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2012年9月

増田昭一「戦場のサブちゃんとゴン」の舞台劇上演、東京新聞・毎日新聞に記事掲載

2012年9月29日付の東京新聞、同30日付の毎日新聞に、増田昭一・文と絵「戦場のサブちゃんとゴン」(2009年8月、夢工房刊)の舞台劇上演の記事が掲載されました。

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10月2日(火)は横浜みなとみらい小ホールにて、8日(月・祝)は海老名市文化会館音楽ホールで、それぞれ午後1時半開演です。

生きて帰ることができなかった難民収容所の子どもたちの「無念の思いと真実の叫び」、戦争の悲惨を伝えます。

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NPO法人自然塾丹沢ドン会・名古木復元棚田の稲刈り

2012年9月29日(土)、丹沢山ろくは朝から秋晴れの稲刈り日和。NPO法人自然塾丹沢ドン会では、秦野市名古木の復元棚田の稲刈りを行いました。

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棚田では、畦の土手のいつものところにヒガンバナが咲いていました。

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稲穂は頭を垂れて収穫のとき。

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1枚の棚田はすでに先週、事前にドン会メンバーが稲刈りをし、はざ掛け・天日干ししています。

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9時過ぎ、田んぼ担当の金田さんの、この日の作業内容のレクチャーの後、作業に入る前に集合写真。まだ、疲れ知らずの笑顔です。この後も参加者は増え、50名近くに。

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2012年の「丹沢自然塾」塾生は、田部井さんの稲刈りの指導を受けてから作業に入りました。

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いよいよ作業開始。ハザを設置する人、ノコギリカマで稲を刈る人、刈った稲をワラで束ねる人、それを運んでハザに掛ける人。いつのまにかそれぞれの役割分担ができるのがドン会流です。

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炎天下の作業。水分補給のために小休止を取ります。冷たい麦茶や冷えたミニトマトがのどをうるおします。

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あまり長く休息を取ると、腰が立たなくなります(?)。 10分ほどで作業再開。

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竹で組んだハザに束ねた稲を掛けます。

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それぞれの持ち場で、一心不乱に参加者は大量の汗をかいて作業をしています。12時少し前、区切りのいいところで午前中の作業を終え、昼食に向かいます。

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先週収穫したドン会の棚田の新米が、釜で炊き上がりました。

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恒例のトン汁です。

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ドン会会員で野菜作り担当の伊藤さんが、無肥料で自家栽培したカボチャの煮物。

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持ち寄りのサラダ・キュウリモミ・煮物がテーブルに並びます。

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しっかりと栄養・水分補給をして、午後の作業にそなえました。

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「戦場のサブちゃんとゴン」の舞台劇、朝日新聞に記事掲載

2012年9月27日付「朝日新聞」神奈川全県版に増田昭一さんの「戦場のサブちゃんとゴン―満州・磨刀石の戦いを生きた二つの命―」(夢工房発行)を舞台劇にして上演する記事が掲載されました。

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海老名芸術プロジェクトが取り組む増田昭一さんの「満州の戦争孤児の物語」の第3弾。海老名市のソプラノ歌手・甘利真美さんが「歌ものがたり」に構成・作曲、出演します。

公演は、10月2日(火)午後1時半から、横浜みなとみらい小ホールで、10月8日(月・祝)午後1時半から、海老名市文化会館音楽ホールで。前売り券4000円(当日券4,500円)。

増田昭一さんの平和へのメッセージをお届けします。

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足柄の空に茜雲

小田原からの仕事帰り、酒匂川に並行して走っている道を秦野に向かいました。

足柄の峰々の向こうには富士山がでんと聳え、四囲の雲が茜色に染まりはじめ、刻一刻とその濃さを増していきます。パノラマ映像を見るような迫力です。

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木々の陰に隠れて定かはありませんが、正面左手の小さなお結び状の山の右手に、裾野を広げている富士山がかすかに。影絵の絵柄を読み解くように微妙ですが、イメージをふくらませてみてください。

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名古木ソバの花満開

NPO法人自然塾丹沢ドン会でお借りしている秦野市名古木の畑で、ソバの花が満開です。

8月18日に種蒔きをして1か月。炎天の後の雨が効を奏したのでしょうか。

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隣りの東海大学自然環境課程の室田教室の学生たちが自然農で取り組んでいる棚田では、黄金色の稲穂が収穫のときを迎えています。

自然の恵みに感謝!

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★くん、☆ちゃんと遊ぶ

★くんと☆ちゃんが、お母さんに連れられて我が家にやってきました。

☆ちゃんは、ついこの前まで寝返りを打つだけでしたが、今では自由自在に側転、コーヒーカップのような回転で向きを変え、驚異的な速さで匍匐前進。

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両手を差し出すと、「抱っこして」と、せがむ仕草。抱き上げると満面の笑顔で癒してくれます。

幼稚園に行っている★くんは、家庭では得られないいろんな新しい刺激を受けてきます。同年代のいろんな子どもがいます。やさしい子、元気な子、おとなしい子、攻撃してくる子などと、どう付き合っているのか(?)、家に帰って母親に話します。

風邪をもらって休むときは残念そうにしています。幼稚園でみんなと遊ぶことが待ち遠しいようです。

お風呂に一緒に入り髪の毛のシャンプーします。私は、これまで「赤ちゃんシャワー」を☆くんの頭の後ろからゆるゆるとかけてシャンプーを洗い流していました。プール遊びをしていて、Tくんが水を顔にかぶるのを★くんは見ました。

今回、シャワーのお湯が顔にかかれば、★くんは自分でタオルで拭きます。「赤ちゃんシャワー」を卒業した★くんは得意そうです。

雨の晴れ間に★くんと散歩しました。

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遊具に登り、公園を走り、つり橋を渡り、階段を駆け上がり、ブランコで遊びます。

日々成長する子どものエネルギーに圧倒されます。 

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南米・ボリビアの「グルーポ・ノルテ・ポトシ」のコンサートへ

9月15日(土)の午後、労音大久保会館(R’sアートコート)で開催された、南米・ボリビアの「グルーポ・ノルテ・ポトシ」のコンサートへ行ってきました。降り立ったJR新大久保駅周辺は今や韓国ブームで大賑わい。駅から徒歩5分ほどの会場は、私が着いた開場20分ほど前にほぼ満員の盛況でした。

北ポトシ地方の音楽のスペシャリストの初来日を企画したのは、ボリビアでの音楽活動が10年にも及んだフォルクローレの歌・奏者の木下尊惇さん。

南米・ボリビアの歴史については、木下さんのコンサートの際にお聞きしました。鉱山の町・北ポトシ地方は、500年もの昔からさまざまな鉱物資源を供給してきました。人々は工夫としてその鉱山で過酷な労働に従事し、その命に力を吹き込むために音楽を奏でてきたといいます。

太陽と大地に育まれた民族の苦悩と人々の生きるエネルギーと伝統音楽。とりわけ女性ボーカリストののびやかな高音とリズムは、情熱的な哀愁を帯びていて体が震えるほどでした。

歌と演奏の合間に何回か、来日に際して勉強したという片言の日本語のあいさつがありました。その他の言葉はまるで理解できなかったのですが、世界共通語とも言われる音楽の持つ力に圧倒されるコンサートでした。

CDを求めてきました。

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コンサート終了後には、会場入口でサイン会もありました。

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東京での2日続けての公演を終えて木下さんに笑顔が・・・。

この後、コンサートは、9月16日の福島市音楽堂大ホール、9月22日の北海道・富良野演劇工場と続きます。それぞれの会場で国境を越えた音楽の世界が広がることでしょう。

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「すっとこどっこい」母さんの四十九日法要

母の四十九日の法要のために、ふるさと長岡に帰りました。

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ふるさとではすでに稲刈りが始まっていました。炎暑の夏で、作柄はよかったといいます。

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自宅で浄福寺のご住職にお経を上げていただき、近くの共同墓地の墓に納骨に行きました。

「すっとこどっこい」母さんは土に還りました。

ありがとう! 

合掌。

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神奈川新聞「紙面拝見」欄に「命を救う減災情報を」掲載

2012年9月2日の神奈川新聞「紙面拝見」欄に私の5回目の記事が掲載されました。

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関東大震災から89年、9月1日の防災記念日の翌日ということで、「命を救う減災情報を」と、地元紙である神奈川新聞の情報発信への期待を込めました。

秦野市今泉にある震生湖は、関東大震災の地震により出現した自然湖です。周囲1キロの池のような湖です。地震により大規模な陥没が発生、下校途中の11歳と14歳の女子が亡くなり、村人は「震災を忘れまい」と、震災供養塔を建立しました。

震災後に、この震生湖を調査に訪れた物理学者の寺田寅彦は、「震災は忘れたころにやってくる」という有名な警句を残したと言われます。俳人・寅彦は「山裂けて成しける池や水すまし」など3句を詠み、「山裂けて・・・」の句碑が湖畔に建てられています。

私は、中学3年生の時に新潟地震に遭いました。グラウンドが地割れ、砂と水が噴き出すのを目の当たりにしました。以後、各地で地震が頻発。阪神淡路大震災、中越地震、中越沖地震、そして東日本大震災と続きます。まさに地震列島日本です。

32万人もの死者が想定される南海トラフ地震が取りざたされています。いつ、どこにいるときに巨大地震に遭遇するか分かりません。

日ごろから家族で、いざというときのことを想定して、どこに集まるのかなどの対応を話し合っておくことがまず第一のようです。そして、困難に遭遇したときに何が何でも生き抜こうという強い意志を持っていたいものです。

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ハチの巣騒動奮戦記

「ハチの巣づくり」については、ご心配をお掛けしました。昨日無事、撤去作業終えました。まずは、ご安心ください。

ここ数日、どんな風にしてハチの巣を撤去したらいいか、いろいろと考えをめぐらしていました。虫取り網はどうか。シュミレーションをしてみます。しかし、網の口径が大きすぎて、ハチの巣は取り込んでも、ハチが網から逃げてしまい、挙句、ハチに刺される可能性が大です。

何とか安全にハチの巣の撤去を成し遂げたい。どうしたらいいのでしょう。思案を重ねました。

何週間ぶりでしょうか。昨晩は丹沢山ろくに雨が、それも激しく降りました。大地を潤す恵みの雨です。少し大気中の熱気がおさまり、ぐっすりと眠ることができました。

ハチの巣のようすを観察することが多くなりました。雨上がりの朝方、ハチも寝起きなのでしょうか、活動が鈍っています。決行するのは、ハチの活動が鈍っているときがいい。

昼過ぎに、また激しい雨が降りました。雨上がりのハチのようすを見ると、活動は鈍い。いま家にいるのは私だけ。連れ合いがいれば、「危ないからやめて!」と言うに違いありません。こんなことで市役所のすぐやる課(?)の手を煩わすこともありません。

早速、準備にかかりました。

ハチの巣の大きさを確認し、2L入りのペットボトルの上の部分を平らにカットしました。幅30cm×50cmのベニヤ板、ビニール袋、20kgの米が入る段ボール箱、殺虫スプレーなどです。

厚手のシャツ、ズボンで身を覆いました。帽子をかぶり、さらにその上から、マットレスを入れてあった少し厚手のビニール袋を上半身にかぶり、両手は肘の上まで厚手のビニール袋で覆いました。

用意万端ととのえ、偵察のために一度、ハチの巣の前を通りました。案の定、1匹のハチが私のほうに威嚇にやってきました。

ハチの巣を下からペットボトルに入れ、ペットボトルの蓋をするようにベニヤ板を横に滑らせ、ハチの巣の根元を天上から切り離す。

チャンスは一度。そーっとハチの巣に近づき、果敢にハチの巣をゲット。2~3匹ペットボトルを免れたハチが、空高く逃げていきました。

ペットボトルとその蓋をしたベニヤ板の間に隙間ができないないよう注意を払いながら、天地を逆にして地面に置き、ハチを封じ込めました。身を覆っていたビニール袋をペットボトルの上にかけ、さらにダンボールでそれらを覆いました。さらに、ビニールの覆いの周辺とその中に殺虫剤を大量に噴霧。段ボール箱の上には重しの板を置きました。

ビニールの覆いの下には殺虫剤の噴霧に耐え切れないハチがもぞもぞしています。さらに噴霧しながら足で潰しました。

ひと通りの作業を終えると、一気に汗が吹き出しました。シャワーで汗を流してさっぱりし、出窓の網戸越しに外を眺めると、1匹のハチが巣のあった周辺を飛んでいました。住処を失ったハチの姿が少し哀れに思えましたが、やむを得ません。

夕方、家に戻った連れ合いに、意気揚々とハチの巣撤去の戦果を報告しました。

「刺されなかった? やったー!」

災いは、小さなうちに摘まなければと反省しきり。

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