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「裕と生きた、楽しかった 露子」編集中

母が娘に語った、「わが夫との半生の記録」の録音テープをお預かりしたのは、今年の正月のこと。しかし、仕かかり中の本の編集に追われて、すぐには手をつけることができません。母娘で夢工房の事務所にお出でいただいたスタートのときに、1年間の制作期間をいただくことにしました。

そのテープ反訳を終え、リライトし、構成を整え、ようやく第1稿までたどりつきました。そこで娘さんと連絡をとり、真鶴のお母さんのご自宅に伺うことになりました。

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車で秦野から二宮に出て、西湘バイパスに入り、国府津のパーキングでトイレ休憩。群青の相模湾は波静か。

終点・石橋インターを降りて真鶴道路へ。JR真鶴駅の前を通り、真鶴中学の裏側へ。坂道のYの字のところで迷っていると、配達中の郵便やさんに出会いました。これ幸いと車を道の端に寄せ、若い郵便やさんに声をかけました。

「すみませーん。〇〇番地なんですけど、どちらの方向か分かりますか?」

すると、「ちょっと待ってて・・・」と、郵便やさんは1か所、郵便物を配達して戻ってくると、地図を広げて探してくれました。

私が地図をのぞき込もうとすると、「これはちょっと見せられないもんで・・・」とやんわりと断わりを入れられました。

「こちらのほうは新米で・・・」と言い訳しながら、道順をていねいに教えてくれました。

「ありがとうございます。助かりました」

郵便やさんは、「どーも・・」と坂道をバイクの音を響かせて遠ざかりました。カーナビなしの悲哀を感じながらも、親切な郵便やさんとの出会いに感謝。

ご自宅は真鶴半島や相模湾が見渡せる高台にあります。部屋に案内されて、そのワイドな眺望にビックリさせられました。

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露子さんとその娘さんに第1稿をお渡ししました。

自費出版の本のタイトル、文体、地名・人名・年代の表記など、原稿をお読みいただくときの留意点をページをめくりながら説明しました。また、書き足して欲しいことがら、原稿に登場する人物のプライバシー上の問題点や、取り扱い上の判断をして欲しい部分などをお話ししました。

2か月ほどじっくりと手を入れていただきます。年内に第2稿をお出しし、発刊は年を越すことになりました。

打合せを終えて帰るころになると、先ほどの青空はどこへやら、窓を打つ土砂降りの雨。せっかくの眺望はかき消されました。

支那派遣軍総司令部女子軍属、戦後の教師と教え子、子育てなどの自らの体験を孫子に伝えたい。その一念で本づくりに取り組む露子さんのお手伝いをさせていただきます。得がたい時間を共有させていただく本づくりとなりそうです。

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