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雨岳文庫に自由民権の碑「自由は大山の麓より」建立

2016年6月5日(日)は、午前中から伊勢原市上粕屋の雨岳文庫に出かけました。NPO法人雨岳文庫を活用する会の理事会、総会とつづきました。
午後2時からは、自由民権の碑「自由は大山の麓より」の建立・除幕式に参加しました。
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雨降り山の異名を持つ大山、山麓は朝からしと降る雨に濡れていましたが、除幕式直前になって雨は上がり青空も.。大山が雨岳文庫の彼方にその姿を見せました。
 
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会場の中庭には、 自由民権に思いを寄せる研究者や市民、行政関係者など多数の参加者がところ狭しと集いました。
 
この日の案内チラシには次のような紹介文…。
「明治初期、土佐の板垣退助らが国会を開設するよう主張し、国民の自由と権利を求め、立憲政治の実現を目指す自由民権運動がはじまりました。
135年前、相州(現在の神奈川県)は全国の中でも自由民権運動がとくに盛んで、その最初で最大の結社が「湘南社」でした。
この度、「湘南社」リーダー山口佐七郎旧居の敷地に「自由民権の碑」建立の運びとなりました。」
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「自由民権の碑」に立つ山口家ご当主の山口匡一さん(右)と、親戚で大井町町長の間宮恒行さん。
 
自由民権運動に関わった思想家・詩人の北村透谷の没後百年に小田原・高長寺で開かれた「北村透谷没後百年祭」。山口さんとはその時にお会いして以来の間柄です。
また、『かながわ自由民権探索』(正・続 夢工房刊)の著者・大畑哲さんとのかかわりも深く、山口さんと大畑さんの熱意と執念なくしては、「雨岳文庫資料館」の開設は不可能でしたし、NPO法人雨岳文庫を活用する会のその後の展開も考えられませんでした。
 
碑文の「自由は大山の麓より」は、大畑さんが生前、口癖のように話されておられた一節。山口さんのお連れ合いの一言で題字として採用されたとの逸話もこの日、実行委員会の豊さんから報告されました。
除幕式の後は、江戸末に建てられた国登録有形文化財の雨岳文庫母屋で、元専修大学教授の新井勝紘さんの講演「日本国憲法の源流を求めて」がありました。
 
現在の日本社会とも重なり合う「立憲主義」の動きに驚かされます。歴史は常に現在の私たちに連なり、その歴史に何を学ぶのかと問われている思いが深まります。

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