編集者日録

FMヨコハマ「エコロジースペシャル」に生出演

11月3日(文化の日)は、秦野市「市民の日」を途中で抜け出し、横浜ランドマークタワーにあるFMヨコハマのスタジオに向かいました。

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みなとみらい駅周辺には何度も来ているのですが、ランドマークタワーに入るのは初めてです。先日、神保町のブックフェアの打ち上げをやっているときにFMヨコハマのスタッフから出演依頼があり、少しやり取りの末にお受けすることにしました。

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番組の出演依頼書にはつぎのような趣旨が書かれていました。

「11月3日の番組内特別企画は「Keep Green &Blue」。自然を楽しみながらエコを考える4時間。この日は10月24日(土)に県立戸川公園で行われたFMヨコハマ主催のイベント、「自然教室」の模様もオンエア。ゲストの方もお招きしながら、神奈川の自然について、みんなで改めて考えてみます」

私が出演する「ゲスト・パート」は午後2時10分から約15分。スタジオ前で制作スタッフと打合せをすませ、しばらく放送を聴いていました。

するとどこかで聞いたような声が流れてきました。秦野市「市民の日」の会場で先ほどお会いしたばかりの秦野市長の古谷義幸さんです。10月24日に収録されていた「自然教室」の一こまでした。

つぎつぎとその日の出演者がスタジオに入ります。待つ間に喉が渇いてきました。スタッフにお願いして熱いお茶をいただきました。

ついに本番。パーソナリティーは「ミツミ」さんです。音楽を流している間に少し打ち合わせ、そのままオンエアです。冷汗ものの20分間。途中、音楽と交通情報の間には、こちらの緊張をほぐすかのように少しパーソナルな話題をあえてお聞きになります。妙齢のキャリアウーマンでした。

オンエアの後、記念撮影。スタッフの方も一緒に1枚。ミツミさんが手にしているのは来年開催される全国植樹祭のキャラクターで、私が手にしているのは番組中にも味見をした秦野の名水です。

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オンエアが終わって気が楽になり、制作室の風景をパチリ。

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ランドマークタワーの10階からはヨコハマ港が見えました。帰りは崎陽軒のシュウマイをお土産に夕闇迫る丹沢の麓に帰りました。

翌日朝にはFMヨコハマのホームページにそのときの写真がアップされ、夢工房のホームページがリンクされていました。ミツミさん、スタッフのみなさん、ありがとうございました。

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雨岳文庫でソバの刈り取りと紫芋の掘り取り

10月31日(土)は、収穫日和。NPO法人自然塾丹沢ドン会は伊勢原の雨岳文庫の隣の畑をお借りしています。ソバ担当の水田さんを中心に栽培している秋ソバの刈り取り作業に参加しました。

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ソバの刈り取り作業が終わった畑です。遠くに大山が見えています。

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ソバの実は雨岳文庫の作業小屋をお借りして乾燥させ、1週間後には足こぎの脱穀機で脱粒作業を行います。

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雨岳文庫の茶畑のお茶の花と、カラスウリの赤い実です。

つづいてサツマイモの掘り取りです。紫芋とベニアズマの2種類をドン会の斎藤さんが中心になって栽培しました。

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20キロほどの袋に4つ。大収穫に笑顔がこぼれます。雨岳文庫へのお礼と、名古木の棚田に運びます。少し小分けにして参加者は持ち帰りのお土産に。どんな料理やお菓子になるのるか楽しみです。

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秦野の鹿鳴館再建の会の揮毫

「秦野の鹿鳴館(旧梅原家洋館)再建の会」の揮毫ができました。

11月3日(火・祝日)、秦野市の水無川沿い・中央運動公園で開催される「市民の日」に「再建の会」ではテントを1つ借りて、市民への情報発信活動を行います。つづく11月7日(土)午後、ジャスコ秦野店で開催する「秦野の鹿鳴館再建コンサート」会場でも、演奏・歌・踊りを上演しながら同様の活動を予定しています。

両日とも会場に掲げる横長の揮毫です。再建の会のメンバーの知人の市内在住の書家に書いていただきました。シンプルで力強い書は「再建の会」の存在を大勢の人に印象付けることでしょう。

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さまざまな個性と才能を出し合い、2つのイベントの準備は順調に進みました。当日が楽しみです。

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ともに生きるグループホーム研究会

2か月に1度、秦野市東田原のNPO法人みきフレンド・あふりで、「ともに生きるグループホーム」の研究会が開かれています。先週開かれた研究会に私は少し遅れて参加しました。秋晴れの空の下、この日は庭先にテーブルと椅子を出して野外ミーティングです。

研究会のテーマは、高齢者と、さまざまな障がいを持つ子どもたちが一緒に暮らせるグループホームをこの地域で立ち上げようと、具体的な課題を乗り越えるために知恵を出し合っているのです。みきフレンドのリーフレットにはつぎのようにメッセージが書かれています。

「知的障がいを持つ人たちと認知症の方が共にケアされ、障がい者はワーカーとして働くこともできる・・・こんなホームを創りたい」

みきフレンドの発起人であった小森谷君江さんご夫妻、その長男で現理事長の小森谷健兒さん、初代理事長の横溝洋子さん、NPO法人耐震協議会理事長で「心の唄」を歌い続ける木谷正道さんはじめ、福祉・介護・障がい者教育に携わっている現場の方々や、その家族たちが三々五々集い、悩みを共有し、想いと人を結んでいます。

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9月22日には新宿文化センターで、「心の唄’09~沖縄・共に生きる~」が開催されました。木谷さんのギター&ハーモニカーの弾き語りがあり、小森谷君江さんもゲスト出演されました。残念ながらほかの行事と重なり私は参加できませんでしたが・・・。

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この日、研究会に新しく参加された方がいました。群馬県企業局に在籍しながら、上智大学大学院で社会学を専攻している山本馨さんです。野外ミーティングで隣の席に座りって自己紹介をすると、「夢工房のグログを拝見しています」と一言。この日もギターを抱え、「あふり」に入所のみなさんと歌を歌いながら楽しいひと時を過ごされたといいます。

福祉の現場、人びとの声、理念・仕組みをつなぐキーマンとなって欲しいものです。

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上野・精養軒で『元気に百歳』出版記念会

10月10日(土)、上野・精養軒で『元気に百歳』№10の出版記念会が開催されました。地下鉄銀座線「上野」駅下車、上野公園内を少し歩くと会場です。

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精養軒に入るのはこの日が初めて。受付では、2人の女性編集委員がにこやかな笑顔でお出迎え。「元気に百歳」クラブ代表の和田譲次さん、副代表の中村誠さん、編集長の藤田賢吾さんはじめ、これまでの例会でお目にかかった方々とまずは「おめでとうございます」とごあいさつ。

お名前と顔写真とお書きになった原稿で私にとってお馴染みの方々も多数おいででした。今回の第10号の寄稿は、特別寄稿者やゲスト寄稿者、会員の寄稿者、総数77名にのぼりました。これまでで最多です。

会場は180名余りの参加者の熱気であふれ、代表の和田さんは「100歳以上の方は全国で3万人以上、10月10日を百歳の日として『元気に百歳』クラブから世の中に発信しましょう」とあいさつされました。

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最初に、ペギー葉山さんのコンサートです。歌手生活57年のペギー葉山さん、軽妙な語りを交えながら「トップオブザワールド」「学生時代」「ケセラセラ」「南国土佐を後にして」「テネシーワルツ」「百まで生きましょう」「愛の賛歌」「神様がくれた愛の道」など全14曲をのびやかに歌い上げました。

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主催者から花束の贈呈です。

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『元気に百歳』№10の編集長・藤田さんのあいさつです。森田多加子さん、山本昌子さんの2人の編集委員の奮闘振りをご披露し、併せて夢工房の私についても身に余る紹介をしていただきました。

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この続きは改めてレポートします。

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「鞆の浦の景観」は国民の財産です

10月1日(木)の「朝日新聞」夕刊と、翌2日(金)の「朝日新聞」朝刊に、広島県福山市の鞆の浦の埋め立て・架橋計画についての広島地方裁判所の判決が大きく取り上げられました。

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宮崎駿監督のアニメ映画「崖の上のポニョ」の舞台とされている鞆の浦へは、連れ合いと2人で行ったことがあります。私たちの結婚30年を記念して娘2人が四国旅行をプレゼントしてくれました。7年前の9月下旬、印象深くこの地を歩いたことを思い出しました。

判決の内容は、「景観は国民の財産であり、鞆の浦の埋め立てを認めない」というものです。これまでの景観権についての司法の判断に新しい流れをかたちづくる画期的なものだと新聞は報じています。

2005年冬、「崖の上のポニョ」の構想を、この地に2か月滞在して練ったという宮崎監督。眼下に広がる瀬戸内海や風情を残す街並みのゆるやかな時間の流れのなかで、登場人物(?)が生き生きと動き始めたのでしょう。

箱モノ・コンクリートのまちづくりから、「人が第一のまちづくり」へどのように変化を遂げるのでしょうか。「チェンジ」とともに、地域・時間を越えて変えてはいけない宝ものがあることを痛感します。

鞆の浦の人たちの新たな挑戦にエールを送りたいと思います。

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神奈川新聞に『西さがみ女性の歴史』「堀の郷見て歩き」の記事が掲載

10月4日(日)の『神奈川新聞』の読書欄と地域版に、夢工房の仕事と私がかかわる市民活動の記事が2件掲載されました。

一つは服藤早苗・宇佐美ミサ子著の『西さがみ女性の歴史―原始古代から現代へ―』(2009年5月・夢工房刊、定価1890円)が、読書欄の「かながわの本」コーナーで紹介されました。

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記者は本書を熟読、つぎのように紹介してくれています。

「郷土に引き付け、多彩な人々の声を拾い上げた読み物になっている。・・・ページからわいてくるおびただしい生活者の肉声は、歴史のほんとうの面白さを教えてくれる。・・・

この通史を読んで感じるのは太古以来、女性はずっと管理されてきたのだな、という素朴な思いである」

もう一つは、「市民がつくる秦野のまち」と秦野市が10月3日(土)に共催した「秦野の近代たてもの見て歩き―堀の郷のたばこ農家をめぐる」の探訪記事です。

この「見て歩き」には残念ながら私は参加できませんでした。1週間前に「秦野たばこ祭」が開催された秦野市、その余韻の残る大倉・堀山下・堀西など「堀の郷」の地域は、水無川の西側に位置、豊かな農地として知られ、約350年前に甲州(現在の山梨県)方面から人々が移住、開かれたといいます。

「タバコ農家だった家々を巡り、秦野の原風景を体験しようというイベント」(記事)で、この日巡った旧タバコ耕作農家は7軒、新東名高速道路の建設により、取り壊される予定の農家の建物もありました。

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地域ごとにテーマを決めて実施している秦野市内の「近代建物を見て歩き」も10回を超えました。地域を歩き、そこに暮らしを営む人々の生活文化を五感で感じるこの催し、秦野の宝物をつぎの世代に伝えるためにも続けて行きたいものです。

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茅ヶ崎長谷川書店ネスパ店でブックフェアと本づくりセミナー

9月24日から10月18日まで、長谷川書店ネスパ茅ヶ崎店で開催中の「神奈川の自費出版フェフェア」に行ってきました。夢工房・神奈川新聞社出版部・まつ出版・蒼天社・武田出版・ホンゴー出版・湘南社の神奈川県内7社で構成する「神奈川自費出版の会」の企画です。

10月3日(土)は、午後から「あなたも自己表現しませんか!」という本づくりの講演会・セミナーが開かれ、私も参加しました。この日の講師は「神奈川自費出版の会」の加盟社でもあり、60歳からの知恵と体験交流誌『さすが&されど』の編集長でもある池田忍さん。

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この日のテーマは「『大船』という街の現代史」。大船駅近くの丘に立つ大船観音像の由来、アメリカ・ザリガニがどのようにして日本に渡来したか、大船撮影所の盛衰など、大船という街ににまつわる現代史について、自社で出版した本とのかかわりをトークしました。

2人目の講師は布施克彦さん。この日のテーマは「本づくりで楽しむセカンドライフ」。布施さんは、NPO法人国際社会貢献センターコーディネーターであり、これまで多数の著作を世に問うている著作者でもあります。

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じつは布施さんとは、インターネット新聞「オーマイニュース」主催の座談会でご一緒したことがあります。共通の知り合いである元毎日新聞編集委員の本間俊典さんを介して、「団塊世代の生き方、暮らし方」について、もう1人を加えた3人による侃侃諤諤の会が2年ほど前にありました。

この日、布施さんは、自らの体験をふまえて、「団塊世代のこれまでの人生と特徴」を、戦後の日本を丸ごと生きた世代であり、新旧の価値観にまたがり、両方を理解できる世代であると定義しました。高度成長を支え謳歌し、バブル崩壊後の辛酸を味わい、いままでの「人生は1勝1敗」。

団塊世代の定年退職後の「セカンドライフ」はこれから到来する。本格的高齢社会をつくる最初の世代であり、その圧倒的な数とIT化が、団塊世代の生き方、暮らし方を方向付けると話しました。これからのセカンドライフを自分らしく生き抜くことで「2勝1敗の人生」にしようと提言しました。

布施さんは、「大勢の同世代人と同じような人生はつまらない」と40代で考え、50代半ばで早期退職。著作者の道を歩み始めました。最初に手がけた本は自費出版の本。これまでに『54歳引退論』『24時間戦いました』(以上ちくま新書)、『男なら、一人旅。』(PHP新書)など多数の著作があります。

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1階のブックフェア会場では「似顔絵コーナー」で漫画家の岡崎忠英さん、和田佳以さんのお2人が、1枚1000円で似顔絵を描いていました。布施さんもいつの間にか和田さんの前に引き込まれています。

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3割り増しにいい男に描いてもらったそうですが、代金はそのまま。夕闇迫るころ、茅ヶ崎駅近くの居酒屋「いち」で少し喉を潤しました。

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「秦野たばこ祭」市内中学校美術部員制作の「らんたん」に遭遇

9月26日(土)、27日(日)の2日間、第62回「秦野たばこ祭」が開催されました。「たばこ」を冠にした全国唯一の祭です。タバコの害が喧伝され、神奈川県では受動喫煙防止条例が施行されているのに、なぜ「たばこ祭なの・・・」と言う声は多いようです。

古谷義幸秦野市長は、開催のあいさつの中で次のように述べています。

「秦野のたばこ耕作は、昭和59年に終焉を迎えましたが、300年を超える歴史のもとで、先人たちは、知恵を結集し、幾多の困難を乗り越えながら、常に技術革新に取り組んでまいりました。

こうした先人たちの『ものづくりへの情熱』と『進取の気質』は、今もなお、たばこ祭とともに、私たち市民の心の中に受け継がれています」

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俳優の苅谷俊介さんやロックシンガーの白井貴子さんが、来年、秦野で開催される「全国植樹祭」の普及・啓発のための「全国植樹祭広場」に出演しました。と言っても私がその催しに参加したわけではありません。全戸に配布された祭のリーフレットの催し物情報です。

27日の夕方、連れ合いと散歩がてら、たばこ祭の会場近くの「本町四ツ角」周辺を歩きました。当日のプログラムを確認して出かけたわけではありませんが、偶然にも市内各中学校美術部員などによる「らんたん」に出会いました。

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市内には、鶴巻・大根・本町・南・南が丘・東・北・西・渋沢中の9つの中学校があります。中学生たちは、思い思いに「らんたん」のテーマを決めていました。中には、プロはだしの絵もあり、見ごたえがありました。浴衣姿で自分たちが制作した「らんたん」を引く中学生たち、このようなかたちで地域の祭に参加するのもいいものですね。

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「らんたん」の通る沿道では、中華料理店のご主人がメン作りのパフォーマンスをやっていました。

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歩行者天国は人でいっぱい。

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7時30分から「弘法の火祭」が開催されるのですが、水無川河川敷の会場の前を残念ながら私たちは通り過ぎ、踏切の近くの「パンのくま小屋」さんの近所で評判のパンを買い求めて帰りました。ご主人に店の名前の由来を聞くと、こう答えてくれました。

「よく聞かれるんですよ。私が熊に似ているとみなさんが言うので、いっそのこと店の名前にしちゃいました!」

「そうなんですか。でも、親しみがあっていいですね!」と私は思わずご主人の顔を見てしまいましたが、頭巾とマスクでよく分かりません。

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大きな体で、美味しいパンを手づくりしているご主人は、きっと優しい熊さんなのでしょう。少しずつお店のファンも増えているようで、頼もしい限りです。

その後、2階の窓からは、権現山山頂から打ち上げられる花火を堪能しました。

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「秦野の鹿鳴館」再建提案をタウンニュースに

2009年1月から、「秦野の鹿鳴館―旧梅原家洋館」の再建に向けてさまざまな活動を行ってきました。多くの市民に、秦野の鹿鳴館再建運動の意味や内容を知ってもらうために、地元の情報紙「タウンニュース」社の曽我支社長にお願いして、1か月に2回、紙面を提供していただきました。

これまでに900字程度の文章と1枚の写真で構成する連載は19回。その内容は多岐に渡ります。11年前の多くの市民に支えれれた旧梅原家洋館の保存運動について、洋館が建てられた時代の秦野の風景、当時の経済・政治情勢、梅原修平とは、梅原家にまつわる市民の思い出などを「洋館再建の会事務局」メンバー、市民の寄稿などにより書き継いできました。

最近は、洋館再建に向けた提案を連続で掲載させていただきました。

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再建提案の第1回は、「湧水と桜の里へ」。秦野駅近くの今泉桜公園への再建案を「再建の会」事務局代表の福田省三さんが担当しました。

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第2回は、東地区「蓑毛・緑水庵の周辺へ」の再建提案を、「再建の会」事務局の田代茂洋さんが担当しました。

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第3回は、「本町四ツ角に『通り公園』と洋館を」と題して「再建の会」事務局の久保寺敏郎さんが担当ました。

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第4回は「水無川『風の道』をふるさと歴史体験ゾーンに」と題して「再建の会」事務局代表の福田省三が2回目の登場です。

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そして、再建提案の第5回は、9月26日(土)発行の「タウンニュース」に、「田原ふるさと公園を『食と農とアートの里』に」と題して私が書きました。

これら5つの再建提案は、あくまで多くの市民に関心を持ってもらい、それぞれの地域のまちづくりに「秦野の鹿鳴館」の再建を一つの具体的な活用例として位置づけてもらうためのきっかけ作りでもあります。これからさまざまな議論が沸騰することを期待したいと思っています。

次回は、他市の再建の具体的な事例を参考にしながら、再建後にどのように活用したらよいのか、ハード・ソフトの企画・運営を見据えた提案をする予定です。

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政権交代で「何も変わらない?」はずはありません!

日本の政治が、民主党と社民党・国民新党の3党連立政権に変わって10日間がたちました。その間、私たちの暮らしは、これまでと余り変わらないように淡々と続いています。

しかし、意識の上では、大きな変化があったように感じます。何よりも一人一人の投票という実際の行動によって、政権交代を果たしたという実感があります。自分たちの暮らしを、とりあえず、よりましな政権に委ねて立て直そうとしたのです。

マスコミは、「最初の100日が勝負」だと書き立てます。選挙の洗礼を受け、内閣支持率の高い間に、マニュフェストでうたった政策を実施に移し、「政権が変わって、こうも違った」というところを具体的にアピールするする必要がある、というのでしょう。

たとえば、公共事業の見直しについて。国土交通省の前原誠司・新大臣は就任早々、八ツ場ダムの建設中止を明言しました。シルバーウイークの最終日に現地に入り、地元自治体や住民との対話を試みました。

この夏、帰省の途中、私もこの現場付近を通りました。テレビでたびたび映像として流されている天を衝くような工事中の橋脚です。

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その後も、前原大臣は熊本県の川辺川ダムの予定地を視察しています。9月27日付の朝日新聞1面トップには「ダム中止補償に新法」とゴシック体の活字が躍っています。

これまでの長期政権の時代には考えられもしなかった新しい手法とメッセージが政権交代11目にして早くも私たちに強く印象付けられ始めています。

もちろん、言葉やメッセージだけで終わってしまっては政権交代の意味はありません。4年をまたずして次なる政権交代へと取って代わられるのが落ちです。プロの官僚、行政マン・ウーマンの底力を引き出しつつ、新しい政策を実施し、ほんとうの意味で私たちの暮らしの底上げを実現して欲しいものです。

そのために、私たちは新政権が選挙の際にうたった「マニュフェスト」の内容を改めて吟味する必要があるのではないでしょうか。「マニュフェスト」の内容が真の意味でよい方向に変化するのであれば、政治的解決策としてはプラスだと思います。現実政治の中で、「マニュフェスト」の進化は不可欠です。

字面の変化をあげつらってばかりでは、3党連立という政権交代のチェック機能の効果も半減します。これまで政府から出ることもなかったさまざまな情報が政権交代によって日の目を見ることになります。それらの情報の意味と価値をどのように私たちに伝えてくれるのか、新聞・テレビなどマスコミの果たす役割はこれまで以上に重要です。

それにしても、八ツ場ダムの本体事業の中止に際しては、関連自治体がこれまで負担してきた拠出金の行えが問題になっています。当然、各自治体に返還されるべきものだと思います。しかし、返還後にそれぞれの自治体が、その返還された税金をどのように使うかが問題です。

各自治体の政策立案能力が試されます。真の意味での地方の自立、地方分権につなげて欲しいものです。

「チェンジ」を「チャレンジ」するのは、政党・官僚・地方の政治にかかわる人たちはもちろん、何よりも私たちの意識と行動がそれを支えるのではないでしょうか。

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田んぼの生き物・名古木の秋

先日、NPO法人自然塾丹沢ドン会の名古木の棚田の稲刈りをレポートしましたが、作業をやりながら目の前を行き交うさまざまな生き物たちが目に入りました。

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私たちの棚田の小川の向こうの田んぼでは、慣行農法で行われている「中干し」と言われる水抜きをやりません。水をはったままで稲刈りをしました。田んぼの中で作業する私たちの水音に驚き、生き物たちが顔を出します。

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クモの糸に絡めとられたイナゴも。

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タイコウチやサワガニも。

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小さなカエルもいます。

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子どもたちの目が輝き、大人たちに笑顔が戻ります。

棚田に水を引き米づくりをすることで、生き物たちが帰ってきました。里地・里山に人の手が入ることで、かつて当たり前のように生息していたさまざまな生き物たちが、いま名古木の棚田で飛び回っています。

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名古木の棚田で稲刈り

9月19日(土)、秦野市名古木の棚田で、NPO法人自然塾丹沢ドン会の2009年第6回「丹沢自然塾」が開かれました。この日はたわわに稔った棚田の稲刈りです。

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稲刈りの前にひと仕事用意されていました。

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1週間前に刈って天日干ししていた稲の脱穀です。割り箸を使って手作業です。

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フォルクローレの木下尊惇さんご夫妻の手つきは中々なもの。

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親子連れも加わりました。

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最後はみんなで車座になって手作業です。

まず、米づくり担当の金田さんからこの日の作業の説明。

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この日の参加者は70名余り。親子連れ、夫婦連れ、若者たち、シニアと、多彩なメンバーです。

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ヒガンバナも棚田に似合います。いよいよ稲刈りです。

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子どもたちも一生懸命。

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竹で作ったハザに掛けて天日で干します。

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棚田担当の田部井さんはお手のもの。

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この日の作業は終了。

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持ち寄りの一品料理の数々。いつものようにトン汁もドン会の女性陣が用意しました。

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手前は、秦野名産「うでピー」。

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美味しい梨をありがとう!

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今朝、手作業で脱穀した米は、JAはだので精米し、釜で炊き上げ、参加者が少しずつ食べました。美味い!

2週間後には脱穀作業です。そして11月29日(日)には、ドン会の収穫祭が開かれます。お楽しみに!

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我が家の庭に秋の訪れ

9月19日(土)朝、2階の窓を開けるとかすかにキンモクセイの香りが漂ってきました。多少のずれはあっても自然の刻む季節の時計に驚かされます。

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庭に出てみるとシュウメイギクの白い花が咲き始めています。

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ホトトギスの花も負けてはいません。

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フヨウの花です。

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ジュズダマの実が色づいています。

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アカミズヒキです。

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サンショウの実はハトが啄みました。

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ミカンも色づき始めています。我が家の庭に秋の訪れです。

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『丹沢の文学往還記』神奈川新聞読書欄に

9月13日(日)の9「神奈川新聞」文化欄に山田吉郎著『丹沢の文学往還記』が取り上げられました。

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記者は本文をじっくり読み、「富士を背負うようにして横たわる丹沢山塊は、われわれ県民には親密な生活風景である。その山麓に生まれ、暮らす著者の文学、歴史論集である」と書き出しています。

著者の山田吉郎さんは現在鶴見大学短期大学部の教授。丹沢の文学・歴史の語り部たらんとして文学研究や児童文学の創作に取り組んでいます。

著者の生まれ在所にある源実朝御首塚や波多野氏ゆかりの金剛寺は、丹沢・大山の山ろくにあります。変わらぬ自然の姿が横たわっています。

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のどかな田園風景の中に鎌倉3代将軍で歌人の源実朝御首塚があり、中世に活躍した波多野氏の居館跡と目される「田原中丸遺跡」が大地の中に眠っています。付近は「田原ふるさと公園」として市民のいこいの場になっています。

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歴史や文学のその場に著者は身を置き、時空を超えて追体験する中から生まれた本です。B6判、並製本カバー装、本文294ページ、定価1890円。

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フジテレビ「森のささやき」名古木の棚田を2週連続放映

9月8日、15日の火曜日夜、NPO法人自然塾丹沢ドン会が米づくりを行っている名古木の棚田の風景が2週連続放映されました。

その中に一部、一つ北の沢筋で地元の農家や、東海大学自然環境課程室田ゼミの学生たちが取り組んでいる棚田の風景も取り込まれていました。

第1週は「美しき里山の物語」、昨夜の第2週は「森と水と稲穂の物語」。

見慣れているはずの棚田の風景が、田中好子さんの静かな語りと、プロデューサーやカメラマンなどプロの手にかかり、メッセージ豊かな映像に仕上がりました。

地元「タウンニュース」の紙面(9月12日発行)や秦野市観光協会のホームページでも取り上げていただきました。

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その名古木の棚田は、今週土曜日(19日)がドン会の稲刈りです。

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9月10日発行の『ドン会ニュース』№10は、「ドキュメント 稲ができるまで」と、たわわに稔った田んぼの稲を写真をかかげ、稲刈りへの参加を呼びかけています。

また、先日実施した生き物観察会の報告の中で、広報担当の金田克彦さんは次のように書いています。

「私たちの棚田の米づくり活動によって保たれている水辺や光の空間があるからこそ、生き物が生き続けられる、それを実感した1日でした」

棚田で稲刈りをしてみませんか?

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『元気に百歳』10周年記念号、発刊まぢか

「元気に百歳」クラブは、2000年はじめに発足してから足かけ10年、全国各地で仕事やボランティアに励み、趣味に暮らす60歳前後の男女から90歳、100歳代の元気なシニアおよそ300名からなるグループです。

クラブ誌『元気に百歳』は、毎年10月10日が発行日。「10周年記念号」が、藤田賢吾・新編集長のもとに編集作業を重ねて最終校正を終え、ようやく発刊の目処がたちました。

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聖路加病院理事長の日野原重明さんには、このクラブ誌が「長寿者の新しい生き方ガイドに!」なるようにと、今回も巻頭言をお寄せいただきました。

腰帯には「元気でポジティブな人生の達人たちがつづる感動と勇気を伝える1冊」と書き込まれました。今回の寄稿者は77名、それぞれの人生を語るメッセージが込められています。

日野原さんの他にも、特別寄稿として歌手・ペギー葉山さんの「歌の力を信じて」、ゲスト寄稿として女優・岩崎加根子さんの「妙高高原 幾星霜」、順天堂大学教授・白澤卓二さんの「『前向きな気持ち』が新しい脳細胞を生む」など、10周年を飾る原稿が寄せられました。

夢工房は『元気に百歳』第6号からお手伝いをさせていただいています。「文は人なり」と言います。書き込まれた内容、出版記念会でお会いする執筆者の人となり、人生の達人たちから、編集者としての私もさまざまな刺激とエネルギーをいただいています。

クラブ誌のサブタイトルには「元気が最高のボランティア」とあります。生きがいづくりや健康づくり、自らの人生に重ね合わせた、さまざまなヒントが散りばめられています。ご一読ください。A5判332ページ、定価1260円。

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ジュンク堂書店藤沢店で「首都懇出版人懇談会」ブックフェア開催中

9月1日から始まった首都圏出版人懇談会・地方出版主流通センター主催のブックフェア「人と、地域とつながる出版者たち」が、藤沢駅徒歩1分のジュンク堂書店藤沢店で開催中。

今日は、「首都懇」の役員会を兼ねて現地で、さきたま出版会・星野和央さん、地方・小出版流通センター川上賢一さん、歴史春秋社・阿部隆一さん、幹書房・関泰邦さん、随想舎・卯木伸男さん、それに夢工房の片桐の6人が集まりました。

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約1000冊のこだわりの本が、ところ狭しと並べられています。すでに神奈川新聞の情報欄で取り上げられました。神奈川新聞の湘南総局長の取材も済んでいます。もうすぐ紙面に紹介されることと思います。

ジュンク堂の八木店長と、しばし懇談。日々の販売状況が一覧できるデータが用意されていました。もう少し頑張らないと!

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神奈川県内の版元はこんなふうに紹介されています。編集者がどんな思いで本づくりに取り組んでいるかが伝わってきます。

会期は9月末日まで。是非お出かけください。

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「西巻一彦 石刻展―お伽草子―」今日からギャラリー「ぜん」で

彫刻家の西巻一彦さんの個展が、今日から「秦野日赤」近くのギャラリー「ぜん」で開催されます。テーマは「西巻一彦 石刻展―お伽草子―」、会期は9月21日まで。

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小田急線秦野駅から徒歩15分、「秦野日赤病院」近くの十全堂薬局2階のギャラリー「ぜん」が会場です。案内状に西巻さんはこんなメッセージを書いています。

「幼き日の純粋な心 自然を自分の中にたくさん詰め込んで遊んだ日々。何もかも、驚き、楽しさに満ちあふれていた頃。そんな心を私は持ち続けたい」

作品そのままの少年のこころが伝わってきます。

西巻さんとは20年近いお付き合い。岡進・作『森の動物たちの反乱 ドンドンが怒った』(1991年11月発行、夢工房)の挿絵を描いていただいたのが最初です。

以来、「丹沢ドン会」の設立、丹沢の自然と私たちの暮らしを考える「丹沢シンポジウム」の開催や棚田の復元活動など、丹沢山ろくにおける市民活動の変わらぬ仲間です。

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A5判160ページの大人の童話に、白黒20点、カラー6点の絵を描いてもらいました。そのうちの1点がこれです。

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物語は、カラスのドンドンなど、丹沢のふもとの動物たちが、人間たちの開発や身勝手に戦いを挑む話です。

3年後の1994年10月には続編を発行しました。『森の動物たちの反乱Ⅱ ドンドンのフンババ大作戦』。同じく岡進 作・西巻一彦 絵です。

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全国の公募展で数々の賞を得ている西巻さん。先日立ち寄った「大地の芸術祭 妻有アートトリエンナーレ」が開催されている十日町市にも西巻さんの作品は設置されています。秦野日赤病院の中庭に設置されている「母と子」の大きな石像は、ほのぼのとした癒しの空間をかたちづくっています。

丹沢の自然との対話を続けることで旺盛な創作意欲を得て西巻さんは、さらに高く、深く、自らの世界を創り出していくことでしょう。

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「カイサクさん」こと丹沢の番人・渋谷書策さん逝く

1992年の11月27日(金)の夜、丹沢山ろく・秦野駅前「なでしこ会館」の大会議室は熱気にあふれていました。「丹沢の自然と私たちの暮らし」について市民グループが企画した初めての「’92丹沢シンポジウム」が開かれました。

主催したのは、その年の3月に発足したばかりの「丹沢ドン会」。神奈川県内のさまざまな自然保護グループ、登山愛好者、行政マン、マスコミ関係者など160名余りが参加しました。

この日のシンポジウムのテーマは「山小屋の主人たちと語る」。9人のパネリストの一人として「カイサクさん」こと渋谷書策さんに声を掛けました。

朴訥とした語り口に丹沢の自然を見つめつづけている頑なさがうかがえました。カイサクさんは、「大気汚染によって丹沢の自然がおかしくなっている」と訴えました。

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このときのシンポジウムの内容は『丹沢があぶない!』というブックレットにまとめ、夢工房から発行(1993年4月1日)しました。

シンポジウムでの出会いがご縁で、表尾根の「カイサク小屋」にその後、何度となく登りました。カウンター越しにタバコをくゆらせながら、ゆっくりとコーヒーを淹れるカイサクさんは、シンポジウムのときに見せた厳しい顔とはまるで違っていました。山の上では、はにかむようなとびっきりの笑顔でした。

カイサクさんは、「丹沢緑の基金」の呼びかけ人となり、多勢のファンに支えられて裸地化した登山道に雑草の種を播くボランティア活動をつづけました。

数年後にもう一度、シンポジウのパネリストをお願いしたことがありました。ところが当日、カイサクさんはとうとう会場にはお見えになりませんでした。今のように、いつでも、どこでもつながる携帯電話があるわけでなし、連絡は取れませんでした。

「山から下りると、もう2度と小屋には戻れない・・・」と思ったのでしょうか。下界のさまざまなしがらみを突き抜けた「丹沢の番人」としてのカイサクさんの意志を見た思いがしました。

パネリストの一人、佐藤進さんはすでになく、いままた渋谷書策さんがこの夏、93歳でなくなられました。

神奈川新聞の「照明灯」子は、2009年8月21日の同欄に記しました。

「『つまんないことで悩んでいるんだね』。山小屋で書策さんはよく話した。下界の些細な心配を吹き飛ばしてくれた。丹沢の名物親父に感謝」

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「丹沢心のボランティアの会」代表の田中茂さんは、情報誌『タウンニュース』秦野版(9月5日)に「渋谷書策さんを悼む」の一文を寄せました。

「『おれは小屋番ではなく、山番だよ』・・・。五十有余年を丹沢とともに歩んできた書策さんが漏らした沈痛な言葉は、丹沢再生への力となり、多くの人たちの心の道標となっている」

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「丹沢の土に帰り、風となって舞う」カイサクさん、安らかに!

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秦野市名古木の棚田で自然観察会

9月5日(土)、ドン会のフィールドである秦野市名古木の棚田で、NPO法人神奈川県自然保護協会主催の自然観察会を開きました。この日のテーマは「丹沢山ろく復元棚田の生き物観察会」です。

小田急線秦野駅に9時に集合、蓑毛行きバスに乗車、「上原入口」バス停で下車、そこから歩きました。

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名古木の里山の向こうに大山が顔を出しています。

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この日の棚田です。稲穂は黄色く色づいています。2週間後には稲刈りの予定です。

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自然保護協会青砥副理事長のごあいさつです。

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この日の講師・東海大学自然環境課程准教授の北野忠さんと、北野ゼミの学生たち。

まず、棚田の間を流れる小川で生き物たちの採取。

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大の大人がこども時代に帰ります。

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牧さんご夫婦です。

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色んな水生生物が生息しています。

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田んぼにはイナゴやバッタが大量にに飛び交っています。

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頭を垂れる稲穂です。

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空高くノスリが舞います。

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この日の成果を確認します。

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北野先生はアカハライモリをいとおしむように手にされました。両生類のアカハライモリは、小さいときは山にいて、大きくなって田んぼに来るというのですが、その生態は分からないことが多いそうです。

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ホトケドジョウやさまざまなトンボのヤゴ。

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この日確認できたトンボのヤゴは、オニヤンマ、サナエトンボの仲間、ギンヤンマ、シオカラトンボ、アカネトンボ、ウスバキトンボ、カワトンボ。標本でトンボの姿を説明されました。

5年前には確認できたシマゲンゴロウは、その後未確認、クナシリシジミガムシは昨年再発見できたなど、名古木の棚田を定点観測することで、里地・里山の自然の変化を知ることができます。

北野先生によれば、名古木の自然度は、神奈川県下でもトップクラス。人の手が入り、柵田という水辺環境を保つことことが、生き物たちの生息環境の維持に役立っているのです。

かつて当たり前に里地・里山にいた生き物たちが、人間の開発や、農業の衰退によってどんどんなくなっている現状の中で、名古木には当たり前のように生息していることが重要だと言われます。

NPO法人自然塾丹沢ドン会の活動が改めて評価された思いで、メンバーには大いに励みになりました。

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ドン会の女性陣が美味しいトン汁を作ってくれました。

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昼食をとりながら40人近い参加者一人ひとりにこの日の感想と自然へのメッセージを語っていただきました。

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NPO法人自然塾丹沢ドン会理事長の小川さんも、伊勢原雨岳文庫のそばの土寄せ作業を終えて駆けつけ、「この豊かな自然を次の世代に引き継ぎましょう」と学生たちへの期待をこめた挨拶を行い、散会となりました。

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「新潟チップス」パッケージの不思議

朝日新聞のコラムに天野祐吉さんの「CM天気図」があります。9月3日(木)は「空気の読み方」でした。先の衆院議員選挙の自民党の大敗について、次のように書いています。

「・・・あれは時代がすっかり変わっているのに、その空気がまるで読めない自民党に対して、あきれた世間がレッドカードを出したんだと思う。・・・」

正にその通りと、毎回、眼から鱗のような切り口の、痛快な社会批評を愛読させていただいています。

今日は、CMではありませんが、我がふるさとの1つの商品のパッケージの不思議について書いてみます。

先日帰省したときに、お茶うけにチップスが出ました。チップスと言えばポテトチップス。色んな味付けの、さまざまなチップスが市場をにぎわせています。

ところが、新潟ならではのこのチップス、「炊き立てご飯の美味しさ100%」「ごはん生まれの新食感チップス!」とうたわれているのです。

米どころ新潟のせんべいは当たり前です。亀田製菓や柿の種は全国区でいまも君臨しています。米の消費拡大のために、米粉を使ったケーキやお菓子を開発するのは結構なこと。パッケージの裏側には、新商品を開発・売り出した高揚感が漂っています。

「炊き立てごはんの美味しさと風味を100%活かすため独自の製法により作った新しいチップスです。この初めての美味しさと食感をぜひご賞味ください」

このチップス、米粉で作られています。独自の製法は、現在「特許出願中」とのことです。民放の朝のテレビ番組に取り上げられたときには、あっという間にスーパーの棚から商品が消えたといいます。

このチップスの商品名は、「越後長岡 新潟チップス うすしお味」。

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まず、「越後長岡 新潟・・・」というネーミングに違和感を感じませんか。越後といえば新潟、その長岡の次にさらに「新潟・・・」と重ねる意味が理解できません。ポテトチップスの向こうを張って米粉のチップスを売り出すのであれば、もっとふさわしい商品名がありはしませんか? と思ってしまいます。

さらに、パッケージの絵には、遠くに山並み、中景に田んぼのハザ木、手前には男1人、女2人の田植えのようすが描かれています。この絵を仔細に見ると、ほんとにそうかいなと思える内容がいくつも描かれているのです。

まず、男女の笠の違いは、歴然としています。男の笠は、もっと急角度の傾斜をしています。女の笠の文様はこんなのあり? という絵柄です。

田んぼの水があんなに多くては、ゴロを押して苗を植える跡が見えません。決定的な誤りは、越後長岡では、前進しながら苗を植えるのですが、描かれているこの絵は、そうは描かれていません。

私がいま住んでいる秦野市では、棚田の復元をして米づくりをしています。最初は、地域の農家の人から田植えの指導をしてもらったのですが、郷に入れば郷に従えで、この地域では越後とは反対に、後退しながら苗を植えるのです。

たかがチップスのパッケージ、されどライス・チップスのパッケージです。

越後長岡で米粉を使って(どこの米粉とは原産地の表示はありませんが)、特許申請しつつ新商品を開発して売り出し、しかも時代を先取りするかのように米の消費拡大に向けて取り組んでいるなかでの、このお粗末さには開いた口がふさがりません。

私が越後長岡の出身で、たまたま田植えの実態を少し知っていて、この絵はおかしい、ということだけでは済まない何かがあると思うのですが・・・。

コピーライターは、単に1行のコピーを書いたのでしょう。イラストレーターは、言われるままに田植えの風景を描いたのでしょう。でも、どこかでプロの仕事からは考えられない、プロらしからぬ結果を世の中に生み出しているのではないかと、わが身を振り返りながら思ってしまいました。

ちなみに、製造者・販売者は、新潟県長岡市の一企業です。味や食感はどうかと言えば、そこそこに美味しいのですから、なおさら残念です。

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湯島・和食処「ふくろう亭」で編集会議

8月29日(日)午後、東京・湯島の和食処「ふくろう亭」で自費出版編集者フォーラムの編集会議が開かれました。何年越しかで準備を進めている『日本自費出版史』の第4部会です。

この日集まったのは、編集者フォーラムの神門代表、「自費出版史」編集長の矢野さん、同副編集長の小島さん、同4部会資料収集委員の野谷さん、伊藤さん、執筆担当の片桐の5人でした。これまでの進み具合の確認と、今後の進め方など具体的な手立てを話し合いました。

野谷さんと伊藤さんは、編集会議の後に所用があって先にお帰りになり、残ったメンバーで喉を潤すことに。

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この夜は、「ふくろう亭」のご亭主である杉見さんは外出で不在でしたが、料理担当の息子さんの魚の煮付けは、骨も食べれるほどに軟らかく煮込まれ、なおかつ程よい味加減でした。ビールで乾杯した後は、日本酒に移りました。

途中、昨年秋のフォーラムの東京研修会でお会いした本開さんが合流。近くに住んでいる矢野さんは、マイグラスならぬ「マイお猪口」で美味しそうに杯を上げています。純米酒の冷や「田酒」をいただき、最後は「真澄」で締めとなりました。

ご安心ください。午前様にならないうちに丹沢のふもとに着きました。

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ジュンク堂書店藤沢店で今日からブックフェア

昨日は、台風の接近による雨の中を藤沢駅近くまで車で行きました。9月1日から始まる首都圏出版人懇談会と地方・小出版流通センター共催のブックフェア「人と、地域とつながる出版者たち」の会場設営・棚ざしのためです。

ブックフェアのポスター・パネル(5枚用意しました)が雨でぬれては大変、また、首都圏出版人懇談会の「共同目録」100冊の持込みがあり、急きょ車で出かけました。

藤沢駅北口徒歩1分の「ビッグカメラ」ビル7・8階が800坪を優に超えるジュンク堂書店藤沢店です。その7階の1コーナーで、首都圏出版人懇談会(加盟社17社)+関東周辺のユニークな出版社の本1000冊を集めたフェアは、9月30日まで開催します。

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開催告知のチラシに私は次のように書き込みました。

「それぞれの地域で、『人と、地域にこだわり、本と読者をつなげる』一人ひとりの出版者・編集者が、さまざまなテーマで編み上げた、かけがえのない本の数々を読者にお届けしています。参加出版者・編集者のプロフィールやアピールをご覧になりながら、地域発の魅力的な『本の森』へお入りください」

フェア会場に着くと、ジュンク堂書店の八木店長が、これまでのフェアの撤収作業中。同じフロアの作業場に案内してもらうと、すでに地方・小出版流通センターの川上さんと門野さん、神奈川新聞社の小曽さんが本出しの作業中でした。

さすがに川上さんの棚差しは手馴れたもの。8本の棚を中央を神奈川県の版元、向かって左を北関東、右を南関東と大雑把に配置。全部の本をとりあえず棚に納めてから、棚ごとに面出し、平積みと、流れるような手さばきです。汗をかきながら2時間ほどかけて会場づくりは終了。

ポスター・パネルと各版元・編集者紹介の掲出は、八木店長にお任せして、雨の中を私の車で近くのファミリーレストランへ移動しました。

藤沢市役所の中にある記者クラブには、行きに立ち寄り、ブックフェア開催の資料を16社分届けました。帰り道には、「タウンニュース社」藤沢支社に立ち寄り、フェアの記事掲載をお願いしました。

藤沢編集室の小島編集長は、「タウンニュース」秦野版のコラム「秦野の鹿鳴館再建に向けて」の連載記事をご存知でした。ブックフェアの取材に行きましょうと、快諾していただきました。

神奈川新聞社の小曽さんは、さっそく情報欄へのブックフェアの記事掲載と、フェア会場の取材の手配をしていただきました。近々紙面を飾ることでしょう。

ちなみに、神奈川県内の今回のフェア参加社は、かまくら春秋社・江ノ電沿線新聞社・230クラブ・夢工房・神奈川新聞社・冬花社の6社です。

どうぞ会場にお出かけください。

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帰省の帰りにちょっと「越後妻有アートトリエンナーレ2009」へ

ふるさとの母が入院し、見舞いに帰省しました。その帰り道、十日町市を中心に開催されている「越後妻有アートトリエンナーレ2009」に立ち寄りました。第4回大地の芸術祭は、2009年7月26日から始まり、9月13日まで。もうすぐ閉幕になります。

『新潟日報』の広告特集には次のような文章が踊っています。

「越後妻有地域の集落や棚田、森の中に点在する感動的なアート。世界最大級の野外芸術祭『大地の芸術祭』が3年ぶりに、さらに大きくなって開催されます。

40の国と地域のアーチィスト達の作品は約370点。同時に地域を元気にするプロジェクトやイベント、ワークショップなども開催され、アートと人、人と人のふれあいが、心を豊かに耕してくれます。

さあ、元気になりに妻有へいらっしゃい。きっとやさしい時間が待っていますよ」

国道17号バイパスを小千谷市まで進み、国道117号で十日町市に入りました。最初の下条インフォメーションセンターで、第4回大地の芸術祭「越後妻有アートマップ」を100円で購入。地図を開いてみてまずビックリ。2000年~2006年に制作された恒久作品を含めて、およそ370点の作品がポイントされています。

帰り道にちょっと寄り道という芸術祭ではないことはあきらかです。とりあえず、国道117号線に点在する作品のうち数か所を現場で体験して後はガイドブックで追体験することにしました。

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会場近くの里山の風景です。青空に千切れ雲が浮かんでいます。

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№19の作品は加治瑞穂さんの「(Re-Analemma)←White hole→」。ガイドブックの作品解説には次のようなコメントが記されています。

「南中した太陽の光がつくる影の軌跡は一年かけて「逆8の字」を大地に描く。太陽と地球の悠久で無限な運動が紡ぎだすこのループは、緯度と経度に規定されたこの地特有のものだ」

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帰りにこのポイントで店番をしていた地元の若者に冷たい麦茶をご馳走になりました。古材を使ったこの小屋は、地域振興の拠点の一つ。雪国の暮らしを伝える民具が展示され、地元産の野菜や産物を販売していました。

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2つ目は、№27、渡辺泰幸さんの作品「風の音」。地元の子どもたちの作品も多数、風に漂い涼やかな音色を響かせていました。

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直径15メートルほどのサークル状に土鈴が吊り下げられています。風は見えないけれど、風鈴の音と、大気の揺らめきでその存在を人間に伝えています。

「山道を登りながら聴こえてくるのは、風の奏でる山の音」とガイドブックにありました。

3つ目の作品は№28、ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラーさんの「ストーム・ルーム」です。

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この建物の2階の1室が作品です。ガイドブックの作品解説です。

「夏の夕立に軒下に駆け込む、そんな経験はあるだろう。しかし、この作品では屋根の下でも安心はできない。窓に雷光、木の影のざわめき。見えないものを見せ、感じさせる嵐を起こす」

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この夏の全国各地の豪雨の被害を思うと複雑な気持ちになった作品でした。

街の通りには、若者たちが作品会場を行き来していました。

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4つ目は№33、田島征三さんの作品「鉢&田島征三・絵本と木の実の美術館」です。ガイドブックの解説です。

「3年前、閉校したときの最後の在校生は3人だった。小学校は絵本美術館として生まれ変わり、彼らは永遠の主人公となってその空間を縦横無尽に飛び回る」

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旧真田小学校は、里山の中腹にあります。

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体育館の作品です。ステージ下のグランドピアノは、製造元の厚意で調律済みで、8月29日には「生きものの目覚め~江尻南美 ピアノリサイタル~」が開かれます。

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教室も廊下も階段も、子どもたちが学び、遊んだ物語が描かれ、いのちが通っています。

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田島征三さんの絵本の数々が展示・販売されていました。

見覚えのある絵本が1冊ありました。我が子どもたちに何十回、何百回となく読み聞かせた『ふきまんぶく』です。子育ての当時は、作者が田島征三さんであるとは認識していませんでした。改めて作者の作品の命の長さを思います。

わずか370分の4の「越後妻有アートトリエンナーレ」でしたが、大地に息づくアートのこころを体験しました。

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「熊田千佳慕展」を見に松屋銀座へ

先日、「熊田千佳慕展」を見に松屋銀座に出かけました。平日にもかかわらず、会場はそれこそ足の踏み場もないほどの盛況振りでした。

プチファーブルとも言われている熊田千佳慕さん。展覧会は8月12日から始まりましたが、そのオープニングを確かめるように翌13日にお亡くなりになられました。会場のパネルには、真新しい紙が貼り込まれ、熊田さんの逝去を告げていました。

享年98歳。買い求めてきた図録『プチファーブル 熊田千佳慕展』(編集・発行 朝日新聞社)には、同い年生まれの日野原重明さんが「命の摂理を描く画家 熊田千佳慕さん」と題した一文を寄せていました。

図録のサブタイトルには「自然は愛するからこそ美しい」とあります。一筆一筆に熊田さんの自然を愛する想いの丈が込められていました。その持続する孤高の意志と生命の横溢を感じたことです。

この図録の制作は、奥付を見ると小田原の文化堂印刷でした。HBP700という高精細な印刷技術は、文化堂印刷独自の開発によるものです。夢工房でも、これまでに浮世絵の出版に際して使わせていただいた技術です。図録の仕上がりもしっかりとしていました。熊田千佳慕さんの原画のすごさを感じさせます。

8月21日の「神奈川新聞」文化欄に、元神奈川県立生命の星・地球博物館学芸部長の高桑正敏さんの追悼原稿が掲載されていました。

合掌。

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神奈川県自然保護協会主催で9月5日に名古木の棚田の自然観察会

8月11日〈火〉夕方、横浜駅西口の県民センターで、神奈川県自然保護協会の理事会が開かれました。このところ行事が重なり月1回の理事会・運営委員会になかなか出席できないでいました。久しぶりに理事・運営委員のみなさんとお会いしました。

神奈川では、水源環境保全再生県民会議において、水源環境保全税に関係して、年間40億円もの事業の企画・実施と、その効果・評価の検証を行っています。本年2月11日には、相模原市で「水源環境保全・再生かながわ県民フォーラム」が開かれ、私も全体会のパネリストの一人として参加しました。

その県民会議の座長を務めておられた横浜国大の金澤史男教授が、先般お亡くなりになりました。大学の講義を終えて廊下に出られたところで倒れられたとお聞きしました。ご冥福をお祈りします。人の命のはかなさを思います。

県民会議の副座長でもある新堀理事長は、その後の県民会議の運営に心を砕いておられるようすが、この日の理事長報告にもうかがえました。

青砥副理事長からは、先に開催された「副知事懇談会」の報告がありました。「生物多様性について」「県内平地・丘陵地の湿地・水辺の現状把握」「箱根・西湘地域の総合調査」「丹沢大山自然再生」についての神奈川県自然保護協会の提案と県の対応について具体的なコメントがありました。

また、今後の行事の一つとして、9月5日〈土〉に、NPO法人自然塾丹沢ドン会のフィールドである秦野市名古木の復元棚田で自然観察会を行います。東海大学の北野准教授を講師に迎えます。定員30名、参加費1人1000円。9時、小田急線秦野駅改札口集合です。観察会の後には、昼食をとりながら、丹沢ドン会との交流会を予定しています。

この日は会議の後、暑気払いとなりました。

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しばし英気を養って夏を乗り切るエネルギーを少しいただきました!?

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ブログを始めてはや1年、人と自然に感謝!

アナログ人間の私は、仕事である夢工房のホームページの更新を下の娘に頼んでやってもらっています。忙しい娘の更新の煩雑さを少しはやわらげたいとブログを始めることにしました。

一大決心をしてテキストを見ながら手続きをしたのが、昨年のお盆休みの8月16日のことです。間もなく1年がたとうとしています。

まずは、来訪していただいているみなさまに感謝、感謝です。「ありがとうございます!」

日々の暮らしの中で起るさまざまな出来事、仕事やNPO・市民活動の中で出会うさまざまな人々、家族や孫の成長など、記録に止めておきたいことは次から次へと湧いてきます。

でもそれらを逐一書くこともできませんし、その必要も意味もありません。これからも折に触れて無理せずのんびりと、一人の編集者・一市民の暮らしと仕事との「はざま」を表現していきたいと思っています。

・・・・・・。

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2階の網戸にセミが止まっています。地中で長い時間を過ごしエネルギーを蓄え、地上に現れてわずか1週間、命を燃焼し尽くすセミの一生。

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久しぶりに青空が広がりました。大山は雲がかかって見えません。

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東田原ふれあい農園の借りている畑では、夏野菜がとれます。ナス、茗荷、シソの葉、しばらく行かないとキュウリはすぐに大きくなります。

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40センチもあるキュウリは、キュウリモミにして美味しくいただきました。

自然の恵みにも感謝です。

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伊勢治書店で服藤早苗さんの講演会

8月8日〈土〉午後、小田原市伊勢治書店・ギャラリー「新九郎」で「第1回 西さがみ女性史講座『前近代』」を伊勢治書店と夢工房の共催で開きました。

この日の講師は埼玉学園大学教授の服藤早苗さん、テーマは「平安時代の女性たち」です。

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伊勢治書店本店店長の石川さんが、この日の進行役を引き受けてくれました。本年5月発刊の『西さがみ女性の歴史―原始・古代から現代へ―』(夢工房刊)の前半の原稿を執筆していただいたのが服藤さんです。

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近世以降を執筆された宇佐美ミサ子さんに服藤さんを紹介していただきました。

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日本古代史・家族史・女性史、女性学が専門の服藤さんには、『平安朝の母と子』『平安朝の女と男』(いずれも中公新書)など、多数の著作があります。また、NHKテレビ「ときめき歴史館・堂々日本史」などにも出演されています。この日は、和泉式部を中心にして、平安時代の女性の結婚・性・家族について話されました。

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40名余りの参加者は予定の2時間が過ぎた後も熱心に耳を傾け、「和泉式部は料理をしたのでしょうか」「相模という女性について・・・」などの質問を服藤さんに投げかけました。

当日は、小田原ケーブルテレビ「いちごチャンネル」のカメラが入り、地元のタウンニュース社の女性記者の取材がありました。

今回の参加者は、「新九郎友の会」のみなさんのお声がかりで広がりました。口コミの強さを実感しました。ありがとうございます。

「第2回 西さがみの女性史講座」は、10月~11月に宇佐美ミサ子さんを講師に開催の予定です。

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地球が怒っている!?

日本列島を襲う、連日の豪雨と地震。何でも「地球温暖化」の影響とかたづけることはできませんが、それにしても自然の営みが、私たちの暮らしに思いもかけないさまざまな影響を与えつづけている、その源に想いを馳せないわけにはいきません。

先日も、ふるさと秋田県で「自然農法」の米づくりを始めているNPO法人自然塾丹沢ドン会のメンバーの工藤誠幸さんから電話がありました。

「今年は、日照時間が不足して米づくりに影響が出そうです。まだ、こちらは梅雨が明けていないんですよ。秋田でも農村と都市を結ぶ色んな取り組みが行われ始めました。一度見に来てください」

自然の成り行きは、長い物差しで見ないと判断を誤るとはよく言われることです。農業は、まさに自然の厳しさや恵みを実感する「なりわい」です。農薬や除草剤を使って、いっとき、手間隙を省き、収穫量を上げても、長い眼で見ると地力を衰えさせ、安全・安心な食べ物づくりからは遠く離れます。

各地で人知れず、こだわりの農業・食べ物づくりに取り組んでいる工藤さんのような人たちはたくさんいることでしょう。その活動を孤立させないための仕組みをどのように作り出したらいいのか、考えあぐねています。

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秦野市名古木の棚田にTV取材の下見に

8月7日〈金〉の午前中、制作会社「共同テレビ」の伊藤ディレクターと倉本さんがやってきました。国道246沿いの「ニトリ」の駐車場で待ち合わせ、直線距離で1キロ足らずのところにある名古木の棚田に案内しました。

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この日は雲の間から真夏の太陽が照りつけ、田んぼのあぜ道を歩くと稲や草の匂いに包まれました。植物たちの日々成長するエネルギーの証なのでしょう。

この間おこなった草刈りから間もないのですが、土手やあぜの草はあっという間に丈が伸びています。私は小田原の「戦争孤児の物語・原画展」で参加できませんでしたが、8月1日、棚田の周囲にシカ・イノシシよけのネットをドン会のメンバーがはりました。

フジテレビの毎週火曜日の夜11時少し前に「森のささやき」という5分間番組があるそうです。共同テレビのお2人は、その企画・制作を担当していて、NPO法人自然塾丹沢ドン会の名古木の棚田復元活動と棚田の風景を取り上げたいとのことでした。

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伊藤さんは、休日には自転車でヤビツ峠まで何回も来ているそうですが、市街地のすぐ近くにあるこの棚田の異空間にびっくりしていました。

地域の人たちの想いによってこれまで伝統的な農村風景が守られてきたこと、ドン会はそこに入らせてもらって、未来の子どもたちに伝えるお手伝いをしていることを話しました。

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上空にはノスリが1羽、風にのって旋回していました。植物連鎖の頂点に立つ猛禽類が生息できる自然がここにはあります。

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稲の花が咲いています。稔りの秋はもうすぐ。9月下旬には稲刈りです。自然との付き合い方、ゆるやかな時間と空間を番組で表現して欲しいものです。

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増田昭一「戦争孤児の物語」原画展 その2

8月1日〈土〉~3日〈月〉に小田原・伊勢治書店で開催した、増田昭一「戦争孤児の物語」原画展の続報です。

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増田昭一さんを取り上げた新聞・雑誌の記事から一部をパネルにして掲げました。

テーブルには、まだインクの匂いのする『戦場のサブちゃんとゴン―満州・磨刀石の戦いを生きた二つの命』〈夢工房〉をはじめとした5冊の書籍を並べ、販売しました。大勢の方に手にとっていただき、お買い求めいただきました。

会場の最初のコーナーは『戦場のサブちゃんとゴン』の原画です。

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次は『来なかったサンタクロース』の原画です。

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その次は、『満州の星くずと散った子供たちの遺書』と『約束』の原画です。

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原画展実行委員会のメンバーでもある「おだわら城北九条の会」が作成したパネルの展示もやりました。

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3日間で、およそ200人の来場者がありました。会場の都合で致し方ないことでしたが、もう少し開催期間を長くしてほしいという要望が寄せられました。これは、原画展が、今回1回限りではないことを予感させられました。もっと多くの大人や子どもたちに見て、感じてもらうための企画を考えたいものです。

短い期間ではありましたが、この原画展が「戦争や平和」について考えるきっかけになったことは、実行委員のメンバーの一人として大いに勇気づけられました。

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夏真っ盛り、セミの声と抜け殻

朝からセミの声が「シャーシャー」と響きます。ビワの木に2匹のセミが・・・。夏、真っ盛りです。

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庭に出てみるとセミの抜け殻が朝の光を浴びて飴色に輝いていました。

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山椒の実が色づきました。

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ミカンの実が少し大きくなりました。

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最近、大はずれの天気予報。

何でも地球温暖化の影響のせいとはかたづけられない、日本の夏です。

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増田昭一「戦争孤児の物語」原画展、終了しました!

8月1日〈土〉~3日〈月〉の3日間開催した、増田昭一さんの「戦争孤児の物語」原画展を無事終えることができました。81歳の増田さん、ほんとうにお疲れさまでした。

地域の文化発信の基地として、会場を快く提供いただいた小田原・伊勢治書店の筒井社長、ギャラリー「新九郎」の企画・運営担当部長の木下さん、実行委員会のメンバーである、おだわら城北九条の会のメンバー、戦時下の小田原地方を記録する会代表の飯田さん、ありがとうございました。

そして何よりも、会場に足を運んでいただいた多勢のみなさんのお陰で、原画展は成立しました。「戦争や平和」について少し立ち止まって考える場と時間を持つことができたように思います。ありがとうございました!

3日間会場に詰めました。受付担当の女性陣に甘えて、私は喫茶コーナーで持ち込んだゲラの校正をしたり、転送された電話が携帯に入ったり、こちらから連絡したりで、まるで夢工房の動く社長室(?)ができたみたいでした。

8月1日は、増田昭一さんが語る「戦争孤児の物語」を開きました。

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私は司会を担当しました。北鎌倉湧水ネットワークの野口稔さんが記録写真のお手伝いをしてくれました。

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増田さんの口からは、満州から生きて日本に帰ることのできなかった孤児たちの慟哭と深い悲しみが語られました。

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海老名芸術プロジェクトの甘利真美さんは「満州の孤児の想い」を歌ってくれました。増田昭一さんの本『満州の星くずと散った子どもたちの遺書』〈夢工房〉の中から村山豊くんの遺書をもとに甘利さんが作詩・作曲しました。

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「僕が生まれかわったら

僕が生まれかわったら 空を飛ぶ大きな鳥になりたい 鳥の中でも白鳥になりたい 家族そろって海を越えて 日本に帰りたい・・・」

豊くんの遺書です。

「島根のおばあちゃん、母ちゃんと妹のあやちゃんと生まれたばかりの赤ちゃんは、僕の足手まといにならないようにと自殺しました。僕は新京敷島地区難民収容所で死にます。

死ぬのは恐くありません。でも残念です。おばあちゃんは僕の分まで長生きしてください。父ちゃんが帰ってきたら、泣かないように言ってあげてください。 豊」

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語りと歌の後には、同じ会場でテーブルを並べて、1人1000円会費のささやかな「増田昭一さんを囲んで・・・」の集いです。参加者全員にマイクを向けると、あふれる想いに、なかなかマイクを離さない人が続出しました。

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予定時間を30分ほどオーバーして閉会しました。「伝える」ことの大切さを実感しました。一人ひとりができることが何かありそうです。原画展の開催がそのささやかなきっかけになってくれればと願いました。

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今日から増田昭一「戦争孤児の物語」原画展を伊勢治書店で

「戦争と平和」について想いを馳せる8月になました。

今日から、小田原・伊勢治書店のギャラリー「新九郎」で、増田昭一さんの「戦争孤児の物語」原画展を開催します(3日まで)。

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この原画展は、増田昭一さんの夢工房からの5冊目の本『戦場のサブちゃんとゴン―満州・磨刀石の戦いを生きた二つの命』(2009年8月15日発行)を記念して開催するものです。

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さっそく神奈川新聞の緒方記者が取り上げてくれました。

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今日午後2時から、「増田昭一さんが語る『戦争孤児の物語』」(参加無料)があり、増田さんご自身の戦争体験、難民収容所でともに過ごした孤児たちの命の叫び、戦争の悲惨を語ります。海老名芸術プロジェクトで、歌と朗読による「満州の星くずと散った子供たち」の上演を手がけた甘利真美さんが駆けつけてくれ、歌を歌っていただけることになりました。

午後3時半からの「増田昭一さんを囲んで・・・」(参加費1人1000円、高校生以下は無料)では、増田さんを囲んで、軽食で交流・懇談をしながら、「戦争や平和」について語り合います。

どうぞお出かけください。

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NHK「ふるさとラジオ」柿沼アナ「ボランティアで棚田復元」に生出演

7月27日〈月〉、午後1時18分過ぎに、私の声をラジオで聞いた人はほとんどいないでしょうが、実は私、NHK「ふるさとラジオ」の電話インタビューに生出演しました。

この日のタイトルは「ボランティアで棚田復元」。キャスターは柿沼郭アナウンサーです。柿沼アナと言えば、NHKテレビの「ひるどき日本列島」で以前、全国各地を飛び回っている姿を何回か見たことがあります。ところ変わって現在はNHKラジオのキャスターです。

NHKのホームページのアナウンスルームの柿沼さんの紹介欄「私の仕事”喜怒哀楽”」には次のような記事があります。

「生放送の番組で映画字幕翻訳者の戸田奈津子さんにインタビュー。本番が終了したその時、戸田さんが『本番は何分にスタンバイしたらいいの?』。なんとリハーサルと勘違い。リラックスしたお話が聞けました」

そもそもは、1か月ほど前にNHKラジオセンターの波多野さんから私宛に電話がありました。NPO法人自然塾丹沢ドン会のホームページをご覧になったのでしょう。ドン会の棚田の復元活動をラジオで紹介したい、とのお話でした。

その電話で、「少しお時間、よろしいですか?」ということで、そのまま事前取材、下調べに突入し、30分ほど質問に答えました。先ほどの戸田さんの話ではありませんが、リラックスして日ごろの取り組みや思いを話すことができました。

後日、波多野さんから放送日が7月27日に決まったこと、当日の質問内容・台本ともいえるものがメールで送られてきました。わずか8分ほどのコーナーですが、生放送の事前準備はこうして行われるのだと感心しました。

1か月ほどの間、気にはなっていましたが、何の準備もしないでいました。本番は明日という夜に、布団に入ってから私はあれやこれや思いをめぐらし、メモを取りました。翌朝、少し早めに起床。パソコンに向かってキーをたたきました。

11時過ぎには柿沼アナウンサーから電話が入りました。聞き覚えのある、かろやかな声です。この日の流れを確認しながら、リハーサルの質問に私が答えると、「・・・わっかりました」。「それでは後ほど、よろしくお願いします」「こちらこそ、よろしくお願いします」。

そして迎えた生放送、戸田奈津子さんのようにうまく行く訳がありませんが、とりあえずほっと一息!

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『元気に百歳』10周年記念号、原稿受領に参宮橋駅へ

7月24日〈金〉の昼時、小田急線参宮橋駅で「元気に百歳」クラブの藤田賢吾編集長と待ち合わせました。小田急線はよく使いますが、各駅停車の駅「参宮橋」に降りるのは初めてのことです。

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なかなか風情のある駅で、建物の屋根は、木を生かしながら葺いてあります。

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あいにくの雨模様。上を見上げれば、木は元気に枝を広げ緑のしずくを滴らせていました。

間もなく藤田さんはお出でになり、駅から徒歩5分ほどの打ち合わせ会場・新日鉄研修センターへ向かいました。研修センターのロビーには、女性編集委員のお二人がお待ちになっていました。昼食をとりながら打ち合せです。

「10周年記念」に原稿をお寄せいただいた方は77名。巻頭言の日野原重明さんは、ここのところ毎号寄稿していただいています。特別寄稿者には歌手のペギー葉山さんの名前も。

原稿を読み、内容をチェックするという編集作業は編集委員の3人が担当されました。お互いに読み合ったものをEメールでやり取りし、完成版をCDに入れてお持ちいただいたわけです。

文字データ、写真データ、装丁関係のデータをこの日は受け取りました。若干不足の原稿は、後ほどEメールで送付していただくことになりました。A5判、340ページほどのボリュームになりそうです。

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この後、さらに私のほうで編集作業をすすめ、第1回の校正刷りはは8月初めの予定です。発行日は例年通り10月10日、今年も九段会館で出版記念会が開催されるはずです。忙しい本づくりのスタートです。

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くず葉台夏まつり「くず葉台音頭」夏本番

7月26日は朝からうだるような暑さです。家中の窓を開け放ち、風が通ります。太鼓の音やお神輿ワッショイの掛け声、「くず葉台音頭」が聞こえてきました。「くず葉台夏まつり」です。

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急いで外に出てみると、太鼓の山車や神輿が町内を回り始めたところです。小さな自治会ですが、ここには地域の人が作詞・作曲した「くず葉台音頭」があります。これ少し自慢です。

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所々で休憩を取りながら2時間以上もかけて360世帯のくず葉台住宅地を巡行します。遠く近く太鼓の音が風に乗って聞こえてきます。

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太鼓が帰ってきました。

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子ども神輿もお疲れさん。

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昨年新たに作り直した神輿を、中学生や大人が担ぎました。

ミーミーゼミの声が太鼓の音にとって代わりました。子どもたちの長い夏休みが始まります。

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我が家の庭の緑のカーテン・ゴーヤは、たった一つの実を食べないでいると、2日前に少し黄色くなりました。そして昨日、ぱっくり口を開けて赤い種を2粒地面に落としました。

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紫陽花の花も侘・さびの世界に入りました。

からりと晴れ上がった夏空には奇妙な形の雲が浮かんでいます。

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夏本番です。

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「街の本屋さん」健在!島森書店・大船店の田中茂店長に会う

平日の昼時、大船駅を降りてすぐのところにある島森書店・大船店に立ち寄りました。知る人ぞ知る書店なのでしょうが、すぐには見つからず、道行く人に聞きました。「島森書店の場所をご存知ですか?」

「島森書店かどうかは分からないけど、本屋ならすぐそこの交番の隣にありますよ・・・」

眼を凝らすと、かすかに「書店」の文字が見えました。

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間口6間ほど、奥行きはその倍くらい、1階に一般書籍、2階は学参関係の本が所狭しと棚に詰められていました。

1階の奥で棚に本を挿している白髪の男性がいました。この人が店長さんに違いないと声をお掛けしました。街の本屋さんがドンドンなくなり、プロの書店員さんが少なくなったと嘆かれるこの世界にあって、本棚づくりの名人がいました。

3~4月のフェアは「昭和の本」、5~6月は「本を、つくる人、売る人、買う人」、そして7~8月は「文庫本」のフェアを開催中です。

「来年の2月まで予定が埋まっています」

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島森書店・大船店では昨年、『ガイドブックに載らない 北鎌倉の神々』(夢工房刊)を大々的に販売していただきました。田中茂店長さんは飄々と話されます。

「次から次へと各版元さんから、この本を売ってほしいというセールスがあって、困るぐらいなんです」

大船駅を降りてすぐの立地とはいえ、最近の大型書店とは比べものにならない狭さ。建物も古く中に入らないと書店とは分からない(失礼)くらいです。現に、大船駅ビルには、別の書店が入っています。

決してよい環境とは思われない条件の中でも、「版元さんから頼りにされ、本を売るプロの書店員さんがいる」と頼もしくなりました。

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夢工房でもうすぐ発刊の『戦場のサブちゃんとゴン』のリーフレットをお渡ししました。田中店長さんは、このお店の顧客をしっかりと分析して、「何が売れるか、何を売ろうか」と常に考えているようです。

「ここのお店のお客さんは7割以上が男性で、しかも年配者が圧倒的です。戦争物を売るにしても、ジャンルが限られてきます」

とあくまで冷静です。しっかりと地域の読者を掴み、「街の本屋さん」を成り立たせている田中店長さん。帰り際に名刺をくださいとお願いしました。そのお返事も田中さん流で、この人ならではと・・・。

「名刺は、しばらくつくっていないんですよ・・・」

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朝日新聞7月22日夕刊に内山節さんの寄稿「農業・農山村ブームの再来」

㋆22日〈水〉、朝日新聞の夕刊に内山節さんの「農業・農山村ブームの再来 近代へのニヒリズム」が掲載されました。

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つい先日、「棚田学会」で内山節さんのナマの話をお聞きしました。そのときの「私たちはどこへ行こうとしているのか?」という問いかけと符合する内容でした。

「根底に流れているのは、持続性を感じられなくなった社会、信頼できなくなった近代のシステムに対する一種のニヒリズムである。もっとも・・・1970年代には「脱サラ」という言葉がブームになっているし、その頃から職人的な仕事や農業を志す人たちもでてきている。現代への虚無的な感情が、新しい動きを誘発していた。

・・・

非正規雇用の人たち・・・この労働には、生活費をえるという以上の意義や価値がみいだせないのである。それは労働自体への虚無感を深め、この社会や経済、人間の存在をなぜ持続させなければいけないのかという思いを生みだす。そしてここに今日の危機の根本があるからこそ、自分の生をデザインしていく生き方に、多くの人たちが共感しはじめているのである」

思考停止・機能不全に陥っている現代社会をどう変えていくのか、衆議院の解散という絶妙な場面にいま私たちは立ち会っています。一人ひとりに「自分の生をデザインする」という共感が広がり、向かうべき道筋が見えてくることを願いたいものです。

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『戦時下の小田原地方を記録する会30年の歩み』に寄稿

「戦時下の小田原地方を記録する会」は、1979年の発足以来、地域で戦争体験の聞き取りを行い、その証言を会誌『戦争と民衆』に掲載・発行してきました。30年の歩みの中で、150人近い方々の戦争体験を掘り起こしてきたと言います。

「記録する会」の現在の会長は飯田耀子さん、事務局は井上弘さん、会員は矢野慎一さん、黒川澄子さん、香川芳文さんの合計5名の少数精鋭です。その息の長い地道な活動に拍手を送りたいと思います。

昨日、その記録する会から『30年の歩み』をお送りいただきました。私も依頼を受けて寄稿しています。

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「戦時下の小田原地方を記録する会」と私の出会いは1991年のことです。記録する会編集・夢工房発行の『焦げたはし箱』が最初の仕事でした。箱根芦之湯温泉・松坂屋本店の松坂進さん、元ドイツ軍兵士・フィリッツ・マンスフェルトさんの取材に、記録する会のメンバーと同行したのがそもそものはじまりです。

以来、足かけ19年のお付き合いです。掲載された写真を見るとみんな若く、あっという間に歳月がたちました。松坂進さんはすでに旅立たれています。

「記録する会」は、長年の地域における活動が認められ、第20回神奈川地域社会事業賞(神奈川新聞者・同厚生文化事業団主催)を受賞しています。賞金30万円を活用し、この『30年の歩み』を発行しました。

寄稿の中で私は次のような文章を認めました。

「小田原地方の庶民の戦争体験を掘り起こし、記録し、未来へ伝える30年に及ぶ「記録する会」の営々とした歩みには驚きと尊敬の念を禁じえません。その志の高さ、その継続するエネルギーの源は何かと考えさせられます。

地域出版としての夢工房が担ってきた仕事もまさに、そこに通底していいるのではないかと感じています」

ますますのご活躍を!

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東田原ふれあい農園にチョウが舞う

秦野市東田原ふれあい農園では、いま夏野菜の真っ盛り。キュウリ、ナス、ピーマンやネギなど取れたて野菜が我が家の食卓を彩ってくれています。

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畑のへりに繁茂している季節はずれのソバの花やペパーミントの花には、色んなチョウが蜜を吸いに来ます。

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間近で見ると、自然が創り出す微妙な形や色の鮮やかさに驚かされます。

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棚田学会で内山節さんの講演を聞く

7月18日〈土〉午後、日本橋・三越劇場で「棚田学会」10周年記念大会シンポジウム「里山と棚田を守る―歴史・論理・実践―」が開催されました。

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「棚田学会」は以前から気になっていました。今回の案内をいただき、シンポジウムの報告者の中に内山節さんの名前を見つけて、気持ちが動きました。前日に事務局に連絡して参加することにしました。

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内山さんは「柵田という風土について」と題して40分ほど話されました。そして、いま気になることとして「風土論」を・・・。

戦前期には二つの風土論があり、その一つは、大正デモクラシーの時代への反動として和辻哲郎に代表される日本人のアイディンティティーのつかみ直しに結びついた。それに対峙するものとして、知る人ぞ知る、三澤勝衛の「風土論」を紹介されました。

三澤勝衛は、旧制諏訪中学校の地理学の教師をつとめた人で、近年、農山漁村文化協会から『風土の発見と創造』と題した全集が編まれています。

三澤は、「風土とは、大気と大地がぶつかった所」と独特の表現をしながら、「ミクロの風土の奥深さが、世界を見る基礎を教える。それぞれの地域の風土こそが、かけがえのない自然と人間の営みであり、調和的、持続的な世界をかたちづくる」と、内山さんは紹介し、風土論の新たな方向性を示されました。

内山さんは群馬県上野村と東京に暮らしながら独自な哲学を深めておられる方です。現在も薪で風呂を沸かし、江戸期の農機具で農作業を行っているそうです。上野村でのご自身の暮らしの営みを通して、最近の「棚田が日本の原風景」だとするブームに異を唱えられました。

「それぞれの地域には、『蓄積された歴史』があり、自然・文化・人間・神も仏も一体となった生命的な世界の中に、里山的空間、農業的空間がある。それこそが日本の原風景ではないか。

自然も変わり、人間の営みもまた変わる。すべてのものを保全することはできない。しかし、何かを考えようとしたときに、それがあることによって考える素材を提供してくれるのが風景であり、里山も棚田もそうした意味を持っている」と言うのです。

「私たちはどこに行こうとしているのか?」という内山さんの最初の問いかけが、深く私の中に沈潜して行きました。

シンポジウムは、内山節さんの他に滋賀県立大学教授の水野章二さんの「里山・棚田の歴史と利用」、ホールアース自然学校代表の広瀬敏通さんの「自然学校によって里山・棚田を守る」があり、シンポジウムのサブタイトル「歴史・論理・実践」の内容を深めてくれました。

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水野章二さんです。

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広瀬敏道さんです。

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3人の報告の後は早稲田大学文学部学術院教授・海老沢衷さんのコディネートでパネルディスカッションがありました。さらに交流会では、さまざまな人と出会いました。

2009年の「棚田サミット」が10月16日、17日に新潟県十日町市で開催されます。棚田学会新潟県支部の中村由信さん、県立新潟南高校教諭・新潟大学で地域文化の講師をつとめる竹田和夫さんは、同じ新潟出身ということで親近感が湧きました。

NHK文化センター(前橋教室)支社長の高山承之さんは、NPO法人自然塾丹沢ドン会の棚田復元の取り組みがNHKテレビで放映されたことをご存知でした。大山千枚田の棚田オーナーである萩野宏樹さんは、丹沢ブナ党会員で何回かお会いしていました。

棚田学会会長の中島峰広さん、同副会長の海老沢衷さん、同副会長・ふるさときゃらばんの石塚克彦さん、同事務局の高橋久代さん、東京大学の山岡和純さんなど、初対面ながら「棚田」をめぐって楽しく交流させていただきました。

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『棚田学会10周年記念誌』には100名もの寄稿が寄せられられました。

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島森書店・大船店の「ブックガイド」に『昭和の子どもの風景』が掲載

横浜在住の上野明子さんからお便りをいただきました。上野さんは、2006年12月に夢工房から『絵日記 昭和の子どもの風景』を自費出版していただいた方です。

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それ以後、折に触れ、お便りをいただいていますが、今回は、島森書店・大船店発行の「ブックガイド」を同封していただきました。

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上野さんからのお便りです。

「じめじめした日が続きますが、お元気にご活躍のこととお察し申し上げます。

私は今、夏野菜の収穫の時期で、次から次へと新鮮なうちに早く配らなければならないし、下手な料理を工夫しなければと大忙しです。

たまたま、大船駅前の島森書店に立ち寄りましたら、店長さんが熱心なことにテーマを決めて本を調べ、紹介するコーナーを設けているのです。3月~4月は「昭和」がテーマでした。せんえつながら勇気を出して私の『昭和の子どもの風景』も見てくださいと差し上げました。

すると、5月~6月の『ブックガイド」の最終ページに、この本を取り上げてくださり、身に余る感想をいただきました」

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この「ブックガイド」の編集子は、次のようにお書きになっています。

「もう1冊、私の手もとに『絵日記 昭和の子どもの風景』という本があります。大変、堅固な立派なつくりの本でありますが、値段が書かれていません。自費出版なのです。・・・

この本は、著者が小学1年の6歳・昭和21年から書き始め、高校3年の昭和32年まで書き続けた絵日記です。まさに敗戦の翌年からそろそろ高度成長が始まろうかというころまでの、日本がもっともつらかった歳月の歩みが、ひとりの少女の生活日記というナマのかたちで、何の加工も解釈も加えられずに記録されています。

ひたむきに生きてきた一少女の、ひいては日本国民みんなの歴史がここにあります。・・・

われをかえりみればわかることですが、このようにことばのみならず絵も一緒に描き続けるのは容易なことではないのです」

この「ブックガイド」のタイトルは「本を、つくる人 売る人 買う人 書く人・読む人は除きます」です。A4判、本文40ページ+追加4ページ、総タイトル156冊の本が、書名、著者名、発行元、定価、そして簡単な紹介文を添えて編集されています。なにより、全文手書きであることが印象的です。

冊子は、①「本を、つくる人 本の歴史・本とは・出版社・編集者・装丁家」、②「本を、売る人 書店・古書店・仕事事情」、③「本を、買う人 収集家・愛書家、蔵書票、図書館」の3部構成になっています。さらに、「追加」の4ページが挟み込まれています。 

まるでかつてのガリ版刷りを思わせるような、ていねいな筆耕です。編集子の想いが伝わります。

「本を売る人」のこのような取り組みに、「本をつくる人」である編集者の一人として大いに刺激を受けています。ぜひとも一度この編集子にお会いしたいものです。

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山本良治さんが語る宮ケ瀬の自然と暮らし「子供たちの遊び」を聞く

7月12日〈日〉午前、宮ケ瀬やまなみセンターで、ふるさと宮ケ瀬を語り継ぐ会会長の山本良治さんの話を聞きました。長縄今日子さんらを中心に企画・運営する、宮ケ瀬よもやま話「宮ケ瀬の自然と暮らし」、今回は「子供たちの遊び」でした。

宮ケ瀬湖畔には、ネムの木の花が咲いていました。水が少ないのでしょう、水位が下がり土が出ていました。

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宮ケ瀬やまなみセンターの建物です。

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山本良治さんは御年98歳4か月。腹の底から出る声は、マイクなしで部屋に響き渡ります。

「かつて子どもたちは、地域の子どもとしてみんなで育てました。今はその絆が断たれています。雨降りのときは、子どもたちの遊びのために、自宅の座敷を貸し、土間を開放しました。おやつの時間になれば子どもたちに平等におにぎりを与えていました」

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明治44年生まれの山本さん。大正期の四季折々の子どもの遊びを身振り手振りでお話になられました。鳥の捕獲用の「ベロリ」は当時の道具を再現して実演しました。

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参加者の一人は、自分の子ども時代のソリ遊びのソリを絵に描いてくれました。この日の「子供の遊び」の内容は、『ふるさと宮ケ瀬 渓谷の村から』〈夢工房刊、定価1000円〉に一部掲載されています。

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耳の少し遠い山本さんに、長縄さんは参加者の質問の内容を伝えます。二人のやり取りは、まるでおじいちゃんとお孫さんのようです。

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山本良治さんは、こうも言われました。

「古い話の中には、暮らしや生きることに役立つ新しいヒントがあるのです」

それを見つけるのは、私たちの世代の役割かもしれません。

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秦野市名古木の復元棚田で東海大学北野忠准教授の生き物観察会

7月11日〈土〉、秦野市名古木のNPO法人自然塾丹沢ドン会の復元棚田で、田んぼの生き物観察会を開きました。ドン会主催の「2009年 丹沢自然塾」の第4回です。

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この日の棚田。田んぼの稲はすくすくと育っています。

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朝からうす曇の観察会日和。総勢60名近い参加となりました。

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この日の講師は、東海大学人間環境学科自然環境課程の北野忠准教授です。北野ゼミの学生たちも参加しました。

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採取網の準備も万全。

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思い思いの場所で1時間ほど生き物の観察。

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大人も童心に帰って子どもと一緒に田んぼの中を覗き込んでいます。

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ぼんやりと雲の間から太陽が顔を出して田んぼの水を温めます。

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色んな生き物たちをゲットして広場に集合します。

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北野先生の前にこの日の成果を集めます。

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タイコウチ、オニヤンマ、ホトケドジョウ、アカハライモリ、ツチガエル、アマガエル、ミズアブの幼虫、カワニナ、ハイイロゲンゴロウ、ヘビトンボ、サワガニ、オオシオカラトンボの抜け殻、マツノムシ、ノコギリクワガタ、ヤマカガシもいました。

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大人も子どもも、北野先生の説明に興味深々。

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北野先生は、この日の観察会をまとめて次のように話されました。

「今日、観察できた生き物たちは、かつてどこにでも普通にいました。しかし、里地・里山が大きく変化し、他の地域ではほとんど見ることができない生き物もあります。名古木のこの棚田では、昔ながらの環境が、人間が手を入れ棚田で米づくりをすることで保たれています。

人間がつくっている環境と生き物たちが共存しているのです。つまり、里山の自然が機能しています。このような場所が、身近にあるということは大切で、これを保って行きたいものです。学生を連れて、これからも調査・観察に来たいと思います」

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北野先生への質問の後、せっかくの機会です、一言メッセージをお願いしました。ゼミの学生たち、ロータアクトクラブの若者たち、親子連れの家族、最後にドン会のメンバーにも、自然への思いと、この日の感想をお聞きしました。

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フォルクローレ・ギターリストの木下尊惇さんは、この日、お連れ合いさんや友人、ギター教室の生徒さんを連れてこられました。いま木下さんは、棚田の米づくりにはまっています。7月15日には、新宿初台の「近江楽堂」で、ソロ・コンサート「谿声山色」があります。

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北野先生のそばには、最後まで子どもたちがついて回りました。子どもも大人も、この名古木の棚田に来るとゆったり、安心できるのでしょうか。

自然や生き物たちとの付き合い方が、このようにして伝わって行って欲しいとを願った観察会でした。

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服藤早苗さんの講演「平安時代の女性たち」を8月8日に伊勢治書店で

8月8日〈土〉午後2時から4時まで、小田原伊勢治書店「ギャラリー新九郎」で第1回 西さがみ女性史講座「前近代」を開催します。講師は服藤早苗さん。タイトルは「平安時代の女性たち―貴族・庶民の女性の生活―」です。

服藤早苗さんは、現在、埼玉学園大学教授。宇佐美ミサ子さんと共著で、『西さがみ女性の歴史―原始古代から現代へ―』を本年5月に夢工房から発行しました〈定価1890円〉。

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今回の「第1回 西さがみ女性史講座」は、「前近代」です。結婚・出産・子育て・労働・相続・介護・病・嫁と姑など、女性が抱えるさまざまな問題は、今も昔も変わりません。平安時代を通して女と男の生き方を考えます。

第2回は、宇佐美ミサ子さんによる「近現代の西さがみの女性たち」を本年10月に予定しています。どうぞお出かけください。

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箱根細工の名人・二宮義之さんの傘寿を祝う会

7月5日〈日〉、「夜の会」のメンバーでもある二宮義之さんの傘寿を祝う会に参加しました。会場は、箱根登山鉄道・風祭駅の改札口からすぐの「鈴廣本店」鈴の音ホールです。

二宮義之さんは、1929年箱根湯本生まれ、戦時中は平塚の軍需工場で旋盤工として働き、戦後16歳のときに木工を始められました。以来ひたすら木と向き合いつづけて60余年。箱根寄木細工の第一人者として現在も活躍中です。

パズル作家として世界で活躍している「からくり安兵衛」こと亀井明夫さんの軽妙な二宮さんの紹介から会は始まりました。

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亀井さんは、二宮さんとの出会いは、今は亡き箱根正眼寺住職の岩崎宗純さんの紹介であったと話されました。箱根細工の歴史や作品について、岩崎宗純さんは深い愛情と理解で地場産業としての箱根細工の普及・啓発に貢献されました。この日の壇上には岩崎さんの写真が飾られています。

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二宮さんを支えてきたご家族も参加されました。

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中央大学名誉教授の金原左門さんが乾杯の音頭を取りました。

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この日の参加者は、二宮さんの交友の広さを物語ります。二宮さんが会長の「からくり創作研究会」、東京で二宮さんの作品の普及・販売活動を行っている「木楽の会」、箱根細工の講師を務める国立箱根病院に付設の「リハビリ学院」、小田原・箱根の異業種交流、梁山泊である「夜の会」、さらに、二宮さんの友人など70名近い人たちが集まりました。

二宮さんは、かつて「夜の会」の会報『よる』に、箱根細工と秘密箱をめぐる交友について書いています。さまざまな人たちが、二宮さんの作品と人柄にほれて交友を深めています。

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この日のお土産は、二宮さん制作の「箱根細工 栞」です。

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二宮義之さん、ますますのご活躍を!

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秦野市「堀の郷」見て歩きの下見で地域再発見

7月4日〈土〉、「市民が創る秦野のまち」のメンバーで、「秦野の近代たてもの見て歩き」の調査・下見に出かけました。参加者は、会代表の福田省三さん、事務局の久保寺敏郎さん、3年ほど前から参加の小川龍之輔さんと私の4人です。

イオングループのショッピングセンター「ジャスコ秦野店」に集合、30分ほど打合せをしてから久保寺さんの車で現地に移動しました。後は歩いて地域を回り、現地の人から聞き取り調査です。小川さんが用意した地図などの準備が大いに役立ちました。

今回の下見は、表丹沢の登山口でもある大倉周辺の「堀山下」地域の一部です。10月中旬に計画する「見て歩き」の見どころは、地名の元にもなった「堀と水」「農家住宅」と堀之郷正八幡宮と蔵林寺です。

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堀之郷正八幡宮です。

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村上忠明宮司さんにお話を聞きました。平安時代のはじめ天安2年に九州豊前の国宇佐八幡宮が勧請されてこの地に鎮座されたと言いますから、1150年も前のことです。小田原北条氏、徳川家康、米倉丹後守など、武家の信仰を受け、地域の総鎮守として守られてきました。

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この地域にはまだ多数のタバコの乾燥小屋が残っています。中には、ブルーベリーの生産直売所として活用されているところも。試食させていただいたブルーベリーは、農家の自信作で、甘く冷たくて美味でした。

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壁がはがれ中が見える小屋もあります。竹を渡し、藁を混ぜた土で塗り固めた構造が見えます。

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蔵のまわりには、防火用の木が植えられています。伏せ木と言います。

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農家の人にもお話を聞きました。タバコ栽培は、秦野葉から米葉に切りかえ、乾燥小屋が建てられました。この農家は、昭和59年まで葉タバコ栽培を続け、秦野のタバコ栽培の最後の農家の一つとなりました。

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用水路を流れる水の量は豊かです。

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川崎の民家園に移築された「北村家住宅」の農家も探し当てました。

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民家園で作製した模型も見せていただきました。横浜国大の調査が入り、民家園に移築されなければ、この建物も消えていたかも知れません。

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路傍にはさまざまな道祖神が。頭の上に牛が乗っかっています。

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奥にあるのは双体道祖神です。

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米倉一族の墓所です。

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蔵林寺の本堂です。曹洞宗の大育山蔵林寺は、享徳のころ〈1452~55年〉に四十八瀬川上流に開創したものが文明年間〈1469~87年〉に現在地に移りました。

甲斐の国米倉郷を本拠とした米倉一族は、武田氏が滅ぶと徳川家康に仕え、天正18年〈1590年〉以降、寺山村、東田原村、堀山下村を領するようになり、元禄3年〈1690年〉、米倉昌尹は、丹後の守に任じられ、将軍綱吉の信任を受け、国中の犬の取締を命じられたと言います(『秦野 ふれあいの道がいど 西地区編〉1989年、夢工房刊〉。

蔵林寺の境内には、樹齢数百年とも見える槙の木がありました。1本に見える木の後ろに、老樹を支えるようにもう1本の槙の木が寄り添っています。

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ご住職のお話を聞いた後、本堂に上がらせていただきました。

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大きく立派な本堂でした。

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かつての茅葺の本堂の写真がありました。

昼食は県立戸川公園の近くの「手打ちそば さか間」で取りました。

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午後も下見は続き、1日仕事になりました。地域を歩くと色んなものが視界に入ります。地域の人との語らいの中から人びとの生活や文化がほの見えてきます。これだから見て歩きは楽しいのですね。

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長岡高校同窓会報「和同人の今」欄に寄稿

新潟県立長岡高校「同窓会報」の編集委員の一人・亀山康江さんから原稿依頼を受けたのは2009年3月のこと。その亀山さんとは、昨年12月19日に開かれた「スローライフのひと 筑紫哲也を継ぐ会」でお会いしたのがご縁です。

同窓生として、母校にいかほどのの貢献もしていない身としては、何をどのように書けばいいのか戸惑いました。しかし、高校を卒業して早40年余り、ふるさとを離れた一人の同窓の仕事と暮らしの一端を、「ままよ」と書き送りました。

昨日送付されてきた「長岡高校同窓会 会報」第52号の表紙は、本年5月に長岡グランドホテルで開催の同窓会総会の写真と、新潟県立歴史博物館長である中島太郎さん〈長岡高校昭和40年卒〉の巻頭原稿「NHK大河ドラマ特別展 天地人―直江兼続とその時代―」と題した企画展の開催を伝えるものでした。

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中島さんは文中で、つぎのように書いています。

「兼続は、智勇兼備の名将と謂われ、その時代の全国の武将と交わりながら、戦国時代末期から江戸時代初期にかけての歴史を実質上動かしていきます」

加えて「越後の賑わいが今後とも末永く続きますように。義と愛、とりわけ『慈愛』を大切にと、心から願うものでございます」と同窓生へのメッセージを記しました。

「和同人の今」の欄に私の原稿が掲載されました。

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ご笑覧ください。

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「もう一つの日光」見て歩き

6月12日開催の首都圏出版人懇談会の総会の翌日、宇都宮市・随想舎の卯木さんの段取りで「もう一つの日光」の見て歩きを行いました。

日光に行ったら、東照宮と中禅寺湖・華厳の滝は定番です。しかし日光には案外知られていないもう一つの顔があります。東武日光駅から歩いて15分ほど、「神橋」のたもとで、この日のガイドさんと待ち合わせです。

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案内をしていただくのは、日光市文化財保護審議委員長で、日光山興雲律院の住職でもある中川さん〈右から2人目、帽子を手に〉です。その他にお2人のボランティアガイドさんにお出でいただきました。栃木の随想舎の卯木さん〈左端〉とは、昵懇のようすが話の端々から感じ取れました。

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まず訪れたのが「日光二荒山神橋」で、これは世界文化遺産に登録されています。

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橋の下にはきれいな水が激しく流れています。この「神橋」にはつぎのような伝説があります。「日光二荒山神社のリーフレット」から抄録します。

「奈良時代の末、男体山〈二荒山〉の登頂を試みる勝道上人とその一行は大谷川の激流に行く手を阻まれ、なす術がありませんでした。上人が手を合わせ一心に祈ると川の北岸に一人の夜叉のような神人が現れました。神人は右手に2匹の蛇をまき上人に向かって「我は深沙大王である。汝を彼の岸に渡すべし」と言いながら赤と青2匹の蛇を放つと、たちまち川の対岸を結ぶ虹のような橋ができ、上人一行は無事に渡ることができました。ふり返ると神人も橋も消えていました」

1200年余の歴史の彼方、日光を開山したのがこの勝道上人です。

神橋の左手前の坂を登ると「日光金谷ホテル」があります。現存する日本最古のホテルの開業は、1873年です。国の登録有形文化財の指定を受けています。

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こちらは、皇室の方々の宿泊に使われる建物。

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本館正面で記念写真です。

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ホテルの近くの小高いところには、修験者が護摩をたいた場所もあります。

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日光さん輪王寺のいわれをじっくりお聞きしました。

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一風かわった日光にしかない燈籠もありました。

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時代を感じさせる石組みです。

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昼食は「湯葉定食」です。湯葉、天ぷら、そばに、なんとご飯がついています。

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食事の後は、勝道上人の像の前を通り、東武日光駅に向かいました。途中、地元・随想舎・卯木さんお勧めの「水羊羹」をお土産に買いました。これがなかなかの絶品でした。

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商店街は人影まばらです。

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店先にはニッコウキスゲが咲いています。

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東武日光駅前で解散。家路を急ぎました。

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増田昭一「戦争孤児の物語」原画展を開催します

6月26日午後、小田原駅近くの喫茶店「パエリア」で、増田昭一「戦争孤児の物語」原画展の打合せを行いました。この日集まったのは、著者の増田昭一さん、伊勢治書店の木下泰徳さん、「おだわら城北九条の会」の阿部武さんと小林恵二さん、それに私の5名です。

原画展は、8月1日〈土〉~3日〈月〉の3日間、小田原駅から徒歩7分の伊勢治書店本店3階ギャラリー「新九郎」で開催します。増田さんは、これまで4冊の本・絵本を夢工房から発行しています。現在、5冊目の『戦場のサブちゃんとゴン―満州・磨刀石の戦いを生きた二つの命』を7月末に刊行予定で編集作業中です。

これまでに増田昭一さんが描いた挿絵は110点以上あります。「5冊目の本の刊行を記念して原画展を開きましょう」と提案しました。

『戦場のサブちゃんとゴン―満州・磨刀石の戦いを生きた二つの命』から何点か原画展に先立ってお見せしましょう。

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最初、増田さんはあまり乗り気ではありませんでした。でも、5冊目の編集作業が徐々に進み、本の姿が少し見え始めると、ようやくその気になっていただきました。増田さん、81歳にして初めての出版記念の集いです。

実行委員会方式でやろうということになり、先ほどの方々に声を掛けました。この日は欠席でしたが、「戦時下の小田原地方を記録する会」の飯田耀子さんもメンバーになっていただきました。

初日の8月1日は、①「原画展」の他に、②「増田昭一さんが語る『戦争孤児の物語』」として、自身の満州での体験、難民収容所でともに過ごした孤児たちの命の叫び、戦争の悲惨さを語ってもらい、③「増田さんを囲んで・・・」の集いを開きます。

①②は、入場・参加無料、③は、「増田さんを囲み、軽食で交流・懇談をしながら『戦争や平和』について自由に語り合いましょう。若者、お子さま連れの参加も歓迎」ということで、参加費は1人1000円〈高校生以下は無料〉としました。

③では、海老名芸術プロジェクトの甘利真美さんが参加していただき、「満州の星くずと散った子供たち」の歌を10分ほど歌っていただく予定です。

『戦場のサブちゃんとゴン』の校正はもう1回。カバーのデザインもできました。当日と、事前の準備は、実行委員会のメンバーがそれぞれ役割分担して行います。準備はこれからが本番。でも当日が楽しみです。

ところで、岩波ホールでは今、「嗚呼、満蒙開拓団」という映画が上映されています。230名収容の会場が連日満員だそうです。7月31日の楽日までには、ぜひ見に行きたいと思っていますが、もうすでに鑑賞された方もいられることでしょう。

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円覚寺「龍隠庵」に『北鎌倉の神々』を届けに

6月26日〈金〉、円覚寺山内にある「龍隠庵」に出かけました。『ガイドブックに載らない北鎌倉の神々』の販売についての相談です。あらかじめ、北鎌倉湧水ネットワークの野口稔さんが先日お出かけになり、基本的な了解は得ています。担当の高柳さんと直接お話をしに行きました。

北鎌倉駅前を通り過ぎて左折し、横須賀線の踏み切りを横断すると円覚寺への車の出入り口があります。受付に用向きを話すと、道順を教えてくれました。

「人通りが多いので、ゆっくりと進んでください」

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「龍隠庵」の入口です。危うく通り過ぎるところでした。車を端に止めて、歩きます。

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さりげなく石仏が置かれています。

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一輪挿しの花も・・・。

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この坂道を登ります。

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「龍隠庵」のお堂の屋根にはビニールシートが覆ってあります。野口稔さんのブログでこのようすは知っていましたが、実際に見るとやはりびっくりし、なるほどと納得しました。

鐘を鳴らすと、すぐ近くから「はい」という声が勢いよく返ってきました。高柳さんに招き入れられ、畳の部屋で待っていると、まず「一服どうぞ」とお抹茶が出ました。

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ゆべしとお抹茶をいただきました。

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目の前には円覚寺の建物の屋根が見えます。自ずからゆったりとした心持ちになりました。少し間を置いて高柳さんが改めてお出でになりました。これが「龍隠庵」のおもてなしなのでしょう。

話も済み、私は車まで本を取りに行きました。高柳さんも私に追いつき、荷物運びを手伝っていただきました。1包み50冊、カラー写真用の紙は結構重いのです。高柳さんは飄々と坂を上ります。

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この日は2包み、100冊をお納めしました。円覚寺の境内で土日に開く売店「光山堂」の扱いについては、「和尚さんから円覚寺に話してもらいます」と高柳さん。

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「龍隠庵」の境内からは、円覚寺の建物が眼下に見えます。高柳さんにお別れをして階段を下りました。つづら折れのところで振りかえると、高柳さんがまだそのままお立ちでした。かるく会釈をして坂を下りました。

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「龍隠庵」は緑に覆われていて、下からは見えません。円覚寺の参道には、カメラを抱えた観光客や修学旅行の小学生があふれていました。

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この後、建長寺、鶴岡八幡宮の前を車で走り、七里ガ浜に出ました。さらに、相模湾沿いに小田原へ向かいました。

小田原では、増田昭一さんの『戦場のサブちゃんとゴン』の出版記念・原画展の打合せを喫茶・パンの店「パエリア」で行いました。8月1日~3日、小田原銀座通り、伊勢治書店「ギャラリー新九郎」での催しの詳細は改めて紹介します。

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我が家の省エネ、緑のカーテン

梅雨の合間、真夏のような気温が2日ほどつづいています。我が家の1階の窓の南側と東側には、省エネの緑のカーテンが広がっています。

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山芋のツルは、上へ上へと伸びます。見るからに涼しそうな緑のカーテンとなりました。

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ゴーヤのツルも伸び始めました。どうやら実をつけたようです。

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東側の出窓の外には、野ブドウの葉っぱが生い茂っています。梅雨の後には本格的な夏がやってきます。大いに自然の涼しさを演出してくれそうです。

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ムクゲの花も咲き始めました。

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アジサイは今が盛り。

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イングリッシュローズは2度目の花を咲かせ始めましたが、少し小振りです。

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ミカンの木が小さな実をつけています。

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東田原ふれあい農園の借りている畑では、先日、3種類のジャガイモを収穫しました。その他にもキュウリ、ナス、シシトウ、ピーマン、ダイコン、キャベツ、ネギ、ニラなど、自家製の野菜が我が家の食卓を彩っています。

自然のめぐみに感謝。

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旧梅原家洋館再建のためにジャスコ秦野店でチャリテーコンサートを企画

6月24日〈水〉午後、ジャスコ秦野店の林副店長とお会いしました。「秦野の鹿鳴館 旧梅原家洋館再建の会」会長の紫藤邦子さんと、同会事務局の建築家・久保寺敏郎さんと私の3人で伺いました。

洋館再建に向けて、設立総会の開催、市内・末広小学校に保管されている洋館の部材見学会・ワークショップの開催、地元タウン誌「タウンニュース」のコラム連載による市民への情報発信活動、募金活動の開始、活動母体の組織づくりなど、今年に入ってからさまざまな活動を行ってきました。

懸案の「再建チャリチーコンサート」を開催するために、紫藤会長、イベント担当の久保寺さんにジャスコ秦野店の直接担当者である林副店長さんにお会いいただき、具体的な日程や会場設営などを打ち合わせしたいと、この日を設定しました。

11年前の洋館保存運動の際にも、2日間にわたりジャスコ秦野店のセンターホールでチャリティーコンサートを開催しました。「地域あっての小売商売」という理念の下、地域の市民活動に、これまでも惜しみない協力関係を築いてこられたジャスコさん。今回も親身になって再建の会の意向をお聞きいただきました。

市民向けに年2回、ジャスコ秦野店はセンターコートを開放しています。今年は5月の連休期間と、11月5日~8日の「ジャスコ生誕祭」の4日間が予定されています。この中に洋館再建の会のイベントを組み入れていただくようお願いしました。

ボランテアで出演する多くの市民音楽家や学生たちの都合があり、一方でジャスコさんや専門店の意向もあって、この日は、日程についての結論は出ませんでした。7月に入って開催予定の、ジャスコと専門店の役員会で正式決定することになりました。

打ち合わせの後には、会場となるセンターホールを林副店長に案内していただきました。会場は広く、吹き抜けの2階からもコンサートを楽しむこともできます。中央には飾りをたらす移動式の装置もあります。舞台の向き、電源の位置、パネルをどこに置くかなど、現場の確認を行いました。

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11月というと随分先のように感じますが、出演依頼やさまざまな準備があり、いよいよ本格的に取り組まなければという思いにさせられました。

旧梅原家洋館の文化財としての価値はもちろんのこと、再建の後に、どのようにして市民の財産として活用するのか、まちづくりの一環としての位置づけも大切です。市内外の多くの市民のみなさんにコンサートを楽しんでいただきながら、洋館再建が多くの市民に認知されるきっかけの舞台にしたいものです。

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名古木の復元棚田の水面に映える緑が「産経新聞」「神奈川新聞」に

6月24日〈水〉、「産経新聞」神奈川県版「瞬」のコーナーに「初夏の空映す復元棚田」と題してに名古木の復元棚田が大きくカラーで取り上げられました。先日取材を受けたものがさっそく紙面化されました。

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この復元棚田は、「神奈川新聞」1面コラム「照明灯」(2009年6月13日〈土〉)にも取り上げられました。

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記者は、「五百ミリリットルの水と、同じ容積のブランド米。比べると米は水より20~30円高いだけ。うーん、あの労力なのに。」と、スーパーで売られている水と米の値段にふれて、自らの田植え体験でかいた汗の多さに困惑しています。

プロの農家が耕作放棄せざるを得ない現在の里地・里山。NPOなどの農業体験を通して、食の安全や命の水の大切さを広めていきたいものです。そして、伝統的農村景観を次の世代に伝えていこうと、NPO法人自然塾丹沢ドン会の会員、「丹沢自然塾」に参加する塾生たちは喜々として汗をかいています。

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バラを見に軽井沢レイクガーデンへ

梅雨のさ中、バラ好きの連れ合いから声がかかり、軽井沢レイクガーデンに行きました。

今年は、鎌倉の大船フラワーセンターや鎌倉文学館、小田原に出かけ、十分にバラを堪能しましたが、しっとりとした梅雨時のバラもなかなか見ごたえがありました。

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「レイクガーデン」の名前が示すように、人造の湖の周辺にバラの庭園がつくられています。ローズグロアー・大野耕生さんは、レイクガーデンのリーフレットに次のように書いています。

「ここにはすべての自然があります。 爽やかな風がそよぎ、水をたたえて湖面にバラが映り込み、木々や宿根草もバラを一層美しくみせてくれます。バラの色々な楽しみ方を五感で味わっていただきたいという願いを込めて、居心地の良いガーデンを目指してつくりました」

我が家の庭に咲いていた2本のイングリッシュローズは、昨年ここで買い求めたもの。これまで見た数少ないバラ園のなかでも「軽井沢レイクガーデン」は私たちのお気に入りの見ごたえのある場所です。 入園料800円は納得です。

園内をじっくり見学した後、オープンして間もない「ホテル・ルゼ」で一休みしました。

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オープンテラスのテーブルクロスも雨だれも、緑に映えます。

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雨の中で庭の手入れをしていた副社長が各部屋に飾るバラを手に、しばし話し込みました。「こだわりの庭園と1日5組のホテルで、ゆっくりと過ごしてもらいたいと思っています」

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残念ながら、私たちはメゾネットタイプの宿泊室を見学させていただくばかりでしたが・・・。

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帰り際、カウンターの上のバラの花がこの日の宿泊客を待っているようでした。

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名古木の棚田に新聞社の取材

6月19日〈金〉朝、秦野市役所のSさんから電話が入りました。「新聞社の取材に立ち会って欲しい」というのです。名古木の棚田の夕景の撮影と併せて、NPO法人自然塾丹沢ドン会の棚田復元活動についても話して欲しいというのです。

時間がかかっていた『戦場のサブちゃんとゴン』〈仮称〉という本の最後の読み込みを終え、文字データの入ったCDを、急遽、午後一番に小田原のアルファさんへ持ち込みました。7月末には発行の予定です。

取って返して、秦野市内を数か所めぐり、家に帰ると秦野市観光課から電話が入りました。5時過ぎに名古木の棚田で待ち合せです。

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名古木の棚田は、苗もすっかり定着し、元気に育っています。田んぼの水面に山影を映して穏やかな風景です。

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ほどなく秦野市観光課の職員とS新聞社の横浜総局の女性記者が現れました。

NPO法人自然塾丹沢ドン会の棚田開墾作業や、「丹沢自然塾」の取り組み、参加者の意識や丹沢の自然が育む命の水、水生生物たちのこと、来年、秦野市ほかで開催される全国植樹祭に向けた秦野市の取り組みなどを話しました。

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女性記者は、米、蕎麦、野菜作り、さまざまな参加者の感性や意識にも興味を示し、今後の「丹沢自然塾」の予定を聞かれました。年間スケジュールを送ることにしました。

棚田の夕景を撮りたいと言っていた記者ですが、残念ながら西を背にした山あいの棚田では撮影できないことを納得してもらいました。記者は緑あふれる棚田を色々な角度からカメラに収めていました。

「写真をドーンと大きくレイアウトした記事にしたい」というK記者のイメージに名古木の棚田は十二分に応えてくれたと思うのですが・・・。どのように出来上がるのか、紙面が楽しみです。

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「首都圏出版人懇談会」総会を「日光霧降」にて開催

6月12日〈金〉~13日〈土〉、首都圏出版人懇談会の定例の総会を1泊2日で開催しました。開催地は各県版元の持ち回りです。今年は栃木県宇都宮市の随想舎が幹事社でした。

ところが、「随想舎」の卯木さんは、総会を数日後に控えたある朝,、起きると、いきなりぎっくり腰に。何とか病院に行き診てもらいましたが、「安静にして、とりあえず湿布薬を」と、なす術がありません。それでも、会場の「大江戸温泉・日光霧降」との連絡、設営は準備万端、整えてくれました。

「地方・小出版流通センター」の川上さんと私は、東京都庁前の大型バス発着所から無料の現地行きバスに乗車。さいたま新都心からは、首都圏出版人懇談会会長の「さきたま出版会」星野さん、「幹書房」関さん、「たけしま出版」竹島さん、「埼玉新聞社」青柳さんの4名が乗り込み、金曜日にもかかわらず満員の直通バスが「日光霧降」に向かいました。

「大江戸温泉物語・日光霧降」に到着すると、卯木さんが出迎えてくれました。少し状態は良くなったものの、なんとなく腰を引いた歩き方が痛々しい。

現地集合の「歴史春秋社」阿部さん、「崙書房」小林さん、「さきたま出版会」春田さん、「幹書房」篠原さんが、三々五々集まりました。屋上階にある大浴場でとりあえず一風呂浴びて、総会へ。

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2008年の事業報告・会計報告、2009年の事業計画をスムーズに審議・承認を受けました。年1回開催の研修会は、今年は「出版流通について」実施することになりました。講演者の人選・企画を「地方・小」の川上さんと研修委員会・小林さんが打ち合わせることになりました。

最近、大日本印刷グループと講談社・集英社・小学館の大手3社が、新古書店の最大手「ブックオフ」株を大量に取得したことが新聞などで報じられています。

「トーハン」「日販」などの書籍取次の将来はどうなるのか、私たちのような零細地域出版の頼みの綱でもある「地方・小出版流通センター」への影響は・・・。

一方で、インターネット書店は拡大の一途です。各版元は、自社の本をどのようにして情報発信し、読者の手元に届けるか、悪戦苦闘しています。

「出版の流通」は複雑怪奇、従来型の流通だけでは立ち行かないのが現状です。その辺を打開するヒントを得るための研修会になりそうです。

1時間半ほどで総会を終え、懇親会に移りました。

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呑み放題の「日本酒」は、「えっ」と思わず顔を見合わせるほどの、えも言われぬ代物。「生酒」を卯木さんは追加注文する羽目に。

部屋に戻ってからの集いも最近はおとなしいもので、日付が変わる前には各自の部屋に退散・・・。

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この日の宿は、かつて「簡保の宿」と言われていたところを「大江戸温泉物語」が買い上げ、プロデュースしている「諸国湯巡りの宿」の一つです。広大な敷地に宿泊棟、スポーツ棟、 ビバ・ハワイなどの施設がレイアウトされています。

朝食を終えて、出発までの時間に周辺を散歩しました。緑の森の中に、ぜいたくな施設が・・・。「かんぽの宿」問題など、いまさら言うのも詮無いほど、呆れ果てた実態が次から次へとマスコミを賑わわせています。この施設もぜいたくの限りを尽くして建設、立ち行かなくなって安売りしたものなのでしょう。

日光と言えば東照宮。でも一味違った「もう一つの日光」探訪は改めて。

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「元気に百歳」クラブ、編集スタッフと打ち合わせ

6月11日〈木〉は、東京で1つ、小田原で2つ、編集の打ち合わせがありました。小田急線を行ったり来たり、大忙しの1日でした。

11時半に、新宿紀伊国屋書店の近くの新和食Dining「隠れ坊」で、「元気に百歳」クラブのクラブ誌『元気に百歳』の編集打合せです。お会いしたのは、10号記念の編集委員長・藤田賢吾さん、スタッフの森田多加子さん、山下昌子さん、事務局の板倉宏子さんの4名です。

昼食をとりながら2時間ほど、編集作業上のさまざまな疑問点や、具体的な方法などを、話し合いました。藤田さんは「電通」OB、スタッフのみなさんもこれまでに本づくりの経験が豊富で、しかも、パソコンを縦横に使いこなしている方々です。質問も専門的なことに及びました。

10号記念号ということで、これまでの編集方針とは少し趣を変えて、できるだけ多勢の会員に寄稿してもらおう、と工夫を凝らしています。原稿締切りは6月末日で、これから本格的に原稿は集まってきます。スタッフのみなさんのご苦労はつづきます。

10月10日には、例年通り、九段会館で出版記念の集いが開かれます。それまでにしっかりと本を仕上げ、会員のみなさんに送り届けなければなりません。編集作業とともにスケジュール調整、進行管理がこれからスタートします。

午後になると夏を思わせるポカポカ陽気となりました。新宿から小田原へ。印刷所に「夢工房の本」という栞が出来上がっていました。とりあえず必要な分を受け取りに行きました。

その後、小田原駅近くの増田昭一さん宅へ。小田原の「城北9条の会」の小林恵二さんを交え、今進行中の新しい本『戦場のサブとゴン』(仮題)の出版記念の打合せです。7月末の発刊に合わせ、これまでの増田昭一さんの仕事を多くの市民に知ってもらおうと、「原画展」と増田さんのトークの会を開催したいと思っています。詳細は改めて。

その後、田代道弥さんと小田原駅の反対側の喫茶店で待ち合わせて、「小田原ライブラリー」の原稿打ち合わせ。

翌日は朝早く、東北地方へ向かう田代さん。私も明日は、首都圏出版人懇談会の総会に参加するために日光・霧降に行きます。あわただしく秦野に帰りました。

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我が家の庭の花たち

日曜日は午前中、机に向かっていましたが、午後からは庭に出て、梅の木の剪定とビワの実の収穫をしました。

葉っぱが生い茂り、風通しが悪かった庭は、少しすっきりしました。風が通い、木の陰に隠れていた花々に日が当たりました。

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サツキの花が1輪残っていました。

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バラの花2種も陽の目を見ました。

薄紫色の花びらはオキザリスです。

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名前を知らない小さな花もありました。

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種類の違うアジサイがもう1つありました。

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サンショウの実と若葉は食卓に上がり季節を感じさせてくれます。

肝心の梅の実は、今年はほんの少ししか収穫できませんでしたが、ビワが大豊作。瑞々しく、甘く、食後の果物としてここのところ毎食出るのですが、食べ飽きません。皮を剥く爪が少し痛くなるほどです。

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かまくら市民活動の日フェスティバルで『北鎌倉の神々』誕生秘話を語る

鎌倉駅から徒歩3分のところに「鎌倉生涯学習センター」があります。6月5日〈金〉~7日〈日〉、センター地下会場では「第11回かまくら市民活動の日フェスティバル」が開かれ、市内59の団体が活動紹介のパネル展示を行っていました。

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北鎌倉湧水ネットワーク〈野口稔代表〉は、パネル展示とともに、「北鎌倉おとな探偵団が楽しく語る『ガイドブックに載らない 北鎌倉の神々』誕生秘話」という集いを開催しました。

この集いは、6日〈土〉午後1時から3時まで。私は、午前中のNPO法人自然塾丹沢ドン会の名古木・棚田の田植えを途中で抜け出し、バス・電車を乗り継いで鎌倉へ向かいました。2時半過ぎに到着、何とか間に合いました。

『北鎌倉の神々』誕生秘話は、終盤に差し掛かっていました。この日の進行は、北鎌倉・香り小物の店「香り仕事」のオーナー・嶋本静子さん。もちろん『北鎌倉の神々』〈夢工房刊〉に紹介されていますし、ガイドブックをお店に置いていただいています。

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駆けつけ3杯ではありませんが、さっそく私にマイクが向けられました。

「この本が他の一般のガイドブックと違うのは、北鎌倉に住んでいる多彩な仲間たちが、それぞれの得意技を生かして、路地裏の生活文化や地域の宝物を掘り起こし、地域の元気づくりに生かそうとしたことにあります。

最初は一部カラーの予定でした。原稿が集まり、カラー写真が集まり始めると、白黒ではせっかくの写真が生きない、とにかくいい本をつくろうと思いました。定価の千円は決まっていましたから、オールカラーにするには、初版部数を増やす必要があります。また、当然制作費用が増えます。夢工房の大蔵大臣である我が連れ合いに相談しました。

『いいんじゃない。オールカラーがいいよ』と。

この本が出来上がり、夢工房始まって以来の売れ行きを示しました。1年弱で増刷まで進んだのは、原稿執筆、写真撮影を担当した「おとな探偵団」のメンバーをはじめ、取材に快く応じていただいた地域の方々、地域における多彩な販売活動など、地域の総合力の成果でした。

デジカメや通信機器など、ITの最新技術を活用しながら、これからも紙を使った本づくりを続けます」と私は話しました。

この本のプロデューサー的な役割を果たした野口稔さんは、「本を創り出すという目標に向かってよい仲間づくりができました。仲間たちとの信頼関係、出版社との信頼関係がなければ、この本は誕生しなかったと思います」と、語ってくれました。

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本づくりと、その後の地域とのかかわりの中で、さまざまなネットワークが広がります。いい仲間にめぐりあえ、新しい世界が広がります。地域で本をつくる醍醐味を実感するときです。

打ち上げは、鎌倉駅近くの焼き鳥屋「鳥秀」さんでした。

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「北鎌倉おとな探偵団」のメンバーに加えて、写真家の関戸勇さん、香り仕事の嶋本静子さんも駆けつけました。

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『北鎌倉の神々』増刷分の完売に向けて、みんなで気合を入れ直しました。

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名古木の棚田で丹沢自然塾の田植え

6月6日〈土〉は、朝から雨模様。でも、予定通り名古木の棚田で田植えを行いました。NPO法人自然塾丹沢ドン会が主催する「丹沢自然塾」の塾生、一緒に来た子どもたち、ドン会会員が、雨合羽を着て勢ぞろいです。

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作業を始める前に記念写真。この後もさらに参加者は増え、総勢70名余りになりました。

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田んぼ担当の金田さんが、この日の作業の説明です。

「畦は雨でぬれて滑ります。足の裏に力を入れて歩いてください。ドン会のメンバーが苗取り、田植えの指導をします。手本を良く見てやりましょう。最初に苗取り体験、その後に班に分かれて、それぞれの棚田で田植えをします。お昼までにみんなで力を合わせて終えましょう」

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田部井さんと私が苗取りの手ほどきをしました。30分ほどで苗取り完了。

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大きな田んぼ、小さな田んぼに分かれて田植えです。

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色とりどりの雨合羽が田んぼに映ります。

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ローターアクトクラブのメンバーも大勢参加しました。

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雨の中の作業、笑顔がはじけます。

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苗取りをした田んぼを代掻きし、平らにしています。

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子どもたちも工藤さんに教わりながら小さな棚田で田植えです。

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いつの間にか長靴を脱いでいる子どもたち。嬉しさが伝わります。

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テントの中では、昼食の準備。

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取れたての野菜。ラディッシュが大きい。

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トン汁にご飯の用意も。

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残念ながら私は関野さんの手づくりパンを1切れいただいて、11時過ぎには棚田を離れなければなりませんでした。鎌倉市生涯学習センターで「『北鎌倉の神々』出版秘話を語る集い」に参加しましたが、そのレポートは改めて。

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梅雨入り目前、アジサイの色濃く

梅雨入り目前、我が家の庭のアジサイが色濃くなりました。

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ドクダミの花も咲いています。

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ビワの実も黄色く色づきました。

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小粒ですが、自然の甘みがなによりです。☆くんもパクパクと食べます。

小粒と言えば、山椒。庭に自生する青い実を潰して連れ合いがドレッシングを作りました。冷奴や焼き魚にかけると、スーと抜けるような大人の味に。お試しあれ!

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秦野市名古木の棚田で早乙女と苗取り

6月4日〈木〉は、朝からどんよりとしたうす曇り、農作業には絶好の天気です。秦野市名古木の棚田には、早乙女らがすでに苗取りの準備をしていました。Dscn4766

私もさっそく田んぼ用の地下足袋に履き替え、田んぼに入りました。

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田部井さんに手ほどきを受けながら、フォルクローレの木下さんは苗取りの実習です。

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早乙女も加わりました。

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金田さん、染谷さん、田中舘さん、木下さん、木下さんの奥さん、田部井さん、片桐の少数精鋭です。

苗の根を切らないように回りの土ごと苗を抜きます。土を水で洗い落とし、4~5センチほどに束ねます。藁を1本使った結わえ方は、昔取った杵柄で、私が見本を示しました。金田さんも、染谷さんも見よう見真似でやっています。

「片桐さん、もう1回やって見せて!」と金田さん。

「見るとやるとでは大違い。しっかり見て!」と、4回目の時には「これでお終いで~ス」と言い渡しました。金田さんは、「藁をもつかむ思い」で私の手元を見ていました。棚田に笑いがこだましました。

6月6日〈土〉の自然塾の田植えでは、塾生に苗取り体験もしてもらいます。それ用に少し残してあります。

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青々とした、しっかりした苗が育ちましたが、発芽率が少し悪く、「苗が足りるかどうか・・・」と田んぼ担当の金田さんは少し心配顔。

いずれにしても「1本植え」をします。

田植えと言えば、常識的には「3~4本」ずつ植えるのが当たり前。でも、「1本植え」はこれまでに何回か実証済みです。丈夫な苗の力に期待しましょう。

明日は、いよいよ名古木の復元棚田の田植えです。

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平塚市「八幡山の洋館」で「満州の星くずと散った子供たち」DVD上映会

5月31日〈日〉午後は、小田原・伊勢治書店のギャラリー「新九郎」で東泉院住職の岸達志さんの「禅の講話」を聞きました。東泉院で行われている座禅会に参禅されているみなさんが、一般の方にも是非聞いてもらいたいと企画された催しです。

実は5月16日に開催された「第16回透谷祭」の会場で岸さんからご案内をいただきました。一度ゆっくり岸さんのお話を聞きたいと思っていた矢先のことで、勇んで参加させていただきました。

会場の正面には、3副の掛け軸が掲げられ、それぞれに「関」という字が書かれていました。

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天下の険・箱根の「関」から説き起こされた話は、やがて人生の「関」に及びました。一人ひとりの人生における「関」である関門、試練が人を育て、他の人に優しくなり、それぞれの人生を豊かなものにする。

今の時代は、「易きにつき、我が身がよければ、お金があれば何でもできる」という風潮が蔓延しています。長い禅の修業を経て得られた岸師の講話と、その後の「十牛図」の寓話に、会場一杯の参加者から拍手が送られました。

講話の余韻が冷めないまま、JRで平塚駅に向かいました。ボージラールの和田さんから、DVD上映会のご案内が届いていましたが、間に合えば参加したいと電話で話していたのです。

昨年夏、海老名と横浜で「満州の星くずと散った子供たち」という、歌と朗読でつづる小さな命のものがたりが上演されました。原作は、増田昭一「満州の星くずと散った子供たちの遺書」〈夢工房刊〉です。その横浜みなとみらい小ホール上演のDVDの上映会です。

会場は、本年4月にオープンしたばかりの平塚市八幡山公園に移築された洋館です。明治45年(1912)年に竣工したと推定されている、国の登録有形文化財に登録されている建物です。

元はと言えば、明治38年に日本火薬㈱の英国人の住宅として建てられたものが明治44年に火災で焼失。それを再建したものと言います。後に海軍火薬しょうが買収し、建物は「将校クラブ(水交社)として使用されました。

さらに戦後は、横浜ゴム㈱が払い下げを受け、応接室や会議室として使用されていましたが、平成16年4月に横浜ゴム㈱から平塚市に無償贈与されることになり、八幡山公園に移築することになりました。

今後の保存・活用のために移築・復元工事を行い、ようやくこの4月にオープンしたと言うわけです。

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私が会場に着いたときは、DVDの上映も終わり、この日参加されていた甘利真美さんがピアノの弾き語りの真っ最中。

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平塚市会議員の江口友子さんが、平和を考える催しをこの戦争遺跡でもある洋館で今後も開きたいと話しました。

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ボージラールの和田さんは、お見えになっていた大蔵・平塚市長のご紹介をされました。

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平塚駅から徒歩7分ほど、八幡山公園の緑の中に愛称「八幡山の洋館」はたたずんでいます。

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会の終わった後、江口さん、和田さんと少しお話をさせていただきました。

この洋館のオープンには、大蔵・平塚市長の並々ならぬ地域の文化への想いがあったと言います。移築・復元のノウハウを是非、秦野で行っている「市民トラスト・旧梅原家洋館の再建」運動に生かしたいと思いました。

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間もなく名古木の棚田で田植え

6月6日〈土〉は、NPO法人自然塾丹沢ドン会が秦野市名古木で復元した棚田で田植えが行われます。そのための準備作業がドン会会員や自然塾の塾生の参加で行われ、ようやくめどがたちました。

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雑草を取り、代掻きをし、畦を塗り、ようやく棚田に水が引き込まれました。

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苗も順調に育っています。田植えに先立って、6月4日〈木〉には、苗取りの作業を予定しています。

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「無名人からの伝言」東京新聞に紹介

6月1日〈月〉の「東京新聞」こちら特報部のページに野口稔著「無名人からの伝言―大利根用水に賭けた野口初太郎不屈の人生―」〈夢工房刊、定価1575円〉が大きく取り上げられました。

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「東京新聞」では、これまでも夢工房の出版物を独自の切り口で、たびたび紙面に紹介していただいています。今回の記事は、特報部の野呂法夫デスクに書いていただきました。

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さっそく朝から本の 注文の電話が入っています。

今の日本の社会に蔓延している「自分だけよければ・・・」や「今が楽しければ・・・」という自己中心、刹那的なものの考え方とは対極にある、野口初太郎という無名人の成し遂げた大事業を多くの人々に知っていただきたいと思います。

初太郎は、命の水を下総台地に引き入れるために「大利根用水」事業を企画し、30年余の歳月をかけて実現、米どころ干潟八万石を創り出した大立役者でした。

著者の元共同通信記者の野口稔さんは、記事の中で「地域で活躍した稀有な無名人は多い。そうした先人を発掘し、町のルーツなどを考える契機となれば初太郎も本望でしょう」と、メッセージを語っています。

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湯島「ふくろう亭」に向かう途中、ファミリーデパート「吉池」へ

5月30日〈土〉は、朝、名古木の棚田に出かけ、銀座のギャラリーで「笹川香織展」に立ちより、御徒町駅から湯島に向かいました。駅前にはいつか中に入ってみたかったファミリーデパート「吉池」があります。

中を見ると、ちょうど89周年の「創業祭」セールの真っ最中、大いににぎわっていました。チラシには「大正9年5月オープン」とあります。「吉池」の経営者は新潟県人です。

ところで、箱根湯本の「吉池」旅館は同じファミリー経営。かつて「箱根温泉旅館協同組合」の記念誌づくりに携わったときに編集委員の一人が吉池旅館の代表者で、新潟県出身と言うことが分かってから随分と親しくさせていただいたことがありました。

1階の食品売り場や、2階のお酒売り場には、全国の美味しいものが所狭しと並んでいましたが、新潟県産のものがいやに目立つレイアウトなのは、やはりと思ってしまいました。JRの電車の中からだけ見ていた「吉池」に念願の初登場のひと駒でした。

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「吉池」を出て歩道を歩き始めると、いやに赤い旗が目立ちます。東京オリンピック誘致のデモンストレーションです。

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歩いて10分ほど、地下鉄湯島駅近くの「ふくろう亭」は、自費出版編集者フォーラムのメンバーの一人元日本経済新聞社記者の杉見さんがオーナーで、その息子さんが包丁を握っています。

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この日は、フォーラムの編集会議が午後3時からありました。「ふくろう亭」は名前が示すように、オーナーの杉見さんが、趣味のふくろう集め2000点余り、ふくろうの版画制作300点、挙句の果てに「ふくろう版画帖」を自費出版。新聞社を退職した後にとうとう、酒処「ふくろう亭」を開いたものです。

店内のいたるところに「ふくろう」が展示されています。

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2時間ほどの編集会議のあとは、例によって美味しい酒の肴と日本酒で喉を潤しました。

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銀座で「笹川香織展」

5月30日〈土〉は、午後から東京です。笹川香織さんは、小田原の伊勢治書店でご縁のあった「似顔絵セラピー」のケンイチさんの奥さんです。個展の案内状が届いていました。ちょうど自費出版編集者フォーラムの集まりが15時からあり、その前にちょっと立ち寄ってみましょう。

小田急線、千代田線、銀座線と乗り継いで、新橋まで。博品館近くの「Live & Moris Gallery」で開催中の「笹川香織展」は、今日が最終日でした。

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会場はビルの地下2階。

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危うく通り過ぎようとしてしまいました。

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会場には先客がありました。作者と旧知の方のようで、しかも作品をお買い上げいただいたようです。

笹川香織さんは、1980年、東京生まれ、多摩美術大学を卒業のあと、東京藝術大学大学院日本画修士課程を2006年に修了されています。お連れ合いのケンイチさんとは、似顔絵世界大会で出会ったとか。

一回り作品を鑑賞させていただいたら、笹川さんから声がかかりました。

「ご案内を差し上げていますでしょうか・・・」

「ええ、ケンイチさんから頂きました」

小田原での出会いをお話しました。ケンイチさんは今日は福島に出かけているとのこと。

「緑と蒼の色使いが独特で、いいですね」と言いながら、モネの「睡蓮」のイメージと重ね合わせていました。

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若い日本画家のこれからの活躍が楽しみです。

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今にも雨が降り出しそうなどんよりとした銀座は、歩行者天国になっていました。有楽町駅の近くのジャンボ宝くじ売り場は長蛇の列です。

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でも、JR有楽町駅のガード下のこの売り場には誰もお客さんは並んでいません。

JRで御徒町駅まで行き、そこから湯島の「ふくろう亭」までぶらぶら歩きましたが、そのことは改めて書くことにします。

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紫藤邦子さんのイタリア暮らし

5月26日〈火〉夕方、秦野駅近くで「旧梅原家洋館再建の会」の打合せがありました。2日前に紫藤邦子会長がイタリアから1か月ぶりに帰国。長旅の疲れも見せずに、この日の事務局会議に出席されました。

4月下旬から1か月間、イタリアのとある街で暮らしながら美術学校に通い、フレスコ画を習った紫藤さんは、その日の出来事を毎日のようにノートに描きました。

再建の会の打ち合わせが始まるまで、イタリアでの暮らしぶりをお聞きしました。その街は、周囲を穏やかな山に囲まれ、街の中を川が流れ、私たちが暮らしていいる丹沢山ろくの秦野の街と似ているそうです。

石畳の道路、幾百年の風雪に耐えてきた街並み。人々はそれらを壊すことなく保存し、そこに暮らしています。迷路のような道路は、外敵から街を防衛するための工夫の一つです。

建物は古く、エレベーターがあるわけではありません。通りすがりの観光客であれば、この上なく不便で、非効率の街に見えるでしょう。

街は観光で成り立っているのです。観光客をもてなした後は、街の住民たちが生活を楽しんでいます。夜遅くまで明るく活気のある街。

そんな街に1か月暮らしてみると、その不便さを当たり前のように受け止め暮らしている街の人々の穏やかな時間の流れに気づきます。それに身をゆだねる心地よさに浸ったと言います。

ゴミや馬糞で汚れた街路を、朝4時ころからウオッシャーが走り回り、きれいにします。人々が起き始めるころには、キレイさっぱりになった街並みが朝日に輝いています。

そんな街の中を和服姿で歩き回り、美術学校に通いフレスコ画を習ったそうです。

井上ひさしさんの「ボローニャ紀行」という本があります(2008年3月、文芸春秋)。ミラノ空港に降り立った井上さんは、ふっと一息ついてタバコを吸っているとイタリア男に声をかけられたそうです。小型バスを雇っていてボローニャにこれから行こうとしているときのことで、てっきりその運転手と勘違い、やり取りに気をとられていました。

その男は突風のようにさっと向こうに行きました。「何だろう、いまの男は・・・」と思いながらふと手元を見ると鞄がありません。中には帰りの航空券、筋子のおにぎり2個、1万ドルと百万円の札束が2つ。ボローニャの古地図と書き溜めたノート。

紫藤さんもイタリアに着いたその日に同じような体験をしました。身体に付けていた10万円だけが残りました。でも、この10万円で1か月やり繰りしようと開き直りました。

お陰で(?)、街の中を歩き回り、安くて美味しい食材を買い求め、自炊生活を楽しみました。災い転じて福となす、柔らかな思考回路がイタリア暮らしを豊かなものにしたのでしょう。

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もうすぐアジサイの季節

バラの後に控えているのは、アジサイの花です。

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「墨田の花火」という名前のアジサイです。どこか線香花火の風情に似ています。

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アジサイは挿し木で増やすことができます。我が家の庭では、梅雨の季節にそなえて小さな蕾が色づき始めました。

梅雨時の雨は生き物たちや自然界にとって恵みの雨。色とりどりの傘や長靴を履いた子どもたちの姿がもうすぐ見られることでしょう。

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夜の会フォーラム「カツオを食し元気になる会」開催

5月24日〈日〉夕方、箱根町湯本正眼寺で開催された、第91回夜の回フォーラムの例会「カツオを食し元気になる会」に小雨の降る中、30名余りの会員が集まりました。

「夜の会」は、2月に1回、小田原と箱根で交互に例会を開きます。会員の仕事や研究、ときには、会員以外の講師を招いて500円の参加費で、缶ビール1本を傾けながらトークと質疑をおこないます。

年6回の開催ですから、もう15年以上「夜の会」の例会はつづいています。当初は会則も会費もない、「いい加減」な会でしたが、2年ほど前からは、年5000円の通信会費を集めて、会報「よる」を発行し、会員に届けています。

会場の正眼寺・起雲閣は、箱根湯本駅から徒歩約15分。この日は、箱根登山電車でご一緒した蛭田さんと雨の中を歩きました。蛭田さんは、いま若手落語家の中で注目されている「林家三三」さんの父親です。三三さんが駆け出しのころ、この正眼寺の本堂で落語会を開いたことがありました。

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この日は、恒例の「初ガツオ」を食べる会でした。会費2500円、「米の雫」を持ち寄り、会の世話人の一人である「阿部シェフ」が、いつものように腕を振るってくれました。

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この日用意した料理の数々を阿部さんが説明してくれました。

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カツオ、煮物の料理は、いつも阿部さんと奥さんの手によります。その他の食材も地元で美味しいと評判のえりすぐりのものを仕入れてきました。

この日は、少し華やかな雰囲気が会場に漂いました。

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箱根細工の名人・二宮義之さんが、4人の修行中のからくり職人を連れて参加しました。デザイン、漆、和装などを学んだ畑違いの女性が、箱根のからくり細工に取り組んでいます。「箱根細工の後継者として期待しています」と二宮さんは参加者に紹介しました。

初参加の人もあり、この日は全員自己紹介を行いました。

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元病院長、元県職員、現役の公務員、元教師、作家、詩人、町会議員、箱根細工の職人、元鉄道マン、ヘッドハンター、商売人、元市議会議員、税理士、元書店主、僧侶、編集者などなど、実に多彩な地域の方々が会員になっています。

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この4人の方々は、県立小田原高校の同級生です。

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会場を提供していただいている正眼寺ご住職の小野宗幸さんは、阪神淡路の震災のときにボランティア活動に参加した経験をお持ちです。「放光山」という正眼寺の寺報を発行したり、ともに学び合う寺子屋「放光塾」を開いたり、若い住職はさまざまな新しい取り組みを始めています。

「夜の会フォーラム」のこれからの活動は、若い世代の参加が鍵を握っています。若者よきたれ!

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「せんたく」北川正恭さんの「国と地方の創りなおし」を聞く

5月22日(金)午後、平塚法人会第40回総会で、地方分権や「マニュフェスト」の提言でおなじみの北川正恭さんの記念講演「国と地方の創りなおし」があり、参加しました。

まず秦野駅から中井町を通り、JR二宮駅までのんびりしたバスの小旅行です。面白いバス停の名前を書き出してみましょう。

猪分、原、井ノ口、北窪、梅ノ木、一色、下谷、岩崎、中里、中島、堂面・・・。かつての風景や暮らしぶりを感じさせる地名が今も残っているようでした。

二宮駅から大磯駅までJRに乗り、大磯駅から会場の大磯プリンスホテルまでは無料バスが手配されていました。

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西湘バイパスを通り、平塚・鎌倉方面に行くときは海岸線からこの建物は何回も見ていますが、大磯プリンスホテルにくるのはこれが2回目です。この日は少々汗ばむくらいの夏を思わせる気候でした。

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北川さんは、1944年生まれ、三重県議会議員、衆議院議員、三重県知事を経て、いま早稲田大学大学院教授。来る衆院議員選挙を日本のこれからを洗濯(選択)する大事な選挙と位置づけ、「地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合」を立ち上げその代表に就任している方です。

1時間半ほどの講演では、明治維新以降の日本の近代化のあゆみを概観しながら、世界規模の政治・経済の激動の中で、これから日本の進む道をいまこそ問い直す必要性を話されました。

三重県知事時代の経験を踏まえ、これまでの「事実前提」の経営から、「価値前提」の経営へ転換する必要が、日本の経済、政治などすべての分野で求められ、それなくして「国と地方の創りなおし」は不可能であると話されました。

夢工房から2008年2月に発行した『かながわの自由民権探索』(正・続 大畑哲著)を取り上げていただいた「東京新聞」(2008年3月3日)の記事では、北川さんが進める「せんたく」について、「なるか平成の民権運動」として、その先進的な取り組みを紹介してありました。

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地方分権、マニュフェスト、情報公開、生活者視点、行財政改革などのテーマに見られるように、日本が大きく変わろうとしているいま、その転換を進める原動力は、一人ひとりの「人が変わる」ことだと言う北川さんのメッセージを強く感じました。

これまで行われてきたことに軸足を置く「事実前提」から、将来の夢やあるべき理想をかかげる「価値前提」に立ち位置を変えることで、これからの日本の「国や地方を創りなおそう」という壮大な政治・文化運動なのだと合点がいきました。

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☆くんとバラと初めてのお風呂

☆くんと連れ立って鎌倉に出かけました。行き先は神奈川県立フラワーセンター。

バラ好きの連れ合いは前々から行ってみたいと、新聞やインターネットで大船フラワーセンターの情報を集めていました。天気もよし、バラの花も見ごろということで、☆くんを誘って出かけることにしました。

「早起きは三文の得」の言葉どおり、9時に秦野を車で出発すると、海岸線の国道は渋滞もなく、駐車場もまだ余裕がありました。

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入口には、「65歳以上、高校生以下、・・・は入場無料」とありましたが、場内に入ると平日だけに、年配の人たち、幼稚園児や小学生で一杯でした。

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近くの小学校2年の子どもたちはバラの花の絵を描きにやってきていました。

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抜けるような青空をバックにバラの花が輝いています。

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これでもかというほどのボリュームの360種類、1200株のバラが真夏のような園内で来場者の目を和ませています。

鎌倉にきたついでです、鎌倉文学館にも立ち寄ることにしました。規模は小さいながらも、ここには181種類215株のバラが植えられています。

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鎌倉のやまふところに抱かれるように建つ文学館、バラの花と常設展示も見逃せません。

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文学館のパンフレットには、1点1点のバラの種類も書かれていました。

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鎌倉は、いま修学旅行や一般の観光客の人たちで一杯です。早めの帰り道、国道134号線もスムーズに流れていました。

2か所のバラ園とは比べようもありませんが、我が家の庭のバラも、日々潤いを与えてくれています。

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この後、☆くんと初めてお風呂に入りました。30年も前に我が子2人を育てていたとき以来のことです。せっけんで身体を洗い、シャンプーハットをつけて髪を洗いました。湯船につかりながら、私が両方の手の間から「噴水」をすると、☆くんは真似をするようにお湯すくう仕草をします。

子育ても めぐりめぐりて 湯船かな

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㈱アルファさんとのお付き合い20年

5月19日〈火〉朝、小田原の印刷会社の㈱アルファの露木常務と大島営業部長が夢工房にお出でになりました。恒例の年に1度2人そろっての夢工房訪問です。伊勢原・茶加藤の新茶をお持ちになりました。

1時間半ほど、出版・印刷業界のことや世の中のさまざまな出来事をお話しする中で、お互いの年齢のことが話題に上りました。

露木さんは50歳になったばかり、大島さんは一見のイメージより相当若い56歳でした。還暦を迎える私とは年齢そのものは結構離れていましたが、この経済不況の中を何とか生き延びて行こうとする想いは共通していました。

もっとも、アルファさんは従業員60人規模の会社、夢工房はといえば私と連れ合いの2人の超零細の出版社ですから、どだい比べようはありませんが・・・。

アルファさんとは、地域出版・夢工房を始めて間もないころからのお付き合いです。昨年夏に開催した「夢工房20年の集い」には、露木さんにお出でいただいています。

本の制作をお願いしている夢工房と、それを受けて印刷・製本の実際を担当してもらっているアルファさん。結局のところは、「いい本をお客さんにお届けする」という考えで繋がっているのです。

「本は一人歩きをして夢工房の営業マンになり、次のお客さんを連れてきてくれます。もちろん経済が成り立たなければ継続はないのですから、そのセメギ合いの中で、さまざまな工夫を凝らします。最終的にお客さんの満足につながる本づくりに努めています」

お2人は、私の話にうなづいてくれました。

これからも、編集者・発行者としての夢工房と、印刷・製本のハードを担当していただいているアルファさんのお互いの切磋琢磨で、みなさんの多種多様な本づくりの要望に応えて行きたいと話し合いました。

インターネットやパソコンなどが普及し、将来はペーパーレスの社会になると十年も前から言われています。「されど本は死なず」です。これからも、紙を媒体とした「本の有効性」はなくならないと思います。その可能性に賭けたいものです。

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第16回「透谷祭」を小田原・高長寺で開催

5月16日〈土〉は、明治の小田原が生んだ、近代日本の詩人・思想家である北村透谷の命日です。

明治元年(1868年)12月29日、小田原町旧唐人町(現浜町)で生まれた北村透谷(本名、門太郎)は、明治27年5月16日、満25歳のときに東京芝公園地の旧住居の庭で自死しました。

北村透谷の思想と文学、人物を探り顕彰し、まちづくりに生かそうと、「透谷没後百年祭」を高長寺で開催したのは、平成6年(1994年)5月15日のことです。

「没後百年祭」で中央大学の金原左門教授は、この文化運動を「一過性のものにしない」と明言しました。果たして「透谷祭」は、回を重ねること16回。ここまでつづいたエネルギーは、文学・文化・小田原を愛するゆるやかな市民のネットワークならではのことです。

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透谷祭の会場は、小田原駅新幹線口より徒歩5分の高長寺です。

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高長寺境内にそびえる白モクレンは、小田原市天然記念物の指定を受けています。

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北村透谷の墓前で読経する高長寺・小川住職。

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透谷の墓は、もともと東京芝白銀台の瑞聖寺にありました。透谷夫妻の墓地が区画整理のために移転することになり、長女の堀越英子さんが、北村家先祖の墓所のある高長寺を訪れて改葬の相談をされ、昭和29年(1954年)5月28日に透谷夫妻の遺骨を埋葬、供養法会を営みました。

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「透谷祭」会場の高長寺庫裏には、透谷の写真が掲げられました。

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この日の司会は、小田原市栢山の詩人・竹井邦夫さんです。

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乾杯は、南足柄市の民話研究家・湯山厚さん。

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透谷の遺族の堀越嘩子さんは毎年、鎌倉からお出でになります。

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八王子からは、透谷と深い交わりがあった秋山国三郎の遺族・秋山国子さん他8名の方が参加しました。

この日はまず、3人の話題提供者によるトークががありました。

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透谷の特集を「民衆」誌に編集した福田正夫の娘・福田美鈴さんは、父・正夫がなぜ透谷に関心を寄せていたのかを語りました。

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透谷の「三日幻境」の作品の舞台である八王子市上川口村のいまと、透谷と秋山国三郎の交友を語ってくれた石橋亨さん。

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小田原在住の作家・小田淳さんは、小田原城址公園にある「北村透谷記念碑」が、いままた移転の危機にある現実に触れ、小田原の文化的状況の変化をうながすためには何が必要なのか問いかけました。

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3人のトークの後は、参加者からの質疑が多数寄せられました。秦野市在住の詩人・加藤三朗さんは、「透谷は、西欧のものをそのまま日本に輸入すると言う意味でのインテリゲンチャーではなかった。日本独自のものにするために苦悩した」というユニークな視点で話しました。

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金原左門・中央大学名誉教授は、「透谷没後115年と意味、透谷がなぜ自死したのかということを改めて問い直そう」と来年の透谷祭へ向けた課題を参加者に投げかけました。

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小田原市久野の東泉院の岸住職の閉会のことばを最後に第16回透谷祭は終わりました。

10名ほどの有志は、小田原駅近くの「美加」のカウンターに場所を移してさらに透谷を語り合いました。

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丹沢自然塾「田植えの準備」に汗を流す

5月16日〈土〉は、2009年丹沢自然塾の第2回が開催されました。6月6日の田植えの前にやらなければいけない作業がたくさんあります。この日は、田んぼの草取りと、畦塗り作業です。

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この日の名古木の棚田です。里地・里山の緑はすっかり濃くなりました。

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水苗代の回りは、動物よけのネットで囲んでいます。

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塾生たちの受付です。お互いに声をかけやすくするために1年間使える名札を付けることになりました。

田んぼ担当の金田さんが苗の生育状況を確認しました。「今のところ丈夫でいい苗が育っています」とお墨付き。

同じく田んぼ担当の田部井さんには、田んぼの中の草取りと畦塗りのやり方を実地に見本を示してもらいました。その後、この日集まった40人ほどのメンバーがいっせいに田んぼに入り、作業にかかりました。

私は、1時間半ほど畦塗りの下地作りの作業をやって、残念ながらこの日は早退です。

午後は、小田原駅近くの高長寺で開催された透谷祭に出席しました。

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我が庭のバラの花

うっそうと樹木が生い茂っている我が家の庭の緑の中で、さまざまなバラの花が咲き始めました。

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このほかにも数種類これから蕾をふくらませるバラがあります。朝起きると窓を開けて庭の花を眺める楽しみは当分続きそうです。

番外ですが、石楠花のふくよかな花びらです。

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レヴィン7回忌、盧佳世セカンドアルバム発売記念コンサート

5月10日〈日〉、千葉県東庄町の鯉屋旅館で「盧佳世 夢を語る~セカンドアルバム発売記念会~」が開かれ、私も参加しました。

この会は、レヴィンこと高木昌宣(まさよし)さんが、2003年5月2日に無謀運転の32トンの大型トレーラーの横転事故に巻き込まれ、26歳の若さでこの世を去って6年、7回忌に合わせて開催されました。

レヴィンが残した詩やエッセイは、『レヴィンの系譜・1 僕は君の月に・・・』、『レヴィンの系譜・2 僕がたしかにそこに在たこと』として2冊の本にまとめられ、2005年5月2日に夢工房から発行されました。

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盧佳世さんは、レヴィンの詩を作曲し、これまでに「かたち」「悲しみの雨の中で」「蒼い空」「時がたてば」などを、横浜・鎌倉・大分・東京などのコンサートで歌いつづけています。盧さんのセカンドアルバム「海渡り」には、その中から「時がたてば」「蒼い空」の2曲が収められています。盧さんは先日、NHKラジオに生出演し、トークと歌で全国デビューしています。

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会場の鯉屋旅館です。

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旅館の横を流れる川は、利根川に注いでいます。

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東庄町の岩田利雄町長の祝辞で記念会は始まりました。

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レヴィン文化財プロジェクトの仕掛け人・野口稔さんの乾杯のあいさつです。

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この日の参加者は90名余り。大分でフォーク村十三夜の代表をしている森進一郎さんのメッセージが披露されました。昨年のレヴィンのコンサートで、盧佳世さんと共演していただいた森さんは、初代「かぐや姫」のメンバーで、現在も音楽活動をつづけています。

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しばし歓談の後にコンサートが始まりました。

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レヴィンの詩の中から「かたち」を歌ってくれました。この詩の中の言葉を本のタイトルにしました。

「かたち」

あなたが悲しむのなら 僕は雨になろう あなたの涙を隠す 優しいヴェールになろう

あなたが迷うのなら 僕は月になろう 闇を歩くあなたの足元を そっと照らしてやろう

あなたの傍らで・・ あなたを守ろう・・

あなたが心を閉ざすなら 僕はオルゴールになろう 透き通る音色に変えて 僕は愛を奏でよう

かたちのない愛というなら かたちに変えて

あなたに届けよう

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盧さんはのびやかに歌ってくれました。レヴィンの飾らない言葉と優しいこころのメッセージが伝わってきます。

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レヴィンのお母さんと、この日の司会を務めたレヴィンの従兄弟さん。

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真ん中がレヴィンの妹さんです。

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ギターの矢野敏広さん。

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ベースの芹澤薫樹さん。

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盧佳世さんのセカンドアルバム「海渡り」は、東庄町教育委員長に手渡され、町内の小中学校に寄付されました。子どもたちにも是非聞いてほしいものです。

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東庄町町長、地元の入正醤油の社長、野口さんです。

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会の最後にレヴィンの父・高木利昌さんからお礼のことばがありました。レヴィンは数