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母さんが死んだ

7月23日(月)夕方、兄から電話が入りました。

「いま、母さんが死んだ・・・」

と言って、絶句しました。

翌日、午前中に仕事の手配を大急ぎで終え、ふるさと長岡に車で向かいました。兄は、かねてから、自宅から母を野辺送りしたいと言っていました。そのための準備を姉、弟と進めてくれていました。

その晩は、私と連れ合いの2人でロウソク当番です。交代で仮眠を取りながら母のそばに寄り添いました。

告別式の朝、連れ合いから声をかけられました。行ってみると、羽化したばかりのセミが、土間のテーブルの足の部分に止まっていました。

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幼いセミは去りがたいのか、しばらくそのままでした。母が逝き、自然の新しい命が生まれています。

お通夜・告別式と、ふるさとの実家で行いました。扇風機が何台も回っているとはいえ、家の中は酷暑でした。

母は、父のところに嫁いでから私たち子ども5人を生み育て(1人を戦中の食糧不足の中で亡くしました)、農家の暮らしで地域のみなさんとご縁をいただきました。

母の実家のみなさん、存命の弟さん、私たち子や孫・ひ孫、地域のみなさんに囲まれての野辺送り。母・美代子も安心して旅立ちをしたことだろうと、少し胸をなでおろしました。

この日は、姉の長女の長男、つまり、ひ孫の6歳の男の子の誕生日でした。告別式後の「おとき」の席で、急遽ケーキを用意してもらい、サプライズの誕生会を行いました。男の子は、ケーキを食べた後に各テーブルを「ありがとう!」と言って回ってくれました。

「逝くものあり、生まれいづるものあり」

告別式のあいさつで私はハンカチを手にしながら話しました。

「『燈燈無尽』という言葉があります。一つの燈は小さくても、燈はつぎつぎと燈され、尽きることなく世の中を照らします。母が亡くなって、そのことを身に染みて感じました。『そういう生き方を・・・』と母が言っているように思えます」

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告別式の翌日も晴れ渡り、暑い日がつづきました。

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実家から長岡インターまでの農道沿いは、緑のじゅうたんのような農地が広がっていました。以前と少し変わっているのは、所どころに大豆畑の濃い緑が混在するようになったことです。

「母さん、お疲れさまでした。ありがとうございました」

何度も手を合わせました。

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