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2011年11月

NPO法人自然塾丹沢ドン会の収穫祭

11月27日(日)、NPO法人自然塾丹沢ドン会の収穫祭を開催しました。オープニングの前に記念写真。その後も、参加者は増え、90名ほどに。

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1品持ち寄りはこんな装いで届けられました。

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テーブルに並べられた1品持ち寄りの品々。60種類以上の手づくりの得意料理やお菓子などがレシピとともに。田んぼ担当の金田さんが1品ずつ紹介。

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焼き鳥、お粥、焼肉などの出店も並びました。

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ドン会特製のトン汁、ドン会の新米は釜で炊き上げました。

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1品持ち寄りの全国の銘酒も続々と。

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地元の農家の方々も参加、関野登さんのごあいさつ。

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美味しい料理と飲み物に舌鼓を打ち、語らいの輪があちこちに。

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私はそれぞれの席を回って「一言インタビュー」。笑顔がはじけました。

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フォルクローレ「ロス・ホンチョス」の演奏に踊りだす。

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フォルクローレ・木下さんとトランペット・渡辺さんで、ドン会のテーマソング「たんぼの中の仲間たち」を演奏。みんなで輪になって歌いました。

錦秋の里山に囲まれた名古木の棚田で過ごした、のんびり、ゆるやかな1日。

丹沢の自然と、ここに集った仲間たちに感謝です。

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丹沢ドン会収穫祭日和

今日は、これからNPO法人自然塾丹沢ドン会の収穫祭。弘法山の朝焼けとほんのり染まった赤富士が望めた絶好の収穫祭日和となりました。

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大人1人1000円(1ファミリー2000円(何人でも))+1品持ち寄りで、昨年は年120人以上の参加者がありました。今年もさまざまな得意料理や地酒が集まることでしょう。

私が用意したのは新潟の酒「緑川」。

フォルクローレの演奏に踊り出し、食べ、飲み、語らいながら、丹沢の自然の恵みに感謝し、3.11以降の被災地のみなさんに想いを寄せる1日にしたいと思います。

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「里山のつどい」で、あん・まくどなるどさんの話を聞く

11月12日、13日の2日間、秦野で「里山のつどい・日本文化デザインフォーラム『自然学』プロジェクトin秦野」が開かれました。NPO法人自然塾丹沢ドン会は12日のみの参加です。

スタッフとして午前の部の来場者の受付担当となりました。7時過ぎのバスで秦野駅へ。

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ヤビツ峠行きのバスを待つ登山者の長蛇の列を横に見ながら駅から徒歩15分、少し汗ばむほどの距離でした。高台にある上智短大の構内からは 秦野盆地の朝もやの西の彼方に富士山、北に大山が見えました。

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スタッフ用の黄色いジャンパーを着て、準備作業です。ほどなく正面広場では、オープニングのリハーサルが行われました。この日のオープニングセレモニーに出演のシンガーソングライターの白井貴子さんが、マイクテストと音合わせ。

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秦野市立西小学校の子どもたちと白井貴子さんによるイメージソング「森へ行こう」でオープニング。実行委員長の古谷秦野市長、日本文化デザインフォーラム理事長の水野誠一さん他の挨拶の後、「自然との対話」というテーマで、マリ・クリスティーヌさんの司会でパネル討論が行われました。

午後からは、オープンカレッジ。私は「森と生活~歴史人口学から見た環境~」の教室に入りました。講師は、上智大学の鬼頭宏教授と、あん・まくどなるどさん、上智大学大学院特別研究員の若林洋平さん。

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あん・まくどなるどさんのお話を聞くのはこれが2回目。環境省主催の「全国里地・里山モデル事業」関連のワークショップが2年ほど前にあり、そのときが初回。

あんさんは、1988年に熊本大学に留学、長野県を経て、1997年に宮城県へ移り住みました。その間、全国の里地・里山、里海を丹念にめぐり、「ライフヒストリー(職人の世界)」を聞き取り調査し、研究を深めてこられました。

「もう一度、森~里地・里山~海をつなごう!」が、あんさんの講演のテーマでした。

進行の鬼頭教授に促されて私は、NPO法人自然塾丹沢ドン会の活動を紹介しながら、相模湾の漁師・西山敏夫さんの取り組みと想いを話しました。

「西山さんのお母さんのふるさとは秦野市寺山。西山さんは、海は山とつながっていることを未来の日本を担う子どもたちに体験して欲しいと願っています。秦野の幼稚園に出向いて、ワカメの苗を植えつける作業を一緒にし、それを相模湾に戻し、ワカメの成長を見守りながら二宮海岸で収獲するという一連の作業を15年前からつづけています。山~街~川へと水は流れ、海に注ぎます。水を汚せば、その水は海に流れ海を汚し、魚が住めなくなる。幼い子どもたちは目を輝かして西山さんの話を聞きます」

休憩時間に、あん・まくどなるどさんは私の席まで挨拶に来られました。「ぜひ、丹沢の里地・里山のフィールドへお出でください」と話しました。

丹沢山麓、復元した名古木の棚田ででお会いする日が来ることを願っています。

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奥野幸道さんを偲ぶ会

11月10日(木)夕刻、神奈川県庁近くのワークピア横浜で、「奥野幸道さんを偲ぶ会」が開催されました。発起人代表の神奈川県山岳連盟の大曽根さんの挨拶の後、丹沢資料保存会の永森さんは、「奥野さんの膨大な丹沢の写真や資料・書籍は県民の宝。奥野さんの遺志をついでしっかりと活用する使命があります」と話されました。

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奥野さんは大正10年12月生まれ。昭和12年から丹沢に足を踏み入れ、同年相模野会に入会し丹沢に足しげく通われました。

奥野さんは、昭和17年水戸通信隊に入隊し、同年暮れ満州に渡り、昭和20年大陸で終戦を迎えました。ソ連軍に武装解除され、牡丹江の収容所に送られ、シベリアの過酷な生活を余儀なくされました。

しかし、丹沢で鍛えた強靭な心身のお陰で生き抜き、昭和24年10月最終船で故国舞鶴に帰ることができました。

帰国後、横浜山岳会に入会し、第2の人生と第2の山行を開始されました。その後の奥野さんは、丹沢の生き字引、丹沢の主としての活躍は衆人の知るところです。

この日の100名あまりの参加者は奥野さんの幅広い交友の証、見知ったお顔が何人もいらっしゃいました。

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参加者全員の記念撮影の後に、ご遺族の奥野徹さんからお礼のご挨拶がありました。

奥野さん、安らかに!

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米百一俵の会で楽々山歩き「金時山」

秋晴れの日曜日、米百一俵の会で楽々山歩き「金時山」山行を行いました。千葉・埼玉・東京・神奈川から男女9名が参加。朝9時に箱根湯本駅に集合し、箱根登山バスで金時神社入口まで。

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金時神社で山歩きの安全を祈願をして、いざ出発。疲れを知らない出発前の笑顔です。

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リンドウやアザミの花などが登山道のかたわらで微笑んでいました。

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小さな秋、木々の葉っぱも色づいていました。

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絶好の山歩き日和、山ガールや家族連れなど、おおぜいのハイカーたちとすれ違いました。

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金時山の山頂は登山者でいっぱい。

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富士山が雲の彼方に顔を出していました。絶景にしばし見とれました。

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わが隊員は、山頂中央に陣取り、それぞれ持参の昼食をとりました。高橋隊長、玉浦副隊長持参のバーナー、高橋・片桐持参の「箱根の水」「秦野の水」でコーヒー、紅茶を味わう至福のひととき。

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埼玉から参加の山田隊員が地元の知り合いに山頂でばったり、富士山をバックにシャッターを押してもらいました。

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1時間あまりのコーヒータイムの後、帰途につきました。ところが登山道は上り下りの登山者で渋滞。譲り合いながらのゆっくり下山となりました。

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下界を見渡せる大岩の所で、またまた記念写真。登ってきた登山者にシャッターをお願いしました。

軽快なフットワークで全員無事に仙石原に下山。バスで宮ノ下まで。富士屋ホテル近くの「太閤の湯」で汗を流し、満員の箱根登山電車で箱根湯本へ。駅近くのハイカラ中華「日清亭」で打ち上げ。

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箱根土産を携えて、千葉・埼玉・東京のメンバーはロマンスカーで、神奈川組は急行で、それぞれの家路につきました。

長岡高校卒業同期の「米百一俵の会」の楽々山歩きは、極上の秋の1日に味をしめて、つぎは尾瀬(?)へと向かう予定です。

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今日の朝陽

弘法山に朝陽が昇りました。

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丹沢山麓にも秋の訪れ。桜の葉っぱが赤くなり、里山が色づき始めました。

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「学生たちの太平洋戦争」が神奈川新聞に掲載

11月6日発行の「神奈川新聞」文化欄「かながわの本」コーナーに『学生たちの太平洋戦争―国に捧げた青春の記録―』(夢工房発行、B6判245ページ、定価1470円)の紹介記事が掲載されました。

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編集・著作を担当していただいた熊谷眞さんは88歳。東大在学中に学徒出陣、海軍主計科士官になりました。同じ時代を生き抜いた、学徒出陣や学徒動員された男女13名の手記を「生き残った若者たちの慟哭の記録」としてまとめました。

『聞けわだつみのこえ』の編集にも関わった熊谷さん。母・父・兄弟を思い、ふるさとに後ろ髪を引かれながら死出の旅路についた仲間たちの無念。生き残ったものとして戦争の何たるかを書き残さずにはおられませんでした。

早速問い合わせの電話が入っています。

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「五十嵐商店プロジェクト」オープニングイベント「朝日新聞」に掲載

倉庫の掃除でドン会のメンバーに大いに力を発揮していただいた「五十嵐商店」のオープニングイベントが、先日刈り取ったソバの脱穀作業と同じ日・11月5日(土)に開催されました。

事前に地元の「タウンニュース」、秦野市観光協会のHPにイベントの告知をやっていただきました。そして11月5日の「朝日新聞」朝刊には米澤信義記者の記事が掲載され、「昭和レトロ洋館でトークや音楽会 きょう秦野 手づくりのイベント」と大きく見出しが躍りました。

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ドン会からは、「スタッフのみなさんに!」ということで、できたてのおにぎりが大量に差し入れさまれました。大学院生・若者たち、仕事の脂の乗っている建築家、まちづくり企画会社の社員、「市民が創る秦野のまち」のメンバー、五十嵐さん、演奏家のみなさんなどが「美味しい!うまい!」と完食させていただきました。

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当日は約160名の来場者で賑わいました。秦野市商工会議所の副会頭、秦野市役所まちづくり推進課長、地域の商店の方々や、タウンニュースの記者、たばこ祭のフロート作成者、地域の年配者、新しく近くに移り住んでいる若者家族など、地域住民も多数おいでいただきました。

手づくり会場のトークでは、五十嵐幸治さんに五十嵐商店の建物やかつての賑わいをお聞きしました。学生たちの「ハダノワ」のプレゼンテーションもなかなかの出来。天井の高い倉庫の中のコンサートもいい音が響きました。参加者は口々に、「つぎのイベントはいつですか?」とスタッフに聞いていました。

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JA秦野「じばさんず」のご協力で仕入れさせてもらった「東北応援」福島産の美味しいリンゴもあっという間に完売。建物本館で開いた「お茶席」も大好評。午前・午後2回開催した「建物見学会」にも大勢の参加者がありました。

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久しぶりの通りの賑わい。商店街活性化の第一歩をしるすことができたのではないかと、今回の企画に参画したメンバーの実感です。

主催者である「ハダノワ」は、工学院大学・明治大学の大学院生たち10数名、20代後半、30代、40代の職業人たち、「市民が創る秦野のまち」のメンバーで構成されています。老・壮・青のなかなか魅力的な年代構成です。

学生たちは、自らの判断で参画し、五十嵐商店を拠点にしたまちづくりに、さまざまな思いとこれからの仕事の仕方、暮らし方を重ねています。

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イベント終了後の反省会では、今回の企画・準備・実行の一連の流れを振り返りながら、今後の継続的な活動のためのアイディアを出し合いました。活動そのものを楽しみながら、新たなものを創り出して行こうという思いに満ちていました。

この貴重な市民の宝物とも言える「五十嵐商店」という舞台・空間を快く提供いただき、一緒に活動に加わっていただいている五十嵐さんのご厚意に感謝しました。

今後の継続的な活動があたらな「まちづくりの種」になることを願っています。

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秦野市民の日、秦野の鹿鳴館再建の会も出店!

今日は秦野「市民の日」。文化会館前駐車場に秦野の鹿鳴館再建の会も出店します。

土曜日の午後、蓑毛・緑水庵で行われた「芋煮の会」に私も参加しました。その美味しい芋煮をいつも提供していただいている「蓑毛食文化の会」のみなさんが、今回も全面的に協力。蓑毛の特産の里芋やその他の野菜をたっぷり煮込んだ郷土色豊かな「芋煮」が登場します。

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土曜日の芋煮の会には、東海大学観光学部の服部先生のクラスの学生たち20人ほどが参加し、フィールドワークを行っていました。おばあちゃんの作ったおいしい芋煮に舌鼓を打っていました。

若い感性が蓑毛のまちづくりに新たなアイディアやエネルギーを吹き込んでくれるものと期待しています。

さあ、市民の日に出かけます!

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「あらためまして 五十嵐商店」のオープニングイベント準備着々

大忙しの土曜日の活動のつづきです。NPO法人自然塾丹沢ドン会のソバの刈り取り作業を終えてメンバーは棚田に移動して昼食。私は残念ながら現地から家に戻りシャワーを浴びて五十嵐商店へ。

11月5日(土)に開催する「あらためまして 五十嵐商店」のオープニング・イベントの準備作業に取り掛かりました。すでに市民が創る秦野のまちのメンバー・久保寺さんや小川さんはじめ、平野さん他5~6名の「ハダノワ」の若きメンバーが汗を流していました。

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倉庫の中にはすでに手づくりの舞台が設けられています。小田原のアルファさんからいただいた25~6個のパレットを下敷きにして、その上に厚手のコンパネを敷いた手づくりの舞台。

この日は倉庫の周りのゴミを伊勢原のゴミ焼却場に運び込んだり、倉庫の内部の最終的な整理やテーブルづくりなど。また五十嵐商店本館1階の清掃もあわせて行いました。

途中で私は、蓑毛の緑水庵で行われた「芋煮会」に参加するために3時間ほど中座しました。6時からは、秦野駅前の「ミスタードーナツ」で当日の進行や役割分担、それぞれの当日までの担当の進捗状況の報告と話し合いを行いました。

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今回の主催である「ハダノワ」には、私たちのほかに、明治大学と工学院大学の大学院生たち、まちづくりに関心のある若き社会人たちなど10数名が、手弁当で参加してくれています。この若い感性とエネルギーを地域の人たちに伝えたいと思います。

「よそ者」「若者」「ばか者」が、これからのまちを創るということを私たちはいま心底実感しています。オープニング・イベントは「五十嵐show10+プロジェクト」のスタートに過ぎませんが、きっと大きな成果をもたらすと思っています。

11月5日(土)10時~15時。小田急線秦野駅から徒歩7分の五十嵐商店へおいでください。

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丹沢ドン会、名古木の畑でソバの刈り取り

土曜日の2つ目の活動は、NPO法人自然塾丹沢ドン会のソバの刈り取り作業です。蓑毛の道普請を終えて名古木の畑に回りました。

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畑では刈り取り作業の真っ最中。ソバを鎌で刈る人、束ねる人、近くの竹林の竹を切り出し、ハザを作る人、そのハザにソバの束を掛ける人、テンでバラバラのようでいて、笑い声が飛び交いながら作業はスムーズに進んで行きます。これがドン会流。

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お昼のチャイムが鳴りましたが、女性陣から声が上がりました。

「もう少しで終わるから、やってしまおう!」

ソバ刈り作業の手が早まり、あっという間に刈り終えました。

「バンザ~イ!」

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天日乾燥の後は、脱粒、製粉、そして、12月には自然塾「手打ちそば教室」が開催されます。

ドン会のソバづくりは、8月のお盆過ぎの種蒔きから始まり、最後は、挽き立て、打ち立て、茹で立ての三立てに加えて、むせ返るようなソバの香りを楽しみながら、手づくりのソバを味わうことができます。

大地の恵みに感謝しながら、陽の光を受けたソバの実がほのかな甘さを増してくれることを願っています。

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蓑毛で「道普請」

土曜日の早朝、秦野市蓑毛の金目川の広場に、草払い機やナタ、カマを手にした男性陣が集まりました。

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蓑毛地区活性化検討委員会のメンバーで、この日は蓑毛の「新しい道づくり」事業の一環として、地区のメンバーで道普請ならぬ草払いを行いました。私は同じ東地区の住民でもあり、昨年に引きつづいての助っ人です。

ここは、すぐそばを流れている金目川が見えないくらいに灌木やカヤにおおわれていました。昨年の草払いの後は、ボランティアで自主的に草払いを行う人もいたといいます。

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作業開始です。

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私も、ナタを手にヤブと格闘です。

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2時間の作業のあとには、金目川の流れが現れました。

「作業を始めるとついつい止まらないんですよね。子どものころは、この河原でよく遊んだものです。昔の風景が現れて、いい汗をかきました」

とは、生まれも育ちも蓑毛育ちの男性の一言。

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事務局長の猪股さんは、金目川の流れを見ながら言いました。

「対岸の里山は、昔はもっとなだらかだった。手入れをしていろいろな桜の木を植えたら、見違えるような場所になるね」

「たった一人で桜の木を植え始め、全山、桜の里にした桜守がいましたね。桜の里プロジェクト、いいですね」

この日の2時間の作業の成果が、地域づくりの新しい意欲をかきたてます。

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