち上げられた方です。テレビなどでもご活躍の姿を拝見しています。

被災地のみなさんは、村ごと故郷を失うという過酷な状況の中で、懸命にいまも避難所生活をされています。情報が不足している中で、手書きの壁新聞におおぜいの人が癒されたと言います。

仲間、故郷、家族、コミュニティー、一人ひとりの命と暮らし・・・を考えると、言葉や、紙の媒体が果たす役割はこれからも不変だと、大いに勇気づけられました。

私たちが暮らす神奈川県も、相模湾の地震が、いつ襲ってきても不思議ではない周期に来ていると言います。耐震補強や家具の転倒防止、いざというときの家族の避難場所の確認など、事前の心がけはもちろん大切です。

しかし、そのような個人の備えと同時に、日々の地域のネットワークや、仕事や趣味の複層的なつながりが、いざというときの力になるような気がしてなりません。要は、「人と人との不断のコミュニケーションが大切ですね・・・」と3人は合点したのでした。

さっそく到来物の福岡の八女茶を賞味させていただこうと思います。

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飯舘村の応援に純米大吟醸「飯舘」を

福島県飯舘村は、福島第1原子力発電所の事故による放射能汚染の影響により、全村民の村外退避が始まっています。

飯舘村のみなさんと音楽を通して交流のある、フォルクローレ・アーティストの木下尊惇さんからある日、電話が入りました。

「今日の朝日新聞の記事にも出ている、飯舘村の日本酒を注文するんですが、片桐さんもいかがですか?」

ありがたいお誘いに、一も二もなく、「お願いします。1升ビン2本・・・」

「純米大吟醸・飯舘」は、その日の翌日には木下さんの所に配送されました。そのまた翌日、注文からわずか3日目に木下さんは自ら、箱入りの「飯舘」を宅配してくれました。

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純米大吟醸「飯舘」は、飯舘村で栽培した酒米「美山錦」を、村内の11酒店が共同で喜多方市の大和川酒造に委託して1980年代から醸造しています。右肩に記されている「おこし酒」とは、「村おこし」の酒ということのようです。

放射性物質の影響で酒米の作付けができない現状では、今後の生産は見込めず、「幻の酒」になるとも言われています。

購入した2本のうちの1本は、市内に住む娘の連れ合いが名乗り出てくれました。

「美味しいお酒が飲めて応援になるなら私も・・・1本乗ります」

貴重な我が家の1本は、飯舘村のみなさんの想いがこもっていると思うと、なかなか封を切ることがことができません。

そこで、仕事の帰りに片倉酒店に立ち寄り、「東北の酒は売れていますか?」と若主人に聞きました。

福島の蔵元の営業マンが、「風評被害で売れなくて困っています。放射能の影響はありませんからドンドン購入して欲しいんです・・・」と営業に来られたそうです。

二本松市の大七酒造の「大七 純米生酛(きもと)」が1本残っていました。「地酒大Syou」でプラチナ賞(1位)を取った日本酒です。

この日の晩酌は、「大七 純米生酛」を少しいただきました。

5月11日の「朝日新聞」夕刊には、「福島県八重洲観光交流館」の記事が出ていました。

「福島県によると、4月の来場者は5万725人で、昨年の4・6倍、売り上げはちょうど10倍の4千万円を記録。5月も昨年の8倍ほどの勢いで売れている。原発事故の影響で村ごとの避難を求められている飯舘村のコメで仕込んだ酒が売られた6日は、一日で約218万円売り上げた」

その後の木下さんのメールでは、「飯舘を注文しようとしたら、もう完売とのことです・・・」。

東日本の被災地のみなさんへの支援の仕方はいろいろ。

NPO法人自然塾丹沢ドン会では、3月30日に日本赤十字社を通して、限られたドン会の資金の中から10万円を義援金として被災地に送りました。

3月26日の棚田の活動の折には、木下さんの呼びかけに参加者から寄せられた5万5千円を飯舘村に送りました。

さらに4月30日、秦野駅前なでしこ会館で「丹沢山ろく里地・里山学習会」の際に催した木下尊惇さんフォルクローレのチャリティーコンサートの会場で寄せられた義援金4万5112円に、ドン会のホームページの呼びかけで振込みのあった2万2720円を加えた6万7832円を飯舘村に送りました。

5月11日、神奈川県は、南足柄市で生産された茶葉から規定値以上のセシウムが検出されたと発表、県内産のお茶の回収を始めました。

大気も水も循環・対流してつながっています。東日本の被災地も、私が暮らしている神奈川も数百キロの空間を軽々と越えてつながっているのです。

純米大吟醸「飯舘」は私のできる、ささやかな応援(?)です。

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初夏の装い、暖かな陽を浴びる花たち

日曜日の朝、室温は17度です。日中の最高気温は28度の予報が出ています。みどり濃く、初夏の装いです。

庭に出てみると、季節の花たちが暖かな陽を浴びていました。

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アヤメの鮮やかな紫がみどりの葉っぱの中に映えます。

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カモンミールの小さな白い花びら。

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エビネのピンクの花びらは楚々としています。

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セキチクの凛とした白・紫・黄色の花びら。

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花びらの形を競うかのような黄色の野の花2種。

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ヤマザクラとナンテンの葉の向こうに広がる青空は初夏を思わせます。太陽のエネルギーを全身に浴びて木々や花たちは輝いています。

自然エネルギーを活用する叡智を集めて原子力発電に置き換える。日本のエネルギー政策の大転換が不可欠で、それなくして未来はひらけないと思えるのですが。

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秦野なでしこ会館で東日本大震災チャリティーコンサート

4月30日(土)午後、小田急線秦野駅前のなでしこ会館で、東日本大震災復興祈念チャリティーコンサートを開きました。NPO法人自然塾丹沢ドン会の丹沢山ろく「里地・里山」学習会の前に、フォルクローレ・アーティストの木下尊惇さんにお願いしたミニミニコンサートです。

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今回の東日本大震災、大津波、とりわけ福島原子力発電所の事故による現在進行形のさまざまな影響は、かつて体験したことのない深刻な広がりを見せています。私たちは、これまでの価値観や暮らし方をそのまま続けることはできません。

音楽を通して出会った飯舘村の人びとの支援になればと、木下さんは「コンドルは飛んでいる」ほか4曲を演奏してくれました。アンコールの呼びかけに応えて木下さんは自身の作詞・作曲の曲を披露してくれました。生きとし生けるものたちへのメッセージソングでした。

募金箱には5万円近い支援金が集まりました。飯舘村のみなさんに、1日も早い当たり前の日常が取り戻せるようにという願いとともにお送りします。

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