市民・NPO活動

札掛・森の家で「丹沢自然保護協会」総会

ここのところ総会ラッシュです。4月26日〈日〉午後は、NPO法人丹沢自然保護協会の総会が丹沢札掛の森の家で開催されました。当初、協会が手配した秦野駅発のバスで会場まで行く予定にしていましたが、野暮用が重なってやむなく自家用車で出かけました。

前日の嵐が嘘のようにからりと晴れ渡り、新緑の丹沢の緑がまぶしい。

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途中、菜の花台の駐車場から下界を眺めました。秦野盆地の向こうに相模湾が見えます。

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視線を右に振ると真鶴半島から箱根連山が横たわっています。

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秦野盆地の中心街です。17万市民の暮らしは、丹沢の緑の水に浮かぶ小島のようです。

札掛・森の家には、15時少し前に到着。玄関先では、中村道也理事長と大沢副理事長が立ち話をしていました。ハイブリット車「プリウス」から降りた私に、中村さんが話しかけました。

「片桐さん、いつからプリウス?」

「もう7年。リースですよ」

「いま買い時だね。ハイブリット車の優遇で40万円補助が出るんだって・・・」 

久しぶりの丹沢、中村さんとお会いするのも半年ぶり。あいさつ抜きで話ができるのも中村さんのお人柄です。

定刻に始まった総会は、青砥副理事長が議長をつとめ、事務局の山形さんが事業報告・決算報告、新年度の事業計画案、予算案を説明。役員改選は一人、自己都合で理事を辞退された方がありましたが、その他は理事全員留任となり、現体制で次の2年間、協会を運営することになりました。

「丹沢の自然保護策について、行政の方針が決まる前に協会は政策提言を行い、具体的施策に反映させたい」山形理事が提案したNPO法人丹沢自然保護協会の基本的な活動方針です。そのためには、さまざまなノウハウの蓄積と人的ネットワークが大切になります。

帰りのバスに乗り遅れたご婦人を一人、私の車に乗せて出発。先行したバスにヤビツ峠で追いつき、無事に乗り換えることが・・・、というハプニングはありましたが、総会は滞りなく終了しました。

帰り道、菜の花台の手前で今度は雪煙を上げる富士山が目の前に現われました。

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太陽はまだまだ天上にありました。

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ローターアクトクラブの若者たち、「丹沢自然塾」入塾へ

3月21日〈土〉の夕方、秦野駅改札口で若者2人と丹沢ドン会理事長の工藤さん、私の4人で待ち合わせ、近くの喫茶店で話し合いをしました。仲間たちが、丹沢ドン会が開催する「丹沢自然塾」に入りたいというのです。

2人は、「相模原ローターアクトクラブ」地区代表の野村さんとメンバーで秦野市在住の相原さんです。

2月14日に寒川町で開催された「湘南地区県民討論交流集会」の今年のテーマは「環境  山から、川から、地域から」で、私の講演「丹沢の今と私たちの暮らし―循環する自然をむすぶ地域の担い手は?」を聞いた相原さんから連絡を受けて、お2人とは2月26日に私の自宅でお会いしています。この日は、それぞれの会を代表しての話し合いの場となりました。

「ローターアクトクラブ」と言っても私にはなじみがありませんでした。前回の顔合わせの際にいただいた資料には次のように書いてあります。

「ローターアクトクラブとは国際ロータリーが創立したもので、ロータリークラブにより提唱された18歳から30歳までの青年男女の集まりです。その目的は青年男女にロータリー精神を習得させロータリー活動をしてもらい、その修練を通じて将来の地域社会の指導者を育成しようとするものです」

「*ローターアクト=ロータリーとアクションを結合した造語で「行動するロータリー」と言う意味があります」

さて、それでは「ロータリー」とは何ぞや、と言うことになるのですが、それはちょっと横に置きます。

要は、頭でっかちになりがちなローターアクトの活動を少し変えたい。実際に丹沢山ろくで開催する「丹沢自然塾」の活動に参加し、自らの身体を動かしながら、自然環境や地域の暮らしの環境、さらには地球環境のさまざまな問題を考えるきっかけにしたい、というのです。

丹沢ドン会の活動の目的の一つは、私たちの世代から次の世代へ、伝統的な農村景観を伝え、引き継ぐことにあります。これまでの参加者は、シニア世代、壮年世代、子育て世代と幅はあったのですが、若者世代の参加は限られていました。

お互いの活動にとってプラスになる、ウイン・ウインの関係が成り立ちそうです。相模原ローターアクトクラブは、50名余りのメンバーに参加者を募り、「2009年 丹沢自然塾」に団体で参加することになりました。

「丹沢自然j塾」は4月11日〈土〉が開講。さっそく復元棚田の田んぼの畦塗りなどのカリキュラムが組まれています。若者のエネルギーで大地を耕し、忘れていた豊かな感性を取り戻し、次の世代につなげるバトンをしっかりと手にしてほしいと思います。

4月19日〈日〉に開催される相模原ローターアクトクラブの総会に出席することになりました。そこで、寒川町で使ったパワーポイントを短く再編集してレポートします。団塊世代のメッセージを伝える機会にしたいと思います。

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『北鎌倉の神々』増刷担当のモリモト印刷・加治さん夢工房へ

3月18日(水)は、大忙し。午前中は、『ガイドブックに載らない北鎌倉の神々』の増刷を引き受けていただいたモリモト印刷の営業ウーマン・加治さんが夢工房に来てくれました。秦野駅南口に愛車のプリウスでお迎えに行きました。

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モリモト印刷さんとは初めての仕事です。加治さんに簡易校正紙を持参いただきました。2か所の訂正の確認と、折り丁の通しを見ました。

営業マンは25人、そのうち女性は5人だそうです。加治さんは中堅として、いま油が乗っている時期なのでしょう、話しぶりも堂々としたもの。モリモト印刷の所在地は、かつて私が出版社勤めをしていたところのすぐ近くでした。思わず20年前のサラリーマン時代の風景がよみがえってきました。増刷は、3月末には納品の予定です。

その日の午後は、東海大学で第2回「丹沢湘南 観光交流フォーラム」が開かれました。「旧梅原家洋館再建の会」会長の紫藤邦子さんとご一緒しました。大根地区自治会長の原秀夫さんとも会場でお会いしました。

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基調講演、小田原市、秦野市の景観まちづくりのレポートがありました。秦野市からは、都市づくり課の古屋課長が、市民と行政の協働による景観まちづくりの歩みと、これからの市民会議の果たすべき役割について話されました。

2010年4月に観光学部を開設するために、さまざまな準備をしている東海大学。今回のフォーラムの主催者である東海大学文学部アメリカ文明学科の松木亮三教授とも名刺交換し、改めてじっくりとお話させていただくことになりました。

市民、大学、行政が手を結び、ネットワークを広げ、協働することで、新しい地域創造の芽が生まれることを願っています。

この後、電車で小田原へ。「夜の会フォーラム」へ参加した、という大忙しの1日でした。

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鎌倉団塊プロジェクト「地域を語り、青春を歌う」に参加

3月7日午後、「地域を語り、青春を歌う」という「団塊世代の地域デビューへのお誘い 第12弾」の集いに参加しました。鎌倉団塊プロジェクト実行委員会主催のこのイベントは、鎌倉駅から徒歩5分ほどのコミュニティースペース「ジャックと豆の木」で開催されました。

「鎌倉団塊プロジェクト」は、鎌倉市と鎌倉市民が協働して、団塊世代をはじめとしたシニアの地域参加・地域デビューを実現するためのさまざまな試みをやってきました。ユニークなその取り組みは、全国に先駆けたものとして多数の視察を受けているといいます。

行政の担当者の頭の軟らかさ、鎌倉市民の企画力と熱意が、このプロジェクトを支えてきたのでしょう。

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一昨年、神奈川新聞のコラム「団塊探偵団」に10か月間、地域でユニークな活動を展開している団塊世代を紹介した3人の市民編集長・野口稔さん、木谷正道さん、片桐務が、第1部「団塊フロントランナーと地域」で顔を合わせました。

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野口さんは「地域、そしてふるさとへの想い」。

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木谷さんは「風になる」。

私は「地域を耕し、人と人を編む」と題して、それぞれが、いま地域で取り組んでいる市民活動を語りました。

第2部は「世代間交流コンサートと懇談」。菱田啓子〈ピアノ〉・菱田博俊〈クラリネット〉さんご夫妻によるコンサートです。

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会場のみなさんと一緒に青春時代の歌を合唱したり、お二人の軽妙なやり取りに会場は笑いに包まれました。

その後の懇談に供された食べ物は、前夜に実行委員会のメンバーが手作りしたものです。鎌倉男の料理教室講師の蓼沼誠一さんの指導で、モチモチ食感のギョウザ、コイワシのマリネ、サラダがテーブルをにぎわしました。

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この日の参加者は39名。3年間に12回開催されたイベントの中で最高の人数だったといいます。これまでの成果、反省を踏まえ、新年度からは新たな取り組みを企画したいとの参加者の想いが伝わってきました。

この日もさまざまな人とお会いしました。写真家の関戸勇さんは最近、岩波書店から「写真集 鎌倉の森 台峯」を出されたばかりです。

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盧佳世さんは2ndアルバム「海渡り」が間もなく発売です。

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北鎌倉湧水ネットワーク「北鎌倉おとな探偵団プロジェクト」の「ガイドブックに載らない北鎌倉の神々」は、増刷中です。

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「人との出会いが何よりの宝物」と実感した鎌倉の1日でした。

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環境省主催「里なび全体セミナー」に参加

2月20日〈金〉、地下鉄千代田線「表参道駅」近くの南青山会館で開催された、環境省主催の里なび全体セミナー「里地里山の保全再生と活用~持続可能な未来のために~」に参加しました。

電車が少し遅れたこともあって10時少し回って会場に到着しました。受付では、秦野で何回かお会いしている「里地ネットワーク」の女性スタッフが私のことを覚えていてくれました。「事前申し込みはしていないんですが・・・」と言うと、「大丈夫です。お名前をお書きしておきます」と会場に案内してくれました。

「あん・まくどなるど」さんの講演はすでに始まっていました。「国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット所長のあんさんの話は、20年にわたる日本全国各地の実地踏査に基づく地に足のついたものでした。

あんさんのキーワードは、「つなぐ」。里山から海辺の里までの自然を「つなぐ」、市民・研究者・メディア・行政・企業の人を「つなぐ」ことの大切さを訴えていました。里地里山の保全モデルと地球環境問題の深い関連についても指摘していました。

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あんさんの「つなぐ」は、私が地域で実践している、「地域と人、人と人」を「編む」にも通じるものがあり、納得でした。

この日のメニューは盛りだくさんで、旧知の里地ネットワーク事務局長の竹田純一さんの「里なび中間報告、里地里山の課題、活動、方向性」、東京農業大学地域環境科学部教授の宮林茂幸さんの特別講演「里地里山の活用に向けたマネジメント」がありました。

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講演のあと、少しお話させていただきました。18日には、同じ東京農大の中村先生がジオラマの贈呈に秦野市立東小学校にお出でになり、お会いしています。丹沢山ろくで棚田の復元活動をやっていると話すと、「そう言えば、中村先生のところで自然調査をやっていたね」と、なにやら話が繋がりました。宮林先生は、中村先生と昵懇の仲だそうです。不思議なご縁もあるものです。

さらに午後からは各論セミナーがありました。北海道の「NPO法人ねおす」理事長の高木晴光さんの「地域住民とつくるエコツーリズム」は、地域で持続的に地域資源を活用して経済のしくみをつくるヒントがありました。

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「NPO法人田んぼ」理事長の岩渕成紀さんの「ラムサール条約決議”湿地システムとしての水田の生物多様性の向上”を地域でどう生かすか」は、水田の持つ多様な意味が、地球環境問題の世界の動きとリンクしている様を実感させてくれました。

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もう一つの各論・高木佳孝さんの「草地の生物多様性と農家・市民協働による活用」は、残念ながら時間切れで聞くことができませんでした。

秦野駅を降りると丹沢の峰々は雨上がりの靄がかかっていました。

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手前のカヤトは秦野駅近くの荒井用水の湿地です。住宅開発がすぐ近くまで押し寄せているこの湿地。今日のセミナーでも盛んに議論されていましたが、身近な水辺や湿地が大切なんですね。

この日(21日)午後は、「秦野の鹿鳴館―旧梅原家洋館再建の会」設立総会です。その準備がひと段落した合間にブログの更新となりました。総会の模様は改めてレポートします。

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湘南地域県民討論交流集会「環境・山から、川から、地域から」開催

2月14日〈土〉午後、寒川町民センターで「みんなで語りあおう私たちの湘南〈環境 山から 川から 地域から〉」と題した湘南地域県民討論交流集会が開催されました。

当日のプログラムには、この集会の意義が次のように紹介されています。

「私たちが住む湘南地域は、山・川・海などの表情豊かな自然に恵まれています。一方で森林の荒廃や緑の減少が進行し、また、ゴミの不法投棄などにより山・川・海の環境が悪化し、加えて私たちを取り巻く地球環境も温暖化が進んでいます。

湘南地域には市町域を越え、川をとおしてのウォーキングマップ作り、手づくりのあじさい植栽など地域ぐるみでボランティア活動を行い、自然環境の保全につとめている団体もあります。

この県民討論交流集会では、身近な自然を守るために私たち一人ひとりが、何をしなければならないのかを考える機会とします」

ここでいう湘南地域には、平塚・藤沢・茅ヶ崎・秦野・伊勢原・寒川・大磯・二宮の市町が含まれています。地域で実践活動をしている人の話を聞きたいという実行委員会の要請で、私は「丹沢の今と私たちの暮らし―循環する自然をむすぶ地域の担い手は?」と題して1時間、パワーポイントを使いながら話しました。

意見発表では、「寒川エコネット」自然環境部会長の宮向井勝さん、桂川・相模川流域協議会「湘南地域協議会」代表の峯谷一好さんのお2人が、地域での実践活動をレポートしてくれました。

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休憩を挟んで、会場討論のコーディネーターを私がつとめました。会場の300名ほどの参加者からは、活動団体と行政との関わり方、活動を持続するための仕掛け作り、団塊世代などのシニアの力をどのように地域に生かしたらよいかなど、日ごろのボランテア活動の課題や工夫について、先のお2人のレーポーターとの間で質疑が交わされました。

当日は、手話通訳とともに、同時反訳が、舞台左手の画面に表示されました。

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それぞれの地域では、固有の課題にボランティア団体が問題解決のために取り組んでいます。また、川の流域では、市町などの行政区域を越えた市民の連携とネッワークが共通のテーマに汗を流しています。

丹沢の奥山から、山地の植林地、山ろくの里地・里山を経て、街を川が貫き、海へと注ぎ、生命の水と緑が循環しています。その一部が途切れているとすれば、得意技を生かした人びとが、それぞれの地域で循環をむすぶ必要がありそうです。

この日の討論交流集会が一つのきっかけになれば幸いです。

丹沢ドン会のドンは、”Do for Nature”からきています。

一人ひとりが、それぞれの一歩を地域で踏み出すことの大切さを伝え、子どもたちに豊かな自然と生活環境を引き継ぎたいものです。

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「水源環境保全・再生かながわフォーラム」開催

2月11日〈水・祝〉は、午前中から相模原市のJR橋本駅近くの「杜のホールはしもと」に出かけました。第6回「水源環境保全・再生かながわ県民フォーラム」が、「水源地・森林再生の第2ステージに向けて」というテーマを掲げて開催されました。私は、3つの分科会を受けた最後の全体会の3人のパネリストの1人として参加しました。

午前中のフォーラムでは、松沢成文神奈川県知事、横内正明山梨県知事、加山俊夫相模原市長の挨拶と、「水源環境保全・再生かながわ県民会議」座長の金澤史男・横浜国立大学教授の基調講演がありました。

昼食をはさんで3つの分科会が開かれました。私は、第2分科会「森林・水源環境保全・再生におけるNPOの役割を考える」に参加しました。会場は、用意した椅子が足りず、立ち見が出るほどの参加者で、NPOなどの活動に対する関心のほどがうかがえました。

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15時45分からは全体会です。まず、3つの分科会の主要な論点についてそれぞれのコーディネーターから報告がありました。

それを受けて、東北大学大学院生命科学研究科の中静透教授、京都大学大学院経済学研究科の諸富徹准教授、地元のNPOの立場から私がパネリストとして参加しました。金澤県民会議座長のコーディネートの元にパネルディスカッションは、会場からの質問も交え1時間に及びました。

全国の先進事例や、最新の研究者の知見、NPOなどの地域における保全・再生活動などの実践により、神奈川における「水源地・森林再生の第2ステージに向けた」スタートを切ることが出来たのではないでしょうか。

フォーラム終了後、金澤教授からは、この日の参加者が360名余りと報告がありました。目標達成の鍵は、確かなデータの集積と分析、長期的な神奈川ならではの施策の立案と実施、私たち県民一人ひとりの自然環境の保全・再生への理解と実践にかかっているのでしょう。

当日のプログラムで私のプロフィールを見た中静さんから「同郷ですよ」と声がかかりました。ひょんなところで、ふるさと・長岡の香りを感じたこともこの日の喜びでした。

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「パートナーシップ条例」検討部会に見るプロの行政職員とは?

2月5日〈木〉午後、横浜駅西口近くの県民活動サポートセンターに出かけました。「NPO等と神奈川県との協働推進会議」の中の「県民パートナーシップ条例(仮称)検討部会」のメンバーとしての参加です。

昨年10月以降、県内8か所において「協働型社会・神奈川の実現に向けて」と題した県民フォーラムが開催されました。小田原会場(11月17日)で私はフォーラムのコーディネーターをつとめました。

この日は、県民フォーラムの実施結果の報告と、「条例素案」づくりに向けた論点の整理、今後のとるべき方向を議論しました。さまざまな県民の意見を集約し、条例検討部会の議論のための基礎データを整えることは、如何に仕事とはいえ、限られた時間の中では困難をともなうだろうと思います。

事務局担当である神奈川県県民部NPO協働推進課の職員は、それこそプロの行政マン・ウーマンとしての熱意と理論構築で、先進的な条例づくりに知恵を出しています。私たちNPOや企業などのメンバーも、一人ひとりの県民目線で、これからの神奈川のあるべき姿を描きながら参画しています。今回の条例づくりそのものに、県民と行政とのパートナーシップが問われているのです。

「パートナーシップ条例」づくりは、これからの神奈川の地域を創造的につくり出す手法としての、「協働型社会・神奈川」を目指した県民・企業・県との新しい関係性、それぞれの責務を盛り込むものです。この条例には、「協働型社会」に向けた県民へのメッセージを「前文」として是非とも入れたいと、検討部会のメンバーは議論を重ねてきました。

事務局は、法制担当との協議の中で、条文化に際して、さまざまな課題を突きつけられました。これまでの検討部会の議論を踏まえ、紆余曲折を経て、この日、「前文」を入れるための前提条件が初めて方向性として示されたのです。条例検討部会のエポックメーキングの日ともなりました。

この日の朝日新聞「天声人語」に「『ミスター環境』と呼ぶに相応しい官僚がいた」として、旧厚生省の初代公害課長を勤め、産業界や当時の通産省と渡り合った橋本道夫さんの記事がありました。「公務員は身分や給料を保障され、責任や権限を与えられる。冒頭の橋本さんは、その背景を『やれば何か批判攻撃を受けるようないやなことでも、やるべきときにはやるため』と自著に書いている」。プロの官僚の心意気を感じました。

実はこの日は、事務局から「前文を入れるための方向性」が示されなければ、私は、この新聞記事を引用しながら「プロの行政職員」とは何でしょうかと、問いかけるつもりでいました。プロとしての「矜持」を辛くも保った県職員の仕事・奮闘に、この言葉を私は飲み込みました。

この日の議論の中には、他の課題の条例づくりに加わった検討部会のメンバーの苦い経験も話されました。形だけの県民参加ではない、真に協働のためのパートナーシップ条例づくりには、私たち県民はもちろん、関わる県の職員にもプロの行政職員としての真価が問われるということでしょう。

「パートナーシップ条例」の成案を得るまでには、まだまだ越えなければいけないハードルがたくさんありそうです。心して議論を尽くしたいものです。

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1992~3年ころの丹沢山行の写真に出会う!

2月14日〈土〉、寒川町で開催される、平成20年度湘南地域県民討論集会「みんなで語りあおう私たちの湘南〈環境 山から 川から 地域から〉」で講演することになり、その準備の真っ最中です。

パワーポイントで「丹沢の自然の今」を紹介するために古い写真の入った箱をひっくり返しました。未整理の写真の山は、10数年前の仕事関係や家族の写真などです。中に16歳で4年前に亡くなった家族同然の愛犬「チャロ」の元気な写真も出てきました。しばし手を止めて見入り、パワーポイントの準備は端に追いやられました。

丹沢の登山道の補修用の砂利を運びあげることを目的にした「ボッカ駅伝」に、ドン会のメンバー、新聞記者の仲間たちと参加したことがあります。都合3回の参加のうち、私は2回、選手として出場しましたが、「もう、息も絶え絶え、死ぬか」と思ったほどの体験でした。

ボッカ駅伝をやり終えた後、仲間たちと我が家で打ち上げ会をやりました。

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「みんな若かった!」 

その当時は、沢登りもやりました。源次郎沢・金冷シ沢の水しぶきを浴びながら丹沢の水の豊かさを実感、満喫しました。この時も、最後のガレ場を登り切るのに難渋しました。

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ようやく写真の山の中から、丹沢の自然の様子を伝える写真も探し出しました。

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自然豊かな丹沢の中にも、ブナの立ち枯れ、下層植生の後退、登山道の浸食やシカ問題など、都市における経済活動や私たちの生活など、回りまわって人為が及ぼしたさまざまな原因で自然が壊されている現実もありました。講演会では、その辺のことも合わせて触れ、今私たちに何ができるのかを、参加者と一緒に考えたいと思います。

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「スローライフのひと 筑紫哲也を継ぐ会」に参加

12月19日〈金〉午後、「スローライフのひと 筑紫哲也を継ぐ会」に参加するために東京に出かけました。地下鉄半蔵門線「永田町」を出ると都道府県会館があり、麹町中学校、文芸春秋社ノビルの前を通り、徒歩7分ほど、千代田区平河町の紀尾井町交差点近くの平和第一ビルの8階が会場でした。

この日の会の主催は、NPOスローライフ・ジャパンとスローライフ学会。スローライフ・ジャパンの事務局長の野口智子さんのメールでご案内をいただき、参加しました。

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会場には、筑紫さんの写真や関連書籍、全国各地から寄せられた食べ物、飲み物が並べられていました。

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野口さん、地域活性化研究所代表の川島正英さん、日本テレネット代表取締役の瀧栄治郎さんさんとは、北鎌倉湧水ネットワーク編集の『ガイドブックに載らない北鎌倉の神々』の編集会議、出版記念会の席でお会いしていました。

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この日、名刺交換したのは、日本映画学校相談役の武重邦夫さん、朝日新聞の早野透さん、東京大学の神野直彦さん、東京市政調査会の増田寛也さん、NPO法人スローライフ掛川の長谷川八重さん他の方々でした。

いずれも「スローライフのひと 筑紫哲也」さんの衣鉢を継ぐ人たちです。私が地域で取り組んでいることもまさにスローライフに連なります。その念を強くした集いでした。

筑紫哲也さんのご冥福をお祈りします。

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「共に生きるグループホーム」研究会

2か月に1回偶数月に、高齢者と障がいをもつ人たちが、一緒に暮らせるグループホームをつくろうという研究会が今年の4月から活動を始めています。

12月2日〈火〉午後、秦野市西田原にあるNPO法人みきフレンドが運営する高齢者をお世話するスペース「あふり」に集まったメンバーは12名。理事長の小森谷健兒さんは、障がいをもつ「みき」さんのお兄さん。みきさんのお母さんの小森谷君江さんはみきフレンドの発起人です。平塚の木谷さん、福井さん他、福祉や介護の関係者や、障がいをもつお子さんのいるお母さんなどです。

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2006年12月2日、3日に秦野市文化会館でNPO法人自然塾丹沢ドン会が中心になって開催した第3回「団塊サミット」が出会いの場でした。木谷さん、福井さんは分科会のパネラーとして参加をお願いしました。小森谷君江さんは、活動団体のポスターセッションに参加されました。ここが出会いの場となりました。

団塊サミットの後、木谷さんはギターを抱えて「あふり」にボランティアで歌を歌いに行きました。君江さんは、「あふり」で高齢者のサポートを続けながら、高齢者と障がい者が共にお互いを支え合い、助け合うグループホームの必要を感じました。高齢によるさまざまな不自由と、障がい者の不自由も、共に生活をする中でお互いが人の役に立ち、それぞれの居場所を見つけることができる。君江さんは、その想いを木谷さんに伝えました。

昨年3月に東京都庁を早期退職した木谷正道さんは、まちの音楽家であり、NPO法人暮らしと耐震協議会の理事長でもあります。厚生労働省と文部科学省の縦割り行政の現実から、このような「共生型グループホーム」の設立は困難が予想されます。さっそく勉強会を立ち上げようと、これまでの多彩なネットワークを使って声をかけました。

福井義幸さんは交通事故にあって現在は車椅子で暮らしています。建築家の福井さんは自らの体験を活かして、障がい者や高齢者が暮らしやすい住環境の提案を行っています。民生委員・児童委員を長年やっている人、元看護師、地域のボランティア、さまざまな得意技を持った人たちが、研究会に参加しています。

この日は不参加でしたが、行政マンにも声をかけています。それぞれの得意分野のノウハウを少しずつを持ち寄り、現に必要とされる当事者の想いを形にすることで、「共に生きるグループホーム」も実現することができる、とみんなで確認し合いました。

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「あふり」は、丹沢山ろくの自然に抱かれ、高齢も、障がいも、人それぞれの個性として暮らせる居場所を目指しています。

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かながわ県民センターで「協働フォーラム」開催

この2日間、フォーラム、講座への参加ががつづきました。

11月28日〈金〉は午後6時から、横浜駅西口、かながわ県民センターで県民フォーラム「パートナーシップで高める地域力~協働型社会・神奈川の実現に向けて~」が開催されました。小田原会場の第7回県民フォーラムでは、事例発表のコーディネーターとして参加しましたが、この日は一般参加です。

「県民パートナーシップ条例」検討部会でご一緒しているアドバイザー役の神奈川大学経済学部教授の松岡紀雄さんがプレゼンテーションと司会を務めました。

「閉塞状態の日本を救うのは、国や県・市町村などの基礎自治体でも、企業でもない、唯一、NPOなどの市民・地域の力に望みがある。生まれてきて良かったと思える子供の笑顔、老若男女の笑いが耐えない社会」を創り出すために「協働」の文化を神奈川から発信しよう」と提案されました。

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パネリストは、「NPO法人多言語社会リソースかながわ」の早川さんと、「NPO法人まちづくり情報センターかながわ〈アリスセンター〉」の川崎さんの2人です。

早川さんは、主に県内の日本語を母国語としない住民の暮らしに関わる問題に取り組み、「医療通訳派遣システム事業」を神奈川県と協働で実施し、さらにモデル事業として行政の施策に高めた具体的な実践の苦労と、課題について話しました。

川崎さんは、10年も前から「協働」は言われているが、実効的な協働はなされていない。「かながわパートナーシップ条例」を条例化することによって何をするのか、基本に立ち返り、協働のための環境整備、経済循環、寄付金の税額控除や職員の意識改革など具体的な問題を指摘しました。

その後、条例の骨子案について説明があり、会場からも寄付税制、協働の担い手は誰か、市民・県民の協働意識などさまざまな現状と課題について質問、要望が出されました。松岡先生は質疑にも会場から参加されました。

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この「かながわパートナーシップ条例」〈案〉はこの後、県民の意見を反映して具体的な条例案づくりに取り組み、県議会の審議を経て、2009年度には施行したいとの県の意向が話されました。

新年早々には、検討部会も開催されます。最大限考えられる、全国に先駆けた条例の意義を条文に込め、情報発信したいものです。

29日午前に行われた宮ケ瀬の県やまなみセンターで行われた宮ケ瀬よもやま話「宮ケ瀬の自然と暮らし」については改めてリポートしましょう。

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「協働型社会・神奈川の実現に向けて」フォーラム小田原開催

11月17日〈月〉午後、神奈川県と小田原市の共催によるフォーラムが、「小田原市生涯学習センター」で開催されました。私はこのフォーラム第1部の司会・進行をつとめました。

小田原駅から会場まで歩いて約10分、小田原市役所近くの「けやき通り」は紅葉していました。

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会場の「生涯学習センター」は白い建物です。

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3人の事例報告者と私、小田原市地域政策課の女性職員で事前の打ち合わせをしました。各自の持ち時間は15分、パワーポイントを使い、それぞれのグループの協働の活動を報告します。

打ち合わせでは、できるだけ具体的に協働のきっかけ、協働による効果、協働に際して何が大切か、協働の活動を継続するコツを話してほしいとお願いしました。

1つ目の「障害者相談の支援事業」の事例を報告したのは、小田原市障害者サポートセンター所長の毛利佳子さん。障害者が自立して日常生活や社会生活を送れるようにするための相談業務を行っています。

また、いつ起きてもおかしくない地震などの災害時における障害者への対策や訓練にも参加し、現場で起きる課題を解決するために「防災手帳作り」の具体的な提案をしています。

この協働により、障害者の目線に立った相談窓口サービスなどが、効率的に行われるようになったといいます〈ここでは当日のレジュメどおり「障害者」と書きましたが、私自身は普段は「障がい者」と表記しています〉。

2つ目の商工会議所の青年部出身のNPO法人まちづくりネットワークの中戸川洋さんは、小田原城の銅門における観光によるまちづくりの事例を発表しました。

商売人である仲間たちが、それぞれの得意技を発揮して北条手づくり甲冑隊や小田原エッサホイおどりを実施するなど、市民の自発的な企画を行政が援助することから始まった協働の広がりと意義を話しました。行政のサービスでもない、民間の営利事業でもない、コミュニティービジネス目指しているというのです。

3つ目の市の鳥「コアジサシ」の郷づくりの事例を発表したのは、日本野鳥の会神奈川支部コアジサシプロジェクトチームの賴ウメ子さん。

酒匂川の中洲に人工営巣地をつくり、コアジサシの営巣を誘導する取り組みを始めました。民間の人の力、行政の資金提供、流域企業の保護活動への参加など、市民・企業・行政の3者による協働の実例です。活動の原点は「いまこの鳥がここにいることが大切!」という1点です。

コアジサシが生息する、生物の多様性が保たれた環境は、人間にとっても住みよい、暮らしやすい社会・自然環境なのです。

賴さんとは、夢工房発行の『神奈川猛禽類レポート』でご縁がありました。原稿の一部を執筆されたことを、この日知りました。この本の編集に関わった県立丹沢湖ビジターセンター館長の山口喜盛さんは、丹沢の野鳥や野生動物の研究を長年続けていられる方で、こんな機会にも共通の知人に出会うことがあるんですね。

発表者への2~3の質問を受けて、「協働の種は、身近な暮らしの中にあるということ、協働の当事者同士の信頼関係が何より大切で、そのためのコミュニケーションが不可欠であること、これからのまちづくりは行政の専売特許ではなくなり、市民・企業を含めた協働により、安全・安心な、暮らしやすいまちづくりは可能で、一人ひとりの市民、県民の力が大切」と第1部を終えました。

第2部は、現在、神奈川県が準備を進めている「県民パートナーシップ条例」〈仮称〉の骨子案の説明を湯川NPO協働推進課長が行い、質疑に入りました。

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参加者からの質問、疑問に対する県の説明の後、「パートナーシップ条例検討部会」の審議の様子を話してほしいとマイクが私に回りました。

条例化には、「現場の声を反映してほしい」「分かりやすい表現で」という要望が質問者から寄せられました。検討委員会ではまさにそのことを実現するために、NPOのメンバー、企業関係者、県職員からなる部会で侃侃諤諤の議論をしてきましたし、現在もしています。

県民の意見は聞き置くというこれまでのような条例案の審議ではなく、さまざまな課題が現場で生起する県民の立場で提案し、議論してきました。真に全国に先駆けた「協働型社会・神奈川の実現に向けて」有効なパートナーシーップの確立を目指す条例づくりの工夫をしています。

県民のみなさんへ今この条例が必要だというメッセージを届ける必要があること、そのためには、県の法制担当の硬い頭を少し軟らかくしてもらう必要もありますと、話を締めくくりました。

県下7会場で10月から開催された「協働型社会・神奈川の実現に向けて」の県民フォーラム。最後のまとめのフォーラムは、11月28日18時から横浜駅西口の県民センターで開催されます。私も参加する予定です。

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報徳博物館へ納本、フイルム校正、開港記念館で公開勉強会

11月14日朝、車で小田原に向かいました。R255を右に折れ、酒匂川方面に向かう途中で、いつもとは違う富士山に出会いました。この日も雲ひとつない秋晴れ、気持のいい一日の始まりです。

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20年来お世話になっている印刷所で『丹沢今昔橅語り』〈梶谷泉〉のフィルム校正です。これが印刷直前の最終チェック。問題はなく、今月末には発行の段取りを組めました。12月13日には横浜で出版記念会が開かれます。この会では、梶谷泉さんについて15分ほど話して欲しいと依頼されています。

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梶谷さんとの出会いは15年ほど前。丹沢ブナ党の初代党首であり、夢工房(http://www.yumekoubou-t.com/)からは、『ブナ・いのちの賦』という絵本を出版している方です。

ブナに象徴される丹沢の自然をどのようにして次の世代に伝えていくか、この本では、自らを「橅の巫女」になぞらえ、丹沢の今昔を橅爺に語らせています。

フイルム校正の後は、小田原城の近くにある報徳博物館へ『斎藤高行 報徳秘稿(抄)』の納品です。A5判360ページもの大部な本は、夢工房のシリーズ「小田原ライブラリー」の『二宮尊徳とその弟子たち』の著者、宇津木三郎さんが編集しました。

近年、中国においては二宮尊徳の研究が盛んだそうです。今年の中国の尊徳研究会には日本からも宇津木さんなどの研究者が多数出かけます。11月21日の出発に何とか間に合いました。納品を終えて車で自宅へ帰り、夢工房の今日の仕事はひと段落。

今度はバス、電車で横浜に向かいました。18時30分から、横浜開港記念館で神奈川県自然保護協会の主催で「丹沢大山自然再生の現場から 林業の今」と題した公開勉強会が開かれました。この日の司会進行が神奈川県自然保護協会理事の私の役目でした。

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1人30分、3人の講師の方々が、「神奈川の森林 林業の現状と森林再生50年計画」「神奈川県有林の取り組み」「民間の取り組み」と題して講演されました。前の2つは県の職員が、最後のテーマは秦野森林組合専務理事の今井栄さんです。

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2人の県の職員は、林業の現状と、奥山、山地、里山における林業のあるべき姿と課題、長期計画、県の林業職員の減少、林業の技術の伝承や担い手の絶対的な不足の現状を話されました。

今井さんは、林業の現場で起きている具体的な課題や事業が中心でした。若手の林業職員を採用し、「新月伐採」という方式で付加価値をつけて材を供給している現状を話されました。

今井さんとは秦野で度々お会いしています。大雨で崩れた棚田の畦の補修用に間伐材を何度も調達させていただいています。

50名余りの参加者の中から質問を受けて質疑を行いました。神奈川の林業の現状と担い手、材の経済性、生物の多様性、森林の持つ多様な役割を再確認することができました。

県民に開かれたこの公開勉強会は、県民と行政の情報の共有と、丹沢の自然再生への具体的な一歩を踏み出すための創意工夫の場です。今年は今回が第3回。これからもさまざまなテーマで開催の予定です。

帰りは、副理事長の青砥さんの車に乗せてもらい本厚木まで。電車で秦野駅へ、徒歩で自宅に帰りついたのは11時前でした。

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自由民権運動のメッカ「雨岳文庫資料館」オープン!

11月1日〈土〉は、大山山ろく上粕屋の山口匡一邸で「雨岳文庫資料館」のオープンと、記念講演会が開かれました。

山口匡一邸は、江戸時代の天保5年以降に建てられ、その後、幕末動乱期に現在地に曳き屋・増築されたた古民家です。1998年には国の有形登録文化財の指定を受けました。

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母屋の左後方には雨岳文庫の名前の由来ともなっている大山の頂きが見えています。この日オープンした「雨岳文庫資料館」は、この母屋と対面した庭を隔てた東側にあります。

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オープン記念の展示は「自由は大山の麓より―湘南社の活動―」です。展示目録には次のような紹介があります。

「資料館開設の地は、相州最初にして最大の自由民権結社である湘南社の初代社長・山口左七郎の居宅であり、湘南講学会上粕屋講学所などにも使われた活動の中心地です。・・・今回の展示は、①湘南社社長・山口左七郎の紹介、②県内最大の民権結社「湘南社」の活動、③湘南社の支援者・講師・社員たちの横顔」とあります。

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この展示は来年4月末までの土・日曜日限定で開催されます。

澎湃として湧き起こった日本の近代化の荒波の中、国会開設請願運動に始まり、民権結社の結成・展開・終焉に至る神奈川の自由民権運動の中心地の一つであったのが相州の地です。

山口家の所収資料をはじめとした、県下の自由民権運動の研究を昭和30年代より始められた大畑哲さん。民権研究の第一人者である大畑さんが、「雨岳文庫資料館」の館長に就任されました。

大畑さんは、夢工房から2008年2月と5月には神奈川の自由民権運動の全体像を描いた『神奈川自由民権探索』『続神奈川自由民権探索』の2冊を発行されました。〈夢工房 http://www.yumekoubou-t.com/

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資料館オープン記念の講演は、館長であり、この本の著者でもある大畑哲さんが「山口左七郎と湘南社」のテーマで行いました。会場には116人もの参加者があり大盛況でした。

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まず、NPO法人雨岳文庫を活用する会理事長・山口家当主の山口匡一さんの挨拶です。来賓の安西邦夫・早稲田大学教授、長塚幾子・伊勢原市長などの挨拶の後、大畑さんの講演が始まりました。

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予定の40分では時間が足りません。ビデオの上映も含め1時間ほどに及びました。近代日本の自由民権運動に奔走した地域の人びと。当時の教育や福祉の世界での取り組みは、現代のまちづくりにも通じるものがありました。

ふるさとの歴史や文化などの宝物を活用したいものです。オープンした資料館がその一つの拠点になるはずです。

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母屋の漆黒の大黒柱は1辺40センチ以上もあります。土間にはさまざまな農具が展示されています。資料館と一緒に、この母屋の空間に身を置くだけでも、ゆるやかな地域の歴史の流れを実感できるかも知れませんね。

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東京農大収穫祭「棚田の水田生態系」研究発表見学

11月3日、NPO法人自然塾丹沢ドン会理事長の工藤さんと2人で東京農業大学の収穫祭に行ってきました。

というのも、東京農大の地域資源利用学研究室の中村ゼミの学生さんたちが私たちのフィールドである秦野市名古木の棚田で今年、水生生物と棚田の米づくりについての調査研究を行っていたのです。

小田急線の経堂駅で2時に待ち合わせし、大学に向かいました。商店街はたくさんの通行人で車が動けない状態です。

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住宅街に入ると板塀の家がたたずみ、山茶花の花が咲き乱れていました。

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徒歩10分ちょっとで農大の学園祭会場へ到着しました。構内は立錐の余地もないという言葉そのままの混雑状態です。

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13号館2階の研究の展示・発表会場では、学生たちが来場者に説明をしていました。見覚えのある学生さんがいました。

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ていねいに作られたジオラマの前で思わず笑顔がこぼれます。小川、棚田の構造ジオラマでは実際に水を流してくれました。

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これまでも東海大学や生命の星・地球博物館の方々が名古木地区に調査に入りましたが、あくまで生物多様性の視点からの現状確認調査でした。

今回のものは、例えば、田んぼに生息していたホトケドジョウが土をかき混ぜて濁らせ太陽の光を入りにくくし、そのことで草が生えにくくなるというように、生き物の生息と米づくりのかかわりについて、私たちがこれまで考え付かなかったことにも触れていました。

名古木の田んぼの水は水質調査でも「生物の生息・生育・繁殖環境として非常に良好」であるAランクでした。カワラゲが多数確認できたことも、それを証明しています。

この収穫祭の初日には、中村ゼミのOB会が毎年開かれるそうです。このような地道な調査研究が積み重ねられることで、伝統的な日本の安全安心な食べ物づくりの復権につながってほしいものです。

帰り際に中村ゼミの研究室を訪れました。精魂こめて作られたジオラマの活用方法がないものか中村好男教授に相談されました。学校教育の場で活用できないか秦野に持ち帰ることにしました。

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経堂駅に向かいながら工藤さんは、30年ほど前には経堂駅の近くの会社に通っていてこの辺は縄張りだったと話しました。当時の居酒屋を探しましたが、影も形もありません。目ざとく見つけた暖簾と提灯、炉ばた焼「三貴」に入りました。

ここは農大関係者が多数集まる場のようです。醸造学科には全国の酒蔵の跡継ぎが多数学んでいます。ここの酒母でつくられた日本酒が出ました。すっきりとして、かつ味わい深い酒でした。

女将さんと親父さんの笑顔に乾杯!

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「協働」という言葉を最初に使った秦野市

10月29日(水)は、午前中に伊勢原の小林さんに『美しい比々多村の詩』のカバー用の絵を持ってきていただきました。お茶を飲みながら小林さんの話をお聞きしました。

「美術大学進学希望の高校生たちと一緒に定年退職後にデッサン教室に通った後、20年余りも油絵を描きつづけています。デッサン教室では、高校生たちとは別枠で裸婦のデッサンもやりました。今はもっぱら風景を描いています」

1週間かけて出来上がった持参の絵は、ふるさとの母校・比々多国民学校の桜の大木と校舎を描いたもの。記憶をたどり描きあげた桜の花びらが今にも風にそよぐようです。仕事を離れた小林さんが絵を描くという自己表現の場を得たことは幸せですね。

午後からは「秦野市総合計画推進会議」に出席。推進会議は、2007年2月に秦野市長に答申した「秦野市総合計画次期基本計画案について」の中に「計画の進行管理や評価について、第三者機関がチェックできる体制を構築されたい」という文言が入ったことを受けたもの。総合計画を単に作成するだけでは絵に描いた餅、計画の進捗状況や達成度を客観的に把握し、計画の着実な推進を図る必要があるからです。

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推進会議の会長は、tvk(神奈川テレビ)の会長である牧内良平さん。秦野市総合計画審議会の会長を務め、計画案の作成にリーダーシップを発揮された方です。私も審議会委員に引き続きこの推進会議の委員になっています。

事務方の説明を受けて、本日出席の15名の委員からは、さまざまな質疑が重ねられました。進捗状況や評価の仕方、評価そのものについての質疑や、市政全般にわたる質疑や提案が行われました。

私は、事前に「本町地区乱立マンションの入居率」「ふるさと納税制度」「市民トラスト」「協働」「新建築基準法の基準を満たさない民間住宅」について質問を寄せていました。一部の質疑はできませんでしたが、「協働のまちづくり」について以下のような提案をしました。

「神奈川大学経済学部教授の松岡紀雄さんとは、「神奈川県パートナーシップ条例(仮称)」検討部会でご一緒させていただいています。松岡先生が「協働」の源流を調査された際に、この言葉を全国に先駆けて1986年の「総合計画」に使ったのが秦野市であることをお聞きしました。このことをご存知ですか?」と投げかけました。

残念ながら秦野市の場合、その後の「協働」の実績が伴いませんでした。せっかくの全国初の「協働」を実態あるものとして秦野の「協働のまちづくり」に生かし、全国に発信してほしい。

これに対し、「秦野市でも庁内に「協働」についての検討部会を設け議論を始めました。早い段階で市民にも参加してもらい議論を深め、「協働のための指針」を作成したい」との答えがありました。今後の行政の具体的な対応に注目したいものです。

21世紀ののまちづくりは協働なくしては成り立ちません。地域に住む市民・NPO・企業・行政がそれぞれの得意技を発揮し、協働作品である住み良い、暮らしやすい、安心・安全なふるさと秦野を創り上げることが大切だと痛感します。

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「環境」集会の講師を引き受けました!

10月15日午後、2人の訪問者がありました。「県民討論交流集会」の基調講演と会場討論のコーディネーターを依頼されました。テーマは「環境」で、「山から 川から 地域から」というサブテーマに示されたとおり、一人ひとりが身近な地域でできることを始めようというこのです。

「なぜ私に?」というのが率直な気持ちでした。その疑問に対しては、「これまでは学者の方々の話を聞く機会が多かったが、この集会の運営実行委員会のメンバーから、地域で市民活動を実践している人の生の話を聞きたい」という意見が出たのだそうです。

NPO法人自然塾丹沢ドン会は2001年に県の認証を受けました。前身の丹沢ドン会の活動は1992年から始めています。長ければいいというものでもありませんが、何を課題にこれまで活動してきたのか、そのノウハウや社会的な意味を大勢の方に知ってもらうために、これまでも情報発信に努めてきました。

ドン会の実践活動をお話しすることで、「これなら自分でもできる」と一人でも多くの人が、身近なところでそれぞれの一歩を踏み出す小さなきっかけになれば無駄ではない。余り大上段に構えないでお引き受けすることにしました。

とは言っても、人前で話すことを何回重ねても慣れるということはありません。後になるとああすればよかったと後悔の念が湧いてくるのが常です。分かりやすく、楽しく、聞いてよかったと思われるために、話の組み立てやエピソードを考えなければなりません。

これって、これまでのドン会の活動の実践や社会的な意味、運営のノウハウを改めて見つめ直すことだと気づきました。余り格好をつけずに、いいことも悪いことも、つまり成功事例ばかりではなく、かえって失敗から学んできた多くの実践があることに気づかされます。

行政と県民からなるこの討論交流集会の運営委員会の意図もそこにあるのではないかと思います。来年2月に開催される「県民討論交流集会」に向けて少しずつ準備を始めよう。

ドンの「DON」は、なにしろ「Do for Nsture」なのですから、私自身がまず一歩を!

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