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南三陸町で出会った人

南三陸町にボランティアバスツアーに行って出会ったご縁の人がいらっしゃいました。

分別作業をしていたときに一人の女性が私たちの作業班に声を掛けてくださいました。今回のバスツアーの主催者で、団長でもある秦野市社会福祉協議会事務局長の大澤康人さんが対応しました。

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この方は、南三陸町歌津総合支所町民福祉課の及川幸子さんです。及川さんを囲んで、小休止の時間にお話をうかがいました。

及川さんは、「震災6か月後もこのような形でボランティアの方々が南三陸町に大勢来ていただいていること、私たちのことを気に掛け、忘れないでいただいていることに感謝します」と何回も話されました。

及川さんは、「南三陸町歌津保健センター」に勤務されていました。津波のときは高台に全員を避難させ、無事でした。しかし、家は大津波に流され跡形もありません。このセンターの周辺で私たちは分別の作業をさせていただきました。

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保健センターの1階の壁に掛かった時計は3時26分を差して止まったままです。

「被災地のみなさんに、これ以上がんばって、とは言えないと思っています。大震災後6か月を経て、いまの南三陸町を目の前にして、復旧復興の進み具合に本当に歯がゆい思いをされているのではありませんか」と私は率直にお聞きしました。

すると及川さんはこう話されました。

「とんでもないです。ここまできれいにしていただいて感謝です。大津波直後のことを考えたら、たくさんの方たちが復旧に従事され、ずいぶん早くここまでたどり着いたと思います」

つづけて話されました。

「この地域の人たちは、震災前からコミュニティーを大切に暮らしてきました。仮設住宅の建設や入居についても行政側としっかりと話し合い、地域のコミュニティーが保てるように、すぐ近くの高台の小・中学校のグラウンドに立てられた仮設にまとまって入っています」

重ねてお聞きしました。「及川さん自身も行政の職員なわけですが、住民としての立場とで違和感はありませんでしたか」

「行政はつねに平等・公平を前面に立てて物事を考えがちです。でも、これまでのさまざまな災害の教訓を生かして、時間がかかっても地域のコミュニティーを大切にすることのほうがよい結果を生むのです。だから、地域住民と行政で時には厳しい話し合いを持ちました」

「復興についても、高台にある地域の共有林地を活用して、集落を復元したいと話し合っています。元いた場所をいつでも見渡せるところで暮らすことができれば、地域のコミュニティも保たれ、安心です」

復興に向けた地域の人びとの熱い想いを語っていただきました。

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及川さんは、昼の弁当を食べているこの日の参加者に感謝のごあいさつをなさいました。

私たちこそ、大地を爪で掻くような本当にささやかな作業しかできませんでしたが、この場に立たせていただいたことに感謝の思いでいっぱいでした。

ありがとうございました。

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