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2012年3月

梅にウグイスならぬメジロの姿

居間の雨戸を開けると、2本の梅の木に1羽ずつ、ウグイスならぬメジロが花の蜜を吸っています。

いつも、野鳥の姿を発見しても、写真を撮ろうとカメラを取ってくると主の姿はすでにありません。この日は、朝起きてなぜかカメラを持って2階から降りてきました。

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暖かな朝陽を浴びて透きとおるような花びらの一枚一枚が輝いています。

今日も1日、自然から元気をもらいながら過ごします!

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花たちの競演―梅の香漂い、椿・桃の花咲き、山桜の蕾ふくらむ

今朝の室温は11度。いつのまにか寒気がゆるみ、陽射しが暖かく感じられる季節。丹沢山ろくの春を告げる花々たちが競うように咲き誇っています。

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満開の白梅。

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薄ピンク色の紅梅。

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椿の花も庭の片隅にひっそりと咲き始めました。

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町内の回覧板を届ける途中の隣家の庭先には濃いピンクの桃の花が。

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植えた覚えのない我が家の庭の山桜の蕾も少しふくらんできました。

いつになく本業に励んでいるうちに、ふと視線を上げれば季節はめぐり、春はすぐそこまで。

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白梅咲き、紅梅の蕾ふくらむ

三寒四温の日本列島。1か月遅れの梅の花便りが報じられています。仕事の途中で通り過ぎる小田原の曽我の梅林の花がようやく満開です。

我が家の庭の白梅の花びらが青空に透けるように咲き始めました。

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一方の紅梅はピンクの蕾をふくらまして、もうすぐ出番です。

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バラとサクラソウの新芽が、あたたかい太陽の光を浴びて喜んでいます。

変わらない自然の営みに感謝。

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福島へ各駅停車の「鎮魂」の旅

3月3日~4日と福島県川俣町に、山木屋の「わ」プロジェクトのコンサートを聴きに行きました。コンサートの模様はすでに写真を掲げてレポートしました。

往き帰りの各駅停車の旅をメモ風に書きつつ、1年を経た東日本大震災・大津波・東京電力福島第一原子力発電所の事故による被災者のみなさんへの想いを新たにしたいと思います。

   *   *   *

東京電力福島第一原子力発電所の覚めやらない事故の渦中にある川俣町に、できるだけゆっくりとスローに入ろう。

当日は、朝4時過ぎに起きてコーヒーを淹れて目を覚まし、歩いて秦野駅に。小田急線で新宿へ。新宿から埼京線で大宮まで。大宮から宇都宮・黒磯、最後の乗り換えは郡山。福島までの直通の東北線はない。

黒磯駅を過ぎると雪景色。各駅停車の乗客の人模様。若い夫婦と女の子が、一区間だけ乗って、次の駅で降りると駅のホームを女の子が駆け出した。女の子の目線の先、小さな駅舎の外には手を振って待っているおじいちゃん、おばあちゃん。と言っても私とほぼ同世代か・・・。

部活の女子中学生たちの華やかな笑い声が車内に流れ込み、二駅目で春の嵐のように通り過ぎた。お父さんと2人で大好きな電車に乗って次から次へと質問を浴びせている男の子。当たり前の暮らし、どこにでもある日常が各駅停車の電車に流れ込む。そんな風景を見るのが好きだ。

乗客は出たり入ったり。4人掛けのボックス席にずーっと座っているのは見渡す限り私の他に23人だけ。ページをくくる手を休めて目を窓の外に向けるとドンドン雪が深くなってきた。中学校のころに歴史で習った白河の関。線路から程近い丘の上に雪をかぶった小さな城が見えてきた。さらに遠くには白い山並みが横たわっている。東北地方の冬景色だ。

寒冷地仕様の電車は、ドアの開閉が手動。電車に乗る時は、開のボタンを押して電車に乗り込み、車内にある閉のボタンを押してドアを閉める。降りる時は開のボタンを押してドアを開け、閉のボタンを押しながら電車を降りる。手が切れるような寒気を出来るだけ車内に入れないためだ。慣れない(?)乗客が降りるときに閉のボタンを押し忘れた。開いたままのドア近くの若者がフットワークよく席を立ってボタンを押してくれた。

福島駅まで行ってバスで川俣町に向かうか、福島の手前の松川駅で降りてバスを使うか。直前まで迷っていた。松川駅で手動のドアが開いたとき、とっさにリュックを背負って下車した。ここまで来るのに家を出てから7時間ほど。

松川駅に降り立つと、都会で何気なく使っていた「パスモ」はこの駅では使えない。インターネットで検索した川俣高校行きのバスがない。待合室にいた女子中学生に「川俣高校はどちらの方向ですか」と聞いても「分かりません・・・」と恥ずかしそうに答えるばかり。

松川駅の窓口にはカーテンが引かれ、「ただ今お昼休みです。しばらくお待ちください」の表示。駅の近くにコンビニがあった。女性店員に声をかけた。地図を見ながら、「ここまでは10分で行けます」。「歩いて10分ですか」と問えば、「いいえ、車で10分」。ていねいに教えてくれた。

コンサートの開始まで2時間。ぶらりと歩いて行くつもりが、思いのほか雪が多い。その上、溶け始めた雪で道路はぐちゃぐちゃ。雪道を歩くのは諦めたほうがよさそう。

昼休みが終わった駅の窓口でようやくパスモの清算をすませたのは30分後。幸運にも駅にはタクシーが2台客待ち。タクシーに乗り込んだ。

タクシーの運転手さんの住んでいた所は、東京電力第一原子力発電所の事故による放射能汚染のホットスポットだった。已む無く勤め先に近い松川町にアパートを借り上げて仮住まい。「ひとり者だからまだしも。自分は仕事があるからいいほう。大なり小なり原発の影響を受けていない人は一人もいないよ。俺たちはいいけど、子どもたちの健康が心配だ。早く元の家に帰りたいけど、無理だね」

「川俣町はかつて養蚕が盛んで絹の町として元気だった。山に囲まれた盆地のまちは夏は暑く冬は寒い。この時期の雪は春の前触れ。水っぽくてすぐに溶けてしまう」「近くにあるUFOの里に行ってみたら」運転手さんは盛んにふるさと川俣町の案内をしながら道の駅まで約20分。

「これ以上頑張ってとは言えないけど、お元気で・・・」とタクシー代を払いながら運転手さんに声をかけた。

コンサート会場の川俣町中央公民館のホワイエで、20年来の友人である神奈川在住の新聞記者にばったり出会ったのには驚いた。これも「福島」が呼び寄せてくれた縁か。

「ぼくたち わたしたちの『わ』コンサート」の山木屋小学校の子どもたちは、大人顔負けの演技と歌いっぷり。計画的避難区域から仮設住宅に移り、間借りの学校生活を送っている子どもたちとは思えないほどのパワーにあふれていた。

「山木屋は森の豊かな田舎。川俣町は都会で住みにくい。早く山木屋に帰りたいが、今は仲間がいるからここで元気に暮らしている」

コンサートを終えて、子どもたちは、地元のテレビや新聞各紙の取材にはきはきと答えていた。それにしても国・地域を挙げての復旧・復興が遅々として進んでいないのが歯がゆい。

この日は福島駅近くのビジネスホテルに一泊。夜、新聞社の取材を終えた木下さん夫妻と行きつけのバーに行く。「雪の結晶をイメージしたカクテルを・・・」「もうすぐ春、雪の間から顔を出すフキノトウのカクテルを・・・」「疲れの取れる甘いカクテルを・・・」

「福島の夜はここ」と言う木下さん。マスターはお客さんのイメージに合わせて独創的なカクテルをつくり、手づくりのテーブルに置く。想像以上のカクテルにひとしきり話がはずむ。福島の仲間3人が合流。午前1時半過ぎにホテルへ。

翌朝、地元の新聞2紙、全国紙1紙を買って、8時半過ぎの東北線の鈍行で西に向かう。窓の外は雲ひとつない青空が広がる。

ギョウザのまち宇都宮の待ち時間を利用して途中下車。駅近くのギョウザ店で味噌ラーメン・ギョウザ定食を食べる。昼時にもかかわらず誰もお客さんがいない。私が食べ終わって出るころにようやく2組のお客さん。テレビで見たことのある芸能人の写真が壁いっぱいに貼り出してあるお店なのに。

丹沢のふもとに帰りついたのは夕方5時前。会うなり、「ニンニク臭い!」と言う連れ合いの言葉に目が覚めた。

往復156時間の各駅停車の福島への旅。東日本大震災・大津波・原発事故による被災者の慟哭の想い、失われた命と日常、出口の見えない暮らしに想い寄せれば、比べるべくもない一瞬のできごとであった。

時はめぐり311日。

合掌。

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山木屋の「わ」の子どもたちの笑顔が新聞に

3月3日に開催された山木屋の「わ」プロジェクト「ぼくたち わたしたちの『わ』コンサート」が、当日夕方のNHK福島放送で放映されました。

その後、新聞各紙に子どもたちの笑顔が掲載されました。

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3月5日、東京新聞「こちら特報部」の紙面では、見開き2ページに渡り、小坂井文彦記者がコンサートの模様と、プロジェクトの内容を詳細に報じてくれました。

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3月4日、「福島民報」はワイドなカラー写真を添えて16名の山木屋の「わ」の子どもたちを紙面化しました。

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3月8日、「神奈川新聞」は、小野明男記者が、秦野のフォルクローレ・ギターリスト木下尊惇さんのプロジェクトの活動と、子どもたちの願いである「地域や家族の『わ』再び」と題した記事を掲げました。

いずれも、3月3日のコンサートの子どもたちの笑顔のメッセージを伝えてくれました。

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アジサイ、梅、スイセン、ユキヤナギ、小さな春見つけた!

あたたかな陽気に誘われて、我が家の庭にも春のきざし。

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アジサイの新芽が枝先に顔を出しました。

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寒さに耐えていた我が家の遅い梅の蕾もようやく身づくろい。

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いまさらのようにスイセンが咲いています。

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啓蟄を過ぎてユキヤナギも春色の小さな葉を付けています。

この時季は例年スギ花粉症に悩まされるのですが、今年は予報どおり? 花粉の飛散が少ないようです。ほぼ、飲み薬だけで過ごすことができます。

3.11の東日本大震災の復旧・復興は遅々として進んでいません。政治の機能不全の中でも、人の力と想いを信じさせてくれる様々な出来事が引き起こされていることも事実です。

誰もが、穏やかな春の訪れを待ち望んでいます。

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山木屋の「わ」子どもの力、音楽の力

3月3日午後、福島県川俣町中央公民館で開かれた「ぼくたち・わたしたちのわ」コンサートに出かけました。

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コンサート会場の中央公民館には、室内専用測定装置・線量計が設置されていました。ここは計画的避難区域を一部、町内にかかえる川俣町です。その扉を押してホワイエに入りました。

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コンサート会場入口わきに掲げられた子どもたちが作ったコンサートのチラシの原画。

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山木屋小学校5年生の歌づくりの劇「Let‘s うた博士」です。

「言葉をかさねて、鼻歌でメロディーを付ければ歌はできるよ。さあみんなも歌をつくろう!」と、5年生16名の歌づくりを紹介しました。

フォルクローレ奏者・木下尊惇さんと一緒に、昨年の6月以来、総合学習の授業で学んだ「音楽の力」の成果です。

「わ」は、平和の「わ」であり、輪になろうの「わ」。

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子どもたちは、のびのびと、朗らかに「わ」を歌ってくれました。「山木屋を「わ」でつなぎたいという子どもたちの想いは、会場いっぱいに広がりました。

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アンコールに応えて勢ぞろいした子どもたち。

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最後は舞台に戻って手をたたき、足を鳴らして、この日の「わ」の喜びを体で表現しました。

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コンサートを終えて、ホワイエで取材を受ける子どもたち。

「山木屋は森の中の集落、計画的避難で川俣町の都会に住んでいるけど、都会は住みにくい。でも、みんなで元気に暮らしています」

さまざまな想いをかかえながら子どもたちは、はきはきと受け答えをしています。

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木下さん、アルパの上松美香さんと一緒に子どもたちは笑顔で記念写真。

「手をつなごう みんな仲良し わ になって

友達思いはうれしいな

山木屋みんな わ になろう」

子どもたちがこの歌にこめたメッセージをしっかりと受け止め、私たち大人に何かできることが・・・。

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丹沢ドン会20周年の集い、トークと一品持ち寄り

2月25日に開催したのNPO法人自然塾丹沢ドン会「20周年記念トーク&コンサート」は、朝早くからドン会のメンバーが準備。

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3名の女性陣(小堤さん、小金井さん、照井さん)が受付を担当しました。

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通りに面したところにドン会のポスターも設置。大森さん、小川さんご夫妻。小川理事長の主催者あいさつがあって、いよいよ「20周年の集い」がスタートです。

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五十嵐商店ご当主の五十嵐幸治さん。

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元NHKアナウンサーの松田輝雄さん。

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名古木の地元からは関野光治さん。

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東海大学人間環境学科の宝田教授。いずれもドン会の初期のころからの関わりの深い方がたです。突然の指名で遠慮されるのですが、マイクを握ってしまうと話が尽きません。少々予定の時間をオーバー気味。

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乾杯のごあいさつは名古木自治会連合会会長の須山徹さんにお願いしました。

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ようやく喉をうるおして、参加者の一品持ち寄りの食材とお酒で交流・懇談です。懐かしい顔ぶれ、新聞記事を読んではじめて参加された方がたが、旧知の仲のように話し込んでいます。

第1部「丹沢ドン会の歩み」は、最初にパワーポイント&トーク。20年の間の丹沢ドン会の活動をパワーポイントで私が解説しました。

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丹沢ブナ党の梶谷泉さん、相模湾の漁師・西山敏夫さんにトークをお願いしました。

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秦野市森林づくり課の大津参事も駆けつけてごあいさつ。

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1部の終わりは再び木下さんと渡辺さんの演奏と歌を楽しみました。

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交流・懇談を挟んで、第2部「丹沢ドン会の今」を金田専務理事が、第3部「ドン会の未来」を工藤第2代理事長が司会・進行を担当しました。

クロージングイベントは、再び私がマイクを持って会場の参加者に突撃インタビュー。

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画家の永井さんご夫妻、神奈川新聞の小野記者。

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共同通信の元記者、鎌倉湧水ネットワーク代表の野口さん。

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東海大学の北野准教授。

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最後に、丹沢ドン会のテーマソング「田んぼの中の仲間たち」と「ふるさと」を参加者全員の大合唱で最高潮に。予定を30分あまりオーバーして5時30分過ぎに閉会となりました。

記念の集いのタイトルの通り、「ありがとう、これからもよろしく!」の想いを新たにドン会第3期のスタートを切ることができました。

「感謝!」の一言でした。

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