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2011年10月

弘法山にのぼる朝陽に元気をもらう

6時10分過ぎ、弘法山の左手に朝陽がのぼりました。

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我が家に生息中のクモの巣が輝いています。

太陽の暖かい光は、生きとし生けるもののところまで届いています。

秋晴れの今日は、いくつも行事が重なって大忙し。

朝陽を浴びて元気をいただき、出かけます。

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神保町ブックフェスティバル「本の得々市」は10月29日、30日に開催

読書の秋、第21回神保町ブックフェスティバル「本の得々市」が、今年も10月29日(土)、30日(日)の2日間、開催されます。夢工房が事務局の首都圏出版人懇談会も、いつものようにワゴン2つで、すずらん通りの会場に出店します。

「本の得々市」は、「ちょっと汚れておりますが! 汚損本・自由価格本ets.掘り出し物がいっぱい! この機会をお見逃しなく!」とイベント案内のリーフレットのキャッチコピーにあります。

第21回のブックブックフェスティバル。3月11日以降の東北地方の大地震・大津波・福島第一原子力発電所の事故を受けて、「本の街から、がんばろう日本!」と、神田神保町から本のメッセージを発信します。

会場は、在庫点数300万点、在庫冊数1000万冊、売り場面積5000坪と、まさに「世界一の本の街」ならではのボリューム。

神奈川・東京・埼玉・群馬・栃木・茨城・千葉・福島の1都7県の18社からなる首都圏出版人懇談会も3~4000冊ほどの、こだわりの地域の歴史・人文書、ガイドブック、写真集などの売れ筋の本を販売します。

ちなみに私は、30日(日)にワゴンの売り子を務めます。お目当ての地域本をお得に手にすることのできる絶好の機会、本の街・神田神保町にお出かけください。

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朝焼けに映える雲と柿の落ち葉、山桜の花咲く

久しぶりに早起きです。東の空が朱に染まっていました。

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朝陽を浴びた雲の自然の造形に見入ってしまいます。

いまの季節、落葉を掃く隣家のほうきの音が朝早くから聞こえてきます。我が家の収穫を終えた柿の木は、赤・オレンジ・黄色の葉っぱを毎日のように道路に落としています。

ゴミ出しのついでに柿の葉っぱを集めていると、白い花びらが2~3枚混じっていました。空を見上げると、山桜がポツリポツリと咲いています。

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新聞・テレビでは季節はずれの桜の花があちらこちらで咲いているとの便りが紹介され、わが連れ合いも何日か前に、「うちの山桜も咲いているよ」と話していました。

久しぶりの青空を背景に薄ピンクの小さな花びらが朝陽を浴びていました。

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季節を取り違えるほどに、自然の営みが変調を来たしている一つの表れなのでしょう。

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我が家の庭の小さな秋

朝、雨戸を開けながら庭を見るとミカンが黄色く色づき始めています。

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ツル性の葉っぱの一部が赤くなり、緑の葉っぱと並んでクリスマスカラー状態。紅葉のグラデーションです。

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ホトトギスの花が咲き、ミズヒキが朱色に染まりました。

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白いシュウメイギクが咲き、ナンテンの実が赤みを帯びてきました。

我が家の庭の小さな秋です。

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ふるさとの秋、母を見舞う

入院中の母を見舞いに3週間ぶりにふるさと長岡に帰省しました。

ベッドの母は、声を掛けると目を開け声の主を見ます。手を握るとわずかに握り返します。この前よりも頬は赤みを増し色つやがあります。

「ありがとう」が母に伝わったかどうか心もとないのですが、しばらく手を握り、頬をさすり、言葉を掛けつづけました。

実家で1泊しました。家の前の田んぼは、稲刈り後の切り株から出たヒコバエの緑があざやかです。

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実家の庭は、父親の想いを重ねて兄が手作りで整えています。踏み石にコケが生え、ピンクのシュウメイギクが楚々として咲いています。

91歳の母が住みなれた家でふたたび暮らせるようにと願いつつ、翌朝もう一度母を見舞いました。

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マップづくりで本町四ツ角周辺を見て歩き

「秦野わいわいMAP 本町四ツ角周辺商店街」のマップづくり。秦野市まちづくり課から声が掛かり、お手伝いすることになりました。

10月12日(水)10時、秦野市本町の「さかえちょう公園」に集まったのは、秦野市まちづくり課の山口課長、藤間さん、綾部さん、東海大学工学部建築学科の杉本洋文教授と大学院生2名と学生1名、市民が創る秦野のまちからは小川さんと私。

神奈川新聞の記者が、さっそく杉本教授にマップづくりのねらいについて取材。商店街の見て歩きを同行取材。途中で入れ替わるようにタウンニュースの女性記者が取材に加わりました。

本町四ツ角周辺は、これまで何回も「市民が創る秦野のまち」で見て歩きの会を実施しています。さらに、「わいわいはだの市場」の開催に際しても詳細な商店街のマップを私はこれまでに何回も作成してきました。

新たなマップづくりのねらいはどこにあるのか、秦野市の担当者に話を聞きながらのまち歩きとなりました。

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院生たちがつくったマップ(素案)を手に、まち歩きのスタートです。

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路地を入るとツタにおおわれた洋風住宅があります。

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昭和初期に建てられた洋風建築の商家の建物。この通りには、さまざまな商売を営んでいた建物が点在しています。

杉本教授は、「今に残る商店街の生業、人びとの暮らしの息吹、近代建築の姿をしっかりと見て、マップづくりに活かしたい」と話されました。

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細い路地を歩くと地域の宝物のようなたたずまいがあります。

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片倉商店(米穀)の建物は、「昭和13~4年に建てられたまま」と、ご主人は話されました。ところどころでお店に入り、聞き取りを行いました。

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本町四ツ角周辺には、50数棟の蔵が点在しています。家財や米穀の収納用として、また、通りに面した商店の裏にあって、商業用の生活雑貨、米穀、肥料、落花生、塩などの蔵として使われていました。

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秦野と二宮を結んだ軽便鉄道の台町駅跡を示すプレートです。

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近くには、秦野の地酒やワイン、全国のさまざまな銘柄を取り揃えた小野酒店があります。ご主人の中村さんは、「わいわいはだの市場」の会議で何回もお会いしています。贈答用の包装の手を休めてお話をされました。

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第1回貴族院議員である梅原修平の養子、梅原良家のたたずまいです。

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立花屋茶舗の若主人。「あきんど育成塾」を立ち上げ、これからの地域ぐるみのまちづくりに夢を描いています。

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2時間半のまち歩き。杉本先生は別の会議に参加されるためにここまで。

私たちはさらにまち歩きをつづけ、出発地の「さかえちょう公園」まで。公園のベンチでこの日のまち歩きの反省と、マップづくりについて話し合いました。

「わいわいはだの市場」の商店街の見て歩きは10月22日(土)。できたてのマップを手に手に商店街を大勢の参加者が歩いて欲しいものです。

せっかくのマップ。地域の魅力再発見のために大いに活用され、地域を誇りに思う人びとが増え、大勢の人がまちを行き交い、語らい、生きいきと暮らす地域の姿を思い描く素材になることを願っています。

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相模湾の漁師・西山敏夫さんの「海語り」脱稿

相模湾の漁師・西山敏夫さんから電話が入りました。

「原稿、書き上がりました。届けに行きます。・・・」

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いつものように軽トラックで、お母さんの実家の秦野市寺山に寄るついでに夢工房に立ち寄ってもらいました。

400字詰め原稿用紙で300枚ほど。升目を埋めたエンピツの一文字一文字がたび重なる推敲の跡をうかがわせ、潮の香りが立ち上がるようです。

海の男の命をかけた物語です。

来春の刊行を目指して、編集作業が始まります。

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「五十嵐商店」活用プロジェクト、11月5日にオープニングイベント開催します

震災後に建てられた秦野市本町四ツ角近くの「五十嵐幸吉商店」は、先代のご主人が亡くなられてからは閉店状態でした。その後、息子さんが、毎週土曜日に店を開け、在庫品を少しずつ来店者に販売されていました。

かたわら、倉庫の中を少しずつ整理してきましたが、1人の力では思うように進みません。そんな折、まちづくり市民グループ「市民が創る秦野のまち」のメンバーが五十嵐さんに声を掛け、とりあえず第一歩として、五十嵐商店の第4・5倉庫の利活用について話し合いをし、街の元気づくりのために力を合わせることになりました。

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倉庫の内部は、五十嵐さんご兄弟、市民が創る秦野のまちのメンバー、新たに参画している男女の大学院生、社会人の若者などの数回にわたる清掃作業と、NPO法人自然塾丹沢ドン会のメンバー十数名の人海戦術による活躍により見違えるようになりました。

並行して行ってきたプロジェクトの企画会議では、若者たちの新しい視点と、これまでまちづくり活動を行ってきた人たちの経験を元にした活発な意見交換がなされ、五十嵐商店を舞台にしてどのような仕掛けをつくり、地域の賑わいを創出することができるか検討してきました。

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学生たちが制作してきたポスター案の比較検討です。

五十嵐商店のプロジェクトのスタートを11月5日(土)とし、それに向けて、イベントの内容、事前の準備、当日のイベント、役割分担などの検討を、企画会議とメーリングリストによる情報交流・交換により行っています。

「あらためまして、五十嵐商店」オープン・イベントの全体像はまもなく固まります。プロジェクトに若者たちが加わることにより、つぎの世代にまちづくりをバトンタッチするという楽しみが加わりました。

まちづくりの担い手は「よそ者・若者・ばか者」とはよく言いますが、地元の若い商店主たちが独自に「あきんど育成塾」を立ち上げて活動を始めています。両者のコラボレーションが何を生み出していくのか本当に楽しみです。

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『アクセス』に「首都懇」会長の星野和央さんが寄稿

2011年10月1日発行の地方小出版情報誌『アクセス』第417号(地方・小出版流通センター)の巻頭に、首都圏出版人懇談会(以下「首都懇」)会長の星野和央さん(さきたま出版会)の一文が掲載されました。

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「地方出版に未来はあるか? 『首都懇』、手ごたえあった20周年記念事業」と題して、本年6月~7月に開催した記念事業を振り返り、地方出版の未来にかける思いを語りました。

首都懇20周年記念事業は、3つのテーマのもとに開催されました。

①首都懇の歩みを「企画展」として、明治大学中央図書館で。

②首都懇会員17社のブックフェアを神田三省堂書店本店で。

③記念フォーラムとして、「震災・地域―出版のいまと未来」を、ノンフィクション作家の佐野眞一さんが記念講演。

シンポジウム「地方出版に未来はあるか?」を、地方・小出版流通センターの川上賢一さんがコーディネート。パネリストは、佐野さん、星野さん、会津・歴史春秋社の阿部隆一さん。

記念レセプションは、首都懇メンバーをはじめとした地域出版の当事者と、それを支えている人びとによる交流・情報交換の舞台となりました(明治大学紫紺館にて)。

星野さんは記事の中で次のように一連の記念事業を総括されました。

「震災も一つの原因となって明治以降に築かれた『現代集落』が消えたともいえる状況の中で、明日に向けてどのような地域の共同体を構築していくか、ということではないだろうか。地域を見つめ直すことに軸足を置いて活動している『地域出版』の未来は、新たな展開を呼び込む導火線になるのか――を提起されたように思う」

「東京文化圏の中で地域と向き合って出版の仕事をしている者たちに、多くの祝福と激励が会場いっぱいに溢れた。いわば『地域自立』を支える応援団の『こだま』でもあろうか」

地方出版に未来はある、と確信させられた首都圏出版人懇談会の20周年記念事業でした。これまで支えていただいた多くの関係者に感謝です。

この記事が『アクセス』に掲載された直後、首都懇の役員会を東京新宿区南町の地方・小出版流通センターの会議室で開きました。

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この日の課題は、10月29日、30日に開催される第21回「神保町ブックフェスティバル」の一環としての「本の得々市」への参加について、12月の研修会の企画について。

打ち合わせの後、センターを出るころには本格的に雨が降りだしました。最寄駅近くの居酒屋「藤や」にしばしの雨宿りと相成りました。

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『学生たちの太平洋戦争』朝日新聞神奈川版に記事掲載

2011年10月5日(水)の「朝日新聞」朝刊に『学生たちの太平洋戦争―国に捧げた青春の記録―』(熊谷眞 編・著、夢工房刊、定価1470円、B6判246ページ)が掲載されました。

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柳沼広幸記者は、「戦時の若者13人が手記」と見出しに書き、リード文で次のように紹介していただきました。

「戦争末期、学徒出陣や学徒動員などで駆り出された若者たちは戦争とどう向き合ったのか。生き残った男女13人が手記『学生たちの太平洋戦争―国に捧げた青春の記録―』を出版した」

著者の一人、広島市の元高校教師・河田和子(80歳)さんは、ご自身の被爆体験をこれまでご家族にも話しませんでした。

目に焼きついて離れない悲惨な自身の被爆体験と、3月11日以降に起きた東日本大震災と大津波、さらに福島第1原子力発電所の事故による放射能汚染の情景を重ね合わせて、河田さんは、「ちゃんと伝えておきたい。何を見てどう感じたのか。今書かなければ」とペンを取りました。

早速、朝の8時過ぎから県内各地の読者のみなさんから電話が入っています。相模原市の被爆者の会や、同じような体験記を9月に自費出版した早稲田大学出陣学徒の会からも情報交換したい旨の連絡が入りました。

新聞記事の反響に驚きながら、発送の準備をしています。

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立体交差している西川と新川の不思議

ふるさとの母を見舞いに行った折に、足を伸ばした新潟市内で不思議な光景に出会いました。川と川が立体的に交差している風景です。

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もともとあった川が縦に流れている西川、その下を左から右に流れているのが新川です。

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川が交差している地点には説明版が置かれ、この不思議な光景の出来上がった地域の歩みが書かれています。

新潟市西区の周辺は、元はといえばいくつもの潟が点在する湿地帯。近代化による人口増加により生活圏が広がり、人びとがこの地域で暮らし、田畑を耕すようになって、一番の難題は湿地帯に滞留する水。この湿地の水を排水するために、先人たちは低いところに新しい川「新川」を掘り下げ、日本海へと流したのです。

もともとあった西川の水は、この先で信濃川にポンプアップされて合流します。「西川」の水位と、湿地帯の水を集めて流す新川の水位は違っていましたから、西川の下をくぐるように新しい川を掘削したのです。その後、新川を横切る形の西川は鉄橋のような形の水路に改められた、というわけです。

地域の歴史や産業、暮らしを振り返ると、立体交差する川の不思議が一気に解けました。

某テレビ局で放映されている「珍百景」にも、すでに取り上げられているのではないかと思えるほどの「不思議な風景」でした。

もっとも地域の子どもたちは、学校の郷土の歴史の授業で習っていて、当たり前の風景だそうで、知らないのは新しく移り住んで間もない大人だけ、というのが真相のようです。

寄せてもらった連れ合いの姉夫婦の家から数キロのところにある不思議な光景に驚くとともに、東日本を襲った大津波のことが一瞬頭をよぎりました。

いざというときの備えは、どこの自治体でもいま真剣に考え、対策を立てていることでしょう。先人たちの創意工夫に学び、自然とどう向き合うかを考えさせられた川の流れ。

水に流すことのできない教訓でした。

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品川プリンスホテルで「越州フォーラム 2011」

10月2日(日)の午後、品川プリンスホテル、アネックスタワー5階のプリンスホールで開催された「越州フォーラム 2011」に参加しました。

ふるさと長岡の朝日酒造㈱がこれまで毎年1回開いていた「東京で越州を楽しむ会」を今年は趣向を変えてバージョンアップし、新しい出会いと、越州の魅力を再発見し、日本酒の新しい切り口による味わい方を提案しようという意欲的な企画です。

とりわけ、ジャンルにとらわれない「KIHACHI流料理」と「越州」とのコラボレーションが魅力のレセプションが楽しみでした。

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当日参加者に配られたリーフレットです。

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レセプションの前に料理人・熊谷喜八さんによる「越州と夢のある食文化の創造」というタイトルを掲げたインタビュー形式の講演会がありました。聞き手は川井綾子アナウンサー。

講師の熊谷喜八さんは1946年東京生まれ、国境を越えた無国籍の「KIHACHI流料理」で名前が知れ渡っている方です。600名近いこの日の参加者の半数以上が女性ではないかと思われるほど会場は華やかな雰囲気でした。

「ワインは料理を止めるけれど、日本酒は料理を舌の上でころがす。素材を生かした料理と日本酒の相性は抜群。これまで日本を相手にした2パーセントの情報発信ではなく、世界を相手に残りの98パーセントをターゲットにして、日本酒のさまざまな味わい方を提案したらいいのでは。たとえばロックで呑んだり、水で割ってレモンを添えたり・・・」

「呑み切りの日本酒がおいしい。世界に日本酒を流通させるためには1升ビンをテーブルに置くのは興ざめ。ボトルの大きさも小さく、デザインも考えたい」

これまでの料理とお酒に対する固定観念を打ち破るさまざまなアイディアが披瀝されました。

1時間ほどの講演の後、会場を移していよいよレセプションです。

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会場中央には「KIHACHI Produse」の10種類の料理が並びました。加えて会場の壁際にはプリンスホテルのさまざまな料理が用意されています。

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各テーブルには朝日酒造お勧めの日本酒「伍の越州」「桜日和」が出番を待っています。

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主催者の挨拶の後、いよいよレセプションのスタート。

本日の「KIHACHI Produse」のメニューです。

墨いかのパンナコッタ、豆乳のリコッタチーズのパンナコッタ、蒸しいちじくと蒸し鶏の豆腐ソース、干し胡瓜のX,O醤油和え、塩蒸し豚三枚肉の大根ソース、帆立貝のフラン・クリームソース、フォアグラとかぼちゃのグラタン、豚肉とレバーの和風パテ、炙りまぐろのサラダ香味ソース、シメジのフリットの10種です。

全部の種類を食べることはできませんでしたが、日本酒「越州」と料理のコラボレーションに五感が騒ぎました。

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この日集まった仲間は、長岡高校卒業の同期でつくる「米百一俵の会」の10名。日本酒と料理と語らいを堪能しました。

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朝日酒造の平澤誠専務が私たちのテーブルにお出でいただきました。井利康一、山田武美さんと、この日のフォーラムの意味について率直な意見交換をしました。

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会場で思わぬ人に出会いました。いつも日本酒を買っている二宮町の「ウチヤマ酒店」の若旦那(右)です。講演会の前に開かれた酒販店セミナーに参加され、全国の酒店さんと交流されていました。

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食後のスイーツは、黒胡麻クリームと小豆のロールケーキ、干しあんず入りチーズケーキ。2種類のケーキをいただき、大満足の米百一俵の会のメンバーは、品川駅に行く途中のオープンカフェでハウスワインを少しいただき、いそれぞれの家路に付きました。

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我が家の庭にキンモクセイ香り、柿稔る

昨夕あたりから窓の外にほのかな香りがたち始めていました。朝になって香りの主がキンモクセイだと気付かされました。

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空には雲が広がり、丹沢山麓にも本格的な秋が訪れました。

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道路に出て家の周りを箒で掃きました。上を見上げると柿の実が色づいています。そのうちの一つはすでに鳥が啄んでいました。食べごろです!

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「大きくなるばかりで実も付けないし、切ってしまおうか?」という連れ合いの独り言が通じたのでしょうか。危うく切られそうになった柿の木。

「モモ・クリ3年、柿8年」と言いますが、庭に蒔いた柿の種が芽を出し育ち、実を付けてくれました。

色づきのいいものを収穫。早速いただきました。みずみずしくて自然の甘さが口中に広がりました。

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自然の恵みに感謝!

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