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「しんなら強い」母、奇跡の回復

先週のある夕方、田舎の兄から電話がありました。入院中の母の病状が悪化、担当医からは「今夜から朝にかけてが峠」と言われたのです。

あたふたと準備をして、連れ合いと2人で車に乗り込み、高速を乗り継いでふるさと長岡の病院へ着いたのは、夜11時20分過ぎ。兄がベッドの横で母の手を握り、話しかけていました。

酸素マスクをしている母は、気道確保のために首の下にタオルをあてがわれ顔を少し上向きにしています。代わる代わる声をかけました。母の手を握り、足に触れてみると氷のように冷たい。

口を開け、あごを使い、肩を揺らし上半身で懸命に呼吸しています。看護師さんは言いました。

「いま片桐さんは、100メートルを走っている状態で、頑張っていますよ」

2時間おきに看護師さんは、タンを吸引し、血圧を測り、血中酸素を測り、体位を変えてくれます。胸からは3本のコードが引かれていて、心電図と呼吸のデータがナースステーションへ送信されています。

長岡保養園に入院中の母は、3日ほど前に肺炎にかかりました。それでも前日までは、夕食の流動食を兄の介助でスプーンで口から食べていました。その後のレントゲン写真には、片方の肺は真っ白、もう片方の肺の3分の2に白い影が出ていました。

朝方まで3人で交代で手を握り声をかけながら母を見守りつづけました。

やせ細った母、両の目は小さくなり、手足は骨と皮ばかり。でも懸命に目を広げて私たちを見つめているように思えます。手を握るとわずかに握り返してくれるようにも感じます。

カーテン越しに外が明るくなりました。

6時半過ぎ、私と連れ合いは車で20分ほどのところにある実家に帰り、朝食と風呂をいただきました。折り返し病院へ戻ると、今度は兄が朝食を食べに家へ。その間に弟も埼玉から駆けつけました。

兄と私と私の連れ合いの3人は、子供のころの食べ物や遊びの話をして母に聞かせていました。物が言えない母ですが、私たちの声は聞こえている! と思って話しつづけました。

兄は母の手を握り、髪をなでながら、母に顔を寄せて声を絞り出すようにして言いました。

「母ちゃん、こんな息子でよかったかなあ! 迷惑かけて、心配ばっかりさせたなあ! お前さんのお陰だよ! 元気になって家に帰ろ!」

兄の目から涙がポタポタと落ちました。

もう片方の手を握っていた私の体が震えました。涙があふれて止まりませんでした。連れ合いがそっとティシュペーパーの箱を差し出してくれました。

夕方になると、点滴が効いてきたのか、母の顔色に少し朱色が差してきました。その日の夜は、私と連れ合いの2人で1時間交代で仮眠を取りながら母に寄り添いました。

元来、丈夫な母の心臓が、末期的な肺炎を乗り越えてくれました。

看護師さんは感心するように言います。

「お母さんは、本当に頑張りましたね! 落ち着いてきましたよ」

兄は言います。

「「美代子さんのすっとこどっこい」に、もう一つぴったりの言葉があるね。本当に母ちゃんはしんなら強い!」

兄弟でありながら、「しんなら強い」という言葉をはじめて聞いた私は、意味は分かるものの、「どんな字を書くの?」と思わず兄に聞き返しました。

母の手足に温かさが徐々に戻ってきました。母は、ここぞというときに「しんなら強さ」を発揮して何とか峠を越えてくれました。

兄と交代して実家に行き、風呂を浴び、朝食をいただいて庭に出ると、「ハンゲショウ」の白さが目にあざやかでした。

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母さんを引き戻してくれたなにものかに、感謝するばかりです。

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