見て歩き・まちづくり

信州・小布施のおもてなし

小布施の街の散策のつづきです。

街なかをぐるりと地図を片手に散策しました。クリやリンゴの果樹の畑が広がっている道路端で、とある農家の人が畑の中で使う運搬車両の整備をしていました。

連れ合いが、「小布施ワイナリーは、どちらの方向ですか?」と聞きしました。と言うのも、このワイナリーのホームページには、「一般住宅地の中にひっそりとある場所にたどり着くのは容易ではない」と書かれているのです。

40代半ばの男性は、「ちょっと待って・・・」と作業小屋に入り明細地図をお持ちになりました。目的地までの行き方を、「目印の看板のところを左に入ってしばらく行くと・・・」と、ていねいに説明してくれました。

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挙句、「・・・うーん、少し分かりにくい道だから自分の車で連れて行こうか?」と言うのです。

こちらも車できています。さすがにそれはお断わりして、「ありがとうございました」と御礼を言って、市街地の駐車場に止めてあるプリウスまで歩きました。自分たちの車で道案内のとおりに走り、「小布施ワイナリー」をなんとか探し当てることができました。

「小布施ワイナリー」へは、少し離れた駐車場から歩きます。

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建物の入口には、「よくもあきらめずに私達の所を見つけ出してくれました!」と看板が出ています。

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ワイナリーの中はたくさんのお客さんが品定めをしていました。私は残念ながら車の運転。試飲は連れ合いに任せ、美味しそうな赤ワインを1本買い求めました。

そして駐車場へ帰る前に、ワイナリーの周辺を少し散策していると、女性ドライバーの車の窓がスルスルと開き、私たちに声がかかりました。

「駅まで送って行きましょうか?」

私たちは、丁重にお断りして散歩をつづけました。

まちづくりは、「そこに暮らす人たちが、自分の街を愛することから始まる」とはよく言われることです。大切なわが街を訪れてくれた人にどのような応対をするのか。この日、出会ったお2人の小布施びとの、さりげない「もてなし」にたいそう感銘を受けました。

20年ほど前に秦野まちづくりフォーラムのメンバーとこの地を訪れたことがありましたが、その後、小布施の街がこれほどまでに賑わっている理由が分かる気がしました。

地域全体が輝くために「バカになって」励むリーダーがいること、地域にある宝物を時間をかけて磨くこと、地域の人たちのもてなしの心を育むこと、この3つを兼ね備えたまちづくりは本物だと実感しました。

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秋の味覚に誘われて小布施の街を散策

秋晴れの一日、朝早く長野県の小布施に向かいました。まず、スマートインター「小布施」にある農産物直売所をのぞきました。秋の味覚がところ狭しと並んでいます。リンゴ・ナシ・ブドウを試食。どれも甘くて味が濃いのです。さっそく購入しましたが、ふだんスーパーで買うのに比べ割安感があります。

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秋の果物を大量に手に入れ、スマートインターを出て小布施の街に向かいました。道の両脇はリンゴの赤や黄色い実がたわわに稔っています。

駐車場に車をとめて、小布施の街の散策開始です。

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歩道はクリの木で作ったブロックが敷き詰められています。まず最初に向かったのは「小布施堂」。秋限定の和菓子「朱雀」がこの日の目当ての一つです。

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これが1人前。2年前に1度食べたことがあるのですが、ゆでたクリをトコロテンのように押し出し、クリそうめんのように盛り上げてあります。核にはクリあんが入っています。小皿とスプーンが2つ。少しずつ砂山くずしのように取りわけながら連れ合いと2人でいただきました。

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小布施堂の10月の和菓子「雁の山」と抹茶はもう一ついただきました。お菓子で腹ごしらえはないですが、秋の和グリを堪能、小布施の街の散策にクリ出しました。

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通りには小布施の紙芝居が 置かれています。

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「花により人と人との交流を深め人に優しい花咲くまちを目指して・・・」と言うコンセプトで小布施の街の各所にオープンガーデンがあります。

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個人の家のオープンガーデンに入ってみました。街なかを流れる水路から水を引いた庭です。

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開店前ですが、お店の庭もオープンです。

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この日のもう一つのテーマ、岩松院へ向かって観音通りを歩きます。

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通りには観光案内版が設置され、おぶせミュージアムの入口には、ボランティアガイドの男性2人が案内していました。岩松院への所要時間を聞くと徒歩30分。ぶらぶらと歩きます。

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緑の老木、看板、街なかギャラリー、さりげなく置かれた自転車が絵になります。

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歴史民俗資料館は、かつての学校の再活用でしょうか。

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ブドウの収穫はすでに終わりました。

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グミやリンゴの実が青空に映え、ホウキ草の紅葉が庭先に見られました。

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曹洞宗梅洞山岩松院に到着です。本堂大間21畳敷の天井絵は、嘉永元(1848)年、葛飾北斎88歳のときの作品「八方睨み大鳳凰の図」です。残念ながら写真撮影はできず、絵葉書を1枚購入しました。

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境内には福島正則の霊廟(上の写真)や、俳人・小林一茶の句碑と蛙合戦の池がありました。「やせ蛙まけるな一茶これにあり」は、病弱な初児・千太郎への声援の句を文化13(1816)年、一茶はこの地を訪れ、詠みました。願いもむなしく1か月足らずで千太郎は他界しました。このとき一茶は54歳といいます。

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北斎にしても一茶にしても、年を重ねてなお若々しいエネルギーに満ちた創作活動を続けていたことに感嘆します。

小布施の散策はこの後も続きますが、また改めて・・・。

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神奈川新聞に『西さがみ女性の歴史』「堀の郷見て歩き」の記事が掲載

10月4日(日)の『神奈川新聞』の読書欄と地域版に、夢工房の仕事と私がかかわる市民活動の記事が2件掲載されました。

一つは服藤早苗・宇佐美ミサ子著の『西さがみ女性の歴史―原始古代から現代へ―』(2009年5月・夢工房刊、定価1890円)が、読書欄の「かながわの本」コーナーで紹介されました。

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記者は本書を熟読、つぎのように紹介してくれています。

「郷土に引き付け、多彩な人々の声を拾い上げた読み物になっている。・・・ページからわいてくるおびただしい生活者の肉声は、歴史のほんとうの面白さを教えてくれる。・・・

この通史を読んで感じるのは太古以来、女性はずっと管理されてきたのだな、という素朴な思いである」

もう一つは、「市民がつくる秦野のまち」と秦野市が10月3日(土)に共催した「秦野の近代たてもの見て歩き―堀の郷のたばこ農家をめぐる」の探訪記事です。

この「見て歩き」には残念ながら私は参加できませんでした。1週間前に「秦野たばこ祭」が開催された秦野市、その余韻の残る大倉・堀山下・堀西など「堀の郷」の地域は、水無川の西側に位置、豊かな農地として知られ、約350年前に甲州(現在の山梨県)方面から人々が移住、開かれたといいます。

「タバコ農家だった家々を巡り、秦野の原風景を体験しようというイベント」(記事)で、この日巡った旧タバコ耕作農家は7軒、新東名高速道路の建設により、取り壊される予定の農家の建物もありました。

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地域ごとにテーマを決めて実施している秦野市内の「近代建物を見て歩き」も10回を超えました。地域を歩き、そこに暮らしを営む人々の生活文化を五感で感じるこの催し、秦野の宝物をつぎの世代に伝えるためにも続けて行きたいものです。

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フジテレビ「森のささやき」に名古木の棚田が放映予定

9月8日(火)、15日(火)の2回、夜10時55分ころから約5分間、フジテレビ(8ch)の番組「森のささやき」で名古木の復元棚田が放映される予定です。ナレーションは、田中好子さん。

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命の水に育まれる里山の緑と生き物たち、稔りの稲穂、ぱっくりイガの口を開けた秋の味覚・クリ、空には、猛禽類が・・・。人間の都合だけではない、命の循環がここにはあります。

当初1回の予定が2回に分けて放映されることになりました。

「名古木の詩」 が楽しみです。

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秦野市「堀の郷」見て歩きの下見で地域再発見

7月4日〈土〉、「市民が創る秦野のまち」のメンバーで、「秦野の近代たてもの見て歩き」の調査・下見に出かけました。参加者は、会代表の福田省三さん、事務局の久保寺敏郎さん、3年ほど前から参加の小川龍之輔さんと私の4人です。

イオングループのショッピングセンター「ジャスコ秦野店」に集合、30分ほど打合せをしてから久保寺さんの車で現地に移動しました。後は歩いて地域を回り、現地の人から聞き取り調査です。小川さんが用意した地図などの準備が大いに役立ちました。

今回の下見は、表丹沢の登山口でもある大倉周辺の「堀山下」地域の一部です。10月中旬に計画する「見て歩き」の見どころは、地名の元にもなった「堀と水」「農家住宅」と堀之郷正八幡宮と蔵林寺です。

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堀之郷正八幡宮です。

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村上忠明宮司さんにお話を聞きました。平安時代のはじめ天安2年に九州豊前の国宇佐八幡宮が勧請されてこの地に鎮座されたと言いますから、1150年も前のことです。小田原北条氏、徳川家康、米倉丹後守など、武家の信仰を受け、地域の総鎮守として守られてきました。

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この地域にはまだ多数のタバコの乾燥小屋が残っています。中には、ブルーベリーの生産直売所として活用されているところも。試食させていただいたブルーベリーは、農家の自信作で、甘く冷たくて美味でした。

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壁がはがれ中が見える小屋もあります。竹を渡し、藁を混ぜた土で塗り固めた構造が見えます。

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蔵のまわりには、防火用の木が植えられています。伏せ木と言います。

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農家の人にもお話を聞きました。タバコ栽培は、秦野葉から米葉に切りかえ、乾燥小屋が建てられました。この農家は、昭和59年まで葉タバコ栽培を続け、秦野のタバコ栽培の最後の農家の一つとなりました。

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用水路を流れる水の量は豊かです。

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川崎の民家園に移築された「北村家住宅」の農家も探し当てました。

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民家園で作製した模型も見せていただきました。横浜国大の調査が入り、民家園に移築されなければ、この建物も消えていたかも知れません。

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路傍にはさまざまな道祖神が。頭の上に牛が乗っかっています。

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奥にあるのは双体道祖神です。

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米倉一族の墓所です。

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蔵林寺の本堂です。曹洞宗の大育山蔵林寺は、享徳のころ〈1452~55年〉に四十八瀬川上流に開創したものが文明年間〈1469~87年〉に現在地に移りました。

甲斐の国米倉郷を本拠とした米倉一族は、武田氏が滅ぶと徳川家康に仕え、天正18年〈1590年〉以降、寺山村、東田原村、堀山下村を領するようになり、元禄3年〈1690年〉、米倉昌尹は、丹後の守に任じられ、将軍綱吉の信任を受け、国中の犬の取締を命じられたと言います(『秦野 ふれあいの道がいど 西地区編〉1989年、夢工房刊〉。

蔵林寺の境内には、樹齢数百年とも見える槙の木がありました。1本に見える木の後ろに、老樹を支えるようにもう1本の槙の木が寄り添っています。

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ご住職のお話を聞いた後、本堂に上がらせていただきました。

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大きく立派な本堂でした。

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かつての茅葺の本堂の写真がありました。

昼食は県立戸川公園の近くの「手打ちそば さか間」で取りました。

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午後も下見は続き、1日仕事になりました。地域を歩くと色んなものが視界に入ります。地域の人との語らいの中から人びとの生活や文化がほの見えてきます。これだから見て歩きは楽しいのですね。

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丹沢自然塾「田植えの準備」に汗を流す

5月16日〈土〉は、2009年丹沢自然塾の第2回が開催されました。6月6日の田植えの前にやらなければいけない作業がたくさんあります。この日は、田んぼの草取りと、畦塗り作業です。

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この日の名古木の棚田です。里地・里山の緑はすっかり濃くなりました。

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水苗代の回りは、動物よけのネットで囲んでいます。

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塾生たちの受付です。お互いに声をかけやすくするために1年間使える名札を付けることになりました。

田んぼ担当の金田さんが苗の生育状況を確認しました。「今のところ丈夫でいい苗が育っています」とお墨付き。

同じく田んぼ担当の田部井さんには、田んぼの中の草取りと畦塗りのやり方を実地に見本を示してもらいました。その後、この日集まった40人ほどのメンバーがいっせいに田んぼに入り、作業にかかりました。

私は、1時間半ほど畦塗りの下地作りの作業をやって、残念ながらこの日は早退です。

午後は、小田原駅近くの高長寺で開催された透谷祭に出席しました。

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東京銀座周辺の近代たてもの見て歩き その2

「見て歩き」のつづきです。東京工業倶楽部の建物が東京駅の近くにあります。

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歩道からは修復中の東京駅が見えます。

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皇居方面に向かいました。歩道にはフラワーポットがあちらこちらに設置されています。歩く人の目に優しく映ります。

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皇居に面している東京銀行協会ビルヂングです。

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2階建てのバスが通ります。

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皇居のお濠にはアヒルの群れが・・・。

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見て歩きの圧巻は明治生命ビルでした。土・日曜日には、内部も一般公開しています。まずその外観。

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中に入ってみましょう。

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明治生命館は昭和9年〈1934年〉に竣工し、1997年に国の重要文化財の指定を受けました。現在もこの建物は使いつづけられ、休業日には無料で一般公開されています。

この日見てきた近代建築は、「秦野の鹿鳴館」とは規模や年代はまるで違います。しかし、建物がそこにあり、活用・公開されていることの意味を実感しました。

私たちが市民トラスト「秦野の鹿鳴館―旧梅原家洋館」再建を目指して活動を始めたのも「ものがなければ物語れない」という11年前の保存運動の際に市民に発信したメッセージが源です。

明治25年〈1892年〉に貴族院議員・梅原修平によって丹沢山ろく秦野の地に建築された洋館。これを再建し、活用することで、往時の秦野の街の活気とエネルギーを現在に呼び戻し、まちづくりに活かしたいものです。

ここちよい疲れを感じながら見て歩きを終えることができました。

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東京銀座周辺の近代たてもの見て歩き

久しぶりに連れ合いと一緒に東京に出かけました。銀座周辺の近代たてものの見て歩きと相成りました。事前のリサーチは、新聞、インターネットで連れ合いがおこない、私はもっぱらかつての勤め先の近くの土地勘を頼りの道案内。

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最初は、中央三井信託銀行の建物です。三井記念美術館は、この日、臨時休館で、建物の前でがっかりしていた人たちが多数いました。

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その隣りの日本橋三越です。

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裏手には日本銀行の建物があります。

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その前の歩道では、レンガを敷き詰める工事がおこなわれていました。道路を隔てた向かいには、貨幣博物館が無料で公開されていました。

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近くの歩道には桜の絵柄のマンホールの蓋がさりげなく。

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近代的な建物の間に挟まれる昔ながらの商家が現在も存在感を示しています。

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高速道路が上を通っている日本橋です。川の水が淀んでいます。橋のたもとには絵筆を振るっている人がいました。

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日本橋の高島屋です。

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正面の扉です。 高島屋の地下のイートインで昼食をとりました。

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エレベーターもクラシックです。高島屋を出て空を見上げると飛行機雲が・・・。

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道路の向かい側は丸善です。

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色んな乗り物が街を走っています。

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無料の循環バスで東京駅方面に向かいました。

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JRのガード下を丸の内方面に抜けます。

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左手に東京駅の駅舎が見えます。

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歩道には色とりどりの自転車が駐輪中。

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東京都千代田区の「景観まちづくり重要物件」の指定を受けている大手町野村ビルです。

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古い建物の後ろに近代的な高層建築が建てられています。古きよき物を残すためには致し方ないことなのでしょう。このつづきは改めてレポートします。

 

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秦野盆地の紅葉と上宿観音市

今日は午前中、市内の郵便局、銀行まわりをしました。昨夜来の雨は上がり、青空が出ていますが、丹沢の山並みに沿うように雲が流れています。紅葉の始まった秦野盆地の山すそ、白い雲、青空が水平に視界を区切っています。

秦野本町四ツ角近くの銀行の駐車場の隣にあるのが、観音堂の大銀杏です。黄色く色づくのはこれからです。

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この観音堂は、相模新西国観音33番霊場の31番観音堂です。千手観音が祀られ、8月9日の縁日が四万八千日で、この日にお参りすると四万八千日分のご利益があるといわれています。観音堂の前では、地元の上宿商栄会が毎月第1の金・土曜日に「上宿観音市」を開き、にぎわうところです。

この観音市も11年目に入りました。全国の地方都市の商店街は軒並みシャッター通りと化していますが、秦野の本町四ツ角周辺も例外ではありません。その中にあって、この商店街の粘り強い取り組みは、継続は力を思い出させます。

別の銀行の隣りの民家の壁に這うツタの紅葉です。

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小高い丘の住宅街のへりから丹沢の山並みに連なる東地区の里山の紅葉です。この上空を春と秋にはサシバやチョウゲンボウなどの渡りのタカが滑空していきます。

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我が家の庭のミカンは黄色く色付き食べごろです。甘みがぎゅっと詰まったみずみずしいミカンは、私たち家族とメジロやヒヨドリなどの野鳥の貴重な食べ物でもあります。お互い様と思いながら味わっています。

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丹沢山ろくの朝晩はめっきり冷え込んできました。

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ぶらり「丹沢山ろく」東田原から名古木へ

11月1日〈土〉は、大忙しの1日でした。11時過ぎから名古木の棚田でNPO法人自然塾丹沢ドン会の里山ミーティングが、14時からは伊勢原の雨岳文庫で「雨岳文庫資料館」オープン記念の講演会が、17時30分からは小田原駅近くの市民学習室で「夜の会フォーラム」の例会がありました。市民活動の「はしご」の一こまの紹介です。

名古木の棚田へは、いつもは自転車か車で行くのですが、この日はその後の予定があります。車の中からは見えない風景との出会いを楽しみながら、ぷらぷら歩いてみることにしました。10時半過ぎにカメラを首に提げて自宅を出発です。

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歩き始めると10分足らずで住宅街を抜け、田園風景が目の前に開けます。実もたわわな柿の木。小鳥たちが啄むだけではもったいない!

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路傍にはアザミの花やススキが風に揺れています。

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鎌倉3代将軍、歌人としても歴史にその名を連ねている源実朝の御首塚があります。この木立ちの手前からは、中世の豪族の館跡が近年の発掘調査によって確認されました。

波多野氏の城跡についてはこれまでさまざまな意見がありましたが、ここも有力な説の一つとなりそうです。

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すぐそばには「田原ふるさと公園」があり、そば打ち体験教室や、野菜など地元の農家の農産物の直売所があります。

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隣りの水車小屋ではそば粉の製粉が行われています。

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すぐ近くの丘の上には「東田原ふれあい農園」の事務所があります。

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道の両側には昔からの農家の家々が並んでいます。庭先には農家の蔵や秦野の葉タバコ〈米葉〉の乾燥小屋が残っています。江戸時代から始まった秦野の葉タバコ栽培は、昭和59年には終わりを告げました。

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農家の屋敷の回りには防風林が巡らされています。

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秦野市立東公民館の屋根にはソーラシステムが設置されています。後ろにそびえるのは大山です。

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金目川沿いにある「波多野城址碑」のあるところが眼下に見えます。

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この周辺一帯が波多野城址のあったところと伝えられていました。20数年前には、波多野城址保存運動が起こり、幼い子供たちと見学会に参加したことが思い出されます。遠くにはいつも大山がそびえています。

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バス路線を歩くと三叉路に出ます。ここは「坂本道 蓑毛」と書かれた道標があります。私が歩いてきたのは左手からです。右手の山に向かう道が蓑毛方面です。

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バス路線の坂を下ると右手に「道永塚」があります。身の丈ほどの塚の僧道永には善僧、悪僧の2説があります。230年以上も前に建立された僧道永にまつわる伝説がこの地に伝わっています。

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バス路線をさらに秦野駅方面へ歩きます。傍らに妙な看板があります。すぐそばに立っていた風力発電機が今はありません。異業種の研究開発から生まれた「未来風車」、ひょっとして看板倒れになったのでしょうか。

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バス停「上原入口」の信号を左に曲がります。ふるさと秦野が誇る洋画家・宮永岳彦画伯の実家の前を通り、左に曲がり川沿いに進みます。苔むした橋を渡ります。

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橋のそばには怪しげな洞窟があります。食糧の備蓄用か、はたまた戦時下の防空壕でもあったのでしょうか。

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名古木の里山の入口に入る直前、空を仰ぐと高圧送電線が走っています。

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ようやく名古木の棚田に到着です。周囲の里山の雑木林の紅葉はもう少し時間がかかりそうです。

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ここまで1時間ちょっと。ここちよい汗をかきドン会の里山ミーティングに合流しました。

11月30日〈日〉に行われる「収穫際」は、ドン会メンバー、自然塾の塾生、地域の農家の方々など100名近い老若男女が集まります。1品持ち寄り、1人1000円の参加費〈中学生以下無料〉です。ノスリが舞う名古木の棚田で紅葉狩りはいかがですか?

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